背負いし業 前編
民衆の盛大な歓声、そして、大空をはばたく白鳩たちと、舞い散る美しい花びら。
そんな中を、花婿と花嫁は凱旋する。
なんとも華々しく、誉れ高く、そして、羨ましいのだろうか。
凱旋する二人を祝福しながら警備を行っていると、花嫁と偶然目を合わせる。
そして、何時も向けてくれる眩しいと思える笑みを、此れで最後であるとばかりに向け、手を振ってくれる。
それが、自分に向けられた物であっても、他の誰かであっても構わなかった。
彼女が、レリアが幸せで有るのであれば、それでよかった。
――――――
「……夢か」
目を覚ましたロゼは、目から零れ落ちていた雫を拭い、身支度を始める。
今のロゼの任務は、何時ぞや戦ったエルフ達の里との、話し合いの場を設け、レリアを迎え入れる事となっている。
ただの里程度の話で、一国の姫であるレリアが来るというのは、少しやりすぎだと思ってしまうロゼであったが、彼女がそうしたいと言うのであれば、ロゼは文句を言う事はできない。
そんな事を思いながら、ロゼは身なりをいつも以上に綺麗に整える。
町での一件から、レリアとはよく隠れて逢引をしたりしている。
騎士であっても、レリアの前では、一人の少女でありたいとも思い、最近まで興味すらわかなかった化粧までしている。
だが、所詮はただの一介の騎士、本人から付き合おうという指令が有ったとしても、最終的には夢の結果になる。
「(せめて夢で見た日まで、全身全霊でお守りする、それが、私の務めだ、たとえ、この命尽きようとも……)」
鏡に映る肌着姿の自分の全身を見つめる。
体の至る所にある紫色の痣。
鎧の力を使用する度に出て来るものだ。
それだけならば別に良いのだが、この痣の部分は何時もジンジンと痛む以外の感覚が無い。
力を使用したのは、前回で二回目、そのせいか、痣の数は増え、元々できて居た物はもっと大きく成っている。
旅の後、医者に腕の手当てを頼んだのだが、心配されたレリアに、全身の検査もお願いされた際に、彼女もこの痣を見る事に成った。
医者の見立てによれば、闇属性魔法による呪いの症状に酷似しているとの事だった。
鎧の影響であると語った時は、レリアはひどく泣きわめいてしまい、別の装備を用意するから、脱いでほしいと頼まれた。
だが、鎧は力を開放しなくとも、ある程度は身体強化の恩恵を受けられるし、痣の痛みも和らぐ。
変に別の装備に変えてしまうと、痣の痛みで集中できなくなる。
リハビリ代わりに別の装備で動き回ったが、おかげで地獄のような痛みを味わう事に成った。
そして、医者の予想では、後二回程使用すれば、最悪の場合、命の危険性が有るとの事だった。
「(アイツには、エルフ達にはもう関わるなと言われたが、悪いな、私は姫様の護衛役、此方の都合だけで、任務を放棄する訳にはいかない)」
かつて共に戦う事に成った、ジャックと言う謎の女。
彼女には、エルフと関われば、また鎧の力を使う事に成るから、関わらない方が良いと言われたが、任務は果たさなければならない。
護衛すらできなくなる体に成ってしまうまで、辞めるつもりはない。
そう思いながら、ロゼは一度宿代わりにしている屋敷の外へと向かい、日課の訓練を始め、剣を振り回し始める。
最近ようやく左腕が治ったので、今はリハビリとして左腕を中心に訓練を進めている。
治療のおかげなのか、思っていた以上に早く回復しており、苦労は無く生活を送れている。
「生が出ますね」
「アンタか、何の用だ?」
「いえ、朝食の用意が出来たので、お呼びに」
「そうか、有難い」
「いえ、お泊りされている間は、精いっぱいおもてなしさせていただきます」
訓練中のロゼに話かけてきたのは、蜘蛛と人間のハーフのような姿をした女性のアラクネであった。
ロゼが宿泊しているのは、町の責任者であるモンドの家。
その一人娘であるラズカの恋人である彼女に、ロゼの案内や邸内での世話等を頼んでいる。
初対面の時、魔物と判断したロゼはいきなり斬り掛かったが、特に実害も無い存在だと解った時に、ある程度心を許した。
それから、お互いリリィ達の知り合いという事も有り、その話題のおかげで、更に心を許す事に成った。
訓練を終えたロゼは、食事を済ませた後、レリアを迎え入れる為の準備を行い始める。
一国の姫君が来るという一大イベントのせいか、屋敷の使用人達は、死にもの狂いで清掃を行った。
その日の夕暮れ、レリアは屋敷に到着し、モンドとの面会を始める。
