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贖罪とケジメ 前編

 初めて鎧を着た時、鎧はロゼに訊ねた。

 何を求めるのかと。

 ロゼは答えた。

 此れから仕える姫、レリアの剣と成る。

 その時、ロゼは鎧がどんな物であるか、どれだけ危険な物であるか、その全てを知った。

 着用した姿をレリアに見せた時、純粋無垢な笑顔を向けてきた所考えると、その当時は、鎧どんな物なのか、本当に知らなかったのだろう。

 だが、ロゼはそれでもよかった。

 個人の為では無く、民の為に、国の為に、必死に奔走するレリアを守る剣となれるのであれば、鎧の代償は安い物だった。

 レリアには、自身の体の安否よりも、これからも、愛している国の、世界の為に動いて欲しかった。

 しかし、鎧の力は、ロゼの想像を遥かに超えていた。

 まるで微睡の中に居るかのように、思考はぼやけ、意識の全ては鎧によって支配されてしまう。

 初めて力を使ったのは、視察の旅をしている時、魔物の大群に囲まれ、レリアが頭を打って気絶してしまった時だった。

 あの時は、魔力を消耗しきれるだけの魔物が居たおかげで、何とかレリアを傷つけるような事は無かったが、一歩間違えて居たら、レリアを殺していたかもしれなかった。

 鎧によって支配された結果、強い闘争心に駆られ、敵味方関係なく攻撃してしまう。

 その筈だった。

 突如出現した化け物を対処するために、鎧の力を使用するが、やはり、ロゼの意思とは関係なく、ウルフスへと襲い掛かってしまった。

 だが、体は拘束され、動きを封じられ、レリアと視線を無理矢理合わせられると、彼女の意識が直接流し込まれるような感覚に陥った。

 そして、流し込まれてきたレリアの意識は、ロゼの深層意識の一部と触れ合い始め、互いの意識は干渉しあう。

 おかげで、レリアまで鎧の力に飲み込まれかけてしまった。

 だが、まるで泥の中を進むかのように、奥深くに有る、捕らわれたロゼの意識を見つけ、何とか引張出すことに成功した。


「ブハッ……はぁ、はぁ、はぁ」

「……よかった、ロゼ」


 ロゼの頭を完全に覆っていたヘルメットは、ロゼが意識を取り戻すと同時に収納され、ロゼは、水面から顔を出したかのように呼吸する。

 それと同時に、今の自分の状況を確認し始める。

 足にはせり上がったヒビだらけの岩が巻き付き、腕も頑丈な糸を束ねた物で拘束されている。

 そして、目の前には涙を流して微笑むレリアの姿が有る。

 状況をあらかた理解すると同時に、強い脱力感に襲われたロゼは、レリアにもたれかかるように倒れ込む。


「ロゼ」

「レリア」


 抱きしめ合う二人の姿を見たラズカとウルフス、そしてアラクネは緊張を一気に緩め、座り込む。


「お、落ち着いたようだな」

「はぁ、良かった~」

「ええ、でも、里は壊滅ね」


 アラクネのセリフを聞いたラズカとウルフスは、里を見渡し、その惨状を目にする。

 家屋は全て破壊されており、飼われていた家畜たちの姿も無く、たった数十分程度の戦いで、里は全滅してしまったのだろう。

 そして、里を滅ぼした犯人である怪異は、全員の目の前で息絶えている。

 ただの肉塊と言えるような姿と成っているクラブを見て、ウルフスは少し悲しげな目を浮かべながら、彼女の元へと歩み寄る。


「……クラブ、愚か者が」

「……その、ご愁傷様」


 クラブの死骸に触れながら、死を嘆くウルフスを、付いて来たアラクネは慰め始める。

 里を壊滅させ、命を奪いかけられた存在とはいえ、彼にとってはかけがえのない愛弟子でもあったのだ。

 せめてと思い、アラクネはラズカと共に、クラブに対して手を合わせる。

 そんな三人の元へと、落ち着きを取り戻したレリアが、ロゼを担ぎながらやって来る。


「あの、貴方は一体」

「……俺はウルフス、此奴の、クラブの師だった」

「そう、ウルフスさん、その方は、一体何が有ったのですか?」

「解らない、だが、此奴をこんな化け物にしたのは、紛れも無い、ルドベキアの奴だ、アイツの戯れに付き合った結果が、此れだ……師としての情けだ、せめて、土には埋めてやるか」


