気付けば一年経っていました 中編
湖畔にて、リリィとシルフィは、ジャックとの戦い以来、最大のピンチに陥っていた。
今回送られてきたのは、アース・ドラゴンと言う全長五十メートルは有る大型の魔物。
ドラゴンと名付けられてはいるが、飛行能力は持たず、陸上でのみ活動を行うという特徴を持っている。
タイラント同様、ダンジョン内のみで確認される魔物だ。
もはや天災級と呼べる戦闘能力の高さから、高ランクの冒険者達からは、地上最強の魔物、という俗称を与えられた程だ。
その話は事実であり、二人は苦戦を強いられ、半日に及ぶ戦闘の結果、敗走を余儀なくされた。
一般的な生命体で考えられる筋量では、決して支える事は不可能としか思えない質量の巨体を持ちながら、動きはとても柔軟かつ軽量。
直接的な攻撃は滅多に行わないが、膨大な魔力を用いた戦略兵器級の攻撃を前に、惑いながらも、何とか攻撃を行った。
しかし、外殻は異常なまでに固く、ストレリチアのレールガンさえも弾き、リリィの攻撃を防ぎ止めるレベル。
消耗する一方に成ってしまい、撤退を余儀なくされてしまった。
一先ず、シルフィには脳波を遮断するためのヘルメットをかぶせ、近くの密林地帯へと避難し、様子を伺う事にした。
「大丈夫ですか?シルフィ」
「うん、何とかね」
アスセナも傷だらけとなり、修復を行う必要があるレベルにまで損傷してしまっている。
それよりもシルフィも大分消耗してしまっており、ストレリチアもかなり損傷してしまっている。
魔力は枯渇するレベルで消費し、悪鬼羅刹による反動で、全身を痛めてしまっている。
予定通り組み込んだ制御装置は、有効に機能してはいたのだが、流石に半日近くの使用は、シルフィの体に大きな負荷をもたらしてしまったようだ。
プロテクト・ドローンも酷使した結果、数機が使用不可能と成ってしまい、現在新しい物を精製、残った物は修復中である。
レールガンの専用弾頭は、三発使用し、残弾は六発だ。
「手痛い被害ではありますが、向こうもどうやらお疲れのようですね」
「そうだね」
リリィ達も手痛い被害を受けてしまったが、それはどうやら向こうも同じ事。
脳波の遮断を行い、身を隠すと、ドラゴンは眠りについてしまった。
魔物と言う物騒な括りにあるとはいえ、相手は生物、睡眠を必要としている。
幾らドラゴンとは言え、保有する魔力量は有限、睡眠による体力の回復を行わなければならない。
しかし、こうして目の前で眠られると、間接的に敗北を諭される。
獲物を前にして眠れる何という事が出来る時点で、自身はピラミッドの頂点に位地していると、自負しているのだろう。
死に物狂いで攻撃を繰り出していたというのに、向こうからしてみれば、リリィ達は周りを飛び回っていた虫けら程度にしか過ぎない。
アース・ドラゴンからしてみれば、自らに位地している生態系のピラミッドからは、一歩たりとも動いていないのだ。
その事は、シルフィも理解しているようで、少し悔しさを見え隠れさせている。
恐らく、狩人として、野生動物の特徴などを知っているからこそ、だろう。
「でも、悔しいね、ああして惰眠をむさぼられると」
「ええ、ですが、此方の攻撃を受け付けないのは事実です……唯一の救いは、ストレリチアのレールガンを最大出力にすれば、何とか貫通する、と言った所位ですね」
シルフィに持たせたストレリチアのレールガン、これはリリィの力でも貫けないような防御力を持った相手への非常手段でもある。
それを三発も耐えられたのだ。
最後の一手として使用した、ストレリチアの最大出力によって撃ちだされた最強火力、それでようやく外殻を貫く事に成功した。
それ以外の攻撃は、表面にひっかき傷をつける程度に収まってしまう。
