悪魔が流す涙は、嘲笑の涙
初めての人殺しを経験したシルフィは、罪悪感に苛まれながらも、イャートの遺体を埋葬。
せめての弔いに、手ごろな石と、一輪の花を添えて、彼女の里の祈りの言葉をささげていた。
そんなシルフィの行為を、アリサは冷ややかな目で見ていた。
「(弔い、人間たちの行う、無意味な行為)」
埋葬の手伝い位は行ったが、埋めた後の事は、全てシルフィが一人で行った。
アンドロイドのアリサからすれば、命と言うのは、いずれ無くなる物、他者の死を惜しんだところで、その気持ちが土の中の遺体が、聞き入れる訳無い。
オマケに、自分たちの命を奪おうとした人間を弔う、これもまた、意味の解らない行為だった。
それでもなお、人間というのは、その意味のない行為を意味の有る行為と、認識していることも、アリサは知っている。
だが、理解はしていなかった。
「死ねば誰でも同じだよ、過去の件がどうであれ、自分の死を嘆いてくれない人が居ないのは、可愛そうだから」
「そう言うものでしょうか?」
「少なくとも、私はそう思う」
「……(嘆いてくれる人間、か)」
ふと、昔の事を思い出す。
介護施設に勤めていた時代、まだ日も浅く、入居していた老人方から驚かれていた頃。
採用されていた当時は、第三世代型はまだ最新式だったこともあって、採用を決定してくれた院長や、従業員たちからも歓迎されていた。
そんなある日の事だ、アリサが担当していたおばあさんが、息を引き取った。
アリサはプログラムに従い、人を呼び、親族や遺族の方々に連絡を入れるように促した。
当時はただ単にプログラムされたことを、忠実にこなしていただけだったが、今にして思う、おばあさんが遺言ともいえる言葉を言い放った言葉。
『……こうなるんなら、もっといい関係を築くべきだったよ』
その後すぐに、おばあさんは帰らぬ人と成った。
おばあさんが息を引き取った時、その場にいたのはアリサだけ。
タイミングが悪く、遺族や親族が居なかったという事は、よくある事ではある。
しかし、そのおばあさんには、お見舞いに来る人は、ただの一人も居なかった。
少なくとも、アリサが勤めていた二年間は……
後から判明したことではあるが、そのおばあさんが入居した五年間、お見舞いに来た人は誰も居なかったという。
おばあさんの話し相手にもなっていたアリサは、おばあさんと親族の関係について、何度か聞いていた。
家族関係は非常に悪く、施設にはほとんど押し付けるようにして入れられた。
それから、同じ施設の老人や従業員との関りしかなく、家族とは全く触れあっていなかっただけでなく、孫の顔も知らない位だった。
あの言葉を言った時の、おばあさんの悲しそうな顔、何故だかアリサのデータベースに、深く刻まれていた。
「……失礼します」
「アリサ?」
「気が変わりました」
おばあさんの事を思い返していたら、シルフィの言い分も、少し理解できたアリサは、シルフィの横で、同じように祈り始める。
関係が悪かったせいで、家族からは見放され、おばあさんが関わる事の出来たのは、施設の従業員たちだけ。
もしかしたら家族からは、何の弔いも無いのではないのか?そんな事を考えていたおばあさんの目は、とても悲しそうだった。
そんな中であっても、アリサに看取られていたおばあさんは、何所か幸せそうだった。
生きる者が亡者にしてあげられることは、こうして弔う事だけであっても、亡者からすれば、供養されるだけでも、きっと幸せなのだ。
たとえアンドロイドであっても、誰かに弔われるというのは、幸せなことなのだろう、ならば、人間の幸せの為に作られたアンドロイドが、弔いの手伝いをしない理由はない。
やる意味が解らない、そんな理由でやらないというのも、心がこもっていなくても、行為そのものに意味がある筈だ。
「(まぁ、そんな人間、少数だろうが)」
「それじゃ、行こうか」
「そうですね……それは?」
「え?」
「その石です」
「……」
数分間、黙祷のような事をした二人は、次の町へと歩みを進め始めようとすると、アリサはシルフィの手に、石ころが握られている事に気が付いた。
親指の腹位の大きさで、緑色に光り輝く、綺麗な石だ。
エメラルドとは違う、何かは解らないが、データに無い組成を持っている。
アリサの質問に対し、シルフィは少しうつむくと、持っている石がどんなものなのか、説明を始める。
「お父さんの、形見なの」
「お父様の?」
「うん、何時もは無くさないように、バックパックに入れてるんだけど、こういう悲しい時は、手に持つようにしてる」
「何故です?」
「なんか、お父さんを近くに感じるの」
「はぁ」
石を握りしめるシルフィは、どことなく哀愁や迷いを漂わせており、足取りも心なしか重そうだ。
やはり、人の命を奪ったという罪悪感は、簡単にはぬぐえないようだ。
「ねぇ、アリサ」
「何でしょう?」
「アリサは、人を殺したこと有るの?」
「……シミュレーションでは何千と殺しましたが、実戦では、十二名と言った所でしょう」
元々、介護用のアンドロイドという事と、実戦投入は今回が初めてという事もあり、実際のアリサの殺害件数は、二桁に行ったばかりだ。