 そう言ったウルフスは、魔法でクラブの下の地面を陥没させ、その上に、土をかぶせ、埋葬する。

 その光景を見たレリアとロゼも、せめてと思い、黙祷を行った。


「ところで、何でこんな所に人間が居る?あいつらが易々と入れてくれるとは思えないが」

「今日は、少し事情が有ったのよ、貴方たちが潰した町の損失云々の話をしに来たの」

「……あの町か、弟子が済まない事をした、子供達や、町の連中、大勢が犠牲になった」

「その口ぶりだと、貴方も居たの?」

「ああ、詳しい事情は、後で話す、今は、そのウサギ女と一緒に下がって居ろ」

「え?」


 レリア達に下がるよう忠告したウルフスは、大剣を構え直し、いつの間にか姿を現していたルドベキアの方を向き、鋭い眼光をぶつける。

 対するルドベキアは、仮面のせいで表情や感情は掴めないが、唯一露出している口元は、少し笑っているように見える。

 そして、ルドベキアの姿を見た途端、その不気味さから、アラクネとラズカもウルフスの後ろへと避難してしまう。


「随分とお優しいのね、師である貴方を裏切り続けた弟子を埋葬するなんて」

「コイツだって、貴様の被害者でもある、一体何人のエルフが、お前の為に死んだことか」

「どういう事?」


 ウルフスの発言に疑問を持ったレリアは、ルドベキアが何をしてきたのかを尋ねた。

 そして、ウルフスは自身の記憶にある限り、ルドベキアが何をしてきたのかを、此処に居る全員に話す。

 ルドベキア、ウルフスが生まれる以前よりも、この里で族長を務めては、力を望む者に、望むだけの力を授けてきた。

 だが、多くの者は、その力に耐えきれず、死に至らしめてきた。

 仮にうまく力を制御できたとしても、何等かの重たい代償が降り注ぎ、半月も待たずして命を落とした。


「……」

「だが、此処まで里に被害が出たのは初めてだ、大体の奴はショック死か、暴走している所を、同胞たちの手で始末されてきた」

「貴女、どうしてそんな事を!?此処に住んでいる人は、貴女の大切な民であり、同胞たちの筈!」


 ウルフスの説明を受けて、レリアはルドベキアを怒鳴りつける。

 同じく治める立場にある者として、民を危険な目に遭わせるような事をする彼女には、怒りしか沸いてこない。

 だが、そんなレリアの怒りは、ルドベキアには届かなかった。


「確かに、彼らは私の民でもある、けどね、同胞では無いのよ」

「……どういう事?」

「ウルフス、貴方も、自身の事をハイエルフだと思っているの?」

「……ああ、だが、そう言い出したのはお前だと聞いている」

「そう……余計な事を言う物では無いわね……」


 ため息交じり呟いた言葉に、ウルフスは首をかしげる。

 暗殺者と成った者達は、その就任の際に、自分たちはハイエルフで有るという事を告げられる。

 そして、その事実を言い出したのは、紛れもなく、族長本人であるルドベキアだ。

 この里が出来て以来、この里での有力者達は、その事実を代々受け継いできたのだ。

 しかし、その事実は違った。


「私が彼らに伝えたのは、貴方たちはハイエルフに成り得る因子を持っている、という事だけ、それが何の因果か、自分たちがハイエルフである、という事に成ってしまったのよ」