しかも、折角損傷させても、ジャックと同等の再生能力に阻まれ、決して有効打と言えるものでは無かった。
シルフィの魔法で無効化できるのは、魔力による作用での回復、自然治癒能力までは阻害できない。
それを考えると、アース・ドラゴンの回復は、単純な自然治癒で、圧倒的な物と成ってしまっており、見た感じでは、爆撃さえも通用しないかもしれない。
もはや倒せるのかも解らないが、討伐記録は有る。
ダンジョン内で確認されたアース・ドラゴンは三体、その内一体は、当時のAランク冒険者の手で討伐されたと言われている。
「(しかも単身って話だ、噂には尾ひれがつくが、単身で、という事が事実でも嘘でも、奴は倒せるという事実は確かだ)」
倒せるのであれば、何とかして倒しておきたいところだ。
魔物の巣窟であるダンジョンの中であれば、まだ良いのだが、この地上であの怪物を暴れさせたら、もう連邦だのナーダだの言っている場合ではなくなってしまう。
その為にも、あの異常なまでの防御力を崩す必要がある。
問題なのは、その方法だ。
「(恐らく、アイツの表面は、いわゆるエーテル・フィールドに近い物が周辺に形成されてるだけじゃなくて、雷系の魔法で、表面は電磁装甲のような作用も発生させている、つまり、防御方法としては、エーテル・ギアを装着した私と似たような物か)」
リリィの見立てでは、アース・ドラゴンの防御方法は、リリィ達アリサシリーズと酷似している。
外殻に浸透させた魔力によって、その強度を発揮し、表層より漏れ出ている魔力、特に発生させている雷属性の魔法が、一種の電磁シールドとして機能している。
周辺のシールドにより、エーテル・ガン等の低出力で実体を持たない攻撃は、無効化されてしまう。
そして、魔力の浸透したウロコはリリィの斬撃を防ぎ止め、生半可なレールガンの一撃でさえ弾くほどだ。
それを可能としているのは、アース・ドラゴンの保有する無尽蔵の魔力。
幾ら半永久機関のエーテル・ドライブを持つリリィであっても、同じ事をすれば、長時間の活動は不可能。
しかも、見ている限り、その防御力は寝ている今であっても有効らしく、ドラゴンの周囲は帯電しているように見える。
という事は、防御に使用する魔力に対して、魔力の回復速度はそれを上回っているという事だ。
だが、もし防御方法がアリサシリーズと同じなのであれば、手段は有る。
「(シルフィの魔法なら、防御を無効化できるが、アイツのウロコは、物質的な強度が高すぎる、やはり、決め手に成るのは、ストレリチアのレールガンか、それも、今の物よりも強力な物、だが、魔力を防御に限界まで回されたら、命中前に魔力を中和されるから、先ずは消耗させる必要があるな)」
魔力不足に陥るまで、継続的に攻撃を続け、弱った所に、強烈な攻撃を繰り出す。
この脳筋戦法しかない。
問題なのは、ドラゴンの防御をかき消すのであれば、核弾頭でも無理という事実。
ストレリチアのレールガンは、最高出力時ならば、ジュール換算で戦術核を遥かにしのぐ威力だ。
しかも、シルフィの持つ無効化の魔法により、魔法的な防御能力を弱めたとしても、同時に弾頭の威力も減衰して弾かれてしまう。
であれば、後は継続的な攻撃で消耗させた状態を作り出し、もう一度レールガンを撃てば、あるいは討伐できるかもしれない。
だが、今の火力では難しい。
どれほど時間を貰えるか解らないが、対処するための武器を制作すれば、何とかなるかもしれない。
「(言ってしまえば、休眠している今こそがチャンス、だが、こっちの消耗が酷すぎる、今此処から狙撃しても、満足なダメージは与えられない)」
「リリィ?」
「……シルフィ、作戦は決まりました、よく聞いてください」
「わ、わかった」
リリィは、真剣に考えた結果、導きだした答えをシルフィに伝えた。
