嵐の前の静けさ 前編
希望を持ってほしいという想いを乗せた刀『ガーベラ』
輝かしい未来を願った弓『ストレリチア』
リリィとシルフィ、お互いに名づけあった武器を、互いに渡し合った二人の間に、妙な空気が流れてしまった。
流石のリリィも、その空気だけは耐え切れず、同行していたウルフスに再戦を申し出た。
迷惑の掛からない様に、町の外へ出たリリィ達は、早速リターンマッチを始めたのだった。
そして、今はその戦いが有った日の夜。
冒険者ギルドの地下に設けられている、新たに入手した武器の試しを行う為の施設。
場所によって規模は異なるが、この町のギルドは、非常に規模の大きな施設となっている。
その施設の一つである射撃場にて、シルフィは一人、ストレリチアの試し撃ちを行っていた。
使った感覚としては、ジェニーのコンバットボウ以上に、弦は重く、構えた感じも、なんとなく違和感を覚える物だった。
とは言え、形状はシルフィの体に完全にフィットする物になっており、狙いも付けやすい。
だが、今のシルフィは、武器の性能以上に、昼間見た二人の戦いの方が、印象深い物だった。
「(凄かった、本当に……)」
矢を射る度に、リリィとウルフスの戦いが鮮明に脳裏を過ぎる。
観戦している限りでは、本当に凄いという言葉しか、シルフィは浮かべる事しかできなかった。
シルフィの知る限りでも、リリィの実力はかなり向上している。
それは、基地での戦いを見る限りでも明らかな物だった。
特に、新たに使用できるように成ったオーバー・ドライヴ・システム、此れがリリィの更なる戦闘能力向上を促している。
それを使わなくとも、リリィは強い、ガーベラの入手によって、武器の生成・修復という手間がなくなったおかげで、リリィの戦いは、よりスムーズに成っていた。
更に、サイコ・デバイスという物の搭載で、かつてウルフスの示唆した反射的な動きを、ある程度解消できている、との事だった。
リリィは本当に強くなっている。
そう思っていたというのに、ウルフスはそんなリリィと同格に戦った。
かつての戦いが、お遊びであったかのようにウルフスは実力を発揮し、リリィと対峙した。
ウルフスの得意魔法、土属性をメインとした攻撃を繰り出していた。
地面を迫り上げさせた奇襲、魔力で生成した岩を直接飛ばす遠距離攻撃、斬撃と岩を同時に繰り出す攻撃。
それらを使用し、リリィの事を苦しめた。
そんな中でも、シルフィが驚いたのは、土属性の一つである砂を用いた魔法だ。
本来であれば、流砂を用いたトラップや、目くらましに使用するのだが、次に得意とする火の属性と組み合わせて使用したのだ。
砂を火で溶かし、ガラスを無理矢理制作し、その破片を散弾銃のように繰り出したのだ。
そんな攻撃方法に、シルフィは思わずリリィに伏せろと、言ってしまった。
二人の真剣勝負に水を差す真似はしたくは無かったが、細かなガラスの破片は、視界に写りにくく、思わず口を出してしまった。
魔力の籠ったガラスは、形の歪な散弾ともいえる威力を発揮した。
何しろ、命中したリリィのアーマーに傷が入っていたのだ。
流石にそのままにしておいては、この後に来る人達に迷惑なので、撤去はしておいた。
だが、不意打ちの技としては非常に優れていた。
ウルフスは、長年の対人戦の訓練や経験、そしてその長寿を活かして仕入れた知識、それらを使い、ステータス面では、恐らく全てを凌駕しているリリィと、互角の戦いを繰り広げた。
結果的には、リリィの勝利で幕を閉じた戦いであったが、リリィはオーバー・ドライヴ・システムを使って、ほとんどゴリ押しで勝利をつかみ取った。
リリィとしては、それが不服だった。
スレイヤー以外の人間に、奥の手を使用してしまった。
ウルフスが強い事は、承知の上で有ったのだが、まさか其処まで圧倒されるとは思っていなかったようで、戦いの後、宿で少し落ち込んでしまった。
そんなリリィが立ち直るまで、しばらく此処で弓の練習をすることにしたのだ。
しかし、成果はイマイチと言える。
使い慣れていない、という言い訳はさておき、今はとにかく、精神的に動揺してしまっている。
的の距離は、五十メートル先の物を選び、矢は三十発程用意してある。
もう数十回やり直しているのだが、最高記録は四発命中、どれも中心から離れた場所に命中してしまっていた。
