風邪ひいた時咳と頭痛の組み合わせが最悪すぎる 前編
リリィ達が戦いを続けている頃。
避難所となった温泉宿の屋根上で、シルフィはリリィに預けられた物を見つめていた。
かつてリリィが使用した、設置式のフィールド発生装置の改良モデルだ。
特殊なフィールドを発生させるこの装置は、リリィ曰く、魔物避けの効果も有ると言っていた。
見え辛いが薄っすらと空には青色の壁が形成されている。
今のシルフィの役割は、リリィの残したこの装置を駆使して、此処へ来てしまった魔物を討伐する事だ。
何時魔物達が来ても良いように、シルフィはストレリチアを片手剣の形態へと変化させ、少しウォーミングアップを始める。
片手剣の形態は、以前まで使用していたマチェットと同じ刃渡りなうえに、リリィのはからいで、良く手にフィットするように作られている。
その事も有って、扱いやすさで言えば、以前の物よりも使いやすくなっている。
コンディションを整えていると、誰かがシルフィに話しかけて来る。
「あ、あの」
「ん?」
声のした方を向いたシルフィの目に入り込んできたのは、前線に立たなかった騎士の少年。
十代前半程度の見た目で、実年齢も十七歳程度の子供だ。
だが、この世界では、既に成人しており、徴兵の対象である。
しかし、その顔は少し青ざめ、更に冷や汗もかいてしまっており、どう見ても恐怖してしまっている。
「どうかしたの?」
「えっと、その、怖く、無いんですか?」
「え?」
「話だと、Bランク冒険者でも、束に成らないと敵わないような魔物まで居るって言ってましたし、僕は、怖くて仕方がないです」
体を小刻みに震わせる少年から見て、シルフィの様子はとてもおかしく思えていた。
もしも、前線に出た面々が全滅してしまったら、今度は自分たちが襲われてしまうという状況で、逃げ込んだ人たちは勿論、騎士や冒険者も、怯えてしまっている。
だというのに、シルフィは、落ち着いており、何も怖くない様に見えるのだ。
それどころか、まるで襲撃してくるのを楽しみにしているかのように、マチェットを振り回している。
この姿は異様でしかない。
とは言え、シルフィだって怖くないわけでは無い。
「うーん、怖い、とはちょっと断言できないけど、怖いって気持ちは有るかな」
「なら、どうしてそんなに落ち着いているんですか?」
「だって、あそこにはリリィがいるから、戦いの音が聞こえてる間は、大丈夫だから」
できる事であれば、今すぐにでもリリィを助けに行きたいという気持ちはある。
リリィが魔物に蹂躙されていたら、そんなあり得ない事を畏怖すると、そんな気持ちが湧き出て来る。
だが、此処を守ってほしいと、リリィに頼まれているのだから、今は信じて待つほか無いのだから、この場で村民を守る事が、今のシルフィの役割だ。
与えられた持ち場や役割は、きちんとこなす、忌々しい里で覚えた事も、今では役に立っている。
そして何より、今のシルフィの視力であれば、今居る温泉宿からリリィの様子を見る事位容易い。
だが、少年からしてみれば、そんな言葉だけでは、とても安心できるような状況では無かった。
元々臆病な性格も災いしており、抱いている恐怖と不安はぬぐえずにいた。
「それでも、僕は怖い、何より、僕は貴女がたのように強くはない」
「……私も、強くなんかないよ、この世界は、私達が思っている以上にずっと広い、私達より強い人何て沢山居る、私の十分の一程度しか生きてないのに、私と同じ技をずっと凄い領域までもって行ってる人だっている、力が及ばなくても、技術と知識でリリィと対等に戦える人だっている、そんな人たちが、この世界には沢山居る」
「謙遜、ですか?」
