サバイバルホラーでラスボスに追い掛け回されるイベント、怖すぎるよね 後編
特に歯茎むき出しの大男さん
隣町へと向かう道中。
いつの間にか陽はくれ、アリサとシルフィは野営を行っていた。
交代で見張りを立て、就寝を行う、これは軍も狩人も関係なく共通している事だ。
と言っても、アンドロイドのアリサにとっては、睡眠は不要な物、交代なんて必要ない行為に思える。
しかし、作戦地域で長期の単独行動を行う事になった場合、不測の事態に対応できるように、その日に得たデータの整理や、義体の自己メンテナンス等を行う事に成っている。
実際寝ているわけでは無いが、メンテナンス中はあたかも、寝ているように振舞っている。
というか、メンテナンス中はほとんど無防備だ。
そんな二人の様子を、イャートは草むらに身を隠しながら見つめていた。
月明りと、二人の焚く火の明かり以外、光源の無い草原。
遮蔽物は無いに等しいとはいえ、迷彩服によってカモフラージュする彼を見つけることは、至難の業だ。
「待っていろ蒼髪、その能面顔を剥いで、死んだ方がましと思える以上の苦しみを与えてやる」
毒物の効かない相手事態は、別に珍しいわけでは無い。
極端に体重の重い魔物、シルフィのように、毒耐性の強い存在。
魔物相手の場合は、別の仲間にやらせているが、今回のように、耐性の強い裏切り者を始末する場合は、正攻法の暗殺に切り替えている。
例えば、現在のような夜襲、暗殺の常とう手段だ。
どんな時でも、生物である以上睡眠は必須。
どれだけ腕のいい狩人であっても、睡眠時を狙われては、如何しようも無い。
だからこそ、交代で見張りを立てるという手段は、彼らの里であっても、採用されている。
数分後、シルフィが起き、アリサが座ったままの状態で、就寝している事を確認し、いよいよ行動に出る。
クラウチングスタートの姿勢を取り、風の魔法を使用する。
静かに地面を蹴ると、強さに反して、風のように素早い動きで、アリサの元へと駆けていく。
通り道は、ただ風のなびく草むらにしか見えず、その場で人が高速移動しているようには全く見えない。
足音も無く、風になったような動きで、相手を暗殺する。
それが彼の戦闘方法である。
「(狙うは、左の首筋)」
アリサの背後を捉え、携えているナイフを繰り出す。
騒がれないように、口と鼻を抑え、狙い通りに首筋を切断しようとする。
普通であれば、此れで大量に出血し、失血性ショックは避けられない。
だが、彼女はアンドロイド、偽装等の為に、体内を人工血液が巡っているとはいえ、アニメのスプラッター表現のように、大量に吹き出すことは無い。
それどころか、一滴たりとも出血はしなかった。
スーツの防刃性能もあるが、そもそも彼女の人工皮膚は、一般的に普及している物よりも、はるかに防御能力などが優れている。
銃弾さえ防ぐ強度を持っている皮膚に、ただのナイフを、人間に使う感覚で使用しても、あまり意味はない。
その行為は、鉄を包丁で切ろうとしているような行為である。
「(コイツ!?)」
熟練の暗殺者であるイャートにとって、皮膚を切断することのできなかったことは、手ごたえで分かった。
今度は、確実に仕留めるべく、頸動脈の切断なんて生易しい事ではなく、露出している顎の下に、全力でナイフを突き立てた。
その際、イャートの手に訪れた衝撃は、何時ものように、皮膚と骨を断つ手ごたえではなく、硬い何かが当たった感触。
ナイフの先が当たったのは、アリサの数少ない金属パーツである脊髄。
ジェネレータで発生したエネルギーを、全身に行きわたらせる等、重要な機能が無数に込められており、その保護の為に、非常に頑丈なつくりになっている。
人力のナイフでは、断つことはできない代物だ。
「何でだ!?」
この世界の住民にとって、体の中に金属が入っているなんて、発想さえなく、イャートからしたら、アリサの脊髄が水牛並みに太く、頑丈であると錯覚してしまっている。
そんな思考が渦巻いている中で、正面から物音に反応し、視線を上げる。
「動かないで!」
「……貴様か」
イャートの視界に映ったのは、ハンドガンを構えるシルフィ。
イャートからすれば、ただの鉄の塊を持った、魔法も使えないただのエルフの小娘。
