因果は巡る 前編
前回までのあらすじ、シルフィはリリィにキスを要求された。
「(あらすじがあっさりしてる!)」
リリィにキスをしてほしいと頼まれたシルフィは、頭をフリーズさせながらも、前回のあらすじのあっさりさにツッコミを入れる。
だが、そんな事はどうでも良く、今の状況をどうにかしたいと、思考を巡らせる。
そもそも、付き合っても居ないというのに、キスしようというのは、シルフィにとっては段階を飛ばし過ぎな気がしてならなかった。
真剣に見つめて来るリリィの熱い眼差しに臆しながら、シルフィは少しリリィを遠ざける。
「え、えっとね、リリィ、私達まだ付き合ってないわけだし、そう言うのはちょっと早い気がするんだけど……」
「全く、シルフィってお堅いですね、こっちでは全然有りですよ、ご友人同士でキス何て」
「それ言いたいだけだよね!」
「それも有りますが、お友達同士のキス何て、本当によくありますよ」
「そ、そうなの?」
「はい」
「う……じゃぁ、その、少し待って、心臓ヤバいから」
「どうぞ」
顔を耳まで真っ赤に染め上げるシルフィは、此れからキスをするべく、呼吸を整え始める。
一応先にキスをしたのはシルフィなのだが、あれはあれで、死に際の行動である為、羞恥のしの字も無い行動だった。
だからこそ、普通にキスしようという時に成ると、キョドってしまう。
というか、シルフィに自分からキスしようなんて度胸は無い。
数分程呼吸を整え終えたシルフィは、両手で自分の口と鼻を覆い、少し息を吐き出す。
「(うん、多分問題無いよね、禁煙して二週間以上経つし、煙草の臭いはしないよね……でも、念のため歯磨いて来よう)」
「あ」
一応元喫煙者なので、少し臭いを気にしたシルフィは、一度歯を磨きに行ってしまう。
ジャックからバックパックを返された時の中身に、現代で使われている歯ブラシやら歯磨き粉まで入っていただけでなく、息をすっきりさせる為のタブレットまで入っていた。
とりあえずそれらを活用し、シルフィ徹底的にブレスケアを行い、部屋へと戻って来ると、遂に覚悟を決め、リリィの方を向き、唇を差し出しながら目をそっと閉じる。
「……よろしいですか?」
「やらないなら止めるよ」
「します」
目を瞑る力を強めるシルフィの顔に両手を添えたリリィは、不慣れな動きで、シルフィと唇を重ねる。
心臓なんて無い筈なのだが、今のリリィには、心臓が有るかのように、胸の高鳴りを覚え出す。
僅か数秒の出来事であるにも関わらず、二人からしてみれば、数分単位の出来事に感じてしまう。
「プハッ!」
「ふぅ……いい物ですね」
「ゴメン、これ以上無理、心臓持たない」
「……すみません、もうちょっとよろしいですか?」
「え、いや、もう無理だって」
「ごめんなさい、もう押さえが効かないです」
「え、ちょっと!?アアアア!!」
この後滅茶苦茶キスしまくった。
「……」
「ふぅ、何故でしょうか、人工皮膚がやたらとツヤツヤしてる気がします」
「それは良かったね、おかげでこっちは夏のわんぱく坊主の肌みたいになってるよ」
「この勢いで、いっそ下の」
「しないから」
「う~」
人工物である筈の皮膚が、何故ツヤツヤしているのかはさておき、シルフィと唇を重ねられて、満足しているリリィだった。
しかし、その横でシルフィは、口だけでは無く、あちらこちらにキスマークを付けられ、夏に蚊に刺されまくったみたいな感じに成っている自分の肌を、手鏡で見ている。
首筋やら胸元やら、頬やら、とにかくキスされまくり、赤く染まってしまっている。
「ですが、それだけ赤く染まっていれば、変な虫も寄り付かないですね」
「やかましいわ、性欲お化けアンドロイド」
「まぁ、先にキスしたのはそちらですからね、それは忘れないでくださいよ~」
「あ、ちょっと」
少し憤りを感じる視線をリリィに向けるシルフィであったが、リリィはシルフィの胸へとすり寄り、そのままシルフィをベッドへと押し倒す。
だが、それ以上の事はせずに、じっとシルフィの心音を聞き始める。
「……リリィ?」
「(生命の音、私がどれだけ望んでも手に入れる事の出来ない代物、これが途切れた時は……)」
いっその事、自らのパーツを移植し、シルフィの血肉となろう。
タイラントとの闘いで、傷ついてしまったシルフィを見た時、不意にそう思ってしまった。
そうすれば、名実ともにシルフィとずっと一緒に居られる。
アンドロイド技術と、サイボーグの技術、両者は似たような形に発達しているのだから、リリィのパーツを使い、シルフィをサイボーグにする事位容易である。
「(ふふ、なんだかんだ言っても、それが一番良いかもな)」
