風邪って結構不意に来る 後編
イベリスとの会話の後。
分断されていたリリィは、物凄い勢いでシルフィと合流、ストレリチアを着て居なければ、あばら骨を数本折っていた勢いだった。
そんな事はさておき、合流できた事を狂喜するリリィは、シルフィに抱き着きながら、彼女の頬に連続でキスを行ったり、頬をこすり合わせたりし始める。
「もう会えないと思いました、はぁ、この温もり、今まで溜まってた分、しっかり補給させていただきますね~はぁ、はぁ」
「ちょ、リリィ、息荒い!」
「ああん!いけずぅ~!」
息が荒く成ると同時に、徐々にエスカレートするスキンシップを前に、シルフィはリリィを無理矢理引き離す。
そのせいなのか、リリィは若干涙目、みたいに見える。
そして何とかリリィをなだめたシルフィは、リリィに今まで何処に行っていたのかを訪ねだす。
「で、今まで何してたの?」
「えっと、実はあまり覚えて居なくて」
「そう(そう言えば、カルミアちゃんの時にも、リリィは)」
リリィの姉妹と会っている所を、シルフィは見た事が無い。
それに、リリィの同型は、彼女一人と言っていた辺り、恐らくイベリスたちの事も知らないだろう。
しかも、カルミアの話をしたときは、何故かその事を話した事さえ忘れてしまっていた。
「(何で、リリィは他の姉妹の事、何も知らないんだろう)」
―――――
その頃、イベリスたちはというと。
撤退した後、今リリィ達の居る森の奥深く、二人の進路から大きく外れた所で、リリィの足止めを行っていたもう一人の姉妹と合流していた。
「よう、そっちは上手く……」
「……」
「いってないのか?」
「一応上手く行った、けど、イベリスがトラウマ発動して台無しになった」
「成程」
AS-103-03『デュラウス』は、合流と同時に、成果を訪ねたが、頬を膨らませ、少し拗ねているイベリスを見て、失敗を悟ってしまう。
だが、へリアンからして見えれば、それなりに収穫は有った。
リリィがシルフィの事を気に入った理由、それは単純な事だった。
シルフィは、差別的な思考を一切無く、リリィに接している。
此れが理由と成り、リリィはシルフィに好意を寄せ始めたのだろう、という事を、へリアンはデュラウスに伝えた。
正直な所、三人はシルフィ達と敵対する意思は無く、できれば友好的にシルフィの事を知りたかったのだ。
しかし、シルフィの考えに、イベリスが過去のトラウマを発動させてしまい、少し敵対する形と成ってしまった。
「やれやれ、お前が行ったせいで、こっちは危うく接触しかけたんだぜ、しっかりしてくれよ」
「仕方ない、此処でシルフィに死なれたら困る、私だって、あの子を知りたい」
「……まさか、惚れたのか?」
「違う、興味が出ただけ」
「(似たような物だろ)」
実は、三人はカルドからの命令で、リリィとの接触は避けるように言い渡されている。
なので、血の気の荒いデュラウスと、会話の下手なヘリアンは、リリィに二人がかりでハッキングし、足止めを行っていた。
接触禁止の理由としては、同型機が量産されていると知れば、リリィ本人のやる気に影響するという事だった。
一応カルドは現マスターであるので、言い渡されている命令があれば、従う義務が三人に有る。
そのうえ、リリィのモチベーションを上げる要因の一つであるシルフィの存在も、カルドはそれなりに目を付けている。
なので、必要なく成るまでの間は、彼女に危害を与えないという事にも成っているので、イベリスの先ほどの行動もタブーだった。
一応仕事はきっちりやるタイプのヘリアンは、イベリスが変な気を起こしても良いように、ハッキングしつつ、二人の様子もうかがっていた。
故に、雲行きの怪しく成った時点で、二人の元へ駆けつける事が出来たのだ。
しかし、それはそれとして、イベリスは未だに機嫌を治していなかった。
「つか、いい加減に機嫌治せよ」
「……わたくしは、あんな方、認めませんわ」
