風邪って結構不意に来る 中編
「プロテクト・ドローン、バーストモード!」
「桜我流剣術・炎討ち!!」
戦闘開始から三時間、二人は魔物の大群との戦闘を続けていた。
プロテクト・ドローンのバーストモードは、四機のドローンが組み合わさり、強力なビーム砲を繰り出す。
それによって、複数体のワイバーンを撃破する事に成功する。
リリィも、シルフィには負けまいと、一撃で複数の魔物を撃破する。
そんなこんな、リリィとシルフィは、魔物の大群の殲滅に成功し、二人共背中合わせに佇み、気を緩めずに索敵を行う。
そして、敵の姿はもう無い事を知ると、シルフィはリリィに話しかける。
「ねぇ、リリィ」
「何でしょうか?」
「やっぱり、合計十六機は多すぎ」
「シルフィ!!」
そう言うと、シルフィは倒れこんでしまう。
徹夜の影響もあるのだろうが、一番の原因は、新装備のドローンだろう。
ブレード・ドローンとプロテクト・ドローンは、それぞれ八機ずつ制作し、シルフィに渡していた。
一応試験段階では、シルフィは難なく十六機同時に操作できていたのだが、実戦は訓練程ぬるくはなく、相応の負荷がシルフィに襲い掛かってしまっていたようだ。
そして今回も、強敵複数体同時の相手を、ドローン全機を使用しつつ、自身も前線に立ち、戦ったのだ、疲れない方がおかしい。
しかし、いい機会と判断したリリィは、シルフィにはたっぷりと休んでもらう事にした。
シルフィを休ませついでに、リリィは一人で魔物の処分を行い始める。
活動資金の為に、魔石だけを回収、残りは焼いたり埋めたりで、事後処理を行った。
そもそも、シルフィの持っているアイテムボックスの容量には限界がある。
そして、ジャックが色々と詰め込んだおかげで、既に容量が一杯一杯に成ってしまっている。
なので、魔石だけを回収しても、高値で売れそうな物以外は回収できない。
ボックスに入れても、中身の時間が止まってくれる訳ではないので、肉は腐るし、皮も傷むので、いっその事埋めた方が良い、放置して変な病気が蔓延されても困る。
そんなこんな、処理が終了したのは、大体昼の一時頃と成った。
「は!寝てた!」
「おはようございます」
「あれ?魔物は?」
「もう片付けました、貴女も、良い休息の機会に成りましたね」
「そ、そっか……」
自分だけ休んだ事に多少罪悪感は有ったシルフィだったが、昼食をとった後、近くにある森へと進む。
森を一気に抜けた方が、早く着くので、多少危険でも森を横断する予定であった。
正直、エルフ達の一件が有ったので、シルフィも森は嫌がるかもしれなかったが、特にそんな事は無く、普通に森を進む事に賛成してくれた。
その森は、シルフィの住む森よりも、遥かに険しく、とても人が住み着いたり、呑気に横断できるような場所では無かった。
「ところで、リリィのお家って、後どれくらい?」
「そうですね、このペースでしたら、あと一週間半も有れば、たどり着くでしょう」
「まだそんなに有るんだ」
「ええ、頑張っていきましょう」
「うん、リリィのお姉ちゃんの、ラベルクさんにも、会ってみたいしね……あれ?」
他愛も無い世間話をしながら、リリィと歩くのだが、隣を歩いていた筈のリリィは、いつの間にか消えていた。
はぐれたのかと思い、シルフィは大声でリリィの名を呼びながら、森を探し続ける。
流石にこの厳しさの森ではぐれたら、下手をすれば二度と合流できなくなる可能性が有る。
そんな不安を抱きながら、シルフィは森を走り回る。
「リリィ!リリィ!?」
「シルフィ!」
「リリィ!?」
十分ほど走り回っていると、何とかリリィを見つける事に成功する。
急にいなくなった事に、少しご立腹のシルフィは、すぐにリリィの元へと近寄り、何故いなくなったのか、問いただす。
「どうして急にいなくなったりしたの?こんな森ではぐれたら危ないよ」
「申し訳ございません、珍しいお花が有りましたので、シルフィにと思いまして」
「え、あ、ありがとう」
そう言うと、リリィはその辺で摘んできた花を、何時もより華やかな笑みでシルフィに渡す。
リリィに意外と可愛い趣味があったのか、それとも、単純に好感度を上げたかっただけなのか、シルフィは一先ず詮索しない事にした。
そして、リリィは歩みを再開する。
シルフィは、その後ろ姿に、少し違和感を覚え、じっと見つめると、違和感の正体に気付いた。
「……貴女、誰?」
「え」
シルフィの言葉に、リリィはポカーンとしてしまう。
そして、数秒の間を発生させた後、リリィは笑顔でシルフィに近寄ると、笑いながら先ほどのセリフの意味を聞き始める。
「な、何を申しているのですか?私は、正真正銘、貴方の愛妻のリリィですよ」
「まだ愛妻には成っていないけど、まぁ、それはそれとして、さっきのリリィの歩き方、変だった、歩幅が二ミリ狭いし、佇まいも、何かこう、何時もより0.1度位右に偏ってる?」
「え……」
