昨日の敵は今日の友 後編
前回のあらすじ
リリィ用の刀を入手するべく、冒険者たちの紹介で足を踏み入れた鍛冶工房、其処で出会ったのは、かつての怨敵、ウルフスであった。
そして、リリィは以前の決着をつけるべく、無謀にもウルフスに挑む。
激しいぶつかり合いの末、リリィは何とか何とか勝利をものにしたのだった。
「何前回の話に脚色してんだ」
「憂さ晴らしです」
「腹立つなコイツ」
「(この前もこんな事有ったような)」
というリリィが勝手に付け足した話は置いておき、話は本題へと入る。
リリィの刀の制作についてだ。
制作するのは、リリィも使い慣れている日本刀状の刀、此れであれば、マサムネも作りなれているので、こころよく了承してくれた。
問題なのは、その素材、アダマント合金に込める魔力である。
此れに関しては、満場一致でシルフィがやる事に成り、早速作業が始まる。
「えっと、魔力って、天で良いの?」
「はい、再生阻害は私も持っておきたい所ですので」
「それに、その属性を流し込めれば、性能も大幅アップだ、頑張れよ、エルフィリア」
「わ、分かった」
ウルフスとマサムネに指導してもらいながら、シルフィは用意されたアダマント合金に魔力を流し始める。
そして、魔力を流す事一時間、此れと言った変化はなかった。
マサムネ曰く、しっかりと魔力がこもれば、流し込んだ魔力の色に変色するという事だったので、もしかしなくとも失敗している。
「もう少し集中して」
「極力鉄を包む形で持ってみるといいべ」
「イメージするのは、強い剣だぜ、分かったか?」
「(周りがうるさい)」
周囲のうるささを堪えつつ、シルフィは頑張って魔力を流し込むのだが、それでもアダマントが光る事は無かった。
「うーん、上手く行かないべなぁ」
「もしかしたら、まだ属性を使いこなして無いんじゃないのか?」
「恐らく」
「かもね」
「……仕方ありません、此処は私とシルフィ、初めての夫婦共同作業を行いましょう!」
「言い方!!」
「では、夫婦の夜の営みを」
「だから言い方!」
「シルフィとの子宝に恵まれた生活、夢のようです」
「妄想から帰ってきて!」
「お前意外と苦労してるんだな」
ウルフスの心配を他所に、リリィは早速思いついた方法を試してみる。
その方法は、基地での戦いでシルフィが使用した百鬼夜行という技を用いるという事だ。
話を聞く限りでは、脳波を介して思考を共有するという物であるらしいので、上手く行けば、リリィの演算能力で、シルフィの魔法を制御できるかもしれないという賭けだ。
そもそも、リリィにそう言った機能が有るか解らないだけでなく、シルフィの技も、それほど万能であるかもわからないので、マジで賭けである。
だが、それ以外に方法がないので、とにかくやってみる。
「では、私が演算を共有いたしますので、シルフィは作業に集中してください」
「わ、分かった」
「脳波を共有するなら、頭に触れた方が良いと思うぜ」
「こうですか?」
「ああ、そんな感じだ」
アダマントの前に座るシルフィの頭に、リリィはウルフスのアドバイス通り、手を置くと、シルフィは作業を開始する。
シルフィは、早速百鬼夜行を使用し、リリィとリンクしたのを確認し、作業を開始する。
リンクした事で、シルフィは何時にもまして頭がすっきりした感じを覚える。
だが、代わりに大量の情報がシルフィの頭に流れ込んで来る。
シルフィからしてみれば、訳の分からない数字や文字の羅列なのだが、リリィからしてみれば、ただのプログラミング言語だ。
その中には、シルフィの武器に関するデータ等もある為、余計にシルフィの脳に負荷がかかり、数秒でキャパオーバーに成ってしまう。
「ゴフッ」
「シルフィ!!」
「はぁ、おっちゃん、氷とかあるか?」
「ああ、酒用の奴が有るべ」
マサムネが持ってきてくれた氷で、氷嚢を作り、寝かせたシルフィの頭にのせ、応急処置を行う。
シルフィが回復する間、三人は原因の究明を行い始める。
とはいっても、大体の予想はついている。
「な、何故このような事に」
「大方お前が難しい事ばかり考えてるからだろ?」
単純にリリィの考えている事の全てが、ダイレクトでシルフィに伝わってきたからである。
リリィの何時も考えている事と言えば、シルフィの健康状態や、武器の設計・整備状況、各フィールドの天候、義体のコンディション、その他いろいろである。
人間からしてみれば、二つ以上のゲームを同時にプレイしているような物だ。
「成程、というか、本当にうまくいくとは思わなかったので、まさかこのような事に成るとは」
「ま、結果的にうまくいった訳だし、今度は必要最低限の思考を共有してみろ」
