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風邪ひいた時咳と頭痛の組み合わせが最悪すぎる 後編

 シルフィとタイラントとの闘いを目の当たりにしていたネコヤナギは、目を丸め、腰を抜かしてしまっていた。

 自分の常識からかけ離れてしまっていた戦い、それが遂に終幕したのだ。

 疲労から倒れこんでしまったシルフィと、その近くに転がる、首を切り落とされたタイラントの死体。

 まるで、目の前で起きていたことが全て夢であったかのように、彼の周りには静けさが漂う。

 数秒間フリーズしてしまったネコヤナギであったが、すぐに我に返ると、倒れこんでいるシルフィへと駆け寄る。


「シルフィさん」

「あ、ヤナギ君、ゴメン、ちょっと動けそうにない」

「しっかりしてください!」


 タイラントの一撃を回避する際、シルフィは悪鬼羅刹を使用してしまった。

 その反動で、シルフィはほとんど動けない状態と成ってしまっている。

 倒れ込んでしまうシルフィを、ネコヤナギは介抱するのだが、その途中で彼にとって最悪な事が引きおこってしまう。

 崩れていた民家の中から、ゴブリンが数匹出現したのだ。


「ご、ゴブリン!?」


 手負いではある物の、ネコヤナギという小心者からしてみれば、タイラントと同レベルの脅威だ。


「来るな、来るな!!」


 恐怖したネコヤナギはサーベルを引き抜き、でたらめに振り回して、ゴブリンを追い払おうとする。

 だが、まるでゾンビのように、ゴブリンは二人の元へと迫る。

 すぐにでも逃げたいという気持ちに駆られるが、担いでいるシルフィという少女の重みは、それを許してくれなかった。

 人間一人の命の重み、それが彼の小さな体にのしかかっている。

 その事実が、彼を逃がそうとしない。


「逃げちゃダメだ、逃げちゃ……うわぁぁ!!」


 襲い掛かってきた一匹のゴブリンの首に、偶然にもネコヤナギのサーベルが差し掛かり、その首は切断される。

 初めてのゴブリン討伐に、喜びを覚えるが、事はそう単純では無く、もう一匹のゴブリンが二人に襲い掛かって来る。


「この!この!」


 サーベルを振り回し、襲い掛かってくるゴブリンを可能な限り排除する。

 だが、後数体という所で、サーベルは弾き飛ばされ、ネコヤナギは丸腰の状態と成ってしまう。

 それを幸いと思ったゴブリン達は、一斉に二人へと襲い掛かる。

 此れから来る痛みを覚悟し、目を思いっきり瞑ったネコヤナギの耳に、一発の銃声のような物が入り込む。


「え?」


 キョトンとしながら目を開くと、其処には光る矢が撃ち込まれたゴブリンの姿が有った。

 そして、残っていたゴブリンに、次々と同じ矢が撃ち込まれ、襲い掛かってきたゴブリン達は、一匹残らず処理された。


「……シルフィさん」

「良く、できました、はは」


 残った力を振り絞り、射撃を行ったシルフィは、そう言うと、ストレリチアを手放してしまう。

 遂に立っているだけの力も無くしてしまったシルフィは、ネコヤナギと共に倒れこむ。


「はぁ、疲れた~」

「……僕、やれたんだ」

「うん、そうだね」

「でも、偶然ですよ、僕なんかが」

「そうかもね、でも、確実に倒せていた、その事実が有る、そうでしょ?自信もって」

「はい」


 倒れるシルフィをネコヤナギは介抱し始める。

 そうしていると、二人のすぐそばに、物凄い勢いで空から誰かが下りて来る。

 巨大な二つの影と、一人の少女の影は、シルフィとネコヤナギの目の前に降り立ち、その姿を現す。


「くたばりやがれっ!!」


 降り立ったのは、右腕と右目を欠損しながらも、タイラント二体を相手取るリリィだった。

 降り立った途端、下敷きにしたタイラントの首を瞬時に切り落としたリリィは、もう一体のタイラントにタゲを取る。

 右腕が欠損している事なんてお構いなしにタイラントを殴り、露出している顔面に一撃を入れ、怯んでいる所に、ガーベラによる連撃を叩きこむ。

 反撃を許さないレベルで繰り出されるリリィの攻撃によって、タイラントの装甲は剥がされ、欠損している右腕の一撃が、むき出しになった腹部を捉える。

 口から内容物を垂れ流すタイラントから、少し間合いを取ったリリィは、スラスターを吹かし、一気にタイラントとの距離を詰め、首を斬り落とした。

 苦労して一体倒したというのに、半分未満の時間で二体も倒すリリィの姿に、シルフィはなんとも言えない表情を浮かべてしまう。