「(……やっぱり、動揺してるみたい)」
矢を回収しながら、今の自分のコンディションの悪さを痛感する。
たった五十メートル先の的だというのに、四発しか命中できなかった。
その程度の距離であれば、シルフィの腕を用いれば、絵を描く程度の事はできる。
だというのに、今はこうして、外しまくっている。
何度もやっているというのに、これ未満の結果が数十回続いている。
シルフィの母、ジェニーも弓を主な射撃兵装として使用していただけあって、弓矢の扱いを詳しく教えられた。
弓を射る時、しっかりとした姿勢と平常心を維持すれば、目隠しをしても、的の中心を射貫く事が出来る。
ジェニーはそれを実践してみせた。
当時の事を思い出しながら、シルフィは矢を回収し、もう一度練習を始めようとするが、聞こえてきた少女の声に、練習を中断する。
「あんまりやり過ぎると、体を痛めますよ」
「リリィ?」
「お疲れ様です、中々帰ってこなかったので、様子を見に参りました」
「……私、どれくらい居たの?」
「もう深夜ですから、六時間ほどやっていますね」
「そんなに」
「少し、休憩いたしましょう、お夜食もお持ちいたしました、体には良くありませんが、お夕食もまだでしょうし、何か入れた方が良いでしょう」
「あ、ありがとう」
リリィの登場で、シルフィは一度休憩を開始する。
リリィが持ってきたのは、ウルフスが趣味で焼いたパン、それを頬張りながら、シルフィは適当に休憩を行う。
かなりの期間空いてしまっているが、彼のパン作りの腕は衰えてはおらず、おいしさは変わっていなかった。
「……相変わらず、おいしい」
「(なんか悔しい)」
ウルフスのパンで喜ぶシルフィの姿に、多少の悔しさを覚えながらリリィはシルフィの事を見つめる。
目に影の籠っている今のシルフィは、どう見ても悩みを孕んでしまっている。
「如何かされたのですか?」
「……何か、やっぱり私って、大した事無いんだなって、思っちゃってね」
「確かに、貴女の戦闘能力は、総合的にスレイヤー級とは言い切れませんからね」
「辛口だね」
「申し訳ありませんが、戦闘能力面の評価に関しては、誇張や妥協などは致しません、変に自信持たれて無茶をされても、私も貴女にも、損になりますから」
「正論が辛い」
リリィの言葉に、シルフィは改めて自分の弱さを再認識する。
客観的にみても、弱いと言われる。
悔しい面もあれば、少し嬉しいという部分もある。
弱い面が有るという事は、まだ強く成れる可能性が有るのだ。
リリィの言う通り、変に天狗になってしまうような事は、シルフィとしても避けたい所である。
「(ま、あの化け物と比べたら、天狗になろうにもなれないけどね)」
思い浮かべるだけで、ジャックという存在の恐怖が想起される。
何しろ、小規模の町程度は有った施設が、ジャックという一人の存在の力によって、完全に吹き飛んでしまったのだ。
そんな化け物が居るのだから、とても天狗になる事は難しいとしか思えない。
リリィとウルフスの戦いを見ていて、なんとなく指を銃の照準を付けるように向けてみた。
その結果は、とても狙い何てつける暇はなく、リリィが小回りの利く接近戦用の武器を好む理由が、なんとなくわかった。
狙いをつけ、引き金を引き、速さの一定である銃弾。
接近戦に持ち込まれれば、ほとんど役に立たない弓。
残像が残るレベルで、素早く動き回るような相手には、ほとんど意味を成さない。
「まだやるのですか?」
「うん、後もう一巡やろうかなって」
「は、はぁ(そうだ、シルフィは超努力型だった)」
「それに、どうせ生きてるんでしょ?ジャック」
「……はい」
一日も早く、ジャックとの間を埋めたい、そんな思いを胸に、シルフィはもう一度弓を構える。
リリィからは何も聞いていないのだが、ジャックが死んだようには、シルフィには思えて居なかった。
確かに弱りはしていたが、ジャックはシルフィの能力を知っているような節が有った。
であれば、何らかの対策をしていてもおかしくはない。
次に戦わないとも限らない以上、今の内に力を付けなければならない。
「(可能な限り、だけどね)」
弓を引くと、使っている筋肉がピリピリと痛む。
ジャックとの戦い以降、筋肉痛のような痛みが続いている。
やはり、慣れていない技で体の限界を超えた戦いを行ったせいで、体の一部にガタが来てしまっている。
