ベゴニアの花言葉 後編
ミサイル乱射事件から四日後。
ジャックは、負傷者の手当てを行うべく基地に要請し、メディックや補給物資を申請。
家屋の倒壊等は無くとも、パニックによる負傷者は、複数人出ていた。
治療の後、シルフィ達を連れ、基地へと帰還した。
「あ~、やっぱデスクワークめんどくせ~」
少佐への報告も終了し、ラベルクの扱いについても色々と工面した。
ラベルクとは完全に犬猿の仲であるこの部隊。
色々と言い訳云々を言う事に成ったが、一先ず営倉に入ってもらう事に成った。
次は色々と申請した物資の書類の片づけ。
他にもやる事が山積みで、ジャックは完全に疲れ切っていた。
「ヤレヤレ、相変わらずじゃの~」
「……何で居んだよ、ジっちゃん」
机に突っ伏していると、部屋に一人の老人が入って来る。
腰は完全に曲がり、杖を突き、髭もボサボサな和服姿の小柄な老人。
彼のもう片方の手には、お茶と梅干を乗せた小皿の乗ったお盆を持っている。
一応、ジャックのとは古株の間柄だ。
「ほれ、疲れた時は、梅干しに茶じゃ」
「あんがと……はぁ、此れが美少女だったら、もっと嬉しいんだけどな」
「相変わらず、煩悩まみれじゃのう」
「うるせぇ……ッ、スッパ」
老人の持ってきた梅干をかじったジャックは、口をすぼめる。
梅干は、老人のお手製、場合によっては、市販の物よりも倍近く酸っぱい時が有る。
だが、疲れた体に、その酸味が染み渡る。
それに、ちょくちょくお裾分けを貰っては、焼酎のアテにするくらいには気に入っている。
普段はコーヒーだが、久しぶりに味合う緑茶に、心を落ち着かせる。
「……そう言えば、あの妖精女じゃが」
「シルフィが如何した?」
「此処に来て三日、一向に食事に手を付けんようじゃ」
「……そうか」
老人の言う妖精女、シルフィの事だ。
仕事云々で、後回しにしていたので、あまり構ってあげられなかった。
リリィに振られたのが余程ショックだったのか、すっかり塞ぎ込んでしまっている。
揚陸艇の中でも、ガーベラを握ったまま、床に転がり、基地に着いてからは、屋上等、様々な所で人形のように硬直していた。
部下から苦情が来たので、一先ず、彼女には独房に入ってもらう事に成った。
監視カメラを見ても、四六時中ガーベラに掴まりながら寝たきり。
動いたとすれば、トイレか寝返り位だ。
「初恋相手、しかも余程惚れ込んでいたみたいだし、かなり辛かっただろうな」
「ああ、じゃが、このままとも行かんじゃろう……どうじゃ?いっその事、お前が行ってみるか?」
「……今は、とりあえず一人にしておいた方が良いだろ」
「……そうか」
「(ま、少佐の奴が面談考えてたみたいだけど)」
今のシルフィは、完全に面倒くさい状態。
もう何を言っても暗い方向へ持っていきかねない感じだ。
一先ず、落ち着くまでの間は、過度に干渉しないでおきたかった。
―――――
一方で、独房の中のシルフィ。
「リリィ」
ジャックの計らいで、独房の中に容れられたシルフィは、ベッドの上でガーベラを抱く。
彼女が残してくれた形ある思い出。
もっと余裕が有れば、お揃いのアクセサリーだとか、色々と有ったかもしれない。
だが、そんな余裕も無く、結局はこの刀だけが、シルフィの崩れている心を支える、唯一の拠り所と成っている。
「……」
暗く、空調も効いていない、ジメっとしたこの空間。
シルフィが思い出すのは、実家の空気だ。
父と慕っていたジェニーを亡くしたその日も、こんな暗い気持ちだった。
まるで、以前までの自分に立ち戻ってしまったかのように、シルフィは落ち込み、自分の不甲斐なさを痛感する。
「(結局、私はあの子に依存してただけだ、此処まで来れたのも、強く振舞えたのも、あの子が居たからだ、私は、結局、一人じゃ、何もできないんだ)」
森を出られたのも、今のように強く成れたのも、全てリリィという存在が大きい。
元々、キッカケを待ち続けるという受け身な性格。
リリィが事故を起こいていなかったら、一生あの暗い森の中で過ごしていた。
結局、進もうと思えたのは、リリィが居たからだ。
「……(そう思うと、私、リリィの事が好きだったって言うよりも、リリィに甘えていたかったんだ、だから、何時までも、私からのキスを先延ばしにして)」