「それは解った、だからさっさと機嫌治して」
「やれやれ、ま、何にしても、次の襲撃まで俺達は帰れねぇんだ、その辺の魔物でも吹っ飛ばして憂さでも晴らしてこいや」
「そんな野蛮な事、したくありませんわ」
「めんどくせぇ女」
「何ですって!?」
「お、ヤルか?ダブスタクソ女!」
デュラウスの一言に、少し頭に来たイベリスは、背負っていた斧を構え、デュラウスも背負っていた大太刀を構える。
正に一触即発の空気が漂ってしまうが、エーテル・ガンの発砲音が複数回成ると同時に、二人は倒れこんでしまう。
またしてもヘリアンの仲裁だ。
肩にかけているスナイパーライフルでは無く、両足のホルスターに格納している二丁のエーテル・ガンを使用し、二人を連続で撃ち抜いたのだ。
へリアンの使用するエーテル・ガンは、射撃戦闘を主眼に置く彼女の為に、威力と連射力を向上させてある。
リリィの物より大型であるが、ヘリアンは使いやすいと気に入っている。
その威力は、今のような至近距離なら、エーテル・ギアを着用している二人に対してでも、有効な攻撃をできるレベルだ。
「二人共頭冷やして」
「おい、不意打ちとかずりぃぞ!」
「ずるくない、というか、此処で二人が暴れたら、リリィ達に気取られる、ただでさえ、シルフィは索敵能力に優れてる、自重して」
「チ、生意気な奴だ、姉は俺だぜ」
「姉ならもっとしっかりして」
「あーったよ、悪かったなイベリス、俺も大人気なかったよ」
「こちらこそ、申し訳ございません、少々頭に血が昇っていたようですわ」
イベリスとデュラウスは、お互いに非礼を詫び始める。
だが、それからほんの数秒後、三人は仲間割れを始めてしまう。
イベリスはデュラウスへと斧を振り下ろし、ヘリアンにはエーテル・ガンを発砲。
デュラウスは、イベリスへと大太刀を繰り出し、ヘリアンには、エーテル・ショットガンを撃つ。
ヘリアンは、二人に向けて、チャージを行って威力を上げたエーテル・ガンを複数発撃ち込んだ。
「ヘリアンてめぇ!良い子ちゃんのふりして、テメェも狙っていやがったな!!」
「二人がそんな簡単に納得する訳ないのは目に見えてる!」
「お二人共、覚悟してくださいませ!!」
そんなこんな、三人は本格的に仲間割れを行ってしまった。
――――――
その頃、補給を終えたリリィ達は、先を急ぎ始めていた。
「なんか騒がしいですね、魔物の縄張り争いでしょうか?」
「あー、そ、そうかもね(あっちにも何かと事情が有るみたいだし、姉妹の事はリリィには黙っとこ)」
先を進んでいると、仲間割れを始めている姉妹達の奏でる騒音が響いてくるが、完全に無視して二人は森の外を目指し始める。
一先ず、シルフィはイザコザの回避も兼ねて、リリィにはイベリスたちの事は黙る事にした。
暫く森を進み続ける事数時間、月が昇り、辺りが暗く成り始めた辺りで、二人は野営を始める。
出来れば、襲撃は来ないで欲しいと願い、二人は身を寄せあいながら焚火を眺める。
「なんか、疲れている時に見る火って、落ち着くね」
「暗がりでは、明るい物を見ると落ち着くといいますからね」
今のシルフィを見たリリィは、頑張って気丈に振舞っているという事を見抜く。
やはりあれだけの連戦は、精神に相当ダメージを与えるようで、何処か上の空と言った感じに成っている。
数時間程の睡眠では、とても回復しないような疲れを、シルフィは背負っている。
このままでは、何時か倒れてしまっても不思議ではない。
「……今は、お休みください」
「え?」
「連戦続きだったのですから、休める時にはお休みください、私が見張っておきますから」
「……でも」
「こういう時こそ、我々アンドロイドの持つ利点を生かしてください」
「……じゃぁ、お言葉に甘えて」
リリィの言葉に甘えたシルフィは横に成り、眠りにつき始める。
そんなシルフィの手を、リリィは握り締め、頭を撫でだす。
すると、安心感を覚えたのか、シルフィは心地よい寝息をたてながら眠り始めた。