正直、今でもスーツを着ていなければ、電流の走ったような痛みが走ってしまう。
我慢できない痛みでは無いが、ろくに訓練もできないような物ではある。
「(スーツを着て居れば、負担は軽減される、これで何とか戦うしかない)」
「(シルフィ、あんな体で、無理をして……)」
シルフィの練習姿を眺めるリリィは、簡易的な弓を制作し、シルフィの横に有る二十五メートルの的を前にする。
そして、シルフィのやり方の見よう見まねで、弓を射る。
だが、やり方のデータが有る訳でもないリリィでは、明後日の方向へと矢は逸れてしまう。
「リリィ?」
「思ったより難しいですね」
「えっと、如何したの?急に」
「……弓、教えてもらっても宜しいでしょうか?」
「え?」
「貴女との、繋がりを強くしたいです」
「わ、分かった」
リリィに言われた通り、シルフィは弓の使い方をできる限り教え始める。
姿勢や構え方の細かい部分や、視線を向ける方向、呼吸の方法等、リリィでも解析しきれていない部分を、シルフィは教える。
だが、シルフィからしてみれば、リリィのやり方に少し疑問を抱いてしまう。
アンドロイドの事は、此処に来る道中、ある程度理解している。
アンドロイドは人間と違って、練習することも無く、プログラムされた事であれば何だってできる。
それがシルフィの印象だ。
「ねぇ、何でわざわざ教わるの?」
「はい?」
「えっと、アンドロイドって、プログラム?さえできれば、何でもできるんでしょ?」
「……確かに、今からマザーにアクセスして、一流の弓道家のデータを、私にインプットすれば、すぐにできますが、私は、貴女に教わりたい」
「え」
「それに、教えるという行為は、その人にとってもプラスになります、私も、弓を使う機会が訪れた際、対処できます、お互いに良い結果をもたらします」
「わ、わかった、ありがとう」
その後、シルフィはリリィへと、できる限り技術を教えた。
最後に、シルフィの腕の確認として、五十メートル先の的の試し打ちを行った。
その結果は、ど真ん中を撃ち抜くという結果となり、何とか勘を取り戻したシルフィだった。
そして、その帰り道の事。
月明り照らす夜道の中、リリィはシルフィと今後の話を行っていた。
「――はい、そうです、この町を出たら、今度こそお義母さまにご挨拶を……」
「そんな話一言もしてないけど」
「もう、乗ってくれてもいいじゃないですか、今後の話と言えば、私達の婚姻の話以外ありえないでしょう」
「だから気が早いって!」
「……仕方ありません、本当に今後の事を話すと致しましょう」
「お願い」
「実は、貴女が弓の練習に打ち込んでいる間、ウルフスさんに頼んで、ストレリチアの性能試験もお願いしておきました」
「え、あの人まだこの町に居る気なの?」
「何でも、私達の他にも、准尉にも色々と貸しが有るとかで、それを貴女に返したいのだと」
「そ、そうなんだ(お父さん、あの人と友達だったんだ)」
明日の予定、それはリリィの制作した弓矢兼鎧であるストレリチアの試験を行う事である。
ストレリチアは、弓と鎧、この二つが有って初めて成り立つ、エーテル・ギアでもある。
その技術は、ロゼの着用していた鎧と剣のデータから流用してある。
ロゼの使用している武具の他にも、様々なデータを流用し、できる限りの技術をストレリチアには、つぎ込まれている。
だが、その前にやる事が色々とある。
シルフィの着用しているスーツは、エーテル・ギアに対応していない。
アーマーに効率よく魔力を供給するための機構である突起、それがあって初めてスーツはエーテル・ギアに対応できる。
一応、そのままでも着せる事はできるのだが、突起の有無では、効率にかなり差が出て来る。
なので、対応できるようにするためのアップデートを行わなければならないのだ。
急ぎでは無いが、早いに越したことはない。
「まぁ、そう言う訳なので、宿につき次第、スーツの方をお預かりいたしますね」
「そういう事ならいいけど……変な事しないでよ」
「そ、そんな事いたしません……ちょっと匂いを堪能するだけです」
「却下」
「ふえ~」
「……スーツより、私を直接嗅げばいいのに」
「え」
「あ」
この発言のせいで、宿に戻ってから小一時間程、静かな乱闘騒ぎを起こす事になるのだった。