気付けば一年経っていました 後編
ストレリチアの大型レールガンの衝撃で吹っ飛んだシルフィは、爆発の衝撃波で更にバランスを崩し、地面へ落下してしまう。
それでも、シルフィは自身の持てる勘を頼りに、何とか姿勢を戻し、地面との接触を避け、すぐに上空へと飛びあがる。
煙に覆われ、視界のほとんど効かない状態であるが、シルフィは自分の目を使い、リリィの捜索を開始する。
「(私が見ているのは、光の反射じゃなくて、魔力の反射、光の射さないこの状況でも、見る事はできる)」
ジャックに言われた事を思い出しながら、シルフィは目を凝らし、周辺を見渡す。
最初に目に留まったのは、やはりアース・ドラゴンの巨体。
右半身を失った事で、活動を停止してしまっている。
だが、今はそんな事よりも、リリィの安否の方が気がかりであると、とにかく辺りを見渡し続ける。
そして、壊滅した森林の中から、少女の姿を確認する。
この戦いの中で生きられるとすれば、もうリリィ位しか思い浮かばない。
「リリィ!!」
名前を呼んだシルフィは、大急ぎでその影の方へとスラスターを吹かす。
地上に降りたったシルフィは、辺りを見渡し、丸太の下敷きに成りかけていたリリィを見つける。
身に覚えの有る状況であるが、今はそんな事より、リリィを見つけた事に喜ぶ。
「良かった、リリィ!!」
「シルフィ……」
「リリィ?」
傷ついたリリィに抱き着いたシルフィであったが、思った物とは違う反応に、シルフィは戸惑ってしまう。
リリィの反応の理由は、その顔をみてすぐに判明する。
「あ」
「……あまり、見ないでください」
今のリリィは、ドラゴンのブレスの影響によって、顔面の人工皮膚が半分近く焼け落ちてしまっている。
そのせいで、内部の金属骨格やセンサー類が丸見えに成ってしまっているのだ。
リリィとしては、シルフィには見られたくない姿でもある。
幾らアンドロイドへの見方が大良かであるシルフィ相手でも、流石に金属骨格を晒すのは、気が引けてしまうのだ。
「……もう、心配させないで」
「あ……」
しかし、シルフィからして見れば、そんな事は如何だって良い事だ。
リリィの安全を認識できたシルフィは、より強く抱きしめる。
見た目だけで、シルフィが自分の事を軽蔑するのではと、妙な不安を感じてしまった事を恥じながら、リリィはシルフィを抱きしめる。
勝利したのだ。
もはやスレイヤー以上の脅威と言えるアース・ドラゴンを倒し、そして、二人そろって生き延びる事が出来た。
此れを喜び以外で、何と表せばいいのだろうかと思う程だ。
「……何だ?」
「リリィ?」
だが、その喜びもつかの間。
回復してきたリリィのセンサー類は、目の前のアース・ドラゴンから、高エネルギーを検知する。
重症によって失っていた意識を取り戻したような反応であり、完全には仕留めきれていないという事が判明する。
「そんな」
「ウソだろ」
一緒に立ち上がった二人は、アース・ドラゴンから急いで離れ始める。
二人共、魔力はギリギリまで消費してしまい、もう戦えるほどの力は残っていないのだ。
片手を失ったアース・ドラゴンは、ぎこちない動きで立ち上がり、リリィ達を睨みつける。
その瞳には、明らかな敵意と殺意が込められており、逃げる二人を見つけた途端、大きく開けた口を空へと向ける。
すると、口の先に巨大な球体が生成される。
圧倒的な量の魔力を濃縮したようなその球体は、一瞬だけその体積を縮め、瞬時に爆散。とてつもない量の光弾として大地に降り注いだ。
「ッ!!皆!お願い!!」
「シルフィ!手を!」
リリィはシルフィの手を握ると、今出せる最大のスピードをたたき出し、空を飛行する。
そして、シルフィはリリィに引っ張られながら、プロテクト・ドローンを展開し、ドラゴンの広範囲攻撃を防御し始める。