その実戦は、この世界へ来る前に起きた戦闘。
この世界へ赴くための準備をする時間を稼ぐべく、研究施設に襲撃してきた部隊を迎撃していた。
その時に銃殺、もしくは斬殺、合計で十二名を撃退した。
だが、ふと思い出す、自分はもう一人殺してしまったという事を。
「……申し訳ありません、もう一人追加で、十三名です」
「十三人か、初めて殺した時は、どう思ったの?」
「……その時は戦闘態勢でしたので、なんとも思いませんでした……生き残る事に必死で」
「そっか、やっぱり、実戦だとそうなっちゃうんだね」
「ええ、まぁ」
アンドロイドのアリサであれば、殺しに何の躊躇も無い位、当たり前であるが、彼女には一つ気がかりなことが有った。
それは、アリサのマスターが死亡した際に起きた事。
アリサの搭乗したロケットを飛ばすために、ろくな戦闘技術も無く、襲撃部隊を迎え撃ったが、戦闘経験のない彼は、なす術も無く、銃殺されてしまった。
その際に、一瞬ではあるが、システムの混乱を覚えた。
ここに来る前まで、アリサを大事にしていただけでなく、目的の為とは言え、アンドロイドを助けるために、自ら命を投げ打つなんて人間は、まず居ないのだ。
その筈が、彼はアリサをかばった。
その時に思ってしまった。
自分のせいで、マスターが死んだ、何よりも守らなければならない、自分のマスターを助けられなかった。
マスターを殺したのは、自分なのだと。
その時の状態を、今でも覚えている、今のシルフィのような感じだった。
「お互い、人の道を外れているんだね」
「人の道ですか?」
「うん、だって、人殺しは、人のする事じゃないから」
悲しげな瞳をちらつかせながら、自らの論理を言い放つと、彼女の頬に一滴の光が落ちる。
シルフィが言うような、人の道というものが、どんなものか、アリサには解らず、何と言い返せば良いのか解らなかった。
しかし、一つだけ言えるとしたら。
「涙を流せるうちは、まだ人の道を外れていないと思いますよ」
「え?」
「涙を流す、大体は悲しい時や罪悪感を覚えているときです、その二つの心理からくる涙であれば、それは、罪の意識が有るという事でもあります」
「罪の意識?」
「はい、罪の意識は、人が人であろうと、あがいている証拠ですから、償いから逃げるような真似をすれば、それこそ人の道を外れています」
アリサの言葉を聞いたシルフィは、再び涙を流し始める。
気休め程度の言葉のつもりだったが、今のシルフィの心には、突き刺さる言葉だったようだ。
一旦立ち止まり、シルフィが落ち着くまで休憩を挟む。
座り込んだアリサの胸を借り、シルフィは号泣した。
まだ自分が人の道から外れていないと、そんな言葉を言われるとは思わなかったから。
始めて、家族以外から励ましの言葉をもらえたから。
そんなシルフィの頭を、アリサはそっとなでる、こうした方が、人間は精神的に安定しやすいと、知っているから。
「今は、たんと泣いてください、貴女には、その権利があります」
「うん」
「(なんて言ったが、まさかこの子、本当に民間人なのか?)」
言葉に甘えて、涙を流し続けるシルフィの姿を見て、彼女の正体は、本当にただの民間人なのではないのか?という確信のようなものを覚える。
銃を構えていた時の反応も、まるで素人のそれであり、乱射したのも、精神の不安定から来たものと考えると、案外納得ができる。
シルフィに殺しをやらせたのも、軍人としての部分を刺激すれば、ボロが出るかもと、淡い期待が有ったからだ。
先ほどの反応を見ていても、嘘偽りのない言動だったようにも見える。
しばらくして、シルフィは落ち着きを取り戻し始めると、アリサの胸から、顔を離す。
涙を拭いたシルフィは、アリサの胸から顔を離すと、半分泣いている状態で、笑みを浮かべる。
「ありがとう」
「……はい」
いきなりお礼を言われたことに、少し驚くアリサを横目に、シルフィは父親に言われた、もう一つの言葉を思い出す。
『どんな道を選ぶにしても、必ず責任が伴う、だからこそ、筋を通せるような、立派な大人に成れよ』
始めて聞いた時は、何のことか解らなかった。
だが、今であればわかる。
同胞を殺めても生きる道の険しさ、のしかかる責任と罪の重さ。
奪わなければ成らないと言うだけで、奪っても良いという理由には成らないけど、奪ったからこそ、奪った方には、その分の責任が有ると、分かったから。
「私、決めた」
「何を、ですか?」
「もしこれから、人を殺めたら、殺めた以上の人を助けるよ」
「そうですか(また甘い事を、一殺多生だの、活人剣だの、実戦ではそんな甘い考えでは、生きてはいけない、彼女は、演技で言っているのか、それとも、本気で言っているのか、まぁ、それはこの先で見定めればいいか)」
休息を終えた二人は、再び歩みを進める
目的の町、レンズの町へ
「……そういえば、アリサって実戦は一回だけなんだよね」
「そうですが?」
「記録でも一・二って、おかしくない?」
「まぁ、実際一・二を争う戦いでしたし」
「アバウト過ぎない?」
「気にするな」
「気にするわ」