「(あれ?湯冷めかな?なんか寒気が)」
だが、リリィはその考えを引っ込める。
きっと、シルフィはそんな事望まないだろう。
仮にそう言った改造をした場合、OSとして組み込めば、リリィ自身の意識はシルフィの中で活動を続けられる。
それでもきっと、シルフィは拒否をし、そして、悲しんでしまうだろう。
リリィとしては、その道に進みたいという願望はあるが、そう言った勝手な行動は制限されてしまっている。
その二つがブレーキと成り、思いとどまる事が出来ている。
それに、その道を進んでしまっては、もうこうして抱き合って、温もりを味わう事は出来なくなってしまう。
それは流石に困るので、やはりこの案はアーカイブする程度に留め、艶やかに表情を緩ませながら、リリィはシルフィの胸に顔を押し付ける。
「り、リリィ」
「何でしょう?」
「そろそろ離れて、恥ずかしすぎる」
「そうですか、では」
羞恥で顔を真っ赤に染めるシルフィの要望に応え、リリィはシルフィの上から降り、そのまま横へ転がり、添い寝の体勢を取る。
あまり状況が変わっていない事に、少しモヤっとするシルフィであったが、気分転換も兼ねて、話題を切り替えだす。
「ねぇ、リリィ」
「何でしょう?」
「あいつ等、何で私を狙ったの?こんな事初めてだよ」
「……実は、私にも解らないんです」
シルフィが急に叩きつけてきた質問の答えに、リリィは言葉を詰まらせてしまう。
先ず、一定の人物の脳波に反応するようにするというのは、現在のリリィの世界では、あまり難しい事ではない。
脳波のパターンを記録し、それをインプットすれば、指紋を探る位容易く判別できる。
だが、この世界にそれを可能とする技術があるかは不明であるが故に、恐らくリリィの世界の住民が、一連の事件の犯人なのだろう。
連邦側であれば、リリィとシルフィを狙い、このような事をし始めた。
であれば、何とか納得はできるが、ナーダ側がこのような事をする理由は、あまり浮かばない。
シルフィが、ナーダの方に気があるのだから、懐事情や戦力に問題を抱えつつあるナーダにとっては、シルフィは喉から手が出る程欲しい戦力の筈だ。
「……しかし、これからは補給がやり辛くなりますね」
「そうだね」
「恐らく、シルフィの言っていた頭痛は、脳波に干渉した際の副作用のような物でしょうから、頭痛がしない間は、恐らく大丈夫なのでしょうが」
「代わりに、何時干渉してくるか解らないし、規模も今回並みかもしれないよね」
「大問題ですね」
「本当だよ」
それよりも、今後も今回と同レベルの襲撃が有ってもおかしくない、そんな危険な状況なのだ。
此れからは、入る村や町の日数は制限されるし、下手をすれば、もう町には入れないかもしれないのだ。
できれば、滞在せずに、補給だけ行ってすぐに町や村を出なければならない、という状況には、最低限成ってほし所である。
「……これからは、二人だけで戦う事に成るけど、大丈夫だよね?」
「当然です、ストレリチアはもう少しで完成いたしますから、それを扱えば、大群を二人で相手取れます」
「そっか、また、あの町みたいに、大勢の人が犠牲に成るのは、防げるんだね」
「はい(それにしても、一体何の得が有って、シルフィを狙った?どんな目的があるかはわからんが、こんな事をするような奴は、何時か地獄に送らないとな)」
今回の事件の首謀者が、どんな理由からシルフィを狙ったか考えるリリィであったが、とりあえずその件は一旦保留し、全く別の事を考え出す。
如何すれば、シルフィは付き合ってくれるのか、と言う問題である。
さっきまでシリアスに殺人計画的な事を考えていたというのに、物凄い手のひら返しである。
リリィとしては、もう付き合っても良い頃合いだというのに、シルフィのお堅い考えには、少し悩まされ始める。
というか、そもそもシルフィにまだそう言う関係に成る度胸が無いというのが、一番の問題だ。
「……あの、シルフィ一つよろしいでしょうか?」
「え、何?」
「我々は、こういった事をしているというのに、まだお付き合いの域にも行っていないのですよね?」
「え、まぁ、そうだね」
「では、こうしましょう」
「な、何?」
これからリリィに何を言われるのか、少しシルフィは身構えてしまう。
警戒するシルフィの顔に、息がかかる位近寄ったリリィは、人差し指を唇に当て、少し艶やかに成りながら、一つの提案を下す。
「お付き合いする気に成ったら、貴女の方からキスをお願いします、よろしいですか?」
「え、私から?」
「はい、貴女がそれ位の度胸が出来たという事で、それまで、お待ちしていますからね」
