ベゴニアの花言葉 前編
「……おい、いい加減起きろ!何時まで寝てやがる!」
「痛ッ!……何?って、イダダダダ!!痛った!上半身全部痛い!!」
カルミアとリリィ、双方が停止している中で、ジャックはシルフィを叩き起こす。
目覚めたシルフィは、ジャックに蹴られた部分よりも、リリィに斬られた個所の激痛にあえぐ。
しかも平静を完全に失っており、傷を再生させる事さえも忘れてしまっている。
「おい、うるせぇぞ!そんなゴロゴロしたら傷口に砂入んぞ!!」
「で、でも!傷治んないし!血ぃ止まんないし!」
「うるっせぇ!落ち着け!天同士だったら、総合的に強力な方が優先される!刀に練り込まれた程度なら容易に無効できる!!」
「え、マジで?」
ジャックの言葉で、少し落ち着いたシルフィは、痛みを忘れたように振舞いだす。
何とか呼吸を整え、集中力を取り戻す。
そして、傷口付近に自身の魔力を集中させる。
「ふぅ、はぁ、あぁ~」
「……(大した成長だ、同属性でも、何とか再生できるように成ったか)」
すると、リリィに斬られた部分は再生する。
血は止まり、傷は徐々に塞がりだす。
痛みも引いたシルフィは、立ち上がり、カルミアとリリィ、ラベルク達を視界に収める。
「(だが、この程度では、やはり欠損レベルは無理か)」
「……で、どういう状況なの?」
「さぁな、多分だが、ラベルク以外は、本隊からの連絡って、所か」
「で、ラベルクさんは?」
「アイツに捕まってる」
連絡を受け取っているリリィとカルミア、そして、レッドクラウンの尻尾に捕らわれるラベルク。
さっきまで気絶していたシルフィからすれば、良く解らない状況だ。
「……なら、今が攻め時でしょ、早くリリィとラベルクさんを」
「ああ、なら、俺がリリィの方に行く、お前は、デカい方、レッドクラウンをやれ」
「何で私?普通アンタが大きい方でしょ」
「うるせぇ、俺はアイツを攻撃できねぇし、お前もリリィの奴を攻撃できねぇ、持ちつ持たれつだ」
そう言い、ジャックはガーベラをシルフィに返却する。
シルフィとしては、色々と疑問の残る状況であるが、仕方ないので、ガーベラを構える。
とはいえ、リリィを攻撃できないのも事実だ。
ジャックはリリィに、シルフィはカルミアへと狙いを定める。
そんな中で、シルフィはリリィを視界の端に映す。
「(リリィ、一体如何しちゃったの?)」
「チッ!」
「舌打ち!?」
「クソがッ!!」
レッドクラウンへと狙いを定めていたシルフィだが、カルミアの放った突然の舌打ちに驚く。
カルミアは、メッセージ内容に不満を抱きながら、ラベルクをジャックの方へと投げる。
うつ伏せになりながら、砂浜を滑る様にしてジャックの元へ吹っ飛んでいく。
ジャックに踏まれて停止し、ジャックはラベルクに安否を尋ねる。
「おーい、大丈夫か?」
「も、申し訳ございません、やはりエーテル・ギア無しでは」
「おい、シスコン!ロリコン!クソレズ!よく聞け!」
「(え、クソレズって、私の事?)」
「カルドって奴から、アンタらにメッセージだ」
それぞれの悪口を呼んだカルミアは、スピーカーを使用してカルドからの伝言を伝達する。
しかも、かなりイライラしており、言葉にも怒りが込められている。
「マザーは我々が管理している、今の混沌とした時代を続けたければ、我々を倒すがいい、戦場はラベルクが知っている、開戦時刻は、お前たちに一任する、だとよ」
伝言を聞いたシルフィは首をかしげ、その横で、ジャックは少し青筋を浮かべる。
今まで何度か宣戦布告をされた事は有ったが、此処まで舐められた布告は初めてだった。
正直な所、今すぐにでも初めてやりたい気分でもある。
「……どういう事?」
「どうやら、相当舐められてんな、喧嘩上等だから、何時でもかかって来やがれってか」
「ま、そんな所、今日の所は、アタシらも退散する」
カルミア達が受け取ったメッセージは撤退命令。
これから起こる戦争に備え、リリィとカルミアには、即時撤退を言い渡された。
カルドの目的は、マザーを利用した連邦政府へのクーデター。
その前に、連邦軍への印象操作を行う必要がある。
万全な状態のスレイヤー、そして、総力をもって攻めて来るストレンジャーズ。
彼らを完全に打ち倒す。
それを実現するためにも、今此処でジャック達を倒す訳にはいかないのだ。
「ほら、アンタも来な」
「……はい」
退却しようとするカルミアは、リリィの事を肩部へと乗せようとし、リリィはそれにすんなり従う。
その時のリリィの表情。
とても悲しく、寂しそうな物。
どう見ても、このまま行く事を嫌がっている。
そんなリリィの表情を見て、シルフィは駆けだす。
「ちょ、待ってよ!リリィ!!」
「来ないでください!!」
「ッ!?り、リリィ、な、何で」
シルフィを止めたリリィは、ゆっくりとシルフィの方を向く。
リリィの視界に映るのは、絶望に染まるシルフィの姿と、彼女を止めかけていたジャックの姿。
罪悪感で一杯になってしまっても、リリィは微笑む。
彼女であれば、シルフィの事を託せると思い、腰の鞘を抜く。
「大尉!」
「ッ!」
「彼女を、お願いします」
