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集いし姉たち 中編

 港町にたどり着いたリリィ達は、襲撃の事なんてすっかり忘れて、どっぷりと観光を始めていた。

 海でしか取れない魚を売る市場、観光客向けのお土産屋。

 そして、海洋に住まう魔物から作った武具。

 色々と見て回った後。

 シルフィはちょっとショックを受けていた。


「は~、この辺お刺身食べる習慣無いんだ」

「はい、残念ながら」


 実は、海を目指すと知ってから、シルフィは密かに刺身を楽しみにしていた。

 しかし、残念ながら、この辺りでは魚の生食を行う習慣は無く、楽しみは潰えてしまう。

 仕方がないので、その辺の屋台で購入したエビの串焼きをかじりながら、観光を再開した。


「ん、おいしいね、この……エビだっけ?」

「はい、この辺りでは、ちょっとした名物のようですね」

「……あ、この味、確かせm」

「ストップ、似ているのは解りますが、口には出さないでください」

「え、あ、ゴメン」


 シルフィの抱いた味の感想は、色々とマズそうだったので、すぐに口を封じた。


 ―――――


 エビを食べ終えた二人は、浜辺へと移動。

 そこで、シルフィは改めて海の大きさを実感する。


「うわ~、おっきいねぇ」

「これでも、ほんの一部です、この世界も、七割は海でできて居ますからね」

「え、陸地って三割だけなの?」

「ええ、全体を見れば、精々その程度です」

「凄い」

「(此処、確か夜も絶景らしいけど、せめて、その時までは、此処で)」


 壮大な光景に見とれるシルフィの背後で、リリィは物思いにふける。

 此処に来るまで、長いようで短い旅だった。

 何しろ、シルフィと出逢って、まだ二か月程度しか経ってないのだ。

 だというのに、一年近く一緒にいた気がする。


「(彼女との出会い、偶然なんかじゃない、きっと、運命というスピリチュアルな現象の思し召しだな)」


 最初はただの厄介者、不審人物。

 今とは全く逆の印象を受けていた。

 それが、いつの間にか友情に変わり、恋情へと変わっていた。


「リリィ?」

「……シルフィ、貴女に逢えた事、私は、とても嬉しく思います」

「えっ……ちょ、ちょっと、急に何?恥ずかしい」


 耳まで赤く染まるシルフィの表情に、リリィはひたすらに可愛いという印象を受ける。

 今すぐ抱き着き、頬をすり合わせ、キスを交わしたい。

 こんな事を思う事に成る何て、昔の自分では考えられない。

 いつの間にか、こんなにも人間の恋情を抱く程にまで、リリィのAIは進化していた。

 いや、元々それだけのスペックは有ったが、発揮する機会が無かった。

 という方が正しいかもしれない。


「……」

「え、リリィ?」


 お互いの息がかかる位接近したリリィは、そのままシルフィに抱き着く。

 正直、こうして居られるのは、もしかしたらこれが最後なのかもしれない。

 そんな不安が、リリィの中で渦巻く。

 愛の告白を交わしてからは、毎日が幸せだった。

 血生臭い目に遭っても、シルフィと居られる。

 たったそれだけの事で、不幸だと感じる事は無く、幸せの一言に尽きた。


「シルフィ」

「……(震えてる、何で?)」

「私、本当はこの先に行きたくない、このまま、貴女と、ずっと、二人一緒に冒険していたい」


 シルフィの体に抱き着くリリィは、まるで別れを嫌がる子供のように駄々をこねる。

 このまま、二人で逃げ出して、現実から背を向け、のんびりと暮らしたい。


「(如何して、そんな事が許されないんだ?如何して、私達アンドロイドは、自分の役目以外の事を、してはいけないんだ?)」


