歪な愛憎 前編
熱を出したシルフィを担ぎ、リリィは最寄りの村へと辿り着く成り、すぐに宿を取ってシルフィの事を休ませた。
スーツを脱がせ、汗を拭いたり、着替えをさせたりした後、バックパックの中にあった冷却シートを額へと当てた。
応急の処置を終えたリリィは、一先ず診察を開始する。
喉に異常は無く、肺にもこれと言って異常は無い、もしかしたら疲労から来る熱かもしれない。
「(ここしばらくは、激戦続きだったからな、倒れてしまっても無理はないが、念のため、薬を飲ませてゆっくり休ませるか)」
一通り診断を終えたリリィは、シルフィのバックパックの中を漁り始める。
ジャックの用意した物資の中に、風邪薬の類が入っていたのを思い出したのだ。
因みに、入っていたのは錠剤型の物と、座薬タイプの物。
この二つを見た途端、リリィの中で謎の葛藤が起こり、小一時間程固まってしまったが、何とか理性が勝利し、錠剤をシルフィに飲ませようと、準備を始める。
「ん、ん~」
「シルフィ?」
「り、リリィ?」
「大丈夫ですか?何処か、お辛い所など」
「ん、ゴメンね、私のせいで、足止めさせちゃって」
「お気になさらないでください、今は、任務よりも貴女が優先ですから、此方を飲んで、ゆっくりお休みください」
「……ありがとう」
はっきりとしない意識の中で、シルフィはリリィへと謝罪する。
だが、リリィからしてみれば、今は任務以上に、シルフィの事の方が大事なのだ。
ただでさえペースが遅い状況であっても、その道中でシルフィに倒れられてしまえば、この先の事の全てに、リリィは絶望してしまうだろう。
それこそ、自爆して、この全てを終わらせようと考えてしまう。
そうならない為にも、シルフィに薬を飲ませたリリィは、他にも準備を始める。
ここ暫く洗濯できていなかったスーツや、水浴びする余裕も無かったシルフィの体を清める為に、下の階へ移動しようと、席を立とうとする。
「では、スーツのお洗濯等が有りますので、少し席を外しますね」
「あ、待って」
「え?」
「その、寝るまで、一緒に、居て」
「ッ!?」
席を立とうとしたリリィの手を掴み、一緒に居て欲しいと言ったシルフィの表情。
それは、何時も何処と無く感じていた頼りなさに、更に磨きがかかってしまい、今までリリィの抱いていた庇護欲は、歪な方角へと進化を遂げてしまう。
守ってあげたい、このままずっと甘やかしてあげたい等と、もはや庇護の更に上の行為を望み始めてしまっているのだ。
それこそ、今すぐシルフィにベビー服とおしゃぶり、オムツを装備させ、ガラガラであやしたい等と、何かと危険な領域へ足を踏み外し掛けた。
だが、その辺は何とか堪え、滅茶苦茶嬉しそうに椅子に座り直すと、シルフィの手を力強く握る。
「はい、了解いたしました、何ならずっと寝ないで良いんですよ!」
「いや、寝ないと治らないから」
「そ、そうですね」
リリィに手を握られるシルフィは、徐々に安心感に包まれ始める。
風邪を引いた時の心細さ、それは彼女にとっての母であり、父でもあるジェニーを失ってから、一段と強く成っていた。
蔑まれていた彼女を心配しよう何て言う同郷はいなかった事も有り、ずっと一人寂しく、治るのを待っていた。
だが、今は隣に居てくれる人が居る。
ただそれだけで、味わい続けていた孤独感や不安は、とても和らいでいる。
そう思っただけで、シルフィは安心しながら眠りについた。
「……おやすみなさい、シルフィ」
―――――
「……リリィ?」
目を覚ましたシルフィは、上体を起こし、リリィの姿を探しつつ、窓から外の様子を見る。
薬のおかげか、視界と意識は大分はっきりしているおかげで、外の様子はよく見える。
