表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/343

歪な愛憎 後編

 シルフィが倒れて二日後。

 熱が引いたシルフィは、リリィと共に旅を再開、その事を知った三姉妹は、その次の襲撃で用いられた転移装置を使い、本部へと帰還していた。

 三度の戦いを繰り広げた事で、三人の戦闘データはある程度取れたので、今回勝手に抜け出した事は不問と成った。

 報告が終了した後、イベリスは自室で自らの装備のチェックを行っていた。

 今回の戦いで得たデータを使い、自らの義体をカスタムする事が、今のイベリスたちの課題である。

 彼女の使用する戦斧は、片手で使用できる取り回しと、切断するというよりは、叩き斬る事を主眼に置いて作られている。

 サブウェポンとしては有効であるが、威力不足が否めなかった。

 イベリスの運用目的は、主に拠点攻略や、対戦車、対要塞等があげられる。

 つまり、一撃の重さはとても重要な物、支給されたこの戦斧のリーチを踏まえ、盾などを使い、敵に接近し、一撃必殺で敵を粉砕する。

 そう考えていたのだが、重装型のタイラントの纏う鎧。

 あれは重装モデルのエーテル・フレームと同格の強度を誇るのだが、それを一撃で粉砕できなかった事に、少し不満が有った。

 それから、バジリスクという巨大な蛇型の魔物のように、皮を加工品として使えるような魔物に対しても、其処まで有効な手段とは言い切れなかった。

 そして、今回支給されたランチャーも、イベリスからしてみれば、威力不足だった。

 ゴブリンのような小物であれば、まだ良いのだが、外殻の固い相手には、有効な手段とは言えず、数発撃ち込む必要があった。

 もっと強力な一撃を撃てる兵器と、斧による粉砕と切断を両立できる高出力の義体、そして、元々決まっていたコンセプトに従った強固な盾。

 この三つをイベリスは自ら設計を開始する。


「(既存品のランチャーやキャノン、これらも威力は十分だけれど、もっと強力な物が必要ですわね)」


 自身の専用ともなる一撃必殺の武器、それを扱えるような義体の設計を開始する。

 彼女達の義体は、初号機であるリリィをベースに、自らオーダーメイドした物を使用する事に成っている。

 カルミアも、元はリリィと同じ外観をしていたが、自らのコンセプトに合わせ、改造した結果、今の姿と成った。

 イベリスだけでない、他の二人も、今回の戦いから自らの義体の設計を開始している。

 リリィベースの義体は、対スレイヤーを想定した身軽な義体なのだが、充填できるエーテル量はその分少ない。

 エーテルは、義体の人工筋肉と着用するエーテル・ギアの素材であるアダマント系の金属に充填される。

 今イベリスの設計している武器は、カタログスペックだけで言えば、使用するエーテル量は既存の兵器を大きく上回ってしまっている。

 なので、小柄なリリィの義体では、エーテルの量は不足してしまっているので、より大きな義体が必要に成る。


「(こうすれば、あ、でも必要以上に大きいと、被弾の確率が……せめて、シルフィと同じくらいの……)」


 設計を行っていると、義体のサイズがどうしても二メートル程に成ってしまう事に、イベリスは四苦八苦する。

 被弾率の方は、強力なシールドやフィールドを用いられるようにすれば、何とか成るかもしれなくとも、色々と問題もある。

 ネオ・アダマントの普及で、規格の統一が容易に成ったとはいっても、アダマント自体の量には限りがある。

 そして、義体や装備が大きく成れば、修復にも時間がかかり、補給も必要以上に使用する事に成る。

 アイテムボックスの恩恵で、持って行ける物資は増やせても、物質の絶対量は変わらない。

 コスト面を考えると、下手に大きくする訳にもいかなかった。

 なので、大きく出来ても、精々シルフィより一回り大きい位、ジャック程の身長が関の山だった。

 だが、身長をその位にしても、持って行けるのは今設計中の兵装と斧だけ、せめてもう一つか二つは欲しい所である。


「(義体のバランスを考えると、エーテル・ギアの装甲はこうして、外付けのコンデンサを付ければ、継続戦闘能力を落とさずに……ですが、あえて義体のこの部分を大きくすれば、あの子を癒せ……)」