「な、なんだと」

「じゃぁ、貴方は自分の事をハイエルフだと思い込んでる、ただのエルフって事?」

「そ、そうなるな」

「残念だけどそうとも言えないわ、アラクネさん、ただのエルフ、では無く、ハーフエルフよ、少し特殊な、ね」

「なら、貴女は何なの?何が目的なの?」

「私は、いえ、私こそが、今では数少ない、真のハイエルフ、そして、私の目的は、完全なる世界の創造に有るわ、この里は、その一環の一つだったのだけど、もう必要ないから、切り離す事にしたの」


 レリアの投げかけた質問に、ルドベキア笑みをこぼしながら答える。

 だが、その答えには、この場に居る全員、理解することはできなかった。

 完全なる世界の創造、規模が大きすぎて、しっくりこなかったのだ。

 しかも、この里のように、森で外界から隔絶された小さな場所にすんでおきながら、そんな大それた事が出来るようには、レリアには思えなかった。


「お山の大将でしかないというのに、大きく出ましたね、里の民を全滅させておいて、完全なる世界の創造とは」

「貴女には、そう見えるでしょうね、でも、この犠牲は必要な事なのよ、数千年も生きて居ながら、自分たちの身の程もわきまえない様な彼らは、いっその事、死んでしまった方が良いわ」

「そう、なら教えてちょうだい、貴女はこの世界をどう思っているの?今この大陸では、貴女たちの起こした騒動以外で、戦争なんて起こっていないわ」

「ええ、確かに起きていないわ、貴女たちの知る限りでは」

「何ですって」

「貴女の知らない所で、戦争は今も起きている、とても大きな戦争が、貴女たちは、知らないだけ、そして、貴女はこの世界は平和だと自負しているようだけど、本当にそうかしら?」

「……当然よ、確かに治安の悪さや、私達政治家にも、汚点は有るけれど、それでも、現状は平和と言えるわ」

「この危うい状態を平和とは、貴女も、大きく出ますね、では、この現状を維持している魔物達、彼らが居なくなれば、はたして如何なるのかしら?」

「そ、それは」


 ルドベキアの言葉に、レリアは言葉を詰まらせる。

 今の平和が有るのは、魔物達の存在が非常に大きい。

 人間にとって、厳しい環境下でも生きる事の出来る魔物は複数存在する。

 冬場では確保の難しい薪、水不足になり易い土地、食料となる生物の少ない場所。

 そう言った地域であっても、魔石のような燃料資源に加え、食料や衣服にもなる魔物達、彼らのおかげで、貧困も防げているといってもいい。

 あり得ない事であるが、ある日突然、魔物達が居なくなったら。

 どうなってしまうのか、想像に容易い、この大陸の維持している微妙なパワーバランスは、一気に崩壊し、物資を求めあいながら、互いに食いつぶし合う事に成るだろう。

 ルドベキアの言う通り、なんとも危うい平和だ。


「人間の欲とは、恐ろしい物よ、力を持つ者が、強烈に何かを欲するという事だけで、争いに火種に成ってしまうのだから」

「ぐうの音も出ないわね」

「そんな事が起こる時点で、人間はまだ幼い種族なのよ、親鳥から餌をもらえず、ごね続けるひな鳥」

「……さっきから聞いていれば、何様のつもりだ?お前が親鳥にでも成って、人間達に餌でもまくのか?」

「そうしたいのだけど、ひな鳥と同じで、人間達は何時か親離れしなければならない、それができないのであれば、滅びの道を辿るだけよ」

「お前は、神にでもなったつもりか?」

「神……ですか、ハイエルフは所詮、天使とのハーフ、どう頑張っても、神に成る事はできない、だけど、神と言う存在は、私が、いえ、この宇宙其の物が欲している存在、聖書の中の概念的なモノではない、本当に人間達に救いの手を差し伸べる、本当の神に近い存在を誕生させる、それが、私の目的よ」