とてつもない威力と弾速を誇る光弾は、完全に二人の事を包囲するように展開し、逃げ場を無くす。
ある程度付与されているホーミング能力を活かし、光弾は二人を追跡。
攻撃を始める。
リリィの高機動でも、回避しきれない分は、シルフィのプロテクト・ドローンによって攻撃を防ぎ止めるが、一発でかなりの損傷を受けてしまう。
次から次へと襲い掛かる光弾を防ぎ止めているうちに、ほぼ全てのドローンは破壊される。
「マズイよリリィ!ドローンが!」
「クソ、一旦引きます!」
もう一度アース・ドラゴンから逃れようと、リリィは数の減った光弾の隙間を掻い潜り、何とか包囲網から脱出する。
そして、残っている光弾は、シルフィが撃ち落とし、追跡を逃れる。
だが、アース・ドラゴンは逃げる事を許しはしなかった。
リリィ達が光弾に気を取られている間に、充填していた魔力を、尻尾の先端に収束させ、巨大な足で大地を踏みしめる。
踏み込みと共に、尻尾を力いっぱい振り抜く。
巨大な魔力の刃を形成され、とてつもない速さで射出される。
その速さは、バルチャーの翼を装着したリリィを上回り、回避行動さえ難しく成る。
「(マズイ!)」
もはや回避も不可能と判断したリリィは、シルフィの事を抱きしめ、自分たちの周囲にフィールドを発生させる。
そして、光の刃はフィールドに包まれる二人を捉え、二人は光に飲み込まれる。
フィールドはかき消され、二人のエーテル・ギアは損壊してしまう。
エーテル・ギアの装甲のおかげで、即死は免れたが、飛行能力を失った二人は、重力に引っ張られ、地面へと落下する。
もはや戦う力なんて残されてすらいないというのに、アース・ドラゴンは容赦なく二人に向けてブレスを繰り出そうとする。
「……(何とかしないと、でも、如何すれば)」
放たれようとするブレスを前に、シルフィは助かる方法を模索し始める。
今の魔力量では、あのブレスをかき消す事はできない。
リリィも魔力不足で、ほとんど動けない状態だ。
だが、シルフィは考えるのを止めず、リリィと目を合わせる。
その瞳は、諦めを匂わせており、このまま一緒に心中しようなんて考えているかのようでもある。
考えた末に、シルフィは一つの賭けに出る事にした。
「リリィ、私ともう一度思考を共有して!」
「え、ですが、そんな事したら」
「良いから!」
「……」
シルフィの気迫に押し負けたリリィは、渋々シルフィと思考を共有する準備を始める。
そして、準備の整ったリリィに対し、シルフィは鬼人拳法・百鬼夜行を使用し、演算と能力の共有を開始する。
その時点で、アース・ドラゴンの魔力チャージは完了し、二人へ向けて今までよりも強烈なブレスを繰り出す。
「これなら!」
迫りくるブレスに、シルフィは魔力を纏わせた手をかざす。
その瞬間、シルフィの手とブレスがぶつかり合い、接触した部分に空間が出来上がる。
シルフィの思考をある程度読み取ったリリィは、シルフィが何をしようとしているのかを理解する。
それは、天の属性だけが使えるもう一つの能力を強制的に再現する事だった。
過去に一度だけリリィが偶然成功させた技、敵の魔法を自分の魔法にするという物。
だが、シルフィのやろうとしている事は、更に難易度の高い事。
アース・ドラゴンの使用しているブレスの魔力を自分たちの物にしてしまおうという試みだ。
それを実現するには、相手の魔力の流れを完全に掌握し、魔法としての形を解除させなければならない。
「(そうか、その為にシルフィは)」
今のリリィの演算能力を使用すれば、それを実現する事が出来る。
そう判断したリリィは、協力することを決め、シルフィの演算に手を貸し、アース・ドラゴンのブレスの解析を始める。
すると、ブレスは徐々に霧散し始め、舞い散る魔力は、どんどんシルフィへと取り込まれて行く。