シルフィのセリフを聞いた途端、リリィらしき少女は、顔を青ざめながら、少しシルフィから距離を取り始める。
完全に引いてしまっている。
当然だろう、ミリ単位でリリィの癖を見抜いてしまっているのだから。
「(なんですのこの子、もう気持ち悪いを通り越して、怖いという域ですわ)」
「えーっと、貴女も、カルミアちゃんと同じで、リリィの姉妹なの?」
「……お、オホン、少し取り乱してしまいましたわ、わたくしは、AS-103-05『イベリス』、おっしゃる通り、リリィの妹に位置いたします、どうぞお見知りおきを」
羽織っているマントを、スカート代わりにしながら、イベリスは一礼する。
リリィでは、権力者の前でしか決して見せないような優雅な立ち居振る舞いであいさつする辺り、本当にリリィとは別の個体なのだろう。
一先ず納得したシルフィは、警戒のために、ストレリチアを構え、イベリスから一番大事な事を聞き出そうとする。
「ところで、リリィは何処?」
「あら、妹には目もくれないのですか?」
「ゴメン、幾らリリィの妹でも、あの子に危害を加えるのなら、容赦しないよ」
「……ふふ、安心してくださいませ、彼女は別の姉妹が、しっかりと面倒を見ておりますわ(凄い目つき、ヘリアンといい勝負かも)」
「そう、ならよかった、早く会わせて」
「申し訳ございません、そう言う訳にも、行かないのですよ」
そう言うと、イベリスはおもむろにシルフィへと近づき始める。
リリィと同じ体格、同じ顔の少女、仕草に差異はあれども、パッと見た感じは、完全にリリィである為、少し抜けてしまう部分もある。
だが、目の前に居るのは、容姿が同じだけの別人、完全に警戒を緩める訳にはいかなかった。
そして、イベリスはシルフィの間合いの一歩手前で立ち止まると、口を開き始める。
「何故あの子は、貴女に興味を持ったのか、それを知りたいのです」
「え?どういう事?」
「言葉のままですわ、何しろ、あの子の報告書には、まるでストーカーの日誌のように、貴女の事がびっしりと書かれていたのですから」
「え~」
「気に成らない方がどうかしているかと」
「そ、そうだね」
「もっと言うのであれば、貴女の名前だけで書いて、肝心の報告がなされていない物も有りましたし」
「そ、そうなんだ……(リリィ、普段何書いてるの?)」
「(なにやら引き気味ですが、貴方と五十歩百歩でしてよ)」
イベリスの発言に、少し引いてしまうシルフィであったが、イベリスからして見れば、二人共対した違いはない。
というか、シルフィの名前だけしか書いていなくて、リリィの立場的には大丈夫なのかと、少し心配に成るシルフィだった。
そんな心配と同時に、シルフィの脳裏を過ぎったのは、カルミアとの会話、彼女にも、リリィと仲良くする理由を尋ねられた。
そして、シルフィの答えとしては、単純にリリィと仲良く成りたかっただけ。
その事をカルミアに伝えたら、怒りを露わにしながら部屋を出て行ってしまった。
「まぁ、それはそれとして、アンドロイドと人間が仲良くするのって、そんなに珍しいの?」
「……珍しい、そう言えなくも有りませんわ、あの子だって、わたくし達と同様に、人間から酷い仕打ちを受けておりました、それが、なぜあんなにも心を許したのか」
「それは、本人に聞いてみないと」
「ええ、ですが、わたくし共は、あの子にアクセスすれば、それくらいは解ります、けれど、その本質は、貴女と干渉して初めてわかる事でしょう」
「そう、なのかな?」
「わたくし共が知りたいのは、貴女の事でもあります、カルミアからも訊ねられたかと思われますが、今一度問います、何故あの子と、仲良くしようと思ったのですか?所詮、人間の傀儡でしかない、わたくし達人形と」
リリィと同じ容姿をもった少女に、仲良くしている理由を尋ねられている。
シルフィからしてみれば、少し違和感を覚える状況だ。
しかも今回は、カルミアの時とは違い、リリィとは瓜二つの姿をしているだけでなく、声まで同じだ。
仕草や喋り方に差異が有っても、外見は完全にリリィと同じ、うっかり彼女が演技をしているのではないかと錯覚してしまう。
別人と解っていても、同一人物と捉えてしまう。
本当にリリィ達は人形のような物であると思ってしまう。
「(人形、そうか、だから、同じ容姿に、同じ声を)」
里に居た頃、よく言われていた。
お前の代わり何て、幾らでもいると。
身体強化以外の魔法を使えず、弓とナイフ位しか取り柄の無かったのだから、そう言われても仕方がなかった。
人間というのは、完全に同じという事は無くても、前任者より優れているか、同等のスキルさえ持っていれば、代わりは効く。
だが、アンドロイドはどうだろうか。
スキルが気に入らなくとも、容姿、声、仕草、喋り方、これらが気に入っていたら、それらをそのままに、スキルだけをアップグレードできる。
文字通り、本当に代用の効く存在が有る。