 自身の目的を話したルドベキアは、指を鳴らす。

 すると、一人のエルフの少女が、ウルフス達の前に現れる。

 ルドベキアの念力で浮遊している少女は、気を失っており、何故か着用している服はや体はずぶ濡れとなっている。


「運のいい子よ、井戸の中に入ったおかげで、生き延びたようね、唯一の生存者よ」

「あ、ちょっと!」


 ルドベキアは、唯一の生存者である少女を雑に降ろすと、ラズカは地面に落ちる前にキャッチする。

 そして、全員の意識がその少女の方へと向いた瞬間、ルドベキアは瞬間移動したかのように、ロゼとレリアの前に現れる。


「ッ!?」

「……凄いわね、途中解除したとはいえ、三度も使用してその程度で済む何て」

「何だと?」


 ロゼを見るルドベキアは、今の彼女の状態に感服する。

 ロゼの着る鎧は、闇属性の魔力を体に注ぎ込むという性質上、使用の度に身体に異常が生じ、四回の使用によって確実に死に至る。

 一度使用すれば、全身紫色の痣に犯され、鎧の痛み止めが無ければ、激痛にあえぐ事に成る。

 二度使用すれば、全身の神経が麻痺する、運がよくとも、半身不随は必至と成る。

 そして、三度目の使用後は、鎧を脱がない限り、生きながらえる事はできるが、完全に植物状態と成ってしまう。

 四度目の使用は、命の危機に瀕するという事を鎧が感知した瞬間に発動し、鎧が活動を停止した瞬間、着用者の生命活動も停止する。

 だが、今のロゼは二回と半分程度とはいえ、体中に痣が広がる程度で済んでいる。


「成程、余程精神が強いのね、それに魔力の操作も、無意識に行って、症状を最小限に抑えている……良いわ、今回は特別、ローリスクで治してあげる」


 そう言ったルドベキアは、得意げな感じに指を鳴らすと、ロゼの体から、黒いモヤのような物が一瞬だけ吹き出て来る。

 すると、ロゼは先ほどまで感じていた脱力感が無くなり、随分と楽になる。


「バカな、この呪いは、聖職者達でも治せなかったんだぞ、一体、何をした」


 驚きを上げるロゼであったが、治ったことを確認したルドベキアは、笑みを浮かべ、手を振りながら何処かへ消えてしまう。

 何も言い残すことも無く、ただ微笑んだだけで消えてしまった。


「……相変わらずの、クソ野郎だ」

「……あの、ウルフスさん」

「何だ?」

「話ぶりからして、貴方も彼らの起こした事件の首謀者なの?」

「ま、そうなるな」

「なら、少し話を聞かせて貰ってもいい?」

「……ああ、わかった」

「ありがとう」


 ウルフスが提案を呑んだことを確認したレリア達は、皆を連れて森の外へ出て行く。

 そんな中で、アラクネだけは、少し難しい顔をしながら、佇んでいる。

 ルドベキアの言っていた事、それはアラクネの元居た世界でも言えることだった。

 この世界のように、資源を求めあって戦争を行う事は、連邦発足前はよくあった事でもある。

 やがて、戦争を回避する為、一度でも使えば、人類が滅びかねない兵器を作り出してしまった。


「(核兵器も、自分たちの安全を求めすぎた結果生まれてしまった物、疑いや先入観にとらわれ、生まれた恐怖が、滅びに繋がる兵器を生み出してしまった)」


 軍に関わっていた科学者であるだけに、核を生んだ科学者に同情してしまう。

 元々は、人々の暮らしを豊かにする為と言う、善意の元に生んだはずだというのに、権力者たちの勝手な都合で、兵器にされてしまった。

 アンドロイド達だってそうだ。

 元は、仕事に悩殺される人々の助けに成る為に生まれた筈が、何時からか、兵器としても運用されるように成ってしまった。


「アラクネ?如何したの?」

「あ、ごめんなさい、考え事をしていたの、すぐに行くわ」

「もう、あんな奴の言葉、真に受けないでよね」



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