背負いし業 後編
シルフィの故郷であるエルフの里。
其処は、もはや地獄と言って差し支えない事態に陥る。
会合に訪れた王国の代表団の内、レリア以外は、既に里から脱出したのだが、護衛についていた兵士数名は、クラブに捕食されてしまった。
そして、化け物と化しているクラブの食欲は留まる事を知らず、遂には里の同胞たちにまで手を出し始めている。
老若男女問わず、生きている生き物を見つけた途端、捕食する。
その捕食方法は、徐々に効率が良く成り、触手を使って丸飲みにするという方法を取り始めている。
そんな中で、ロゼとアラクネ、そしてウルフスは迫りくる触手を相手に、残っているレリアとラズカを防衛している。
「おい!何でそこの二人は逃げないんだ!?」
「ロゼ達を置いて行ける訳無いでしょ!」
「しかし、これは私でもどれほど持つか解りません!姫様はすぐにでもお逃げください!」
「でも!」
「でも、ではありません!この国の未来のために、貴女を死なせる訳にはまいりません!」
「ロゼさんの言う通りです!ここは我々が何とか致しますので、レリア殿下は早く逃げてください!!」
「アラクネの言う通りだよ!早く逃げるよ!」
無数の鞭のように振り回されている触手を相手に、何とか立ち回る三人の邪魔に成らない為にもラズカはレリアを連れて、馬車へと避難する。
だが、その間にも、里の住民であるエルフ達は、どんどんクラブの餌食となり、捕食を終えた触手も攻撃に加わり始める。
徐々に増え始める手数の前に、三人は押されだす。
斬ろうが、魔法で吹き飛ばそうが、瞬時に再生し、まるで衰える事の無い底なしの体力で、クラブは残りの皆を捕食しようと、攻撃を続ける。
そんな中で、ロゼはクラブより発されている臭いから、彼女が何を思っているのか、ある程度把握する。
「(此奴、食欲だけで動いている!?)」
ロゼが異形と化したクラブから感じるのは、底なしの食欲だけ。
戦術も、駆け引きも、何も無く、ただひたすらに、衝動だけで動き、襲い掛かっている。
そのせいで、臭いから相手の動きを察する事ができず、何時もより戦いに支障が出てきてしまっている。
そのあまりにも不気味な存在に、ロゼは戦いながら恐怖してしまうが、そんな恐怖に屈することも無く、剣を振り回す。
しかし、果敢に応戦するロゼに異変が起こる。
「(クソ、左手の感覚が)」
治ったばかりという事もあってか、以前負傷した左腕の感覚が鈍り始めていた。
鎧の影響のせいか、聖職者達の回復魔法の効果が薄れており、ジャックの言いつけ通り、左腕はずっと封印していた。
おかげで、左腕の体力は衰えてしまっており、握る力も徐々に弱まってしまう。
そして遂に、ロゼはクラブの攻撃に反応できず、食らいつかれる寸前に陥ってしまう。
「しまッ!」
「何ボーっとしていやがる!!」
「ッ!?」
それを救ったのは、ウルフスだった。
触手に食らいつかれる寸前の所で、ロゼを蹴り飛ばし、彼女の身代わりとなったが、代わりにウルフスの左腕に食いつく。
食いつかれたウルフスの左腕は、まるで水分を全て吸い取られたかのように、シワだらけとなってしまう。
「クソ!」
「させない!」
危うくクラブの腹に収まりかけていたウルフスは、途中でアラクネに救出される。
アラクネの生成した糸に絡みつかれ、触手はバラバラに切り裂かれる。
そして、アラクネは背中から生え変わった蜘蛛の足を生やし、ウルフスを背負いながら後ろへと下がる。
その二人を守るべく、ロゼは片手剣を大剣状態にし、二人に襲い掛かっている触手を斬り落とす。
折角命を救われたのだ、せめて体を張ってくれたウルフスを守るために立ち回る。
だが、三人でやっとだった相手を、ロゼ一人でどうにかなる筈も無く、触手は鎧に食いつき始める。
「ッ!(まさか、私がお荷物になるとは……あのエルフには悪いことをしたな……しかし、この化け物、如何したものか……クソ、後で姫様にどやされるな)」
覚悟を決めたロゼは、鎧に電流を流し、食いついていた触手を引き離す。
そして、流れている紫電は、紫から黒へと変わっていき、鎧も形を変え始める。
「(成程、アンタの言う通りだ、このエルフ共に構うべきじゃなかった、だが、私は姫様の剣であれば、それで良い!)行くぞ、クイーンオブザナイト!!」
覚悟を決めたロゼは、鎧の力を開放し、化け物と成ったクラブへと食いつき出す。
鎧の力で、左腕の自由を取り戻し、二刀流状態へ戻ったロゼは、素早い動きで剣を振り回すと同時に、大量の黒い紫電が走る。
