姉たる者達 前編
基地の司令部にて。
呼び出されたエーラは、懐かしい顔と対面していた。
「よう、十年ぶりか?」
「はい、十年と三か月十一時間ぶりです」
「そう言うのは良い、何の用だ?」
「……」
モニターに映る少女。
ラベルクは、エーラの問いかけに応えるように、データをエーラの持つ端末へ送信する。
送られたデータを見た少佐は、ますますラベルクの目的が解らなくなる。
データの中身は、アリサシリーズの機密情報。
そんな物を簡単に明け渡す理由、少佐はそれを知りたかった。
「何が送られてきた?」
「アリサシリーズのブラックボックスの一部みたいだ」
「そんな物を送る理由は何だ?君の目的は?」
「……まずは、私の妹が傷つけた民間人の救助、そして、裏切り者の始末です」
ラベルクの要求内容を聞いた少佐は、更に疑いを強める。
現在、アリサシリーズの一機とジャックが戦闘中。
この状況では、裏切っているのはラベルクの方だ。
「裏切り者?そんな物、君以外に誰が居る?」
「そのお話については後程詳しく致します、今は、戦闘中の大尉へ支援を」
「君に言われずとも、此方は既にその気だ、それに、彼女のエーテル・ギアは強化改修を受けている、そうやすやすとはやられはしない」
「オーバー・ドライヴ・システムですか?大尉より幾らか情報をいただきましたが、恐らく、使用は不可能の筈です」
「……本当か?」
「ああ、まだ少し不完全な部分が有ってね、今使用すれば、最悪オーバーロードして爆発する、だから、使うなって、しっかりと釘を刺しておいた……あ」
指令室の全員に聞こえる位の声で言い放ったエーラの言葉。
それを聞いた面々の一部は、エーラへと冷たい視線を送りだしてしまう。
少佐もラベルクも、目を細め、エーラへ嫌な視線をぶつけている。
その視線を受けたエーラは、やらかした、という顔をする。
何しろ、ジャックは押すなと言われたら押すタイプ。
釘をさすレベルで言われたとしても、問答無用で使用する事位、目に見えている。
気まずい空気を解消するべく、エーラはぶりっ子気味に誤魔化そうとする。
「……え、エーラ、エーラい事言っちゃったワン」
「ロウソクに成ってこい」
「あ!ちょっと!悪かった!今のは私が悪かった!!」
キレた少佐は、真顔になりながら、護衛のアンドロイド兵に命令し、エーラを連行させる。
此れがジャックであれば、本当に焼却炉にでも送った所だった。
しかし、今回はエーラなので、単純に指令室内で拘束されただけである。
それはそれとして、少佐は緊急事態を視野に入れ、すぐに部隊へと通達を始める。
「それで、砲兵と機甲部隊の状態は!?」
「全機出動体勢が整っています!」
「航空部隊は!?」
「コンドルは一機出せます、現在、ドレイク中尉が出撃準備を進めています」
「攻撃ヘリ、並びに、航空機も発進準備完了!」
「よし、規模と配置を命じる!機甲部隊にはメディックを数名同行させろ!ラベルクの情報が本当であれば、負傷者が数名居る!」
少佐の指示に頷いたオペレーター達は、すぐに作業に取り掛かり、少佐も細かな指示を加え始める。
その状態を見て、ラベルクは一礼する。
「協力、感謝いたします」
「勘違いするな、君を信用した訳じゃない」
「それでも、今は彼女を止める事が先決です」
「解って居る」
「お早めに、彼女、カルミアには、奥の手がございます」
「奥の手?」
―――――
葵達はというと。
重症を負ってしまった葵の治療を行いつつ、クレーターの外へ移動。
そして、ジャックとカルミアの戦いを、その目に焼き付けていた。
「何なのじゃ、あれは」
「動きが、見えへん」
先ほどまで彼女達の戦っていた黒い巨人。
その巨体からは考えられない程、俊敏な動きを見せる。
更に、小回りの利く尻尾により、巨体ゆえにどうしても大雑把になり易い部分をカバーする。
対する赤い鳥人間のような恰好をする謎の女。
彼女は、炎の属性を纏わせた刀を使用し、巨人の相手をしている。