空が暗くなっており、到着したのが昼過ぎと言っていた事を考慮すると、それなりの時間寝ていたのだろう。
今頃、リリィが何をしているのか、少し考えようにも、まだ頭が働かず、少しフラフラしてしまう。
できれば、これ以上リリィに迷惑はかけたくないと思い、シルフィは胸に手を当てる。
「……んっ!」
イチかバチかを考え、シルフィは自分自身へと魔力を放つ。
だが、此れと言って変化はなく、変に魔力を使ったせいで、むしろダルさが上がってしまった。
「(やっぱり、まだ無理か、でも、リリィには感謝しないと、こんな未熟な私のサポートを行える武器を作ってくれたんだから)」
使用したのは、天を乗せた魔力。
全ての属性の大元であるこの属性は、回復の阻害だけでなく、回復さえも行えると、リリィがナーダから持ち出せた情報の中にあった。
今までの戦闘によって、習うより慣れろ感覚で、天を使い続けてきた。
そのおかげで、天による防御面の欠点に気付けた。
魔法の無効化という強力な事が行える反面、無効化するには、対象の使用した魔法の三分の一程の魔力が必要に成る。
しかも、魔力は相殺する形で使用されるため、タイラントのブレスのように、照射を行う魔法に対しては、消耗が激しく成ってしまう。
だが、悪い話ばかりではない。
熟練度を上げたおかげで、シルフィの魔力を使用して稼働するストレリチアは、非常に強力な防具兼武器へと仕上がっている。
ストレリチアには、リリィ程ではないにせよ、ある程度の学習機能を持たせている。
数多くの戦いをこなし、その分天を使用した事で、ストレリチアは天を解析する事によって、徐々に適応しつつある。
乱用と言っていいほど使用すると、ある程度は天に対応させているストレリチアであっても、一部が損壊する事が有った。
だが、今と成っては、シルフィの無茶ぶりにも、大分付いて行けている。
そのおかげで、今まで生き残れて来た。
リリィとストレリチアには、感謝しかなかった。
「(……ありがとう、リリィ)」
心の中でリリィへの感謝を述べていると、少し気分が悪く成り始めてしまったので、少し横に成ろうとすると、部屋の扉が叩かれる。
「(ん?誰だろう)リリィ?」
『違う、私、ヘリアン』
「え、と、とりあえず入っていいよ」
『ありがとう、失礼する』
招かれたヘリアンは、扉を開けると、他の二人の姉妹と一緒に入って来る。
だが、魔物達の襲撃を潜り抜けて来たせいなのか、三人ともボロボロになっていた。
そして、今日が初対面のデュラウスの紹介も終えると、シルフィは、何故三人がボロボロなのか尋ねる。
「……何でそんなにボロボロなの?」
「さっき貴女たちの代わりに魔物を処理してた、それと、上に掛け合って、貴女が回復するまでの間は、私達が魔物を相手取る事に成った、後、これ、お見舞いのリンゴ」
「あ、ありがとう、でも、大丈夫なの?毎回凄い数が来てるけど」
「あたぼうよ、俺達はアリサシリーズだからな、たかだか大隊規模の魔物なんざ、へでもねぇよ」
「貴女方に対処できる事に、わたくし達が遅れを取るわけ有りませんわ」
「そ、そうなんだ」
「ウソ、連携のれの字もできなくて、危うくこっちが負ける所だった」
ヘリアンはリンゴの入ったバスケットを、部屋のテーブルに置きながら、此処に来る前の魔物の襲撃の話を始める。
ヘリアンの言う通り、三人は連携を無視して、とりあえず目の前の魔物を倒しまくるという戦法を取り始めた。
特に、デュラウスは三人の中で最も血の気が荒いこともあって、連携を完全無視し、大太刀をとにかく振り回す脳筋戦術を取りだした。
大太刀は、リリィの使用するガーベラの倍近くのサイズを誇り、その分破壊力も有る。
