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歪な愛憎 中編

「フ~ン、フ、フ~ン、フフフ~ン」


 スーツの洗濯と、シルフィの体を拭くためのお湯の準備を終えたリリィは、鼻歌交じりにチェックインした部屋を目指していた。

 実をいうと、洗濯ついでにスーツに染み付いた数日分のシルフィの汗の匂いを堪能していたせいで、かなり遅く成ってしまった。

 しかし、そのおかげで、リリィは上機嫌であったが、同時に警戒を緩めたおかげで、三姉妹の侵入を許してしまったのだった。

 それはさておき、リリィは上機嫌を保ったまま、部屋のドアをノックしようとする。


「(なんだ?)」


 扉を叩こうとした瞬間、リリィは少し違和感を覚える。

 部屋の奥から、誰かの話声が聞こえてきているのだ。

 ノイズのかかった妙な声で、使用している言語も不明だ。

 シルフィ以外いる筈の無い部屋、しかも、声の主はこの宿のどの従業員とも違う声が響いている。

 何か有るかもしれないと考えたリリィは、一度ドアを強めにノックする。


「シルフィ?誰かいるのですか?」


 返事は無い。

 異常事態を視野に入れ、リリィは洗濯物類を放棄して部屋へと突入する。

 しかし、既に犯人である三姉妹は部屋から脱出した後、残されていたのは、シルフィの膝の上の皿に置かれた三切れのウサギのリンゴだけだった。


「……あの、そのリンゴは?」

「ん?ちょっとね、プレゼントされたの」


 シルフィの言葉を聞いたリリィは、すぐに窓から外を見渡し、シルフィにリンゴを送ったという人物を探し始める。

 しかし、既に三姉妹は猛ダッシュで滞在中の村から離れており、リリィの索敵能力では認識不可能と成っていた。

 とはいえ、シルフィの食べているリンゴ、何か変な物が入っていないかと心配に成ったが、おいしそうに食べているシルフィを見るに、心配はなさそうである。

 けれども、リリィの内心は穏やかではなかった。

 もしも、此処に誰か居たとして、それがあのエルフ達だったら?それとも、別の何かだったら?

 そう考えた途端、自分の愚かさに気付く。

 幾らなんでも、スーツの匂いの堪能というのは、警戒を緩めすぎだった。

 いや、そんな事よりも、今のリリィには気にしなければならない事実が有った。

 この部屋には、僅かであるが女の臭いが残っている。

 そして、今シルフィはおいしそうにウサギ型にカットされたリンゴを食べている。

 今香っている臭いの女がシルフィにそのリンゴを渡したのだろうが、何処か楽しそうに思えるシルフィの姿を見ていると、素直に喜べない。

 何時からだったかは分からない、シルフィに必要以上にベッタリとする女を見たりすると、内側から何か黒い物が浮かび上がってきていた。

 そして、リリィへの好意を自覚してから、幾らか恋愛に関するデータをアップデートした。

 今であれば解る、このドロドロとした嫌な感覚。


「(そうか、此れが嫉妬という物か、成程……)」

「リリィ?」

「……あの、食べ終えたのなら、お召し替えと、体の洗浄を行いましょう、もう一度お湯を準備してまいりますので」

「え、あ、うん(なんだろう、何か殺気を感じる)」


 シルフィの前に立ったリリィは、少し殺気の籠った目をしながら、リリィは外へお湯の準備をしに行く。

 流石に恐怖を覚えたシルフィは、従って置いた方が良いと考え、怯えながらも頷くと、服を脱ぎつつ、リリィの戻りを待つ。

 少し怖かったというのも有るが、もしかしたら、あの姉妹の事を黙っていた事がバレてしまったのかと、少し不安になった。

 この非常時に仲たがいを起こすのはマズイ、できれば、何とかして誤魔化せないかと、色々と思考を巡らせ始める。

 そうしていると、リリィはお湯の入った桶と布をもって、部屋へと戻って来る。


「さて、背中をお流しいたしますね」

「う、うん、どうぞ」

「(ここが浴場であれば、もっといい方法があったが、今はこれが精いっぱいか)」


 シルフィの座るベッドに乗ったリリィは、シルフィの背中を流し始める。

 同時にリリィは、シルフィの体の臭いを嗅ぎだす。

 今回はいやらしい意味ではなく、安全の確認のような物、この部屋に入ってきた不審者が、部屋だけでなく、シルフィにまで臭いを残していないか、その確認だ

 しかし、シルフィから香るのは、汗や血の臭いと、こんな状況になる前から、ほんのり漂っていた草木の香り。

 