「あはは、そう聞こえちゃうかな?でも、今までの経験から考えても、私は全然強くない、だけど、可能性は信じてる、私はもっと強く成れる、そのきっかけを、あの子は私にくれたの」
「羨ましいです、僕はそんな可能性、信じられない」
暗い表情を浮かべ続ける少年の、根暗な言葉が言い終わると、シルフィは手を叩き、乾いた音を響かせる。
「はい、この話はこれで終わり、今はこういう話するより、皆を守る事優先、命大事にね」
「……はい」
「お願いね、えっと」
「あ、僕はネコヤナギと申します」
「私はシルフィ、よろしくね、ヤナギ君」
ネコヤナギに仕事に戻るよう促したシルフィは、もう一度リリィの方を向き、様子を見始める。
徐々に魔物の数は減っており、勝利も間近とも言える状況まで持ち込んでいる。
「今回も何とかなりそう」
安堵するシルフィであったが、突如、思いがけない方向から攻撃が加えられる。
『そう言う訳にもいかないんだよ』
シルフィが油断していると、はるか上空から光の弾が一発降り注ぎ、リリィの用意していたフィールド発生装置は破壊されてしまう。
装置の破壊によって、込められていたエーテルは誘爆、シルフィはその爆発に巻き込まれてしまう。
――――――
「シルフィさん!シルフィさん!!」
「ん、何が」
「逃げますよ!魔物の大群がすぐそこまで迫っています!」
「そんな!?」
ネコヤナギに叩き起こされ、気絶から立ち直ったシルフィは、彼の信じられないセリフを耳にする。
リリィ達が優勢だったはずだというのに、魔物の大群が迫ってきている。
とても信じられなかったが、異常発達した視力で戦場の方を見てみると、その言葉が真実である事を知る。
「……他の人たちは?」
「さっきの爆発で、何人か怪我をしましたので、魔法で治療中です」
「だったら、逃げる訳にはいかない、怪我した人を安全な所に匿って、動ける人は、戦う準備をして」
「え、ちょっと、シルフィさん!?」
向かってくる魔物の大群を前に、シルフィはネコヤナギに戦う準備をしろと言いつける。
そして、シルフィは単身、魔物の群れの方へと、ストレリチアを速射形態と片手剣の二つに変え、歩んでいく。
その行動は、ネコヤナギには理解できなかった。
「死ぬつもりですか!?すぐに逃げなければ、皆やられますよ!」
「逃げたら、負傷した人が枷に成って、もっと沢山の人が死ぬ、そんな事は許さない」
「でも、あんなに沢山」
「安心して、此処から先は、虫けら一匹通さないから」
大量に迫りくるゴブリンの群れへと、シルフィは射撃を開始する。
後方から放たれる魔法を回避するべく、横に走りながら射撃を行い、接近してきたゴブリンは、片手剣で切り裂く。
その時、シルフィは頭痛を感じながら、とある事に気が付く。
「(此奴ら、もしかして私に?)」
横へ流れていった途端、彼らの進路はシルフィの方へと進路変更したのだ。
弱い獲物が居る筈の温泉宿や、すぐ近くに居るネコヤナギには目もくれず、シルフィの元へと接近してきたのだ。
「なら、丁度いい!!」
牽制しつつ、狙いを自身へと向けさせようとする予定であったシルフィだが、すぐに予定を変更し、群れの中へと突っ込む。
シルフィの予想通り、ゴブリンもホブゴブリンも、全てシルフィの元へと迫り来る。
自分が囮に成る事で、後ろの人たちが助けられるならば、それでよかった。
片手剣に変えていたストレリチアも、ボウガンへと変え、二丁拳銃によって射撃を行う。
魔力も今までの休憩で十分回復している。
今であれば、撃ち放題だ。
「さぁ、こっちに来なさい!」
果敢に戦うシルフィの姿を見つめる少年、ネコヤナギは、その光景を黙って見つめていた。
自らが危険に晒される事も厭わず、魔物の群れに立ち向かうエルフの少女。
まるで、昔話の勇者のように、不気味な魔物達を倒し続けている。