「シルフィ!!大丈夫ですか!!?」

「あ、リリィおかえり」

「り、リリィさん」

「……」


 隕石のような勢いで戻ってきたリリィは、今の二人の恰好を目撃するなり、目を曇らせてしまう。

 今のシルフィ達の状況は、動けなくなったシルフィを、ネコヤナギが膝枕をしているという物。

 弱っているシルフィを、膝枕で介抱する。

 そんな羨ましいシチュエーションをリリィが黙って見ている筈無く、何処かドスの効いた声を出し始める。


「あの、シルフィ、その姿は」

「(ヤバ、何て言い訳すれば)」

「え、えっと、その、僕たちを庇って、こんな事に、成ってしまって」

「そうですか~奮闘したんですね~、それは、何とも、うらやま、素晴らしいことで(クソガキが、そこ変わりやがれ~」

「心の声が隠しきれてないよ」


 流石に子供にまで手を上げる訳にもいかないので、本人は我慢しているつもりなのだが、引きつった顔等のせいで、殺意を殺しきれていなかった。

 しかも、そこ代わりやがれ、の部分だけ声に出てしまっていた。


 ――――――


 その頃、戦場に取り残された冒険者と騎士達。


「な、なぁ、如何するよ、この宝の山」

「一応、倒した魔物の素材は倒した奴の物、て言うのが、冒険者の暗黙の了解何だが」

「とはいっても、タイラントなんてレアな魔物の存在、国に報告しないと、何て言われるか……」


 リリィの倒した大量の魔物の死骸の処理を如何するか、かなり困り果ててしまっていた。

 ただでさえ、そう簡単にはお目にかかれないような魔物が複数居たというのに、更にレアなタイラントまで登場してしまった。

 タイラントは、本当にレアで、最後に討伐されたのは二年前と言われている。

 転がっている死体の全てを売り払えば、一生遊んで暮らせるような大金が流れ込んで来る。

 それも、ちょっと大きめの屋敷を土地ごと一括で購入し、其処に使用人を複数人雇い、毎日豪遊しても、使い切れない位だ。

 冒険者から見れば、正に宝の山なのだが、衛兵の人間からしてみれば、冒険者の好きにしてください、と言う訳にはいかなかった。

 タイラントという、そもそもダンジョンでしか姿を見ない筈の魔物が、人里を襲撃したのだ。

 かなりの大事であるので、国に仕える身としては、しっかりと上に報告しておかなければならない。


「とりあえず、あの嬢ちゃんとは、話をしないとな」

「そうだな、できれば、タイラントの死体を分けてもらわないと、こっちもちょっと困る」

「衛兵も大変だな」

「しかし、本当に凄まじい戦いぶりだったな、アリサの奴」

「ああ、敵は勿論、味方のこっちまで恐怖させる戦い、まるでバーサーカーだぜ」

「そういや、連れのエルフは、リリィって呼んでたが、どっちが本名なんだ?」

「さぁな、だが、蒼髪でエルフ連れ、そしてあの戦闘能力、アイツがアリサって事には違い無いだろ」


 彼らの印象に特に残っているのは、リリィがタイラント複数体を薙ぎ払っている時だ。

 その時のリリィは、正に狂戦士と言えるような戦いぶりだった。

 食いつかれた右腕を自ら斬り落とし、ゴリ押しの結果、目をやられようとも、怯まずにタイラントを殺した。

 そして、タイラント二体を連れて、村の中へと突っ込んで行ったのである。

 こうして、更にリリィの話が出来上がったとか。


 ――――――


 翌日。


「イダダダ!ちょっと待って!お願いぃぃ!!」

「全くだらしない小娘だね、これ位で音を上げるんじゃないよ!」


 温泉宿の一室にて、シルフィは宿の女将のお婆さんから、整体を受けていた。

 一瞬とはいえ、悪鬼羅刹を使用してしまった事で、全身が筋肉痛と成ってしまい、動けなくなってしまっていた。

 それを見かねた女将さんから、宿と村人を助けてくれたお礼も兼ねて、宿に代々伝わる直方法で直々に整体を行っている。

 温泉に浸るという点までは、極楽な気分だったシルフィであるが、現在は足つぼやら関節技のようなマッサージを受け、激痛にあえいでしまっている。

 とてもご老体とは思えないような力で、シルフィの体をほぐしており、もはや拷問にしか思えなかった。


「せ、せめてもう少し優しく、イタイイタイイタイイタイ!!」

「ほら、シャッキっとしな!エルフなんだから、まだまだ現役だろ!」

「そうだけど!こんなに痛いのは無理ぃぃぃ!」

「も、戻りました~」

「おや、早かったね、あの小鬼共の巣は見つかったのかい?」

「イギャァァァ!!」