「この度は、お招きいただきありがとうございます」
「いえ、まさか殿下自ら御足労頂く事に成るとは」
「この国の町が、魔物では無く人の手によって無く成ってしまったのです、内戦紛いの状況を回避するためにも、わたくしが出向いた方が、より効果的かと」
「そうでしたか」
「しかし、どのように彼らと交渉の席を?此処で捕えているエルフに、それを行えるだけの立場が有るとは思えませんが」
「彼はモンスターテイマーでして、即席でテイムした魔物を介して、話を取り次いでくれたのです」
モンドは、レリアにどうやって交渉の席を設けたのか、その詳細を話し始める。
モンドの言う通り、ユリアスが即席でテイムした魔物を使用し、使者として里に送り込んだ。
ユリアスのテイムした魔物は、有効範囲内であれば、テレパシーによって、自分の意思は魔物を介して伝える事が出来る。
ただし、ユリアスの身分では、数回程断られる事になったが、四回目で運よく族長が出てくれたおかげで、話し合いの席を設けてくれた。
最初、族長は自ら王都へと赴こうと申し出たが、元々レリアは自ら行こうと考えていたと、ロゼから聞いていたので、その申し出は断った。
「成程、それで、そのユリアスさんはどちらに?是非ともお礼を言いたいのですが」
「あ、既にこちらに」
「え」
モンドは、隣に座っている一人の少女を紹介する。
何故いるのかずっと気に成っていたのだが、彼女が、以前この町を襲い、リリィ達の手によって捕らえられたエルフだと、モンドの口から言い渡された。
確かに、金髪のエルフと言う共通の特徴を持っているのだが、男性だと聞いていたレリアからしてみれば、別人としか思えなかった。
だが、紹介された少女は起立し、レリアに一礼する。
「初めまして、ご紹介にあずかりました、ユリアスと申します」
「ええええ!?」
「驚くのも無理はないでしょう、このような姿をしていますが、僕はれっきとした男です」
「……え、えっと、その、ごめんなさい、取り乱してしまいました」
「いえ、此方も、僕にこのような趣味が有るのだと、予め伝えておくべきでした」
「は、はぁ、し、しかし、その、この度は、話し合いの手配を、ありがとうございます」
「滅相もございません、僕の同胞が、他の町にまで迷惑をかけ、僕自身も、この町に迷惑をかけてしまいましたから、これ位の事は当然です」
とても男性とは思えないユリアスに驚きながらも、話し合いは続いた。
因みに、この話を盗み見ていたアラクネとラズカはと言うと。
「ねぇ、ユリアスの奴、あんなキャラだったっけ?」
「ホント、まるで別人ね」
この町を襲ってきた時の彼の事を知る二人からしてみれば、一か月ぶりに会ったユリアスの変わりように驚いていた。
働くように成る前は、女装は嫌がっていた筈なのだが、いつの間にか首輪は外され、女装も四六時中するように成ってしまっている。
しかも、声も元々高めで、顔も中性的だったこともあって、レリアのように、少女と間違えてしまっても無理はない。
「アンタ、アイツに何したの?」
「ちょっとアリサと言葉攻めしただけよ」
「じゃぁ今夜アンタにやってやるわ」
「お、お手柔らかに……じゃなくて、お姫様が居る中で、出来る訳ないでしょう」
「ちぇ~」
色々と話していると、いつの間にか話は終わり、レリア達は明日に備えて、今夜は休む事にした。
翌日、レリア達はシルフィの故郷である里への移動を開始する。
町の代表として、モンドも同行したのだが、社会勉強のために、ラズカも同行し、その護衛役としてアラクネも来ている。
「ほ、本日はお招きにアズキに、あずかり、ま、誠に申し、ありがとうございます」
「私も、まさかこんな、こんなななななな」
「あ、あんまり緊張しなくてもいいのよ」
因みにラズカとアラクネは、レリアの意向で、同じ馬車に搭乗している。
ロゼの方から、アラクネとラズカは、リリィ達とそれなりに親密な仲であると、報告が入っていたので、レリアとしては、できれば仲良くしておきたいという考えだ。
だが、流石に一国の姫様と同じ馬車に乗る。
そんなシチュエーションに、ラズカは緊張し、言葉遣いが色々と間違っていたり、アラクネも思考がバグってしまっている。
レリアとしては、今は無礼講で接してほしい所であるが、立場的に二人はそう言った無礼はできずにいた。
「で、ですが、私のような小娘が、レリア殿下と対等にお話するなどと」
「恐れ多くて、視線も合わせられません」
「(貴女の場合、顔半分の目と必ず合っちゃうんだけど)」