その概要を聞いたシルフィは、その作戦に反対はしたが、もうそれ以外に手は無いという事で、渋々了承する。
―――――
翌日。
朝日が昇った頃合いで、アース・ドラゴンは目覚める。
それと同時に、鈍い銀色の光弾がその巨体に直撃し、姿勢を若干崩す。
ダメージは無効化できても、襲ってくる衝撃や慣性までは殺す事はできない。
そして、アース・ドラゴンはその攻撃を行った存在を目撃する。
「やはり、この程度では無理か」
先手に出たリリィは、エーテル・ランチャーの照準を再度合わせる。
テルの村にて使用した大型の武器で、今回はカートリッジ式に換装している。
カートリッジには、シルフィの魔力を限界まで込めており、その出力のおかげで、ドラゴンの保有魔力を根こそぎ削り取る目的が有る。
継続的に防御を行うよりも、防御を始動させる方が魔力を大きく消耗させられる為、それを誘発させるのだ。
それでも根本的なダメージには成らない。
リリィはアスセナに取り付けたバルチャーの翼を駆動させ、高速で動き回り始める。
当然、アース・ドラゴンはリリィの姿を忘れてはいないかのように、高速で動き回るリリィへ向けて、攻撃を開始。
上空に紫電が走る。
「(チ、まるで、嵐の中を飛んでいるかのような気分だ)」
バルチャーの翼によって得られた超高機動、これによって、昨日よりも容易く攻撃を回避し、超高機動によって、一撃離脱の戦闘方法を始める。
用意した六発のカートリッジ、その全てを叩きこんだ。
天による防御の無効と、ランチャーの強力な一撃によって、何とか表面の外殻を損壊させる事に成功しても、異常なまでの自然治癒力のせいで、ほとんど効果は無い。
それでも、無効化された魔力は、シルフィの魔力と共に消滅する。
表層のシールドと、外殻と肉体に浸透させてある魔力分は消耗するのだ。
「(こういう時、ガーベラは頼りになる!)」
砲撃を終えたリリィは、ガーベラを構え、増設した翼とオーバー・ドライヴ・システムを使い、アース・ドラゴンへと斬り掛かる。
常時天を使用できるガーベラで、オーバー・ドライヴ・システムであれば、魔力消費を誘発できるレベルのダメージを与えられる。
一撃離脱を行い、何度も何度もリリィはアース・ドラゴンを斬る。
それも、無数に放たれる大量の魔法の攻撃を掻い潜りながらだ。
アース・ドラゴンからしてみれば、オモチャの剣で殴られ続けているような気分なのだろう。
しかし、そのような事を続ければ、当然嫌がり、怒りやイラ立ちを覚える。
「(来る!!)」
リリィは、アース・ドラゴンの前に出る。
アース・ドラゴンはリリィへ向け、口を大きく開き、口内から超高出力のブレスを繰り出す。
バルチャーの高機動を活かし、リリィはブレスを回避すると同時に、自身の表面にフィールドを発生させながら一撃を加える。
フィールドを発生させるのは、ブレスを放った際に、強烈なエネルギーの衝撃波のような物が、数秒だけドラゴンの周囲にまき散らされるからだ。
その余波だけでも、周囲の森林地帯を広範囲に渡って吹き飛ばしている。
下手に接近すれば、その衝撃波で行動不能に成ってしまう程だ。
「(ブレスは、魔力を口元に収束させて放つだけあって、防御も弱く成る、此奴にとってもろ刃の剣と言える攻撃、衝撃波は、防衛行為ともいえるな)」
ブレスを放つと、ドラゴンの防御能力に回せる程の魔力までも消費してしまう。
衝撃波で周囲を攻撃しても、それはほんの数秒、ブレス前に比べて、防御力は落ちている。
言ってしまえば、ブレスを放った瞬間こそが、最も防御力を落とす瞬間であり、最も攻撃的な瞬間。
今のアース・ドラゴンへの攻撃は、リリィの力であれば十分通る。
「桜我流剣術・炎討ち!!」
アース・ドラゴンへ繰り出した一撃は、わき腹に位置する部分を大きく切り裂く。