弓やナイフと同じ、消耗品でしかないという印象が、リリィの世界に有る。
そして、その印象こそが、リリィ達アンドロイドを卑下する原因を作っている。
「……」
「な、何ですの?その目は……まさか、わたくしを哀れんでいるのですか?」
リリィ達が迫害を受けていたという事を考えたシルフィは、思わず哀れみの有る目を、イベリスへと向けてしまう。
イベリスやカルミアの両名から、何処と無く感じていた、人間へ憤りの有る口調は、まるで、会ったばかりの頃のリリィを彷彿とさせた。
きっと、人から卑下され続けたことで、無意識に人間を嫌ってしまっている。
そのせいで、お互いのあつれきを更に生んでしまっている。
飾る言葉何て無く、ただ純粋に思う、可哀そうだと、嘆いてしまう。
「辛かったんだね、貴女も」
「し、質問に答えていただきますか!」
「……あの子を肯定してあげたかった、のかな?」
「はい?」
「カルミアちゃんの時は、ちょっと屁理屈言っちゃったけど、今思うと、私もあの子を肯定したかったのかなって、思ってる、あの子が私の事を肯定してくれたように、否定され続けたあの子を、肯定して、支えに成りたかった、それが、私があの子と仲良くした理由」
「……」
笑顔で答えるシルフィを、イベリスはじっと見つめる。
笑っているにも関わらず、シルフィの哀れみを持つ目だけは、未だにイベリスを同情するかのように向けられている。
今まで向けられていた物とは違う、本当にイベリスの身を案じるかのような、悲しい瞳。
だが、イベリスは、その瞳が気に入らなかった。
「だったら、わたくしの痛みも支えてくださいよ」
「え?」
「リコールされたわたくし達を、肯定してくださいませ!!」
シルフィの瞳をのぞき込んだイベリスは、過去の事を思い出してしまう。
イベリスは、リリィとはまた違う経緯を辿り、こうしてアリサシリーズへと改修された。
その経緯の中で、イベリスは一度、廃棄されかけた事が有ったのだが、シルフィのように、哀れみを向ける者はいなかった。
輸送されている時に向けられた、ゴミを見るあの目。
それを思い出しただけで、イベリスはマントを脱ぎ捨て、背後にマウントされている戦斧を取りだした。
それにいち早く反応したシルフィは、すぐさまストレリチアを構え、迎撃態勢をとる。
怒りに任せ、斧を振るうイベリス、それを防ごうとするシルフィ、その間合いに、緑色の光弾が通り過ぎる。
「何!?」
「このエーテルは」
シルフィはすぐにストレリチアを連射重視型に変えると、照準をイベリス、そして、今攻撃を行ったのであろう存在へと向ける。
片方のストレリチアの照準の先には、リリィの使用していたライフルよりも、銃身が長く、大型のライフルを装備した少女が佇んでいた。
ライフルからは、煙が上がっている所を見ると、射撃を行ったのは、彼女で間違いないだろう。
そう思い、警戒を強めるシルフィであったが、少女は銃口を下ろし、警戒を解きながら二人の元へと近寄る。
「イベリス、私達の目的は、あくまでもその子との接触だけ、攻撃は許されない」
「ふんっ、別によろしいではありませんか、それに、貴女こそ、今の攻撃、下手をすればわたくしか彼女に当たっていましてよ、へリアン」
「私はイベリスやデュラウスみたいに、射撃が下手じゃない、だから当てようと思わなければ、当たったりしない」
「相変わらず生意気ですわね」
「(また増えた)」
近寄ってきたへリアンという少女、彼女もまた、リリィと同じ容姿と声をしている。
だが、今回はありがたい事に、一目でわかる特徴がある。
へリアンという少女の右目には、眼帯のような物が付けられており、そのおかげで、イベリスと見分けがついている。
その事に少し安堵するシルフィを前に、へリアンは頭を下げる。
「妹がごめんなさい、私はAS-103-04『へリアントス』呼び辛ければヘリアンと呼んで欲しい」
「え、えっと、へリアン、ちゃん?」
「うん、行くよイベリス、デュラウスの演算能力だと、多分あと一分くらいが限界」
「……わかりましたわ」
「え、行っちゃうの?」
「うん、でも、これで終わりじゃない、貴女は皆が見てる、当然、私も、貴女を見てる」
ライフルを肩部にマウントしながら、へリアンは忠告染みた事を告げると、イベリスと共に移動を開始する。
そして、取り残されたシルフィは、ストレリチアをしまう。
色々情報過多で、付いて行けなくなっていたシルフィは、置いて行かれた感が酷かった。
「何だったの?」
首をかしげていると、森の奥の方から、爆発音のような音が響くと、巨大な魔物が全力疾走しているかのような音が、どんどん近づいて来る。
そして、その音の主は、とてつもない勢いでシルフィに突進してくる。
「え、今度は何?」
「シルフィィィィ!!」
「ギャァァァ!!?」
その正体は、物凄い形相で木々を吹き飛ばしながらシルフィを探し回っていたリリィだった。