もはや敵とすら認識しておらず、今の状況を見られても、一切動揺していない。
「そんなオモチャで、何をするつもりだ?まさか、俺を倒す気か?魔法一つ使えないクズが」
「そ、そうだよ」
照準をイャートに向けるが、声も震え、銃を持つ手も安定していない。
落ち着きを取り戻すために、深呼吸を行うと、アリサと事前に話し合っていた事を思い返す。
――三時間ほど前――
野営の準備を行いながら、アリサは予め計画しておいた算段を打ち明けた。
先ず、アリサに襲い掛かってきたイャートを、アリサがホールドする成りして、動きを封じた後に、シルフィが狙撃するというものだ。
だが、シルフィには疑問があった。
「……あのさぁ」
「何でしょう、今さら怖気づいたとか、言わないでくださいよ」
「いや、そうじゃなくて、何であの人が、アリサに襲い掛かるってわかるの?」
「ええ、どうやら、私に私怨があるらしいので」
アリサの聴覚センサーによって、大声で愚痴っていたイャートの声をしっかり拾っており、アリサへの私怨があると、判明していた。
もちろん、アリサがぶっ飛ばした青年が、彼の息子であるという事も、しっかりと聞いている。
「(あの時の)」
「まぁ、そのせいで記憶消し飛んで、怠惰な生活習慣に戻ってしまったらしいですから、十中八九私にタゲ取るでしょうね」
「へ、へぇ」
話が脱線してしまいそうなので、話を戻す。
狙撃する際には、弓ではなく、ハンドガンを使用することを勧めた。
理由としては、初めて人を殺める事になるのだから、確実に精神状態を乱すことになる。
そうなれば、魔力の操作を乱し、弓の威力が大小両極端に成りかねないのだ。
当然、弱すぎれば、アリサの救出には失敗してしまう。
「で、強すぎたら?」
「フム、以前暴発させた威力から算出して、仮に最大出力で撃った場合……」
以前シルフィが放った弓の破壊力から、最大出力の威力を計算し、その結果をシルフィに伝える。
数値で言い表すと、シルフィが混乱しかねないので、仮にそうした場合、どうなるのかを例えると。
「フム、私諸共吹き飛びかねませんね、後、魔力を使い果たした貴女も最悪死にます」
「何その血も涙もない計算!」
なので、此れと言った仕掛けの無い、ハンドガンによる狙撃を推奨した。
しかし、当たる箇所が悪いと、九ミリ弾一発では、即死させることは不可能、狙うべき場所も、しっかり教え込んでおいた。
狙うのであれば、脳の急所である脳幹、それ以外だと、暴れられかねないので、一発で即死させる必要がある。
そして狙うべきは、対象の正面を向いて鼻先。
アリサは人差し指の先を、シルフィの鼻先に押し当てた。
「鼻先」
「ええ、この奥に、脳幹があります」
「これで……」
~現在~
アリサのアドバイス通り、イャートの鼻先に照準を合わせ、引き金に指をかける。
しかし、恐怖が指を硬直させ、腕や手も、震えだし、照準も息も乱れてしまっている。
目の前には、拘束された状態で、喉をナイフで貫かれ、死へ着々と進んでいるアリサの姿がある。
アリサ曰く、喉を切られたり、誤射で弾丸が当たった程度では死なないから、安心しろ、とのことだった。
だが傍から見れば、全く安心できない光景である。
このまま見ていても、何も変わりはしない、以前までの自分のように。
重ね合わせてしまう、かつての自分と、今の自分を。
外へ出たい、だが行動に移せない、このような事態になる事を恐れていたから。
だからこそ、何も変わらなかった。
毎日のように罵声を浴びせられ、陰湿な嫌がらせをされる毎日を送っていた。
ここでイャートを見逃しても、また襲撃が行われる。
仮にここで殺しても、また別のエルフが殺しに来る。
どちらにしても、何度も襲撃が有るのは間違いない、だったら、できるように成らなければ意味が無い。
だけど
「(撃ちたくない)」
罪悪感から、引き金を引くのをためらってしまう。
父親から言われた言葉が、脳裏をよぎる。
『奪って良い命は無くても、奪わなければならない命は有る』
今がその時だ、奪わなければ、こちらが殺されるのだから。
でも、だからと言って、目の前の命を奪って良い理由に、本当になるのだろうか?