そして、リリィはシルフィを見守り、周囲の警戒を行いながら、データの整理を開始しつつ、朝を待った。
翌日。
朝日によって目覚めたシルフィは、すこぶる調子が悪かった。
立ち上がれば、エーテル・ギアの補助なしでは立っていられない位の立ち眩みが襲い掛かり、酷い頭痛まで襲ってくる。
「あ、あれ?」
「シルフィ?」
「なんか、おかしい」
「ちょっと!?シルフィ!!」
とうとうバランスを維持できなくなったシルフィは、そのまま倒れこんでしまう。
急いで受け止めたリリィは、すぐにシルフィの容態を確認し始める。
診断の結果、体温は四十度近くまで上がっており、今すぐにでも休ませなければ、危険な状態と成ってしまっている。
高熱に頭痛、何らかのウイルスに感染しているような症状だ。
「(クソ、この近くに村は有るが、如何する?今襲撃が有ったら……)」
出来れば宿を借りて、しっかりと休ませてあげたいところであるが、現状を考えても、あまり人里には近寄りたくはない。
とはいえ、シルフィの容態を考えても、今すぐに休ませなければ、それこそ命に係わる。
「(ええい、なりふり構っていられるか、シルフィの命が一番だ!)」
そう考えたリリィは、シルフィを担いで最寄りの村へと急ぎ始める。
一応、シルフィに装備させているドローンは、リリィでも使用できるように制作しているので、万が一の起きた場合でも、少しは対処できる筈だ。
とはいえ、心配なのは目に見えている。
―――――
その頃、二人の様子を、ヘリアンは装備の眼帯を使い、長距離から眺めていた。
「やっぱり、ほぼ毎日はやりすぎ」
右目に取り付けられている眼帯は、射撃戦闘を優位に進められるように、空間把握能力を向上させる試作のアイテムだ。
いずれは内蔵する事に成っている代物である。
そして、村へと移動を始めた二人を追う前に、ヘリアンは本部へと連絡を行い始める。
「……こちらへリアン」
『やぁ、如何したんだい?勝手に抜け出して』
「シルフィの方が風邪、しばらく魔物は送らないで」
『そうか、別に構わないけど、代わりに君達に相手をしてもらうよ、抜け出したバツも兼ねてね』
「……了解、オーバー」
通信を終了したヘリアンは、倒れている二人たたき起こし始める。
先ほどの仲間割れにおいて、ヘリアンは最後まで立っていた。
というよりは、途中から普通に二人で勝手に殴り合い初めてしまったため、ヘリアンは普通に傍観決めただけで終わってしまった。
殴り合っただけで、それほど二人にダメージは無い筈なので、恐らく魔物の大群を相手しても問題は無い筈だ。
だが、叩き起こされた二人は、勝手に襲撃の代役を引き受けたことに怒り心頭に成ってしまう。
「何でそんな事許した!?」
「そもそも勝手に抜け出してる、これ位の罰は当然」
「そうですが、まだわたくし達のカスタマイズは終わっておりませんわ」
「でも、私達にどんな装備が必要なのか、実戦を行わないと解らない、此れはいい機会」
「それもそうか、で、具体的に何時始まるんだ?」
「……」
「おい、こっち見ろや」
「ヘリアン、まさか」
「後十秒」
「早く言えやああああ!」
「早く言ってくださいませええええ!!」
何時始まるのかという、デュラウスの質問に対し、ヘリアンはそっぽを向きながら答える。
当然、そんなにも早く始まるという事に、二人は驚きを上げ、ほぼ同時に叫び始める。
それと時を合わせるようにして、三人の周囲に、何時も使用している転移装置が地面から複数個せり上がり、魔物の転送が始まる。
もうグズグズしていられないので、意を決したイベリスとデュラウスは、すぐに武器を構える。
「たく、仕方ねぇ!俺の初陣、派手に決めてやるか!!」
「そうですわね、喧嘩はもう止めですわ」
「良いから早く始めるよ」
シルフィを運ぶリリィに気取られない様に、何て事を考えている暇もなく、三人の初の実戦が始まったのであった。