「……わ、わかった」
「ふふ、せめて、私のエーテル・ドライヴが破損する前に、お願いしますよ、花嫁さん」
「気が早いよぉ~」
この日、ベッドが二つあるにも関わらず、リリィはシルフィと同じベッドで眠る事にした。
だが、もう添い寝にはすっかり慣れてしまったシルフィは、リリィの事を(無自覚に)抱き枕代わりにして眠った。
――――――
翌日、妙に肌艶の良くなっているリリィは、倒した魔物の処分について、冒険者や衛兵達に打ち明けた。
一先ず、リリィ達の取り分としては、この村のギルドが用意できる金品と、次の町で換金する分の魔物の素材を少々。
残りは今回戦った面々に配る事にした事に成った。
勿論タイラントの素材の方は、ギルドの方に預け、後の事は任せる事にした。
村の人たちからは、もう少し滞在しても良いといわれたが、敵の目的も解らないうえに、シルフィを狙ってゾロゾロ来るような相手だ、早いところ集落から離れた方が良いだろう。
そう考え、早々に話し合いを終えたリリィ達は、そそくさと荷物を纏めた後、村を後にするべく、外へと出る。
そして、村の出口で、一人の少年に呼び止められる。
「おや、貴方は」
「ヤナギ君、如何かしたの?」
「あ、シルフィさん」
「……行きましょうか」
「あ!せめて話だけでも!!」
村の前で佇んでいたのは、ネコヤナギだった。
少年の顔つきを見ただけで、何を考えているのかある程度察したリリィは、シルフィを連れてさっさと村から出て行こうとするが、ネコヤナギに泣きつかれてしまう。
仕方なくネコヤナギの話を聞くべく、リリィは立ち止まり、シルフィとの話の場を設ける。
「えっと、シルフィさん、リリィさん、この度はありがとうございました!」
「……お礼なら、昨日かなり聞きました」
「ごめんなさい、でも僕は、シルフィさんには心からお礼を言いたかったんです」
「え、私?」
「はい、貴女の戦いを見て、僕は勇気をもらいました!今であれば、自分の可能性を信じて、これからは、貴女方のように誰かを守れるくらい、強くなります!」
「……自分の可能性……?」
「あ、えっと、その、が、頑張ってねヤナギ君!私達は先を急ぐから!!」
「え、ちょっとシルフィ!?」
「さようなら!お二人共、お幸せに!!」
「あ、ありがとう!」
色々とお礼を述べるネコヤナギの言葉に、リリィが反応してしまった事に気付いたシルフィは、村から逃げるようにして先を急いでしまう。
そして、一人でリリィとシルフィの旅立つ姿を見るネコヤナギは、少し涙ぐみながらも、二人の旅の無事を祈っていた。
「……ありがとうございます、シルフィさん、もっと、貴女に早く会いたかった」
先を急ぐ二人の耳には入る事は無かったネコヤナギの言葉は、虚しく響きわたる。
そして、ある程度村から距離を置いたシルフィは、肩で息をしながら、足を止め、少し休憩を挟んでいた。
「はぁ、はぁ、さて、温泉にももう一回入れたし、行こうか」
「まぁ、それは良いのですが……あの、先ほど彼が言っていたセリフは」
「……覚えてない?私とリリィが初めて、魔法の練習をした時と、アレンを縛り上げた時の」
「……そう言えば、そんな事有りましたね」
初めて親以外から肯定されたように思えたリリィの言葉。
シルフィは、ずっとその言葉を胸にしながら、リリィと共に冒険を続けていた。
元々は、リリィのマスターであるヒューリーの言葉である。
ずっと可能性を追い求め続け、リリィやラベルクを作り出すという偉業を成し遂げてきた。
そんなヒューリーの背中を見てきたからこそ、リリィはその言葉に突き動かされていた節もある。
「普通、忘れますよね、そう言うの」
「まぁ、そうなんだろうけどね……(忘れる訳ないよ、だって、私が貴女を好きに成るきっかけだったんだもん、その時の思いも、匂いも、気温も、全部覚えてるくらい、あの日の事は、私にとってとても大切な日なんだよ)」
「(私、その日何かしたか?)」
嬉しそうに微笑むシルフィを見て、その日に何か大事な事が有ったのだという事を察するリリィであったが、本人にはその自覚は無かった。
だが、その日は、シルフィにとって人生を大きく変えるような日の連続だった。
リリィへの好意を自覚し、リリィの正体を知った。
当時のリリィは、シルフィはただの戦力としてしか見て居なかった事も有り、其処まで強い思い入れは無かった。
その事を悔やみながらも、リリィは当時を思い出すが、やはり目ぼしい事は無かった。
「……さ、さぁ、そろそろ行こうか」
「え、そ、そうですね」
二人は旅の足を進め始める。
これからの戦いの日々に向けて。




