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温泉ってときどき無性に入りたくなる 前編

 ウルフスと別れたその翌日、リリィ達は先を急ぐべく、バルガを後にし、目的地である本拠へと足を進めていた。

 補給を行う為に、町か村へ訪れるまでは、いつも通り魔物を討伐しては、素材を入手しつつ、目的地へと向かっている。

 そして、現在二人は補給と休息のために、湯治の村として、現地では有名な『テル』へとたどり着いていた。


「なんか、早くない?」

「まぁ、文章だと早く思えるでしょうが、実際には二週間近く経過していますよ」

「設定だと馬車で一か月くらいの距離だよね?」

「あの、私達馬より早く走れるという事、自覚していますか?」

「そうだった」


 補給も兼ねて訪れた村、テルへとたどり着いた二人は、設置されている簡素な冒険者ギルドで、素材を売り払い、村での資金を入手した後、この村の温泉へと足を運んだ。

 テルは、傷着いた冒険者や騎士のような、戦う者達だけではなく、近隣の重労働者達が、湯治を行う為に足を踏み入れる事の多い村。

 その事もあってか、派手に栄えさせるよりも、落ち着きの有る印象の強い方面への発展を遂げている。

 二人の利用している温泉宿も、少し値段は高かったが、その分落ち着いた雰囲気が漂っている。

 そして、利用中の宿の目玉である露天風呂で、二人は旅の疲れを癒していた。


「はぁ~、こういうの初めてだけど、良いねぇ~」

「里ではこう言った物は無かったのですか?」

「うん、水浴びだけ、まぁ、お父さんは入りたいって、時々お酒飲みながら愚痴ってたけどね」

「彼らにとって、お風呂は欠かせない物ですからね」


 ゆったりと温泉でくつろぎ、旅と戦いの疲れを癒す。

 ここの温泉の効能は、神経痛や筋肉痛にも効果がある。

 鬼人拳法の反動から来る主な症状であるこの二つの症状を緩和できるのであればと、この村を訪れる事にしていた。

 少々迂回する事には成ったが、旅先でシルフィがダウンされるよりはマシである。

 アンドロイドであるリリィには、此れといって効果の無い行為であるが、生涯のパートナー(の予定)であるシルフィと入浴できるのだから、とても有意義である。

 そして、初体験のシルフィは、今まで溜まっていた疲れの全てが、湯へと溶けるような気分を味わっていた。


「それにしても、リリィって、水とか温泉大丈夫なんだね」

「ええ、湿地帯だろうが砂漠だろうが深海だろうが、いかなる環境下でも活動できるように作られていますから」

「やっぱり凄いね」


 自分のスペックを鼻高々に話すリリィは、その横でまったりとくつろぐシルフィの体を改めて観察する。

 女性らしさを持ちながらも、しっかりとした筋肉の付いたスレンダーボディ。

 そして、エルフらしい綺麗な体に刻まれている数多くの古傷。

 それらは、狩人としての戦いの歴史と、今までジェニー准尉より培ってきた訓練の末に刻みつけられた物だ。

 鬼人拳法による再生能力は、極める所まで極めなければ、古傷には効果は無く、治すのであれば、一度欠損させる必要がある。

 今のシルフィの力では、重症を治しきる事は難しく、ジャックとの闘いで使用した技から来る負荷も、完全に治せる訳でもないようだ。

 冒険中に、何度か診察してみたが、医者的な観点から見ても、悪鬼羅刹を何度も使用する事は、寿命を削る事に等しい。

 ジャックと同レベルまで成長しない限り、無理をし続ければ、体を崩壊させかねないのが現状だ。


「(ストレリチアには、鬼人拳法の制御装置も組み込む予定だが、完成までに悪鬼羅刹を使用しかねない状況が来ない事を、祈るばかりだな)」

「(なんか視線が)」


 万が一を考え、リリィはストレリチアへ、鬼人拳法用の制御装置を組み込ませている。

 それが、プログラムの難点となっており、現在リリィの苦戦している部分なので、完成までに万が一の来ない事を祈る。

 遠距離戦闘能力を高めたのも、それが理由なのだが、シルフィの性格上、情に流されて無理をしてしまう場合もある。

 そうならない為にも、ガーベラを手に入れたのだから、これまで以上に気張る必要がある。


「(絶対に前へは出させませんよ、シルフィ)」

「ねぇ」

「何でしょう?」

「さっきから目つきがイヤらしいんだけど」

「……まぁ、合法的にシルフィの裸体を眺めるチャンスですから」

「もう!!」

「ブルァ!!」


 心配させない為、そう考えながら、リリィは嘘をつく(半分本当なのはナイショ)