 「(女の臭いは無いか、良かった)」


 部屋に入ってきた女の臭いのしなかった事に安堵しつつ、リリィはシルフィの体を優しく拭き始める。

 背中を流し終えると、今度は前、胸や腹と言った部分を、リリィはシルフィの脇の間から手を伸ばして拭き始める。


「ちょ、リリィ!?」

「動くのはお辛いでしょうし、このままじっとしていてください」


 ピッタリと密着するリリィは、ついでに自分の胸部をシルフィへと押し付け、頬も背中にすり合わせる。

 まるで、獣が匂いで自分の縄張りをマーキングするかのように、リリィはシルフィに体を押し付ける。

 その時に判明したのだが、今リリィは裸体を晒している。

 そうでなければ感じられないような感触を、シルフィは感じていた。

 義妹のルシーラと一緒に、何度か水浴びした時、何時も背中に触れ合っていたからこそ、体がその感触を覚えてしまっている。

 だが、今は好意を持っている人物に同じ事をされている。

 今のシルフィは、とてつもなく恥ずかしい思いをする事と成ってしまっており、もう風邪のせいで熱いのか、恥ずかしさで熱いのか解らなくなってしまっていた。

 その数分後、シルフィの体は拭き終わったリリィは、洗濯を部屋に干した後、お湯を捨てに、再び外へと出て行った。


「はぁ、やっぱり怒ってるのかな?」


 リリィが外に行っている間に、シルフィは服を着替え、眠りにつき始める。

 その際に、やはりここに例の三人を招いた事は誤りであったのではないかと、シルフィは考えてしまう。

 だが、話そうにも、リリィはどういう訳か、ラベルク以外の姉妹の話をすると、その話を忘却してしまう。


「(あの三人、リリィと接触する事は、できるだけ避けてるみたいだし、あの子には悪いけど、三人の事は黙ってよう)」


 三人の事を黙っていようと決め、そのまま眠りにつこうとした時、片づけを終えたリリィは戻って来る。

 この部屋は二人部屋、もう一方のベッドに入るのかと思い、じっとしていると、スーツを脱いでいるかのような音を、シルフィは耳にする。

 魔物の襲撃は中断されているという事は、リリィに伝えていない。

 警戒心の強いリリィが、こんな所で警戒を解くような真似をするとは思えず、シルフィは目を覚ましてしまう。


「リリィ?」

「……」


 目を覚まし、リリィの様子を見ようとした途端、リリィはシルフィの寝ているベッドに入り込んでくる。

 しかも、あからさまに自分の体を押し付けてきている。

 それだけならば、まだ何時もの行為ではあるが、感触から考えて、恐らくリリィは今何も着ていない。

 再び服を全て脱ぎ、シルフィのベッドに入り込んだのだ。


「え、えっと、リリィ?」

「誰ですか?」

「え?」

「誰が来たのですか?こんなにも女の臭いをまき散らして」

「え、えーっと……答え無いと、だめ?」

「答えていただけると嬉しいです」

「……」


 黙ってしまったシルフィを見て、リリィは嫌な気分を更に膨らませてしまう。

 もう色々と打ち明けてもいい間柄の筈であっても、シルフィは答えたくないと思ってしまっている。

 恐らく、その女の事を知られたくないのだろう。

 それはたまらなく嫌だと思える。


「(これも嫉妬という物か?嫌だな~)」


 嫉妬と言えるような感情が出て来る度に、シルフィを独占したいという想いも強く成ってしまう。

 シルフィの全てを把握しておきたい、全てを監視して管理したい。

 その為ならば、監禁でもなんでもして、シルフィを傍に置いておきたいという考えが強く成ってしまう。

 最悪、シルフィの四肢を切り取ってでも、等という過激な考えも浮かんできてしまうが、できればシルフィの体を傷つけたくない。

 それに、シルフィの対人関係を否定する事は、できればしたくない。

 代わりとして、その関係の全てを把握しておきたいのだ。

 勿論、シルフィが裏切る何てことは無いかもしれないが、それでも不安はぬぐえない。

 信じたいというのに、シルフィの人間関係を把握しておかなければ、何時かシルフィがそっちに行ってしまうのではないかと、妙な不安が出てきてしまう。


「……答え、られませんか?」

「……(話した方が良いのかな?話しても、前みたいに忘れちゃったら意味がないよね)」

「……」


 答えられないか、その有無さえも答えてくれない。

 たった此れだけで、リリィはとてつもなく不安に駆られてしまう。

 浮気による人間関係のもつれ、おかしな話だと、ニュースやアニメで見た時にはあざ笑ったが、今であれば解る。