何時まで経っても、リリィに自分からキスをできて居なかった。
襲撃を警戒する為なんて言い訳をして、ずっと先に、先にと、延々と伸ばしていた。
きっと、好意を持っていたというより、甘える対象でしかなかった。
そんな考えが回り、シルフィは余計に惨めな気分に成る。
「は、はは、死ねよ、私、死んじゃえよ」
「……荒れているな」
「……おじいさん、誰?」
「おじいさんか、私も年を取ったものだ、となり、良いかね?」
「……ん」
うずくまっているシルフィの元に現れたのは少佐。
同族であるシルフィからも、おじいさん呼ばわりされてしまう少佐は、少しショックを受けてしまう。
ちょっと心を痛めながらも、少佐は了承を得たうえで、シルフィの寝るベッドに座り込む。
「私は、ジャックの上官さ、君の母、ジェニーとも親しい仲だった、少佐と呼んでくれればいい」
「そ」
「はは、嫌われてしまったかね?」
「……そうじゃない」
「本当なら、紅茶の一杯でも入れてあげたかったが、此処は指定された飲食物や道具以外、持ち込み禁止だからね」
「ッ!」
少佐の言葉に背を向けるシルフィであったが、今の言葉を聞いて、ガーベラをより一層強く握る。
今の状態で、ガーベラを取り上げられては、どうなるか解らない。
震えるシルフィを見て、少佐は少し事をしてしまった気分に成る。
「おっと、安心してくれ、その刀だけは、取り上げたりはしない」
「……」
「しかし、振られるのは、本当に辛いな、学生時代の私にも、そう言う経験が有る」
少佐は身の上話を続けるが、シルフィは沈黙を貫く。
自分の事で一杯一杯だというのに、他人の話を聞く気にはなれなかった。
だが、少佐は話す事を止めはしなかった。
「君は、確かに弱いのかもな、それこそ、彼女にすがらなければ」
「……」
「君は今、その弱さに直面している、ジャックとて、何度打ちひしがれた事か」
「……私は、アイツみたいに強くない、ただの小娘だもん、だから、今は放っておいて」
「私には、そうは見えなかったぞ、映像だけだが、君は、ただの小娘の枠には、収まらない強さがある」
「……そんなの、ただの偶然だよ、リリィとも出会ったのも、此処まで来れたのも、全部、偶然の産物」
完全に自信を喪失しているシルフィを見て、少佐は少し微笑む。
何度もこうして打ちひしがれる部下達を見て来ただけあって、こう言った人物は山ほど見てきた。
彼らに比べれば、今のシルフィは、まだ症状が軽い方だ。
「落ち込んでいる割に、随分とよく喋るものだ」
「……」
「それに、リリィというアンドロイドと出逢ったのは、確かに偶然だったのかもしれない」
「……」
「だが、進む事を選び、此処まで突き進んだのは、君の意思だ、君の強さだ、私はそう思う」
「だから、なんなの?」
「その強さをくれたのは、一体誰だい?」
「……それは」
「君の初恋であるリリィという事に、変わりは無いだろう」
少佐の言葉に、シルフィはこれまでの事を思い出す。
ジャックに戦いを挑み、テルの村を守ったのも、自分の意思だった。
だが、だからと言って、シルフィは自分を肯定できない。
何しろ、その強さのきっかけを作ってくれたのは、リリィなのだ。
彼女が居なければ、何もできなかった事に変わりは無い。
「でも、でも、結局、私はリリィが居ないと、何もできなかった、あの子が居たから、私は、信じて戦えた!」
「……ならば、その恩は返さないとな」
「え?」
「君には、彼女に返しても、返しきれない恩が有る」
「……」
「さて、私は、此処で失礼しよう」
「……あ、ちょ」
少佐は、戸惑うシルフィを置いて、部屋の外へ出る。
残されたシルフィは、上体を起こし、ガーベラを少しだけ抜き、その刀身を眺める。
同時に、リリィの浮かべた表情を思い出す。
寂しく、悲しい表情。
「(まるで、今の私)」
刃に映る自分の顔と、あの時のリリィの顔を重ねてしまう。
寂しくて、辛くて、すぐに逃げ出したいという、弱弱しい顔。
「(そうだ、私はリリィに助けられた、だったら)」
ベッドから立ち上がったシルフィは、一つの決意をする。
―――――
その頃。
ジャックは仕事を終え、老人の差し入れである緑茶を飲み干した後。
仕事終わりのコーヒーを傾けていた。