 リリィの役目。

 スレイヤーを抹殺し、ナーダに勝利をもたらす。

 そんな事どうでも良い事を、これからも続けなければならない。

 どうせ数百年もすれば、また戦争が起きて、また大きな政権交代が起こるのだから。


「……ねぇ、今まで聞かなかったけど、もしかして、向こうに行ったら、もう、会えないの?」

「その可能性は高いです……運が良くとも、月に一度、会えるか会えないか、でしょうね」

「じゃぁ、何で」

「私に、自由意志は有りません、所詮はマシーンですから、此処に向かうしか、選択肢がないのです」

「リリィ」


 人間が羨ましい。

 きっと今以上にそう思う事は無いだろう。

 人間であれば、此処に来る前に逃げられたかもしれない。

 だが、アンドロイドであるリリィには、戦略的撤退以外に、逃げるという道はない。

 もう、このまま進むしか、道は無いのだ。


「(そっか、最近やけに恥ずかしい事してくるって思ったら、こういう事か)」


 今のリリィを見て、シルフィは最近のリリィの行動の意味に気付く。

 やけに猛烈なアピールをしていたのも、きっと、会うのが難しくなるという事が解っての事。

 それなのに、何度か拒絶したり、暴言を吐いたりしてしまった。


「ごめんね、リリィ」

「謝る必要は、有りません、言い出さなかった、私が悪いんです」

「でも」

「いいんです」


 リリィは、シルフィに抱き着くのを止め、少し距離を取る

 そして、なんともぎこちない笑みを浮かべ、強がりながら、話を始める。


「……さて、辛気臭く成ってしまいましたね、とりあえず、今までの分、うんと休みましょう」

「そ、そうだね」


 そう言ったリリィは、今日の宿を取る為に、町へ向かおうとする。

 だが、そんな二人の前に、とある人物が現れる。


「休み?そんな物、もう取れないかもしれないぜ」

「ッ!?」

「その声は!?」


 忘れたくても、忘れそうにない声。

 それを聞いたシルフィは、瞬時にストレリチアをマチェットに切り替え、リリィもブレードに手をかけた。

 完全に戦闘態勢となった二人の前に、声の主は現れる。


「よう、久しぶりだな、しかし、海にチェーンソーを持たずに来るとは、浮かれてんじゃねぇぞ!!」

「……」

「……」


 二人の前に、再び現れた怨敵、ジャック・スレイヤー。

 だが、その恰好はなんとも異質な姿。

 両手にチェーンソーを装備し、頭にもチェーンソー風の被り物を付けている。

 完全に何処かで見た事有る姿を想像しながら、シルフィは完全に白けながらジャックを見つめる。


「何だ?完全防備とはいえ、俺の事忘れたか?」

「それ、前回やったから」

「え」

「いや、え、じゃなくて、ネタ被ってるから、前回リリィがそのネタやったから、どうせサメが如何のこうの言うんでしょ」

「……」


 海にチェーンソーを持ち込む。

 リリィが既にやっていた事を、ジャックもやっているのだ。

 同じネタで来られたことで、シルフィは白け、すっかり戦闘態勢を解除してしまう。

 それ以前に、恰好がかなりマズイので、早くやめて欲しい。


「ていうか、何で頑なにチェーンソー?」

「決まってんだろ、チェーンソー、それは人類がサメというかつての霊長を相手に立ち向かうべく作り出した、戦略兵器なんだよ」

「聞いた事ねぇよそんな話」

「何だ?ネタ被っている割に、この話を知らんのか?かつては、陸上の支配者だったサメ、その支配を打ち破るべく、人類はチェーンソーという兵器を制作し、多くの犠牲を払いながらも、サメを海まで追いやったという、ラグナロクの話を」