今までで最も大きく損傷させられたが、そんな損傷でさえも、ほぼ数秒で回復されてしまう。
防御力が戻る前に、更に攻撃を入れておこうと、リリィは更なる攻撃へと出る。
「桜我流剣術・烈火尖刃!!」
リリィは、超高速で回転しながらアース・ドラゴンへと突撃し、ドラゴンの外殻へ連続で攻撃を繰り出す。
どれだけ大きく損壊させても、すぐに再生されるが、此れも作戦の内。
「(よし、目標時間まであと少し、それまでこいつを引きつけられれば)」
リリィの思惑を知らなくとも、アース・ドラゴンはただ受けに回るだけでは気は済まない。
防御を維持したままの状態で、体の中央に魔力を集中させ、大気の揺れるレベルで叫びだす。
「ッ!?」
咆哮による衝撃で、リリィは少し押し出されるが、その衝撃と一緒に、先ほどよりも強烈な電撃が広範囲に渡って繰り出される。
まるで、ブレスを広範囲にまき散らしているかのような攻撃。
威力はブレス程では無くとも、修復を終えたばかりのアスセナに中度の損傷を与え、リリィ自身もダメージを負ってしまう。
完全に体勢を崩したリリィへと、追い打ちでブレスが撃ち込まれる。
「チィィィ!!」
スラスターを使用し、無理矢理姿勢を直したリリィは、ガーベラでブレスを受け止める。
天を込めた事によって、ある程度の魔法であれば無効化できても、ドラゴンのブレスはあまりにも強力過ぎる。
無効化の許容量を上回り、完全な無力化には至らずじまいだ。
しかも、照射によって、リリィは抑え込まれてしまう。
「(まだだ、後三秒、持ってくれ!!)」
装甲表面に張られているフィールドは、受け止めているブレスの熱でかき消され、装甲も徐々に破損して行く。
後もう少しで
「シルフィ!!」
ブレスを受け止め続けるリリィは、上空で待機しているシルフィに対して、攻撃を要請する。
この状況で、シルフィの耳に聞こえる訳ではないが、事前に伝達していた。
リリィがアース・ドラゴンのブレスを受け止める構図に成ったら、狙撃を行えと。
「(本当なら後五秒くらい持つ予定だったけど、焦るな、いつも通り、狙撃すればいい)」
上空のシルフィは、この状態を目にしながら、リリィが即興で制作した武器の照準を合わせる。
持ってきた全てのネオ・アダマント製の武器全てをつぎ込み、制作したストレリチアの強化ユニット。
もう個人携行の域ではなく、武器其の物にスラスターの付いた巨大な武器と成っている。
しかも使用している弾頭は、リリィの制作した専用のレールガン弾頭全てを合わせ、一つの弾頭とした物だ。
こちらも無理矢理溶かして合わせた物で、重量と大きさもそのまま六倍に成っている。
シルフィの魔力充填を終え、そして、リリィが予め込めておいた魔力を開放し、シルフィはレールガンの引き金を引く。
「これで、決める!!」
弾頭が放たれると同時に、ストレリチアに増設されたユニットは、全て損壊し、シルフィも反動で吹き飛んでしまう。
そんな状態であっても、シルフィは損壊したユニットを切り離した。
シルフィの放った弾頭は、物凄い勢いでアース・ドラゴンへと突き進み、弾頭は完全にリリィの方に意識を集中させているアース・ドラゴンに深々と突き刺さる。
おかげで、リリィは延々と照射されていたブレスから解放され、力なく地面へと落下してしまう。
そんなリリィを無視し、アース・ドラゴンはレールガンの弾頭を放った犯人であるシルフィを探し始めようとした瞬間。
「ッ!!?」
突き刺さった弾頭は大爆発を引き起こす。
ジャックの使用するマグナム弾の弾頭をヒントに、シルフィの魔力を込めた弾頭は発射されてから時限式で爆発する仕掛けに成っていた。
体の半身を吹き飛ばされたアース・ドラゴンは、悲鳴のように咆哮を上げ、倒れ込んだ。




