贖罪とケジメ 後編
話し合いの有った日の夜。
レリアは、話し合いの後からずっと巡らせていた考えの中に、ふとした疑問を考えずにはいられず、書斎を借りて、考えを纏めていた。
その疑問は、リリィとナーダの関係性である。
アラクネより聞いたリリィの情報、此れを深堀すると、何かと疑問点が浮かび上がって来る。
アラクネ曰く、リリィは彼女達の世界で制作された後に、この世界へと飛ばされたというのだ。
この辺から既に引っ掛かってしまう。
ナーダ達は、連邦政府との戦争に敗北し、この世界へと逃れたとするのであれば、リリィもこの世界で制作されている筈だ。
「(確か、量子型演算こぴゅーた……こんぴーた?あれ?まぁ良いわ、マザー、彼女の中核ともいえる物、運び出せる物であれば、逃げる際にこの世界へ持ってきている可能性が有る)」
アラクネ曰く、マザーと言う物は、リリィ達にとって、蟻たちからして見た女王蟻のような存在ともいえる。
リリィの見た物、聞いた物を転送し、ナーダへと情報を渡し、手段などを模索する。
そして、リリィ達の戦闘をバックアップし、リリィ達の戦闘データを纏め、彼女にフィードバックすることで、戦闘能力を高める。
つまり、マザーとは、リリィ達の第二の脳ともいえる。
それほど大事な物を、自陣に置いておきながら、わざわざ完全に敵の領土と成ってしまっている場所で、リリィを制作するメリットがない。
そして、リリィの最大の敵ともいえるジャックが、この世界に居る。
であれば、本土の戦力は大分落ちている筈、其処を狙って、リリィを働きかけた方が、まだ効果的と言える。
あえて敵陣の中へと部品を持ち込んだ後に組み立て、密かに破壊工作や諜報活動を行うというのであれば解るが、往復させる意味がない。
「(……でも、リリィが制作途中で、おいて行かざるを得なかったとしたら……いや、でも、そうなれば敵側に鹵獲されていても……転移技術を確立している世界なのだから、重要な部分だけを持っていけば、何とか……いや、そもそも、なんで彼女は……)」
色々と考えを巡らせていると、書斎の扉が開き、誰かが入って来る。
暗がりで少し見えづらかったが、特徴的なシルエットで、アラクネである事がすぐにわかった。
「こんばんわ殿下、あまり根を詰めすぎますと、お体に触りますよ」
「アラクネさん……ごめんなさい、考えずにはいられなくて」
「何を、でしょうか?」
「……ねぇ、貴女の世界には、物質を瞬時に移動させる技術が有るのよね?」
「はい、我々はそれを、テレポーション等と呼称しておりますが……」
「……なら、何故あの子は、乗り物で来たのかしら?」
「え?」
「そんなに凄い物が有るのなら、乗り物なんて使わずに、それを使えば、装備を落とす何て事、無かっただろうし、何より、あの子の立場から考えても、往復してしまっている事に成るわ、とても戦略的とは思えないのよ……あ、座っても大丈夫よ」
レリアの考察を聞き、アラクネは適当な所から持ってきた椅子に腰かけると、レリアの話に首をかしげる。
アラクネは、学者ではあるが、厳密には生物学者、科学分野の方はエーラやリリィ程詳しくはない。
だが、分野は異なっていても、転移装置に関しては、ある程度の理論であれば把握している部分もある。
「そうね……この世界にも、転移技術が有りますよね?」
「ええ、転移を行う祭壇のような物から、同じ物の間を移動する物、ただ、ダンジョンに有る物だけで、方法何かは、未だに解析中と聞いているわ」
「……これは、仮説なのですが、リリィがナーダを裏切っていたとしたら、そう考えると、殿下の疑問は解消できます」
「ど、どういう事?」
「先ず、テレポーションを行うのであれば、ダンジョンにある転移装置の形が理想的です、私に使われたような物は、例外中の例外、理にかなっているとは言えないわ……」
「そ、そうなの?」
アラクネがこの世界に来れたのは、恐らく転移技術の類による物である可能性が有る。
ジャックだけがこの世界に来ている事を考慮すれば、その改良型か何かによる転送。
あの日から二十年、技術が確立し、完全に実用化が施されていれば、宇宙船何て使わずに、その方法で来ていてもおかしくはない。
恐らく、実用にはあまりにも精度が低すぎる可能性が有る故に、没になってしまい、装置同士の方法での移動が主流に成っている可能性が有る。
であれば、この世界に有る装置となると、恐らくはナーダの拠点である可能性しかない。