「ふぅ、緑茶も良かったけど、やっぱり俺は、コーヒーだな」
「ジャック!!」
優雅にコーヒーブレイクをしていると、事務室の扉は勢いよく開く。
そのせいで、引き戸は少し破損し、驚いたジャックは、コーヒーを吹き出してしまう。
いれたばかりで、まだ熱いコーヒーが膝にかかり、熱さに苦しんでいると、ドアを開けた本人が目の前に現れる。
「ッ!?な、なんだ!?つか、誰!!?」
「何?私の顔、もう忘れたの?」
驚くジャックの目の前に現れたのは、草色の髪を短く切りそろえたエルフ。
部隊には少佐やドレイク以外にも、エルフは居るが、初めて見る顔だ。
なんて思ったら、よく見れば、彼女は髪を短く切ったシルフィという事に気付く。
「え、どした?お前、その髪」
「ねぇ、ジャック、私を、アンタの部下に加えて」
「いや、別に良いけど、急に設備破壊して何!どんな心情の変化!?」
つい三日前まで、ゾンビみたいな表情をしていたというのに、今はどうだろう。
絶食で少しやつれているが、目、口角、全てに生気を宿している。
一体何が有ったのか解らないが、今のシルフィは燃えに燃えている。
今日の昼食も、一切手を付けていなかったというのに、いきなりの変化にジャックは戸惑ってしまう。
「私、決めたの、今度は、私がリリィを助ける」
「お、おう」
「その為なら、カルミアちゃんでも、ヘリアンでも、イベリスでも、デュラウスでも、皆倒してでも、あの子を助け出す!」
「おい!急に何!?初耳の名前次々上げないでくんない!!」
「うるさい!私は、あの子を助ける為なら、何だってやって見せる!!」
物凄い剣幕のシルフィに、珍しく圧倒されるジャックは、一先ずコーヒーを一口含む。
カフェインで落ち着きを取り戻し、冷静に状況を整理する。
先ず、落ち込んでいたシルフィは、何故か復活。
腰までの髪をすっかり切り落としている辺り、完全に決意を固めている。
とはいえ、目の前のシルフィの迫力で、すっかり忘れかけていたが、今のリリィの状態も考えなければならない。
恐らく、今のリリィは、ジャックとシルフィを最優先目標と設定されている。
となれば、シルフィも行けば、リリィと戦う子に成る事は必至。
少佐に無理を言えば、シルフィの事を連れていけない事は無い。
だが、もしシルフィが戦場に出れば、リリィはどれだけ絶望するだろうか。
「あ、あのなぁ、シルフィ」
「何!?」
「……その、決心と覚悟は立派だ、だがな、お前が行くことが、アイツの幸せに成るとは限らない訳でな」
「だから何?あの子が嫌がるから行かないって選択肢ならぶっ壊すよ」
「あ、いや、そう言う事じゃなくてね」
「それに、私を泣かせたんだから、あの子の事、一回は泣かせてもいいよね」
「え、あ、いや、それはぁ~」
「もしあの子に拒絶されても、私はもう止まらない、直進する、殴ってでも、はっ倒してでもキスして、それでも足りないなら〇してでも解らせる!私の愛と覚悟を!!」
「おい!何やべぇ事言ってんだ!それもうただのDV!歪みすぎ!戻ってこい!進みすぎて訳解んないところまで到達してる!!」
何かもう色々と危ない部分まで到達してしまっているシルフィを前に、ジャックは珍しく怯えている。
しかも、シルフィの目はマジであり、もう止める手立てが無く成っている。
声からしても、今のシルフィを止められる者は居ない。
「何処にたどり着いても良い、あの子を助けられるなら!!」
「……はぁ、分かったよ、少佐に掛け合ってみるから、一先ず落ち着け、何にしても、今すぐには無理なんだから」
「……解った、それで、何時なの?」
「何が?」
「リリィの所に行く日」
「……そうだな、部隊編成、降下方法、その他諸々を決めて、最短でも三か月後だな」
「わかった」
「それともう一つ」
「何?」
「お前を、ストレンジャーズとして、鍛える期間でもある事を忘れるな、恐らく、宇宙空間からの空挺降下に成る、それと、今以上に短所を叩き上げる、そのうえで、俺と少佐の判断で、同行を許すかの最終チェックとする」
「……わかった、三か月ね、それまでに、アンタらが認める存在になってやる、そして、リリィを、助ける!!」
「お、おう(少佐の奴、一体何吹きこんだんだ?)」