 女将さんの整体で、体中をボキボキ鳴らされるシルフィの居る部屋へと、リリィは恐る恐る入って来る。

 襲撃の後始末を終えたリリィは、休まずに巣の壊滅に向かっていた。

 速くても、今日の夜になるだろうと踏んでいたのだが、昼頃に返ってきたのだ。

 成果としては、巣は見つけられなかった、というのが、ギルドへの報告でもある。

 厳密には、巣をドローンで見つける事には成功しており、しっかりと其処へ向かった筈なのだが、肝心のゴブリン達は見当たらなかったのだ。

 しかも、有ったのはとてもゴブリン達が巣に出来そうな場所では無く、普通の熊が冬眠でもしていそうなほら穴だったのだ。

 その事を説明し終えると、シルフィはようやく整体の苦しみから解放される。


「えっと、つまり、どういう事?」

「今回の襲撃は、何者かが意図的に行ったと考えるべきかもしれませんね」

「え、でも、私達の場所を正確に知ってる人何て、今は」

「ええ、ごく少数しかいません」

「……それって、私が狙われていたのと、何か関係が有るの?」

「う、それは」


 まだ痛む部分をさするシルフィは、魔物達の狙いが自分である事を言い当て、少しリリィの事を睨みつける。


「何で黙ってたの?利用できたのは良いけど」

「ごめんなさい、あの時はまだ予想の域に出て居なくて」

「はぁ、でも、そう言うのは、ちゃんと共有しようよ、い、一応、恋人、予定なんだから、一緒に協力しないと」

「そう、ですね(……だが、一体誰が、あのエルフ達に、今回の事をしでかすだけの戦力が有るとは考えづらい)」


 お互いに笑みを浮かべる中で、リリィは今回の騒動の犯人を考え出す。

 考えつくのは、以前似た事をしたエルフ達なのだが、彼らに同じ事が出来るとは考えづらい。

 だが、それ以外に思いあたる事が無かった。

 それに、シルフィの脳波に引き寄せられているというのは、初めての事例だ。

 犯人はシルフィに何らかの関係が有る人物と思われるのだが、ジャックはこんな姑息な手段を使わずに、直接来るはず。

 だが、シルフィの話によれば、フィールド発生装置をピンポイントで撃ち抜かれたとの事だった。

 つまり、傍から見れば、ただのトーテムにしか見えない物が何なのか、はっきりとわかる人物が、今回の犯人だ。


「(まさか、連邦の別働隊?いや、でも、ダンジョンでしか見られないような魔物を、どうやって連邦が使役したんだ?)」


 連邦達が使役したとして、此処に来て日の浅い連邦軍たちが、タイラントなどというレアな魔物を、何処で見つけ出したのか、それが一番の問題点だ。

 だが、連邦よりも長く此処に居座っているナーダ達であれば可能だ。

 目的は、リリィを強くする為に、転送装置の類を使って、大量の魔物を送り込んだ。

 そう考えると、色々とつじつまの合う事があるが、シルフィを狙うように仕向ける理由が解らない。

 アンドロイドにだって、識別信号のような物があるのだから、それを辿る様にすれば良い。

 わざわざシルフィを狙わせる理由が無い。


「(まぁ、それはそれとして)」

「り、リリィ?(あ、少しジェラってる)」


 色々と考えたい事は山ほどあるリリィであったが、今はそれよりも、昨日の一件で、少し許せない事態が起こった。

 ネコヤナギという、何処の馬の骨かもわからない野郎に、シルフィを盗られかけていた、そう考えただけで、リリィは少し目を細める。


「リリィ?」

「あの、私の方からも言わせていただきますが、貴女は私の恋人という自覚はあるのですか?」

「え?」

「私が居ない隙に浮気したり!使用を控えるように約束した悪鬼羅刹を使用して!どれだけ私に心配をかけるつもりですか!?」

「それは本当にゴメン!だけど私達付き合ってまだゼロ秒だよね!?」

「一緒にお風呂入ったりして置いて、まだ貴女の中では付き合っていない判定何ですか!?」

「お友達から始めようっていったよね!?付き合うなら、先ずは、その、お互いに同意してからで……」

「ピュアすぎる!でもそう言うところも良いです!」

「大声で言わないで!恥ずかしい!」

「では、まだ付き合わなくていいので、一つ頼みを聞いてください」

「……何?」


 急に真剣な顔付きに成ったリリィは、今回の一件の謝礼の要求を、シルフィに行い始める。

 とんでもない事は勘弁してほしいと願うシルフィに、その要求はつきつけられる。


「わ、私と、その……き、キス、してください」

「え」



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