 誰にも渡したくない、シルフィは、絶対に自分の手元においておかなければならない。

 そんな考えが浮かびあがり、どうしようもない気分になってしまう。

 シルフィ自身の意思を尊重したくとも、それはあくまでも、リリィの管理下に有っての事だ。

 シルフィをたぶらかし、今の仲を断とう言う者がいるのであれば、そんな奴は地の果てまで追いかけてでも殺してやりたい。

 何故なら、もしもシルフィが此処に来た女の方に行ったら。


「(捨てられる、嫌だ、そんなの、絶対に嫌だ、もう二度と、この安住を手放したくない)」

「リリィ?」

「何です?」

「その、震えてるよ」

「え、えっと……」


 酷いことを考え続けているというのに、シルフィは優しく手を握ってくれる。

 生命の温かさ、アンドロイドであるリリィでは、決して手に入れる事の出来ない、自然の温かさ。

 此れを失いたくない、だから、シルフィは絶対に殺したくないし、殺させたくない。

 そして、今まで考えてしまっていた酷い考え、これらを実行したくない、きっとシルフィは悲しんでしまうから。

 超えてはいけない一線、此れだけは絶対に踏み越えたくないというのに、超えてでもシルフィを自分の手元に置いておきたく成ってしまう。

 このままでは、本当にその一線を越えてしまうかもしれない。

 不安事を抱えるリリィの方に、シルフィは寝返りをうつと、シルフィもリリィに抱き着き始める。


「シルフィ?」

「……ごめんね、今は我慢して、向こうについたら、きっと話すから、それまで……ごめんね」


 もしもシルフィが風邪をひいていなかったら、もっと問いただしていたかもしれなかったが、その気持ちは、グッと抑える。

 シルフィに包まれながら、彼女の心音を聞くリリィは、次第に落ち着きを取り戻し始め、何とか自制を取り戻す。

 今でも不安事は無く成らないが、今はシルフィの容態が第一である。

 でも、隠し事やら何やらをしたお返しだけは、しておきたかった。


「……ありがとうございます、シルフィ、今回はお見逃しいたします」

「はは、ごめんね」

「まぁでも、貴女が数十秒に一回は、私の胸部をチラ見している事は、お見逃しいたしませんけど」

「ブフォッ!!」


 テルの村にて、シルフィはリリィの事を色々と見ている事を知ってから、シルフィの視線が何時も何処へ向いているのか、少し興味がわいていた。

 勝手ながら、シルフィの着用するストレリアにそう言った機能も付けておき、解析を行ってみた。

 その時に把握した結果、シルフィは周りの景色以外にも、リリィの方を多く見ていた事が判明した。

 確かに、細かな仕草や歩幅と言った部分も見ていたのだが、割合的に見て、リリィの胸部の方を頻繁に見ていたのだ。

 思いたくは無かったが、恐らくシルフィは、胸に執着のような物がある。

 今思えば、会ったばかりの頃、シルフィと一緒に初めて寝たあの宿での朝、酔いつぶれたシルフィはやたらとリリィの胸に、顔を擦り付けていた。

 しかも、寝起きのシルフィは、何処か物足りないと言う表情を浮かべていた。


「え、え~っと、リリィ?それって」

「お休みなさいませ」

「ちょ、ちょっと!リリィ!?」

「別に、ルシーラとか言う女の影響で、おっぱい星人に成ったとか、思っていませんから」

「思ってるよね!?その言い方絶対思ってるよね!?」


 割と図星だったので、シルフィは風邪の気怠さなんて忘れてしまう程動揺しつつ、リリィを引き離そうとする。

 しかし、焦って離れようとしたシルフィの顔を、リリィは自身の胸に押し付け、頭をそっと撫でると、シルフィは徐々に安心感に包まれ出す。

 こうすると、なんだか先程まで感じていた嫌な気持ちが薄れて来る。


「申し訳ありません、ちょっと、からかってしまいましたね」

「……うるさい」

「ふふ、今は、お休みください、私の、胸の中で」

「……うん(なんだろう、この暖かさ、ミーアさんやお父さんを思い出す)」

「(はぁ、この感じ、シルフィが、私の中で安堵している、この感じ、良いなぁ)」


 母性ともとれる満足感に包まれたリリィは、もう他の女の事なんてどうでもいいとさえ考えてしまっていた。

 この二日後、シルフィの熱は引き、二人は活動を再開する事となる。

 その際、もう色々と満足してしまったリリィは、少し警戒を強めた程度で、今回の事を深く追求することは無かった。


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