ジャックに向けて、鞘を投げ渡し、ジャックはそれを受け止める。
そして、今にも泣きそうな表情を浮かべたリリィは、シルフィを見つめる。
対して、リリィの意図を察したシルフィは、大粒の涙をこぼしていた。
こんな時、涙を流せない自分の体に、イラ立ちを覚える。
だが、何かしらの挨拶を始める。
「シルフィ、貴女への気持ちに、嘘は有りません」
「ま、待って」
「やはり、貴女は、私なんかと居るより、幸せな事は沢山有ります」
「そ、そんな事、無い、お願い!私を、一人にしないで!!」
リリィの言葉を聞き、シルフィは、心の中で叫び続ける。
謝らないで欲しいと、行かないで欲しいと、一人にしないで欲しいと。
涙を流しながら、祈り、叫ぶ。
だが、現実は非常な物だった。
「ごめんなさい、シルフィ、これで、お別れです」
「ッ!!?」
リリィの言葉に、シルフィはまるで地の底へ落ちるような感じを覚えた。
ジェニーと死別した時以上に、生気を無くし、大量の涙を流す。
刀は手から滑り落ち、立っている事もできず、膝から崩れ落ちる。
思考は滅茶苦茶に成り、もう何も考えられなくなってしまう。
「いや、嫌だ、待って、一人に、しない、で」
「おい、しっかりしろ!」
「大尉、シルフィを、よろしくお願いします、せめて彼女には、人並み程度の幸せを」
そう言い残すと、リリィはレッドクラウンの肩部に搭乗する。
カルミアはレッドクラウンを動かし、空中へと移動。
リリィは、空中から下に居るシルフィをじっと見つめ、別れを惜しむ。
今まで何度か別れという物を経験したが、今回は格が違う。
胸の奥がかき乱されるように、辛く、悲しい。
「大尉、次の戦場で会う事が有れば、シルフィの居ない場所で、私を、破壊してください」
ジャックへ淡い希望を託したリリィは、レッドクラウンに捕まる力を強める。
そんなリリィはしり目に、カルミアはコックピットの中で目を見開いていた。
リリィとは違い、不快で、胸糞悪い状態だ。
「クソ共が、ただでさえイラついてんのに、くだらない茶番見せやがって」
「……貴女、一体何を」
「不愉快なんだよ、クソ害虫共!!」
「や、止めて!」
リリィの静止を無視し、レッドクラウンのミサイルの安全装置を解除。
ロックオン機能を使わず、市街地に向けてなりふり構わず放つ。
此処に来る前に補給を行っていた分の全て。
計五十発のミサイルは、市街地へ雨のように降り注ぐ。
何かを狙って居るというよりは、とにかくミサイルをばらまく事を目的としている。
「大尉!姉さま!!」
「あんの小娘!ラベルク、やるぞ!」
「はい!」
リリィの警告を耳にしてか、ジャックは腰の拳銃二丁を引き抜き、空中へ向けて連射。
ラベルクは、こっそりくすねたサブマシンガンで、迎撃を開始する。
シルフィは、もう立ち上がる事すらできない状態。
仕方なく二人でミサイルの迎撃に当たる。
「避難は済んでいない、全部撃ち落とせ!!」
「了解!!」
民家の屋根を転々としながら、二人は弾幕を形成する。
形成された弾幕で、ミサイルは次々と撃墜。
だが、広範囲に、しかもランダムな配置。
二人共狙撃を行えるような装備ではない事を差し引いても、全てを撃墜する事は難しい。
それに、とても誘爆を狙えるような間隔ではなく、エーテル・ギアも無いので、地上からの射撃に成る。
しかも、爆炎で地味に視界を遮られてしまう。
「……やれやれ、よもや、このような事に成るとは」
苦戦するジャック達を見て藤子は愛用の扇子を構える。
降り注ぐ物が何なのか、大雑把にしか把握はできないが、一つも落としてはならない事は、二人の様子からも解る。
彼女達には、色々と借りも有る。
「得体のしれぬ怪異より弱者を守る事もまた、わらわ達の務めじゃ!!」
扇子を大きく振った藤子は、周辺に大量のツララを生成。
ジャック達がまだ撃ち落としきれていないミサイル狙いを定める。
扇子を閉じ、ミサイルを迎撃できる軌道を強く念じる。
未だ数十発は残っているミサイルは、かなりの速度で落下している中で、同時に照準を調整。
「行け!氷柱弾丸!!」
勢いよく扇子を突き出すと、ツララたちも一斉に射出。
弾丸の如く勢いで、ミサイルへと迫り、次々と撃墜されていく。
扇子を突き出し、ほとんど一秒にも満たない時間で、全てのミサイルを迎撃。
結果、空は黄色い爆炎で覆われる。
一瞬にして全てのミサイルを迎撃するという事を成し遂げられ、二人は苦笑する。
「……やっぱすげぇな、異世界人ってのは」
「連れてきて、正解でしたね」
「ああ(いざって時は、頼りにするか)」
藤子の実力に感心するジャック達。
そんな二人であったが、シルフィはまるで抜け殻となってしまったかのように、座り込んでいた。
その手に握られるのは、かつて共に制作したガーベラ。
鞘に納められた物を、抱きしめるようにして座り、涙を流す。
「リリィ」
シルフィの心を支配するのは、孤独と、強い後悔。
まるで、今までの全てを否定されたかのように、気力を失ってしまう。
今まで流したことが無い位、大粒の涙。
その数だけ、シルフィは生気を失った。