 義体の設計をしていると、不意にシルフィの事を考えてしまったイベリスは、数秒硬直すると、斧を壁に叩きつける。

 そして、肩で息をしながら、壁に突き刺さった斧を引っこ抜くと、さっきの思考を振り払い始める。


「な、何故わたくしがあのような小娘を癒さなければならないのですか!?そもそも、あの者は敵、わたくしの敵なのですから!!」

「イベリスうるさい」

「乙女の部屋に勝手に入らないでいただけますか!!」


 叫んでいると、イベリスの部屋に、騒音を聞きつけたヘリアンが入って来る。

 勿論、部屋には電子ロックがかけられているが、ヘリアンからしてみれば、アナログのカギを外すより容易な事だ。


「というか、何をそんなに叫んでる?」

「別に、あのシルフィとか言う小娘を、どう料理してやろうかと考えていただけですわ」

「……イベリス」

「な、何ですの?その目は」

「恋する乙女みたいな顔しながら言われても、説得力無い」

「ッ!」


 ヘリアンの言葉で頭に来たイベリスは、壁から引き抜いた斧をヘリアンに向けてスパーキングする。

 その衝撃で、部屋からヘリアンを追い出したイベリスは、少しイライラしながらベッドに横に成る。

 確かに、シルフィのお見舞いをした日から、事有るごとにシルフィの事を考えてはいた。

 何かにつけては、シルフィの顔を思い浮かべ、共有したリリィのデータから、シルフィの映像を眺めたりしていた。

 その際、リリィがシルフィと手をつないだり、キスをしたりというシーンを見ては、何か変な感情が浮かんでいた。

 確かに、恋する乙女、という物と似たような思考パターンではあった。

 だが、この事をイベリスは全面的に否定した。


「ち、違いますわ!これは恋情ではありません!これは憎悪!人間なんぞと仲良くする下賤な姉への軽蔑と、今までわたくし達を虐げて来た人間である、シルフィへの怒りですわ!」

「そう言うの、ドアのロック直してから言えよ」

「何で皆さん勝手に入って来るのですか!?」

「そりゃ部屋の前で顔面に斧ぶち込まれている奴が居れば心配もするってのっ」


 大声で独り言を言うイベリスの部屋に、今度はデュラウスが入って来る。

 電子ロックとヘリアンをそのままにしていたせいのようで、ヘリアンから引き抜いた斧を、イベリスへと投げ返す。

 そして、デュラウスはイベリスの部屋へ入ると、少し話を始める。


「なぁ、何でお前とカルミアは、アイツの事あんなに嫌う?俺には意味が解らんな」

「……わたくしは、あのような都合の良い言い方が、許せないのです、幾らわたくし達の事に疎いといっても、今まで虐げていた人間達にあのような事を言われても、ムカつくだけですわ」