いきなり敵のど真ん中に出て、基地を制圧する事は可能であるだろうが、もしかしたら、此処に派遣される予定の連邦軍の誘導を行う事が目的であった可能性も有る。
「成程、でも、何でジャックを敵何て呼んだのかしら、それに、ジャックもリリィを敵として認識して……いた……」
アラクネの言う仮説を聞いたレリアは、頷きはしたが、それでも不明慮な点がある。
洞穴の中での二人のやり取りは、どう考えても互いを敵同士であると認識していた。
だが、レリアは、ジャックの気に成る言い回しを思い出した。
『なぁ、姫様、悪いが、子供達を頼む、此処にはリ……いや、アリサ達が来る、俺は残れない』
「り……まさか、あの時アイツ、リリィって呼ぼうとした?」
「……どういう事ですか?」
「アイツ、リリィと遭遇しそうになった時、リリィって呼ぼうとしたのよ、だとすれば、アイツはリリィ達と繋がって居た事に成る、わよね?」
「はい」
「でも、そうなると、何でお互いに敵同士だと」
「……アンドロイドの思考を変える事は容易です、もしかしたら、私と出会う前、いえ、それ以前、この世界に墜落した時、既に彼女は、ナーダ側へと寝返らされていた可能性が有ります」
「……そうだとしても、はるか遠くの世界に居るジャックが、一体どうやってそんな情報を仕入れたのかしら?貴女の言う通り、思考を変えられたのなら、その事を知る術は、ジャックに無い筈」
リリィの話では、この世界に来た途端、何者かによる高高度狙撃で墜落してしまったという事だった。
そして、時を同じくして、まだ来ていない筈の連邦製のアンドロイドと交戦した。
恐らく、落下の衝撃で、システムがダウンしている時に、ウイルスの類を流し込まれ、意識を改変された可能性が有る。
連邦製のアンドロイドと戦闘を行わせたのは、同士討ちを避けるための識別信号を狂わせた事を確認した。
そう考えると、わざわざ連邦製のアンドロイドと戦闘させた理由も解る。
しかし、少なくとも、その事実は、母星に居た筈のジャックが知っている筈無い。
だが、レリアの話では、リリィが寝返らされた事をジャックは知っている風だった。
だとすれば、ナーダの中に、ジャックと繋がっている者がいると考えられる。
しかも、マザーで管理されている通信網、其処を掻い潜り、ジャックへと情報を流せる存在。
そんな事が出来る存在、アラクネの思い当たる人物は一人しかいなかった。
「ラベルク、アリサシリーズの中で、唯一ジャックが取り逃し続けている個体、確か彼女は、マザーの管理も行っていた筈です、彼女であれば、気づかれる事無く、彼女へ情報を流せます」
「確か、リリィの姉だったわね、彼女であれば、ジャックへと情報を流せる、という事ね」
「はい、確証のない仮説ですが」
「いえ、何らかの理由で、ナーダ側に残った姉のラベルクさんが、マザーを使って、リリィの状況をジャック達へと流していた、とすると、リリィは裏切っていた可能性も、十分あり得るわ」
アラクネとの話で、レリアはようやく考えがまとまり始める。
ナーダを裏切ったリリィのマスターは、何者かの手引きを受け、彼女達の世界へと逃れ、リリィの制作を開始。
しかし、裏切り者である彼女達は、始末されかけ、リリィのマスターは、命からがらリリィをこの世界へと送り出した。
まだ幾らか疑問点は残るが、一先ず謎は一つ解けた事で、レリアはすっきりする。
だが、問題が完全に解消されたわけでは無い。
何にしても、既に異世界人が勝手にこの世界で戦争を行い、行く行くはどちらかと外交をしなければならない可能性が有るのだ。
なんともはた迷惑な話である。
「……ねぇ、アラクネさん」
「な、何でしょう?」
「私の元で、家庭教師をする気は無い?」
「え!?」
「教えて欲しいのは、貴女の世界の言葉や、彼らにとって価値の有る資源なんか、ちゃんと報酬も出すから、お願いしてもいい?」
「え、えっと……」
「そ、そうよね、そんな簡単には決められないわよね、なら、その気に成ったら、お手紙をくれればいいわ」
「か、考えておきます」
「……出来れば承諾してほしいわ、せめて言葉や価値観を知っておけば、最低限外交がやりやすくなるから」
「は、はい」
レリアにとって、友好的な外交を行うには、先ずは相手の分化や言語を学ぶ事から始める。
そうすれば、相手が求める物や、裏の顔を読みやすく成る。
もしかすれば、レリア達にとって、価値の無い物が、異世界の住民にとって、非常に価値の有る代物である場合だって考えられる。