たった一人で、魔法を放つ為に制作されたようなボウガンを二丁使い、獣のような反射神経で、身の回りの敵を撃ち抜いている。
まるで、体中に目が付いているかのように、四方八方の敵を確実に排除している。
「(……所詮、僕のような無能何かじゃ、助けには行けない、女の人が一人で戦ってる中で、見てるだけだなんて)」
こういう時は、勇気をもって助けに行かなければならない事位、すぐにわかる。
しかし、彼の足は恐怖で動かなくなり、その場に座り込んでしまっている。
何もできない自分と違って、シルフィという少女は、持てる力を使って魔物と対峙している。
物量の差なんてものともせず、戦いを続けるシルフィは、次々と数を減らし、遂に最後の一体をボウガンで撃ち抜いた。
「……」
「凄い、本当に全部倒した」
「まだだよ」
ストレリチアを通常の弓矢に切り替えたシルフィは、後続の魔物達を目にする。
巨大な猪のような見た目をしている魔物『パンツァー・ボア』赤い熊型の魔物『レッド・グリズリー』が複数体猛進してきている。
里で狩人をしていた時代、ルシーラと一緒によく狩った魔物達だ。
「(あの子が家出してから、実力不足で全然狩って無かったけどね!)」
今と成っては、そんな物は無いといえる。
素手でも十分倒せるような相手であるが、宿の付近にまで来られたら、宿を破壊されかねない。
それまでに、狙撃で次々と仕留めだす。
一撃で、確実に、堅実に、標的の急所を狙撃する。
しかし、向かってきている全ての魔物を討伐しきることは、不可能だった。
たった一体だけ、シルフィの狙撃をものともせずに、宿の付近にまで押し寄せてきたのだ。
「何?コイツ」
「た、タイラント」
「タイラント?」
「ダンジョンの奥深くに居る筈の、強力な魔物です、僕も、見たのは図鑑以外だと初めてです」
「へー……(この威圧感、ただの魔物じゃない、しかも完全武装)」
完全武装を施された巨大な化け物、タイラントは、巨大な斧を引きずりながらシルフィの前へと姿を現す。
矢を放っても、その鎧の防御力で弾かれ、魔力で強化したとしても、効果の有る攻撃とまではいかなかった。
しかも、湧き出る威圧感で、今まで戦ってきた魔物とは段違いである事は一目でわかった。
「ヤナギ君、もう少し下がってて、コイツだけは、ちょっと私も勝てるか分かんない」
「え、そ、そんな事思うなら、いっそ逃げたら」
「逃げたかったら逃げて、さっきも言ったけど、私は其処まで強くないから、子守りしながら戦えない」
「そんな」
怯えるネコヤナギを他所に、シルフィは鬼人拳法を発動する。
属性を纏わせる悪鬼羅刹では無く、通常の物だ。
リリィに心配をかけさせない為にも、体に負荷をかけない為にも、引き出せる限界部分まで、能力を引き上げる。
「(このままだと、宿に被害が出る、此奴も私が狙いなら)」
ストレリチアを片手剣二本に切り替え、シルフィはタイラントめがけて走り出す。
そうすると、案の定タイラントは、シルフィへと狙いを定めて接近し始める。
そして、シルフィは自分から接近する前に、自分よりも巨大な敵に接近戦を仕掛ける場合の事を思い出す。
『自分よりも巨大な敵を相手取る時は、目か足を狙って、あとはノリと勢いでどうにかする』
という物だった。
「(アイツが戦う時の脳内どうなってるの?)」
シルフィの師匠であるジェニーの教え、それは大体ジャックからの受け売りなので、ジャックの戦い方が基本になっている。
他にも、弾が無かったら石やゴミを投げろ、魔力が無く成ったら気合で剣を振り回せだのと言った物がほとんどだ。
どう考えてもジャックのような化け物に成って、ようやくできるような戦闘方法だ。