見るからに強力な斬撃の数々であるというのに、やはり、巨人を切断できずにいた。
しかも、どういう訳か、鳥人間が戦い始めてすぐ、クレーター付近は灼熱と化した。
二人の化け物の戦い。
それは正に異次元とも言えた。
「今までシミュレータで戦った事は有るけど、実戦はやっぱ違うね!」
「そうかよ!」
レッドクラウンの質量、非常に鋭利な爪から繰り出される攻撃。
直撃すれば、エーテル・ギアの装甲なんて紙屑も同然。
しかし、高い再生能力を持つジャックからすれば、装甲の有無は一切の問題は無い。
だが、現在のジャックのステータスは、ほとんど攻撃に回している。
そうでもしなければ、レッドクラウンの強固な装甲には、全く攻撃は通用しない。
防御を疎かにしてでも攻撃をして、ようやく表面に引っ掻き傷を付けられる位だ。
「(畜生、硬すぎる、従来品のアダマント合金装甲でも、此処まで固くねぇぞ!!)」
今までズバズバ斬っていた従来のアダマント装甲と比べ、レッドクラウンの装甲は堅牢すぎる。
アダマント合金の装甲は、確かに硬い。
質量を活かした近接戦闘を推奨させるほどに、とてつもなく堅牢な装甲材。
そんなアダマントを凌駕する強度を誇っている。
そしてもう一つ、厄介な部分を持つ。
「ッ!!」
「背中がお留守だよ!!」
レッドクラウンの背部から延びる尻尾。
不意を突かれ、背後から迫ってきた尻尾を寸前の所で回避したジャックは、ワイヤー部分に向けて斬撃を入れる。
「(これもか)」
ワイヤーは、ジャックの刀を弾く。
斬った感触としては、鉄でできたコンニャク。
柔らかさと頑強さが両立しており、刃が入らない。
しかも、ワイヤーは生き物のようにうごめき、鞭としても扱っている。
「(しかも何だ?この音は、まるで生き物、それに、装甲を斬った音も、アダマント系の金属じゃない)」
戦闘を長引かせる程、レッドクラウンという存在の異質さを感じ取る。
ワイヤーの動く音、装甲を斬る音。
それらは、今までのアリサシリーズやビークルと、明確な違いを覚える。
しかも、レッドクラウンの動きは、限りなく人間に近い。
「(あのラベルクですら、コイツの技術を把握できていないのか)」
提示されたデータから、撃破の参考に成るのは、ブレインジャマーの弱点。
判明したウィークポイントは、其処だけだった。
他に弱点となる部分は、ラベルクさえ把握していないのだ。
大型の二足歩行兵器は、大体は脚部付近や関節部分を弱点としているが、そんな常識に意味は無い。
関節に攻撃を入れた所で、少し怯む程度。
身体能力も高く、足を払っても、体操選手の如く動きで姿勢を直す。
「(しかもコイツ、アンドロイド特有の反応の遅れが無い、中身は人間なのか?いや、ラベルクからの情報では、中身はアンドロイドの筈だ)」
「ホラホラ!ゴチャゴチャ考えてる暇あるなら死んじゃいなよ!!」
「チッ(考えるのは後だ、今はコイツを倒すしかない!)」
炎の勢いを更に増強させたジャックは、レッドクラウンへ肉薄する。
カルミアもまた、やる気を出してくれたジャックに応えるように戦いを始める。
リリィの時とは違う。
人間のような挙動、明確な殺意をもった戦い方。
明らかにカルミアとレッドクラウンは、異質と言える存在なのだ。
しかも、攻撃の一切は通用しない。
そうなると、方法は一つしか無かった。
「……オーバー・ドライヴ!!」
「なッ!!?」
攻撃の当たる一瞬で、ジャックはオーバー・ドライヴを使用。
リリィの物とは違い、赤い発光現象を引き起こし、ジャックは動き回る。
それを見たカルミアは、一瞬動揺する。
エーテル・ドライヴの小型化がようやくできた連邦に、こんなにも早くオーバー・ドライヴを搭載できるとは考えづらい。
考えられることは一つ。
「あんのババアァァァ!オーバー・ドライヴまで流してやがった!!」
ラベルクがデータを横流ししたとしか思えない。
何しろ、カルミアは勿論、他のアリサシリーズの姉妹にも、未だ搭載されていない技術なのだ。