しかも、アラクネはそう言った方面の一部に詳しい立場にある。
彼女からその辺りを教えられれば、不平等な搾取を防げるし、向こうも下に見づらい筈だ。
強大な国との国交を行うのであれば、その国に非常に詳しい人間が居れば、大分打ち解け合える。
二十年のラグが有るとはいえ、そんな短期間で言語や物資の価値基準に関する事が変わるとは考えづらい。
アラクネの知る情報を理解すれば、対等とはいかずとも、変に下には見られない筈だ。
とはいえ、アラクネにもアラクネの生活が有る。
王族の頼みだから無理矢理にでも、という訳にも行かない。
それに、アラクネはこの世界に来てから一度も帰っていない。
そんな彼女の前に、故郷の技術其の物と言える存在、リリィが現れ、何時かは自分も帰れる可能性が有ると示唆されたのだ。
ホームシックに成ってしまっている可能性だってある。
「その、やっぱり、故郷の事は、あまり思い出したくないのかしら?」
「い、いえ、確かに、今でも故郷を懐かしく思います、寂しくは有りますが、今は蜘蛛達が、ラズカが居ますから」
「(そうか、彼女にも、治めなければならない者達が居るわよね、それに、故郷の家族にも、会えないのよね)」
アラクネの下向きな表情や話し方から、レリアは、更に気を使った考えと成ってしまう。
もしも自分が別の世界に、この身一つで投げ出されてしまったら。
子供のように可愛いがる事の出来る存在や、恋人ができたとしても、きっと故郷を思ってしまうだろう。
今の彼女のように、きっとホームシックと言える気分に成ってしまう。
「はぁ、ごめんなさい、故郷を思っていたら……」
「い、いいのよ、此方こそごめんなさい、辛い話を」
「いえ、ただ、仕事帰りや休憩の時に食べていた、駅ビルのアップルパイ、あれが二度と食べられないと考えると……」
「(食べ物の話かい!!)」
色々と心配して損したレリアだった。
―――――
同時刻、折角なのでと、ウルフスはユリアスの元へと顔を出していた。
一応、同郷の数少ない生き残りなので、生存報告や里の状況位はしておきたかった。
だが、会った瞬間、ウルフスは硬直してしまう。
「な、何だ?その恰好」
「これかい?可愛いだろ?」
因みに、ウルフスとユリアスは、少しだけ面識があり、友人とまでは行かずとも、お互いに多少は知り合っている。
元々可愛い部類の少年っぽい見た目だったのは、覚えてはいたのだが、今のユリアスは、ぱっと見完全に女の子の恰好である。
ボーイッシュ女子ともいえる恰好のユリアスを見たウルフスは、ユリアスの妹か姉なのではないかと、一瞬疑ってしまった位だ。
「何が如何してそうなった?」
「目覚めたのさ、アリサ君とシルフィ君、そしてアラクネ君、彼女達との出会いは、正に僕の運命だったよ」
「……」
「僕は、此処で疲れ切ったお姉さまやお母様を、妹キャラや娘キャラを演じ、癒す、それが、僕の生れた意味だという事を、彼女達が教えてくれた、今は、里で暗殺やら狩りやらをしていた時より充実しているよ」
「(あいつ等、此奴に何したんだ?)」
クラブと同レベルとはいかなくとも、彼もそれなりにエルフ至上主義だった。
それが今や百八十度変わり、見下していた筈の人間達を癒す事が生きがいと成ってしまっている。
そんな事を艶のかかった笑みで言っているのだから、もう洗脳の域である。
因みに、このいかがわしい店で働くようになった理由である賠償金の支払いであるが、既に五割程払い終わっている。
それでも、この店に生きる理由を見出したユリアスは、返済後も町で生きる事を決め、今や店の稼ぎ頭に成りつつある。
驚きながらも、一応は里が壊滅した事を話してみたのだが、もう彼にとっては、里なんてどうでもいいらしい。
「ど、如何でも、良いのか?」
「勿論だよ、第一、僕はあそこの連中に不満があったから裏切った訳だし、それに、癒しに飢えてしまっている人間達を見下す何て、僕にはもうできないよ」
「そう、なのか」
『おーい!ユっちゃん!お客さん待たせるなよ!』
「はーい!いま戻りまぁす!それじゃ、僕はもう戻るよ、ヒイキにしてくれているお客さんから、指名されていてね」
「そ、そうか、頑張れよ(ヤレヤレ、随分変わったなアイツ、しかし、あの二人、今頃何処で何やってんだか……戦争が終わって、こっちも贖罪がおわった後、また会う機会が有ったら、またパンでも焼いてやるか)」