 そんなリリィへと、顔を赤らめたシルフィは、掌底打ちを繰り出す。

 シルフィとしては、割と前から着替え等でリリィの裸体を見れてしまう事に、罪悪感を覚えていた。

 だというのに、はっきりと申し出てきたリリィに、恥ずかしさと怒りが込み上げ、つい顔面に一発入れてしまった。


「(……こっちの気も知らないで)」

「(今は、これで良いか)」


 人間はアンドロイドのように、体を容易に取り換えたりできない。

 生きている者であるからこそ生まれる不便さ、だが、その不便な部分こそが、生きている者の証でもある。

 簡単に義体を乗り換えたり、新しいパーツに取り換えれば、直す事の出来るアンドロイドとは違う。

 幾ら狩人とはいえ、体は大切にしてほしい、元介護用としても、シルフィを愛するモノとしても、そう考えてしまう。


「(まぁ、それはそれとして……)」


 色々とシリアスに考えこんでしまっていたリリィであるが、改めてシルフィの体を眺める。

 露天風呂という事も有って、自然の景色を眺められる立地に成っており、その景色を見ながら。シルフィはお湯につかりながらゆったりとしている。

 風景を眺める事でも、多少のリラクゼーション効果は期待できるのだが、リリィとしては、少しモヤモヤしてしまっている。


「……」

「如何したの?」

「いえ、景色も良いですけど、私も見て欲しいなぁと」

「景色と張り合い出したよこの子」

「そんなつもりは有りませんが、やっぱり、私の事ももう少し見て欲しいです」

「えっと、結構見てるつもりだけど……」

「そうだと良いのですが」

「歩き出すときは何時も右足だったり、考え事している時って、首が二度下に傾いてたり、ジェラシーとかの場合だと、目がいつもより閉じ気味に成るし」

「……え、えっと」

「今は、『この子普段どれだけ私の事見てるんだ?』かな?」

「解って居るなら言わないでください!」

「何時もの反撃」


 ―――――


 その日の夜、夕食後に再び入浴した後で、二人は部屋でのんびりしていた。

 本来であれば、これ程まったりしている状況では無いのだが、今は療養目的で此処に来ているのだ。

 一日、二日遅れた所で、どうにかなる。


「はぁ、この村、落ち着けるね」

「はい、愛妻と共に入浴、とても気持良かったです」

「だから気が早いって……」

「……如何かなさったのですか?」

「気になるんだよね、ウルフスさんの言ってた言葉」

「族長様の事ですか?」

「それもあるけど、ルシーラちゃんとは関わるなって」

「……」


 明日に備えて休もうとしている中で、シルフィはずっと考えていた事をリリィに打ち明けた。

 愛妹であるルシーラと、今後関わるなと言われたのだ。

 シルフィの一番の目的であるルシーラの捜索、それを止めろと言われた。

 その理由が、シルフィには解らなかった。

 里を抜け出した一番の理由が、妹の捜索であるという事も有るので、理由も聞かされていないこの状況で、捜索を断念したくはなかった。

 しかし、リリィはその言葉を聞いた途端、なんとも言えない顔をしてしまう。


「如何したの?」

「止めても良いと思いますよ、私の敵ですし」

「……ジェラシー?」

「当然ですよ、だって、義妹ですよ、実妹より質の悪い属性ですよ、付き合おうと何しようと合法……しかもぉ、家族であるという立場を利用してぇ、一緒に水浴びしようとか言われるだよなぁ、怖い夢を見たから、何て理由で、当たり前のように一緒に寝られるんだろうなぁ、良いよなぁ、好きなだけ妹なんて立場を利用できるんだからなぁ!」