リーチも長く、熱く成ると周りが見えなくなる性分も合わさって、危うくイベリスとヘリアンまでスライスされかけた。
しかも、イベリスも、さっきのうっ憤を晴らす為か、火力の補助を行う為に持たせていたエーテル・ランチャーを乱射していた。
所謂グレネードランチャーのような武器で、着弾と同時に爆発するタイプの武器だ。
威力や爆破範囲はそれほど広くはないが、燃費よく連射を行えるので、大量の魔物が相手のあの状況でも、かなり有効な武器だ。
だが、そんな武器を乱射するうちに、イベリスは何かに目覚め、デュラウスやヘリアンまで巻き込みかねないような砲撃を行った。
おかげで、二人の喧嘩が再発してしまったので、ヘリアンは巻き込まれないように、即席で制作した塹壕に隠れ、文字通り芋ってチマチマ狙撃を開始。
ところが、二人の喧嘩は思いのほかヒートアップしてしまい、何処に隠れても掘り起こされ、流石に頭に来たヘリアンも、スナイパーで有りながら、突撃を開始した。
つまり、今ボロボロなのは、ほとんど仲間割れのせいである。
「よ、よく無事だったね」
「アリサシリーズだから、それと、折角だし、これでも食べて、元気だして」
「え、悪いよそんな」
「構わない、私がやりたいから、それに、私は貴女の事、もっと知りたいから、仲良くしたい」
「そ、そうなんだ、そう言えば、お金はどうしたの?上の人から貰ったの?」
「違う、倒した魔物の素材を闇商人的な人に売った」
「え、大丈夫だったの?」
「俺達はギルドの会員じゃないからな、仕方ないが、値段からして完全に安値で買い取られたな」
「それはそれで大丈夫なの!?」
「別に構わない、お見舞いさえ買えれば、こっちの通貨は必要ない」
そう言うと、ヘリアンはバスケットの中からリンゴを一つ取りだし、切り分け始める。
そして、数分かけてリンゴを用意すると、シルフィのもっていた木製の小皿に乗せ、ベッドに座るシルフィに渡した。
なんとも歪で、皮が中途半端に残り、芯を取ろうとして二つに割れかけ、ボロボロになったリンゴを。
「……なにこれ?」
「う、ウサギ、のつもり」
ヘリアンはシルフィから少し目をそらし、恥ずかしそうにウサギに成る様にカットしたかった事を告白する。
どうやら、ウサギ型に成る様にしたかったようだが、思いっきり失敗し、ウサギに成りかけた何かに成ってしまった。
そんなリンゴをみたデュラウスは、後ろでヘリアンの失敗を笑い始める。
「ギャハハハ!不器用なお前が、なれない事するからだ」
「デュラウスうるさい」
「俺にやらせてみろって、こういうのは、俺みたいに刃物の扱いに長けている奴がやるんだよ」
そんな大見えを切ったデュラウスは、ヘリアンがカットしなかったもう半分のリンゴを持ち出し、ウサギに成る様に加工し始める。
結果、一応はウサギの耳はできたのだが、指で固定しなければ、ウサギと呼べるような形にはならなかった。
「……なんか違う」
「あ、あれ?意外と難しいな」
「此処をこうやってカットすれば……」
「あ、いや、こうだろ?……あれ?」
「何でそうなる?」
二人で話し合いながら、あたふたとリンゴをカットしているのだが、二人共何故かウサギとは別の生き物に成ってしまったりと、ロクな結果に成らない。
お見舞いとして持って来たリンゴは七個。
二人はあたふたとしながら、最初にヘリアンが加工した物を含めて、三つ程使ってしまっていた。
因みに、デュラウスはヘリアンより刃物の扱いに長け、手先も器用なのだが、料理面では上手いと言い切れないので、失敗が続いてしまっている。
そして、ヘリアンの方は、そもそも刃物に対しては、あまり関心が無い事も有り、失敗の原因を作ってしまっている。