それによって、三人でようやく相手にできていたクラブの触手は、たった一人の斬撃と電撃によって、圧倒され始める。
だが、今のロゼに理性が無いという事に変わりは無い。
体の負担を完全に無視するかのように動くロゼは、襲い掛かる全ての触手を切り裂きまくる。
そんなロゼの姿を、他の四人は唖然としながら見ていた。
「ロゼ、またあの鎧の力を……」
「ろ、ロゼさん、あんなに強かったんだ」
「でも、あれは、まともじゃないわよ、とても理性が有るようには……」
腕を失ったウルフスの治療を行いながら、暴走状態ともいえるロゼの戦いを静観する。
理性を失っているロゼは、見境と言う物が無く、斬撃と同時に発生している電撃は、静観する四人まで巻き添えを食いかねない規模である。
だが、対するクラブの再生能力は、ロゼの攻撃手数を上回っており、完全に互角と言える戦いを繰り広げている。
そんな中で、応急処置の済んだウルフスは、レリアの事を睨みながら、ロゼの鎧について尋ねる。
「なぁ、アイツにあの鎧を渡したのは、お前なのか?」
「え、ええ……」
「そうか、で、あれが危険な物だって事を知っていて渡したのか?」
「そ、そんなつもりは無かったの、あれが危険な物だって知っていたら、渡したり何てしなかったわ」
「成程、確かに、貴女が知らなくても、無理は有りませんね」
涙ぐむレリアとウルフスの会話に割り込んできたのは、騒ぎを掻い潜っていたルドベキアだった。
突然現れた彼女に、驚きを上げる四人であるが、そんな彼女達をしり目に、ルドベキアはロゼの鎧について語りだす。
「あの鎧はクイーンオブザナイト、別名『狂姫の甲冑』、闇属性の魔法を全身に流し込む事で、強い幻覚作用で痛みを忘れさせ、潜在している能力を全て開放する物、代わりに、意識さえも無くし、闘争本能に従うだけのデクに成ってしまうけれどね」
「お前、何故そんな事を知っている!?」
「あら、決まっているでしょ?あれを作ったのは、この私なのだから」
「ッ!!?」
ルドベキアの衝撃発言に、レリア達は驚愕する。
まさかロゼの着用している、出どころ不明の鎧を作った張本人が目の前に居るという事実に。
だが、そんな中でウルフスだけは、あまり驚きはしなかった。
ルドベキアの性格は、ウルフス自身多少理解してはいる。
力を授ける場合、その力に見合うだけの代償を払わせる。
力を求め、ルドベキアと取引した結果、何人もの同胞が苦しみ、死んで行った。
今のクラブだってそうだ、聞くまでも無く、ルドベキアの手によって、今の化け物と言える姿へと変えられてしまった事位、良く解る。
「ルドベキア、何故こんな事をする、何故そんなにも、誰かを陥れる!?」
「あら、人聞きの悪い事を言わないでちょうだい、二人共望んであの力を手に入れた、それに力を手に入れるのであれば、代償が必要であるという事位、当然でしょう」
「望んだ、だと」
ルドベキアの言葉を聞いて、ウルフスはクラブの方を向く。
今の原型をほとんど留めていない異形の姿、それが、クラブの望んだ姿なのかと、問いただしたくなる。
なんとも醜く、堕落した力、それを得て、何の意味があるのかと。
「貴方、あの化け物と知り合いなの?」
「……ああ、元は俺の弟子だった、そして、アイツは自惚れていた、ハイエルフである事への自信と、崇高な存在なのだという誇り、だが、アイツはその全てを砕かれ、迷い、悩んだ、その結果があの姿だ、誇りも、名誉も失い、たどり着いたのがあの姿、何とも哀れな娘だ」
「ハイエルフ、まさか、この世界にも居た何て」
落ち込むウルフスの話を聞いたアラクネは、クラブがハイエルフである事を聞き、警戒心をより強めだす。
存在しているという事は、噂程度には聞いていた。
だが、この世界に居る事は予想もしていなかった。
そんな二人の横で、レリアはルドベキアに、如何すればロゼを元に戻す方法を聞き出そうとしていた。
「ルドベキアさん、如何すればあの子を戻せるの?」
「……そうね、あの子、あれを何回使ったの?」
「えっと、私が知る限りだと、今回で二回目」
「そう……本来であれば、魔力が底を尽きれば、元に戻るのだけど、そうね、彼女は貴女を守る為に、あの鎧の力を使っている、なら、貴女が彼女の心を取り戻せば、あの暴走は止まるわ」
「それって、どうすれば」
「方法は教えたわ、後は自分で考えなさい、人の姫」
そう言うと、ルドベキアは何の前触れも無く消えてしまう。
それと同時に、ロゼの方から爆発音が響き渡り、四人の視線は、一斉に彼女達の方へと向く。