「何処の鬼ぃちゃん?」


 リリィが捜索を止めて欲しいという理由、それはルシーラにシルフィが取られるかもしれないという事を懸念しての事だ。

 しかも、話に聞けば、ルシーラはそれなりにシスコンをこじらせている事が伺えるだけでなく、男性には嫌悪感を示しているようだ。

 そんなルシーラが、シルフィに妹という立場を利用して、色々と甘える姿を想像するだけで、リリィの中から嫉妬心が湧き出て来る。

 そのせいで、人工皮膚が引き裂かれるレベルで、リリィは自身の顔を引っ掻きまくりだしてしまい、ちょっと見覚えのある姿を想像してしまったシルフィは、少し目を細める。

 リリィはとあることを思いついてしまう。


「仕方ありません、シルフィ、いえ、シルフィお姉ちゃん」

「え、リリィ?」

「私も妹属性、ならば、私もそれを全面に出して対抗いたします!」

「ちょ、ウワ!」


 いっその事、自分も妹属性持ちである事を良い事に、シルフィをお姉ちゃん呼びすることにしたのだ。

 何時しか、シルフィに姉だと思って良いと言われたので。

 ベッドに座り込むシルフィへと、リリィはダイブをかまし、シルフィの上にまたがる。


「り、リリィ?」

「お姉ちゃん、覚悟してね」

「え、えっと、私、ちょっと、お手洗いに……」

「そう言うの良いので」

「あ、あははは」


 この後、滅茶苦茶抵抗し、小一時間程取っ組み合いが続いた。


 ――――――


「はぁ、はぁ」

「……」


 何とかリリィをなだめる事に成功したのは良いが、折角温泉でリフレッシュしたというのに、余計に疲れてしまっていた。

 リリィも、シルフィにはあまり無理はさせないという理性が復活し、途中でやめたのは良いが、少し拗ね気と成ってしまう。


「あの、シルフィ」

「何?」

「……やはり、アンドロイドは抱けませんか?」

「そ、そう言うのじゃなくて、ていうか、まだ付き合っても居ないのに、そいうのは、まだ、早いというか」

「では、どの辺からであれば適切なのですか?」

「そ、それは、色々と段階を踏んでから……」

「段階とは?」

「え、えっと、先ずは手をつないだり、とか?」

「(ピュアだ)」

「ハグしたり、デートしたり……あれ?」

「もう全部やってますよね?」

「……」


 リリィの暴走を抑制する為の言い訳の為に、色々と御託を並べたシルフィであったが、既に全てやってしまっている事に気付いてしまう。

 だが、リリィは襲いにかかるという事はせずに、少しショックを受けるシルフィに寄り添う。


「リリィ?」

「ごめんなさい、私、その、こういう事位しか、アピール方法を知らなくて」

「……急にどうしたの?」

「私は、貴女が好き、それは変わりありません、ですが、私はアンドロイドです、普通の人の愛し方や、アプローチの方法が、よくわからないんです」


 リリィの今までの生活には、恋愛なんて物は無かった。

 恋愛に関係する事であれば、かつてマスターでるヒューリーが息抜きついでにプレイしていたゲームか読んでいた漫画位だ。

 万年ボッチの陰キャでもあるヒューリーと、話を合わせたりするために、リリィも色々と漁ってはいたが、過激な物が半数を占めていた。

 そのせいか、リリィの知っているアプローチ方法も、そう言った事位しか思いつかずにいた。


「……私も人と付き合う何て初めてだから、如何したらいいか解らないんだけどね」

「そうでしょうね」

「棘が有る言い方……でもまぁ、少なくとも、恋愛ってただ肌を重ね合うだけじゃないのは解るよ」

「では、どうすれば?」

「うーん、そう言うのを求めるのも、恋愛の一環かな?」

「そう言う物でしょうか?」

「そう言う物だと思うよ」

「適当すぎます」


 リリィの返しと共に、二人は笑い出してしまう。

 その後も、二人は今後の予定も挟みつつ、談笑を弾ませた。


 会話を終えると、シルフィは明日に備えて眠りにつき、そんな彼女を見届けたリリィは、眠るシルフィを眺める。

 本来であれば、データの整理も行わなければならないのだが、今はとりあえず、シルフィの寝顔を眺めて居たかった。


「(可愛いなぁ~)」


 できる事であれば、このままシルフィとずっと冒険していたい。

 任務も祖国も何もかもが如何でもいい。

 シルフィと居られれば、後はもう如何だってよかった。


「(でも、所詮私は、鎖に繋がれた飼い犬でしかない、ペットは大人しく飼い主の元へと帰らないといけない)」


 そう考えるリリィであるが、今こうして、シルフィと一緒に居られる間は、繋がれている鎖の事なんて忘れられる。

 せめて、シルフィがその鎖を握っていてくれれば、こんな事を考える必要も、戦争なんて野蛮な行為に首を突っ込む必要も無い。

 それが叶わないからこそ、今を全力で楽しんでいたかった。

 だからこそ、邪魔されたくない、この幸せな時間の何もかもを。

 もしも、この幸せを邪魔する輩が現れたのならば……


「全て、排除しないといけませんね」


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