少し顔を逸らしてしまうアラクネは、顔の半分が蜘蛛化しているせいで、大量にある目のどれかと視線を合わせてしまう。
そんな三人の様子を見るロゼは、どうにか二人緊張をほぐそうと、色々と思考を巡らせ出す。
ロゼ自身、それほど人付き合いが得意という訳でもないので、如何したらいいのか、解らずにいるが、イチかバチか面白い話で、場を和ませようと試みる。
「安心しろ、二人共、アリサ達は姫様を全裸にしては、いきなりジャーマンスープレックスを決めているというのに、姫様はお許しに成られている、なんとも寛大な方だ」
「(別の意味で安心できない!!)」
「(何やっているのよあの子達!!?)」
「ロゼ」
「は、はい」
「和ませようとしたのは解るけど、もうちょっと話題と話し方を考えて」
「う」
ロゼの的外れな言葉に、驚きを隠せないアラクネとラズカであった。
仕方がないので、此処はレリア自らが場の雰囲気を和ませようと、話題を振りかける。
「ところで、貴女方は、アリサのお知り合いとの事ですが、彼女達とは、どういった経緯でお知り合いに?」
「え、えっと、ちょっと待ってください〈ねぇ、何て話す?〉」
「〈そうね、一先ず、私とあの子が異世界から来たって事は、伏せておきましょう、色々と面倒に成りかねないわ〉」
「(何語だ?)」
「……」
リリィとの出会いを話すには、ある程度はアラクネとの関係を話す必要が有る。
だが、リリィとアラクネが異世界の住民であるという事をばらせば、色々と面倒に成りかねない。
時が来るまでは、黙っている事にした。
因みに、あれからラズカはアラクネ達の世界の言語を学んでおり、アラクネとリリィが異世界の住民であることも、認知している。
一先ず、リリィとシルフィとの出会いについては、異世界の事についての事をうまい具合に隠しつつ説明した。
「……そう(聞いた事の無い言語、そして、異質としか思えないジャックとアリサの服装、それに、あの口ぶり、あの二人何か隠しているわね、この国どころか、この世界其の物に関係の有りそうな、何か、大きな秘密が)」
まだ二十代とはいえ、レリアとて王族の一人。
政治家として、人の上に立ち、国民を導く立場にあるだけに、人の仕草や表情などから、何を考えているのか、ある程度解る。
確証の有る事では無くとも、この方法はよく当たる。
世界云々の話は、大げさかもしれないが、王族としての勘なのか、そんな不安が過ぎってしまう。
そんなこんなと話し合いつつ、レリア一行はエルフ達の住まう森へと辿り着く。
ユリアスの手配で、森の住民達はレリア達が来ることを知っている。
森のエルフ達にも解る様に、目印として白旗を掲げて居れば、遣いの者が案内するとの事だった。
「さて、ガールズトークは此処まで、此処からは戦場ね」
―――――
エルフの里にて、族長はこれから始まる会合に向けて準備を進めていた。
折角国のトップが来てくれるのだから、彼女なりに身なりを整えていると、彼女の部屋のドアが開かれる。
「何の用ですか?」
「例の人間達がお越しになられました」
「では、会場にお通しください、くれぐれも阻喪の無いように」
「はい、ですが」
「何です?」
「何故人間如きに、このようなもてなしを?」
「今回の件では、我々の方に非が有ります、本来であれば、こちら側から赴く事が礼儀だというのに、向こうから出向いて下さっているのですから、丁重におもてなしするのは当たり前です」
「そうですか、失礼します」
少し不服そうな口ぶりだった事は目を瞑り、族長は支度を続ける。
最後の身支度として、仮面で顔を覆った族長は、部屋へと入ってきたエルフを通り過ぎ、すぐに会場となっている部屋へと移動し始める。
そして、会場の部屋へと到着すると、其処には既にレリア達と、エルフの里の有力者たちがスタンバイしており、族長は少し遅れる形と成ってしまう。
少し申し訳なさをだしながら、族長は自らの席の前に立ち、謝罪のために一礼すると、挨拶を始める。
「初めまして、レリア殿下、私はルドベキア、この里で長をしている者です、本来であれば、此方が出向かなければならないというのに、本日は遠路はるばるご足労いただきありがとうございます」
「こちらこそ、会談の席を設けていただき、ありがとうございます」
「もったいなきお言葉をありがとうございます、せめて、我々の方からは、できる限りの便宜を図らせていただきます」
挨拶を終え、ルドベキアが着席すると、会談が始まる。