しかし、贅沢を言っている場合ではない、とりあえず今まで培った方法を活かすべく、シルフィは接近する。
「(足、関節部分なら、鎧に隙間がある、後は肉を斬り、骨を断つ!)」
接近と同時に、振り下ろされてきた斧の一撃を掻い潜ったシルフィは、狙った部分へとストレリチアを突き立てる。
何とか鎧の隙間に刃を通せたが、伝わった感触は、シルフィの思った物とは違った。
タイラントの皮膚は思っていた以上に分厚く頑丈で、ストレリチアでは、肉まで到達できなかったのだ。
「固い!」
「グヲウ!」
「ッ!!」
纏わりついているシルフィに対し、タイラントは空いた手で殴り飛ばす。
寸前の所で、防御したシルフィは、目を丸める。
「(この威力、まるで!)」
シルフィが思い浮かべたのは、かつて対峙したジャックの姿だった。
タイラントの一撃は、悪鬼羅刹を使用するジャックを彷彿とさせたのだ。
ジャックの本気と同じくらいというには、少し弱いのだが、恐らく通常の鬼人拳法使用時のジャックであれば、勝つのは難しいレベルだ。
そう考えるシルフィは、宿へと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。
「シルフィさん!」
「痛たたぁ~」
「し、シルフィさん、う、腕が!」
「あ、本当だ」
ネコヤナギに心配されながら、シルフィは瓦礫の中から抜け出したと同時に、防御に使用した左腕は、明後日の方角へと曲がってしまっている。
現在でこそ、痛みはあるのだが、もう驚くほどの怪我でなくなってしまっている。
この程度であれば、すぐに治ってしまうのだから、もう驚く事でないが、急速に腕が治る所を目撃される事になったネコヤナギは少し腰を抜かす。
「ひ、ヒーリング持ちだったんですね」
「ちょっと違うけどね、ま、この説明は置いておいて、さっさと片付けないとね」
軽くストレッチしたシルフィは、再びタイラントを目視する。
既にタイラントはシルフィめがけて走り出しており、下手をすれば、宿ごと吹き飛ばされかねない。
そうならない為にも、シルフィはストレリチアを威力重視型に切り替え、一気に前へと出る。
「これで、如何かな!?」
魔力をチャージしながら突撃したシルフィは、タイラントの懐へと入り込み、銃口をアーマーへと突き立てる。
衝撃でストレリチアが破損しないか少し不安であったが、リリィの技術を全面に信頼しての攻撃だ。
「ゼロ距離なら!!」
どれだけ防御力の高い鎧に身を包み、頑丈な体を持っていたとしても、ストレリチアの高威力射撃をゼロ距離で撃てば、ただでは済まない筈だ。
銃口を押し付けた状態で、ストレリチアの引き金を引き、込められている魔力の全てを放出する。
反作用で後方へと吹き飛びながら、シルフィは受け身を取り、爆炎に包まれたタイラントの様子を見つめる。
「……ウソでしょ」
爆炎から出てきたのは、ほとんどダメージを受けていないタイラントだった。
しかも、気力も衰えてはおらず、シルフィへとその巨大な斧を繰り出そうとしている。
攻撃を受ける前に、シルフィはストレリチアを威力重視型のままで、射撃を行い、追撃を繰り出す。
だが、タイラントは二度と受けまいと言わんばかりに、シルフィの攻撃を、その斧で弾き飛ばしてしまう。
更に悪い事に、射撃の全てを弾いたタイラントは、シルフィに威力の高い射撃を行わせることを防ぐかのように、一定の間合いを意識して戦い始めた。
その巨体からは考えられない俊敏な動きは、遠距離攻撃を許そうとはしない。
ならばと、シルフィは片手剣に変えたストレリチアを両手に装備し、二刀流の形態をとる。
「そんなに接近戦が良いなら、アンタに合わせてあげるよ!」
遠距離攻撃を封じられた以上は、仕方のない事であるが、シルフィは接近戦を行い出す。