そんな二人のあたふた具合を見るイベリスは、見て居られなくなり、ナイフとリンゴを二人から奪い取り始めてしまう。
「もう、見て居られませんわ」
「あ」
「おい!」
「よく見ていてくださいませ、ウサギというのは、此処をこうして、こうするのですよ」
そう言いながら、イベリスはリンゴを加工すると、何と見事な兎のリンゴが完成した。
耳はピンとはね、果肉部分もしっかりと芯だけが切り取られている。
普通に自慢できるレベルで綺麗な形である。
意外なイベリスの特技に、二人は目を丸めながら驚いてしまう。
「意外、イベリスが料理上手何て」
「何だ?この変な敗北感」
「こ、コツさえ覚えれば簡単ですわよ、ほら、貴女もこれでも食べて早く治しなさい!でなければ、わたくし達が基地へ帰れないのですから!」
「ムグ!」
二人からの言葉の照れ隠しとして、イベリスは傍観していたシルフィの口の中に、ウサギ状にカットしたリンゴを押し込む。
急ではあったが、シルフィは押し込まれたリンゴをシャクシャクと咀嚼し、そのまま飲み込むと、何かを考えるかのように黙り込んでしまう。
「……」
「ど、如何かなさったのですか?」
「ちょっとね、イベリスさん、急に斬り掛かって来るから、どんな人かと思ったけど、本当は優しい人なんだなって」
「ッ!お、お黙りなさい!!」
「ング」
シルフィの言葉に、少し顔を赤らめたイベリスは、また自分の切ったリンゴをシルフィの口へ押し込み、栓をしてしまう。
シルフィがリンゴを味わっている中で、ヘリアンとデュラウスは、ウサギの作り方を、イベリスから教わろうとしていた。
「イベリスだけできるのは、気に食わない、私も教えて」
「え」
「な、なぁ、俺にも教えてくれよ」
「ちょ、ちょっと、お二人共」
「シルフィから優しいって太鼓判押されたんだから、自信もって教えてくれよ」
「敵吹き飛ばして、快感覚えるような奴を、優しいって言って良いのかは、別だけど、教えて」
「もう少し言葉を選んでくださいませんか?ヘリアンさん」
等というやり取りの後、イベリスは二人にリンゴの切り方を教え始める。
シルフィに障らないように、大きな声は控えつつ、である。
だが、シルフィへのお見舞い品の筈が、失敗してしまった物を見られたくないという理由で、失敗作は二人のお腹に収まってしまう。
三人をみていると、シルフィは少し昔の事を思い出す。
リンゴだけでなく、ウィンナー何かに切り込みを入れて、動物のような形にし、見ても楽しめるような料理を作ってくれた父の姿。
あの頃も、今の二人のように、作り方のコツを覚えようとして、失敗作がしばらくの食事に成ったのを、少し思い出した。
そして、必死に練習する事三十分、三人の恐れる事態が引きおこってしまう。
『シルフィ?誰かいらっしゃるのですか?』
と、扉をノックしながら、スーツの洗濯などを終えたリリィが戻ってきた事に気付いた三人は、シルフィにリンゴを渡すと、慌てて窓から外へと出て行ってしまう。
運よく三人が外に出て行った所で、リリィが部屋に入り、何とかリリィが三人の存在を知る事を防げた。
何者かの気配を感じていたリリィは、部屋に入る成り、警戒を行う。
しかし、部屋には少し症状が改善しつつあるシルフィと、その膝の上の小皿に乗っているリンゴで作られた三羽のウサギ。
可愛らしい一羽のウサギ以外は、形は歪であっても、しっかりとしたウサギが置かれている。
「……あの、そのリンゴは?」
「ん?ちょっとね、プレゼントされたの(この三つ以外全部食べられちゃったけど)」
そう言ったシルフィは、リンゴを一口かじり、心の中で、三人に感謝する。
考えてみれば、風邪をひいている時に、あんなにも賑やかな空間に成ったのは、初めての事だった。