視線の先で、ロゼは、クラブの触手の全てを電撃で吹き飛ばし、今にもクラブの首を切り裂こうとしている姿が有った。
寸前でクラブの生存本能が働いたのか、その途中で触手がロゼの攻撃を阻もうとするが、そんな物は足止めにもならず、触手ごとクラブの首は斬り落とされてしまう。
首を斬り落とされたクラブの体は、後から発生した稲妻によって、全て破壊されてしまう。
「やった!」
「いや、まだだ」
クラブの撃破に喜びを見せるラズカであったが、ウルフスはその喜びを否定する。
敵を倒したロゼの体からは、未だに稲妻が走っており、鼻を動かして匂いを感じ取っている姿は、まるで獲物を求めているかのように、ウルフスには見えた。
そして、ロゼの視線は、ゆっくりと四人の方を向いていき、ウルフス達の姿を認識すると、ゆっくりと足を進め始める。
「……なぁ、お前さっき、ルドベキアの奴に、あの女の止め方教わってたよな?」
「そ、そうだけど、何が何だか、さっぱりで」
「だったら、俺達で何とかしてアイツを止めるか、お前は、その間にアイツに交渉する成りなんなりしろ!」
「ちょっと!貴方片腕で如何する気よ!?」
ウルフスは、大剣を握りしめる手を、着用している服を引き裂き、無理矢理結びつけると、ロゼの動きを止める為に、前へと出る。
そんなウルフスを見たロゼは、剣を連結させ、大剣の状態にし、一気に距離を詰め始める。
ロゼの剣を渾身の力で受け止めたウルフスは、リリィ以上のパワーで攻撃してきたロゼの力に驚愕する。
「ッ!?(なんだよこれ、一太刀受けただけで、全身の骨にヒビが入ったみたいだ!)」
下手をすれば大剣ごと斬り潰されかねない攻撃、それがとてつもない速さで繰り出される。
ロゼと言う華奢な少女の潜在している能力、その全てが解放された事で、ウルフスの技術をもってしても、対処しきれないレベルの攻撃が連続で繰り出される。
とても一人では足止めできないとしか思えないロゼの攻撃であったが、危うい所で止まる。
「い、糸か?」
ロゼの両肩には、白い糸が何重にも折り重ねられた物が巻き付いており、その先にはアラクネが背中の蜘蛛の足などを用いて、その動きを抑制していた。
「ロゼさん、流石の貴女でも、私の糸から逃れる術は無いでしょう!」
「よくやった蜘蛛女!」
そう言いながら、ウルフスは地面に両手を置き、ロゼに向かって魔法を繰り出す。
ロック・キャプチャーと言われる、命を奪う魔法では無く、相手の動きを封じる魔法だ。
せり上がった岩が、ロゼの下半身にまとわりつき、上半身だけでなく、下半身の自由も奪われる。
だが、上半身に巻き付けられている糸は、ウルフスの岩程の拘束力は無く、振りほどかれかけている。
「う、何て力なの!これじゃ、持たない!」
「手伝うよアラクネ!」
「おら、しっかりしろ!」
糸を振りほどこうとするロゼを、更に拘束するために、ラズカとウルフスも加わり、三人でアラクネを糸ごと引張だす。
その結果、アラクネは腕が引きちぎれる思いをする事に成る。
「イダダダ!!腕千切れる!腕千切れる!!」
糸を握っているのはアラクネであり、後の二人は、アラクネの胴体にしがみついているので、全ての負担が、アラクネの腕に集中してしまう。
しかも、三人の力で引っ張られるロゼは、更に力を込め始め、本当に腕が千切れかねない位の負担がかけられる。
そんなアラクネを見かね、ラズカとウルフスは、アラクネの握る糸の束の方を握りしめ、全力で引っ張り始める。
「殿下ぁぁ!今の内ですぅぅ!」
「早くこのウサギ女を元に戻しやがれぇぇ!!」
「腕、外れて無いわよね?大丈夫よね?これ」
自分の腕がお見せできない感じに成ってしまっているアラクネはさておき、二人が必死に押さえるロゼへと、レリアは恐怖を感じながらも近寄る。
まるで血に飢えた獣のように、暴れ狂おうとするロゼをレリアはそっと抱きしめる。
ルドベキアの言っていたことは、今でも解らないので、博打を打つ事にした。
心なしか少し落ち着いたような気がしたレリアは、今度はロゼの着用する兜を、両手で包み、視線を無理矢理自分と重ねさせる。
兜に少しだけ開いている穴から、僅かであるが、ロゼの瞳が見える。
「お願い、ロゼ、私を見て、私を感じて」
涙を流すレリアは、焦点の有っていないロゼの瞳をじっと見つめる。
かつてジャックの行っていた方法を、ダメ元で試す事にしたのだ。
あれが意識や記憶を干渉させ合う能力なのであれば、もしかしたら、ロゼの意識をこちらに戻せる筈。
確証の無い上に、やった事も無ければ、できるかもわからない方法を、レリアは試した。