だが、そんな事よりもまずは、ジャックを倒す事が先決。
目を見開いた状態で、カルミアはジャックを探しだし、迎撃を再開する。
「チィィィ、この子でも反応しきれない!!」
ジャックは残像を発生させながら動き回り、攻撃を繰り出してくる。
しかも、今の状態のジャックの斬撃は、レッドクラウンの装甲に傷をつけている。
反応は早くとも、巨体であるレッドクラウンでは、回避も防御も間に合わず、一方的に攻撃を受けてしまう。
頼みの綱は、尻尾による迎撃。
此れだけは何とかジャックの動きを捉えている。
「(クソ、硬すぎる、これでもダメか!)」
だが、ジャックの方も、平然と言う訳にはいかなかった。
背部に増設された量産型のエーテル・ドライヴ。
此れを制御装置としても使用し、オーバー・ドライヴを使用している。
未だに技術不足な部分が有り、下手をすれば爆発の危険すらある物だ。
そんな事、今は如何だって良い。
出力を向上させても尚、レッドクラウンに決定的な一撃を与えられずにいる。
ただでさえ加速力を限界まで引き上げ、負荷も以前のバルチャーの数倍近くまで向上している。
其処にオーバー・ドライヴによる更なる性能の向上。
既に負荷で目や鼻から血を噴き出し、口からも内容物を吹き出てきそうに成っている。
身体への負荷を代償に、力を引き上げても、レッドクラウンの防御を破る事は難しい。
しかも、厄介なのは。
「鬱陶しい尻尾だ!」
うねうねと動く尻尾。
今のジャックの動きをギリギリ捉え、攻撃を繰り出している。
空中、地上、そのどちらからの攻撃であっても、反応してくるのだ。
「クソ、死ね!死ね!死ね!」
「口の悪い、奴だ!!」
「黙れ、ロリコン!!」
「黙んのは、テメェだ!!」
爆発する前に撃破する事を目指すジャックは、もう体の負荷何てお構い無しに戦い始めた。
バルチャー・タキオンの出せる最大の加速力を叩き出し、カルミアのセンサーの反応さえ超える。
そのせいで、カルミアのセンサーは荒れに荒れていた。
「畜生!早すぎてつかめない!」
もはや尻尾ですら捉えきる事の出来ない動きに、カルミアは翻弄される。
目視できるのは、ジャックの残像だけ。
カルミアのセンサー類ですら、残像を本物と誤認してしまう程に、ジャックの動きは早い。
「畜生が……今のアタシじゃ、此奴は倒せないってのかよ……ふざけやがってぇぇぇ!!」
完全に頭に血が上ったように、カルミアは操作を荒ぶらせる。
尻尾は適当に全方位へ振り回し、右手と頭部のバルカンは、照準なんて付けずに乱射。
口内のビームさえも、当てずっぽうで撃ちだす。
残っているミサイルも、周辺へ全弾まき散らす。
「とりあえず弾ばらまく系FPS初心者かてめぇは!!」
理性を失ったカルミアへと、ジャックは機動力を活かした蹴りを叩きこむ。
レッドクラウンは、バルカンを乱射しながら吹き飛ばされ、クレーターの縁に激突する。
「ア、グッ……」
衝撃で少し落ち着きを取り戻したカルミアは、最後の手段を検討する。
検討さえしたくない事であるが、もはやこの手しかなかった。
「畜生、畜生……」
悔しさから、力強く歯を食いしばるカルミアは、遂に最後の手段を実行。
その為に、カルミアはコックピットを開放する。
「遂に、諦めたか!」
コックピットが開放された事で、カルミアが諦めたのかと考えたジャックは一気に接近する。
たとえ罠であっても、これ以上のチャンスはもう訪れない。
間合いに入り込めたジャックは、刀を大きく振りかぶる。
「切り捨て御免ッッ!!?」
「……お姉ちゃん、もう止めて」
「あ」
コックピットの中に居たのは、あどけない感じを見せるカルミア。
何とも弱弱しく、守ってあげたいとさえ思ってしまう。
正にジャックの弱点にドストライクな妹キャラを、カルミアは演じた。
そのせいで、ジャックは攻撃を止め、オーバー・ドライヴと悪鬼羅刹を解除。
そんな彼女に、レッドクラウンの一撃が入る。