もはやシルフィはスラスターなんて使わずとも、自身の力だけで、空中に浮き始めている。
その魔力はリリィへと供給されて行き、リリィも回復する。
「(凄い、此れなら)」
ガーベラを構え直したリリィは、シルフィの手の代わりに刀身を突き出し、その役割を交代する。
それによって、魔力の吸収は二人だけでなく、ガーベラへ直接行われ始め、その作業を手伝うべく、シルフィもガーベラの柄を握り締める。
限界以上に魔力を吸収し、ガーベラの刀身は青白く発光。
同時にアース・ドラゴンがブレスの為に貯めていた魔力は使い果たされ、攻撃は停止する。
「リリィ」
「シルフィ」
互いの名を呼び合った二人は、一緒にガーベラを握り締める。
繰り出されようとするブレスの第二射目の来る前に二人は天高くガーベラを振り上げる。
全力で振り下ろし、蓄積された魔力の全てを開放する。
喉がはちきれんばかりの絶叫と共に放たれた魔力の刃は、ほぼ同時に撃ちだされたドラゴンのブレスをかき消す。
それどころか、斬撃はブレスを吸収し、更に大きく、強靭な物へ成長。
その強力な一撃は、アース・ドラゴンを呑み込むほど巨大化し、完全に包み込んでしまう。
「……すっご」
「ええ、これ程とは」
ホワイトアウトから回復した二人の視界は、自分たちの作った惨状を目の当たりにする。
あれだけ巨大だったアース・ドラゴンはいなくなり、まるで惑星その物を切り裂いたかのような、巨大な切り跡を残した。
呆気に取られてしまった事で、シルフィとリリィのリンクは途切れてしまい、シルフィの浮遊能力は失われ、そのまま墜落する。
「イヤアアア!」
「シルフィィィ!!」
何とかシルフィをキャッチしたリリィは、無事に地面に着地。
欠損させたドラゴンの腕も回収し、この場から逃げるようにして先を急いでいった。
これはもう、誰かにみられたら職質では済まない。
もうこの大陸全てに影響をもたらしかねない事態である。
―――――
その頃、リリィ達の目的地である拠点にて。
マザーから二人の戦いの一部始終を見ていたカルドは、あまりの出来事に唖然としていた。
「バカな、モデル103の持つエーテルの許容数値を遥かに超えている、それに、あれだけの攻撃を行うなんて」
敵の魔力を纏わせ、攻撃を行う。
これは、ストレンジャーズに奪取された基地での戦いで判明はしていた。
だが、地上を主な生息域としている魔物の中で、最強と言われるアース・ドラゴンの一撃を完全に掌握するのは、完全に予想外だった。
ブレスに使用されているエーテル量は、リリィ達に使用されているエーテル・ドライブ一か月分の生成量。
それを、シルフィの補助ありきとはいえ、あの短時間で義体に注ぎ込めば、制御しきれず、義体はパンクしてしまう。
だが、リリィはそれを成し遂げた。
しかも、あの時のリリィの状態は、従来のアリサシリーズのスペックを大きく凌駕していた。
その要因を作った存在、それは、何時も彼女の傍に居るエルフだ。
「……シルフィ・エルフィリア、君は一体何者なんだ、僕がマザーを使っても、解析しきれないなんて」
原因の究明を行おうとするカルドであったが、その理由は全く持って不明慮なままだった。
鍵と成るのは、攻撃を受けている途中で、何とか救出に成功したアース・ドラゴンの死骸のみ。
急いで転移を行ったが、既に致命傷を負ってしまった後。
転移完了と共に絶命してしまった。
密閉空間を作り、腐敗防止の処置を施しておき、検体の解析を急ぎ始めている。
だが、今回の戦いで、ドラゴン種の有用性は十分立証できた。
カルミアが捕獲に一時間程度しかかけて居なかったため、有用性は半信半疑であったから、良い情報収集と成った。
「……成程、カルミアが彼女を毛嫌いしていた理由、良く解ったよ、仕方ない、君の意見を採用する事にしよう、彼女は、僕たちの存在を否定しかねない存在だ」