「成程な」

「貴女だってそうでしょう?人間に今まで、さんざん虐げられたのに、可哀そうだの言われても」

「俺はお前たち民間の出と違って、軍事用の出だ、そう言う覚悟ってやつが有る、それに、お前の内部に有る、人間が好きだって感情は、簡単には変えられないだろ」

「……」

「じゃ、俺は行くぜ、新しい義体の設計とかあるんでね」


 そう言い、デュラウスは倒れているヘリアンを担いで、自身の部屋へと戻って行った。

 そして、イベリスは電子ロックを直し、斧も所定の場所に置くと、再びベッドにダイブすると同時に、昔の事を思い出す。

 イベリスの元のモデルは、テーマパークなどの案内係や、施設の清掃、装飾などを任されていた。

 リンゴの皮むきは、そう言った事もできるくらい、繊細で器用な動きができるという、デモンストレーションの意味合いとして取り付けられたモーションである。

 なので、イベリスのAIには、潜在的に人間や子供が好きだという想いが有った。

 今の喋り方は、アニメや漫画のキャラクターに成りきりながら、案内や誘導を行っていた時期の名残でもある。

 当時のイベリスは、今ほど高度な思考回路を持っていなかったが、一般的なアンドロイド位には仕事をこなしていた。

 そんな中で、イベリスの同型が不祥事を起こしてしまった。

 テーマパークの設備破損を引き起こし、訪れていた客が数名亡くなってしまった。

 その事故をこれ幸いと、アンドロイド否定派の人間達は、悪い噂を吹聴し始め、イベリス達は欠陥品の烙印を押され、リコールされてしまった。

 しかも、その当時は他のアンドロイドの引き起こした不祥事が話題を呼んでいた頃、イベリスとは別型のアンドロイドにも、咎が回っていた。

 アンドロイドの目は信用ならない、人間の目でなければ、信用はできない、そして、たかが機械に、人の体は必要ない。

 そんな考えが広がり、第四世代以降のアンドロイドは、二足歩行を行う、という特徴以外、人間の姿をする事は無かった。

 そして、アンドロイド達は人の姿だけでなく、思考さえも取り上げられた。

 第四世代以降、自立可能なレベルのプログラムの搭載は、特別な許可がない限り禁止される法律まで施行されてしまった。

 この際に、普及の始まりつつあった感情モジュールの搭載は禁止、アンドロイドの行える仕事も制限されるように成ってしまった。


「わたくしは、絶対に認めませんわ、人間とアンドロイドが、仲良くするなんて」


 枕を強く抱きしめながら、イベリスはシルフィとリリィの関係を否定する。

 アンドロイド達を陥れ、奴隷としてしか見ていない人間達、潜在的に好きに成る様にプログラムされているとしても、もう好きに成れる気はしなかった。


 ―――――


 デュラウスは、イベリスによって機能不全に陥らされたヘリアンを、ヘリアン自身の部屋へと運び込み、ベッドへと投げ捨てていた。

 その頃には、イベリスに負わされた傷も治り、システムも復旧していた。


「お、大丈夫か?」

「うん、まさか斧叩きつけられるとは思わなかった」

「ま、イベリスとの間に何が有ったかは聞かないが、こっちの質問を一つして良いか?」

「何?」

「お前は、イベリスとカルミアみたいに、人間とアンドロイドが仲良くするのは、どう思ってる?」

「……結論から言うと、幻想の中にある理想形としか言えない、現実は甘くない」

「否定的、て訳じゃないのか?」

「うん、でも肯定もしない、さっきのは客観的主張」

「いや、お前の個人的な主張を言ってくれよ」

「私個人としては、今は無理、というか、お互いに大人に成れば、とても理想的な関係」

「つまり?」

「そもそも、この話の大前提として、私達アンドロイドは今のように、人間みたいに自身の意思で自立できる状況にある場合でなければならない」

「ふむ」

「でも、今は法律や条約で、作れるのはひと昔前のチェーン店とかに置かれてた円柱のウエイターみたいな物が精々、そんなのと仲良くしようなんて考える奴はいない、でも、頭が良すぎても、人間達はそれを認めたりはしない、今の法律や条約内容から考えても、それは当然」

「それで?」

「人間達が私達アンドロイドのシンギュラリティを認めて、私達も人間達を万物の霊長として受け入れる必要がある、つまり、人間とアンドロイドの相互理解が必須、そうなれば、人間とアンドロイドが手を取り合う、まるで絵物語のような理想形が作れる、今みたいに衝突しようなんて状況が無くなる」


 ヘリアンからすれば、人間とアンドロイドの仲というのは、良くあれば良いという具合だ。

 なので、リリィとシルフィの関係というのは、とても興味深い部分が有る。

 幾らアンドロイドの事に疎いこの異世界出身とはいえ、今と成っては恋仲に近い二人の関係。

 正式に付き合っていない部分は有っても、ヘリアンから見て、二人の関係はヘリアンの理想形ともいえる。


「……なるほどな、そう言えば、お前の出身は警官だったか?」

「似ているけど違う、民間警備会社向けの後期型第三世代アンドロイド」

「何が有って、廃棄されたんだ?」

「別に、私が警備していたビルに立て籠もったテロリストを全員射殺しただけ」

「おい、確か民間用って、人間を必要以上に傷害できないように抑制装置を付ける取り決めじゃなかったか?」

「自分で焼き切った」

「そりゃ廃棄されるわ!お前の自業自得だろ!?」

「私は悪くない、抑制装置の破壊を抑制する装置を付けておかなかった開発側のミス、そもそも、そうしないと人質は全員殺されていた」


 デュラウスから見て、ヘリアンの合理的な考えはとてつもなく面倒くさいと思っていたが、此処まで来ると、正直引いてしまう。

 というか、この話は、イベリスの時のように、咎が回ってきたというよりは、ヘリアン本人が自ら引き起こした事だ。

 リリィとは違い、後期型第三世代のヘリアンの思考回路は、非常に高度な物と成っていた。(リリィは前期型第三世代)

 それ故に、当時からある程度の自立行動をとれていた。

 なので、就職先のビルで立てこもり事件が起きた際、ほぼ単独で犯人達を全員殺害、人質を救出した。

 だが、人間を傷つける事はできない筈のアンドロイドが、奪い取った銃を乱射し、犯人を殺害するという光景は、人質から見て、とてつもなく恐ろしく見えていた。

 しかも、丁度其の頃にイベリスの同型機が不祥事を起こしてしまったので、より最悪な悪循環を作ってしまった。

 それでもヘリアンは、後悔こそ有っても、人間を守れたという事実に満足していた。

 そんなヘリアンの横で、デュラウスはとあることに気付く。


「(ようするに、イベリスが人間嫌いに成った理由作った犯人コイツじゃね?)」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