目の前の人間にも、人生と家庭がある、一人の人間、しかも同胞だ。
殺し方を指南された時、シルフィは当然そのように反論した。
しかし、返された言葉は冷徹だった。
『貴女が今まで食してきた生き物も、生と家族がありましたよね』
まるで、それが当たり前であるかのように、言葉を放った。
現在もアリサは、シルフィの事を、鋭い目で見ている。
まるで、早く撃てと言っているかのように。
同じはずだ、何時も獣や魔物を狩る時と、その筈だというのに、恐怖と罪悪感から、ポツリと、一言呟いてしまう。
「……撃ちたくない」
「ははは、意気地なしのクズには、無理な話だ」
撃てないとためらうシルフィを、イャートは嘲笑する。
彼は今まで、幾人もの同胞の命を奪ってきたのだ、殺せないと怖気づくシルフィは、ただの腰抜けに見える。
その時の見下す目を見て、シルフィは思い出す。
父親を殺したエルフの目、あれと同じ、父親を見下しながら殺した。
そして今、自分と友人を殺そうとしている。
森を出た森に入ってきた、ただそれだけの理不尽な理由で。
父もそうだった。
魔法の使えない、穢れた血のエルフだという理由で、首をはねられた。
考えただけで、怒りと憎悪がこみ上げてくる。
そう考えただけで、シルフィは、自身の頭や心に、黒い何かで覆われ始めたのを感じる。
殺せる訳無いと、見下す目をしているイャートの目を見ていると、黒い何かは純度を増し、やがて、引き金にかかる指に、力が籠められる。
引き金は既に、少しでも力を入れれば、弾が発射される状態になっている。
頭の中から、声が聞こえ始めてきた。
『殺せ』と
頭に直接響き渡ると、シルフィ自身の何かが抜け落ちた感覚になる。
体の制御が別の誰かに乗っ取られたように、言う事を聞かなくなり、指に力が入る。
必死に抗うが、力が抜けることは無い。
「ダメ、ダメ!」
そう叫んでも、体は言う事を聞く事が無く、遂に引き金は引かれ、撃針が薬きょうの雷管を叩く。
それと同時に、シルフィは叫ぶ
「撃ちたくないってばあぁぁ!!」
シルフィの悲痛な叫びに反し、銃弾は無慈悲にも射出され、弾丸は鼻先ではなく、眉間のど真ん中に命中する。
一発だけではない、まるで彼女の中の怒りや恨みを晴らすが如く、銃弾は何発も放たれる。
涙で顔を汚し、喉が裂けそうな程叫びながら、弾倉が空になるまで。
弾倉が空になっても、シルフィの指は引き金を引き続けていた。
涙で視界がかすみ、良く見えないが、イャートの顔面は完全に崩壊し、地面に倒れているあたり、死亡しているのは明らかだ。
やがて、全身の力は抜け、膝から崩れ落ち、罪悪感と後悔の念が、彼女にのしかかる。
「(本当に、これで良かったの?)」
力が抜け、鉛のように重く感じる体。
それはまるで、自らの犯した罪が、そのままのしかかっているように、シルフィには感じられた。