「何ラグナロクって、何で神話みたいになってんの?そして結局サメって何なの!?」

「太古の時代、人間に霊長の座を奪われた超生物だよ」

「リリィと微妙に話が違うんだけど!てか、そもそもチェーンソーって伐採とかの道具でしょ!?」

「いんや、チェーンソーは元々サメを殺す兵器、素人はよく木や悪魔を斬ったり、ホッケーマスク被った殺人鬼に持たせるが、あれは間違いだ」

「オムレツの作り方みたいに言うな!」

「あ、でもホッケーマスクの殺人鬼が使うのは間違いって言うのは本当ですよ」

「そうなの!?」


 等とどうでも良いやり取りを繰り広げた後。

 ジャックはチェーンソー類を捨て、リリィの方へと歩み寄る。


「しかし、随分しおらしくなったな」

「おかげさまで」


 再開した二人は、未だにお互いを敵同士と認識しているかのようにふるまう。

 お互いに、手は刀に添えられ、正に一触即発といった状態。

 しかも、両者とも、お互い完全に間合いに入り込んでいる。

 何時斬り合いが発生しても、おかしくは無い。


「とはいえ、頭はまだまだか?高性能アンドロイドなら正しい歴史位教えてやれや」

「おや、何のことでしょうか?」

「え、ちょっと、何この感じ、嫌な予感がするんだけど」

「折角の恋人だ、歴史のお勉強位しっかりとしてやれや、サメとチェーンソーのな」

「もういいわ!そのネタ!」

「おや、間違っているのはそちらの方では?私が聞いたのは、サメは海から生息圏を広げたという物ですよ」

「何じゃそりゃ、良いか、サメは元々陸の生き物だったんだよ、そっから人類が知恵と勇気を振り絞って海においやったんだよ!」

「絶対お前らの主張どっちも間違ってるよね!!」


 シルフィのツッコミの通り、どっちも間違いの主張である。

 だが、そんなシルフィのツッコミは無視し、二人は口論を再開。

 横で見るシルフィは、自分と話す時よりも生き生きしているリリィに、少しモヤモヤした感じを覚える。


「(さっきまで思い詰めてたくせに、何で此奴と話すときはこんなイキイキしてるの?)」

「てか!間違った歴史教えたこと、ちゃんとアイツに謝れよな!」

「うるさいです!貴女が間違っているんですから、貴女がシルフィに謝りなさい!」

「(しかも、こんなどうでもいい争いで……)」

「うるせぇ!テメェが、謝れってんだよ!」

「アンタが謝りなさい!!」

「私よりこんな茶番読まされた読者に謝れ!!」


 嫉妬などで色々モヤモヤしていたシルフィであったが、二人のやり取りに、我慢できずツッコミを優先する。

 しかし、シルフィのツッコミは無視した二人は、勝手に殴り合いを始めてしまう。

 今回は殺し合いというよりは、単純に喧嘩友達同士の殴り合い程度の物。

 本当に子供のイザコザ程度の殴り合いだ。


「……(殴り合いはともかく、毎回アイツと楽しそうに話すのが、何か解せない)」

「ヤレヤレ、お二人は相変わらずですね」

「え、急に誰?って、何で藤子さんが居るの!?」


 ジャックと仲良くするリリィを見て、嫉妬していたシルフィの横に一人のメイドが現れる。

 黒中心のメイド服を着た少女は、気分を悪くしている藤子抱え、シルフィに一礼する。


「初めまして、私はAS-Iラベルク、あの子、リリィの姉です、シルフィ様」

「え!リリィのお姉さん!というか、何で藤子さんが居るの!?」

「この方はいざという時、誤解を解くためにお連れしたのですが、乗り物に酔ってしまわれて」

「そ、そうなんだ(なんだろう、気になるけど、聞いちゃいけない気がする)」

「さて、それはそうと、大尉、早く例の注射で、リリィのウイルスの除去を行ってください」

「え?ウイルス?何のこと?」

「それについては後程」


 藤子を担ぐラベルクは、ジャックに持ってきた注射をリリィに打つように促す。

 シルフィからすれば、何のことだかさっぱりである。

 今のジャックの装備には、リリィが此処に来た際に注入されたウイルスのワクチンが有る。

 一先ず、早い所ワクチンを打って、退散したい所だ。


「あの、大尉?大丈夫ですか?」

「クソが!もうちょっと、加減して、殴れや!レズアンドロイド!!」

「……」

「え?」


 だが、ジャックとリリィの殴り合いは続く。

 いや、むしろ悪化しているようにも見える。

 喧嘩の範ちゅうではなく、完全に殺し合いレベルにまで発展しつつある。

 そんなリリィを見て、シルフィは目を丸くする。


「リリィ?如何したの?」

「ど、如何かなさったのですか?」


 違和感。

 殴り合いを続けるリリィを見て、シルフィは大きな違和感を覚えていた。

 まるで、初めて会った時のような印象を受けてしまっていた。

 何も感じず、ただ仮面を被っている、ただの人形。

 それだけならば、まだよかった。


「……ッ!!」

「あ、シルフィ様!?」


 シルフィの身体は、思うよりもまず、行動に出た。

 明らかに、今のリリィは、シルフィの知るリリィではない。

 そう思っただけで、シルフィはジャックの救助に向かい、ジャックを全力で蹴り飛ばす。


「テメェ!助けに来たのか殺しに来たのかどっちだ!?」

「……ねぇ、ジャック、あの子に何かするなら、早くして」

「……おい、まさか」

「うん、今のあの子は、私達の知ってるリリィじゃない」


 合流した二人は、リリィの方を向く。

 視線の先には、ガーベラを引き抜き、完全に戦闘態勢に入ったリリィが佇んでいた。


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