「……先ほどから随分と偉そうですね」
「以前の詫びだ、力添えできる事なら、できる限りやるさ」
「う~ん……じゃぁ、それでやってみようか」
「お、起きたべか」
何とか復活したシルフィは、早速作業に取り掛かる。
先ほどと同じ陣形を組むと、今度は極力シルフィに影響がないレベルで、思考の共有を行い出す。
すると、今度はリリィの方に強い負荷がかかる。
天という強力な属性の演算、慣れていない上に、不明慮な点も多いという事もあって、リリィもかなり苦労してしまう。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫ですから、作業に集中してください」
コンピュータに熱がこもり始めたが、リリィは作業継続を推奨する。
そのおかげで、魔力を込める作業ははかどり、アダマントはシルフィの魔力の色を発光し始める。
「お、上手くいったか!?」
「ああ、見事に込められているべ!」
完成品を検めるマサムネとウルフスであったが、その隣では、イチかバチかの行いで、完全にバテたシルフィとリリィが倒れてしまっていた。
どうやら、基地での戦いで上手く行ったのは、本当にまぐれだったようだ。
ウルフスの手で、休まされる二人を他所に、マサムネは早速作業を始める。
―――――
「はぁ、疲れた」
「まぁ、おかげで良い物が作れるとの事でしたし、良しとしましょう」
目を覚ました二人は、マサムネの工房を後にした。
彼曰く、完成には数日かかるとの事だったので、それまでの間適当に過ごす事にした。
今夜は、ウルフスのおごりで、ちょっと贅沢をする事となり、気分良く食事を行っている。
「まさか、こんな所でばったり会うとはな」
「ええ、しかし、何故ここに?武器の修繕であれば、あの付近の町でもできる筈ですが」
「なに、昔、離れ者の知り合いから、此処の連中は鍛冶の腕がいいって聞いていたからな、それで来たのさ」
「離れ者?」
「えっと、普通のエルフとして森の外に家族と住んで、住民として情報を集める人の事だね」
「そんな人が居たんですね」
「ま、随分前に離れ者の一家が連れ去られたり、襲撃に遭ったりしたせいで、廃止になっちまったけどな」
食事を行いながら、三人は現状の事等の話を続ける。
そうしていると、ウルフスの話が始まる。
その話題としては、クラブとの関係、そして、何故投獄されていたのか、というものだ。
シルフィも、ウルフスが投獄されていた事は知っていたのだが、その理由までは知らないのだ。
「投獄されていた理由、単純な事さ、里から逃げたのさ」
「え」
「何故です?」
「……そいつについては、クラブとの関係も、一緒に話せる」
酒を傾けながら、ウルフスは過去の話を行う。
ウルフスとクラブ、二人は子弟の関係だった。
だが、ウルフスは当時の関係を良く思っては居なかった。
元々、ウルフスはしがないパン屋の息子、経営的に傾きが出てきた為、副業として狩人を行っていたのだ。
その際、剣の腕前の高さに目を付けられ、パン屋は無理矢理廃業され、暗殺者としての役割を与えられてしまった。
それからしばらく、暗殺者として働き、いつの間にか里で最強の肩書を手に入れてしまっていた。
その後、期待の新人として生まれ育ったクラブの師匠に抜擢され、彼女を鍛える事に成った。
しかし、それがウルフスの過ちだった。
クラブは人一倍、ハイエルフとしての誇りが強く、プライドの高い性格を、当時から持っている。
魔法も剣の腕も、頭の回転も、全てウルフスを超える才能を持っていたクラブは、瞬く間に成長し、暗殺者のリーダーの座に、王手をかけた。
暗殺を行うのに、クラブは一切の容赦も躊躇もなく行い、目撃者も何の後悔も無く抹殺する。
もはや、狩りではなく、完全に殺しをやっているのだ。
そんな怪物を生み出してしまった。
その事に罪悪感を覚えたウルフスは、クラブと戦う正当な理由を作るべく、里を脱走し、クラブに挑んだ。
だが、クラブの腕は予想以上に上がっており、更に当時の実力者たちの猛攻を前に、流石のウルフスも、敗北してしまった。
結果、ウルフスはリーダーの座をはく奪され、寿命を迎えるまで投獄される事に成った。
「ま、こんな感じさ」
「成程……所で、この後はどうされるおつもりで?」
「……まずは、里に戻るさ」
「え?そんな事したら、また捕まっちゃうよ?」
「だろうな、だが、弟子の過ちは、師匠の俺の過ちさ、あの一件で、アイツが改心していたら、俺は今度こそ逃げるさ、だが、していなかったら、俺は、アイツを殺す」
「では、前回見逃したのは?」
「エルフィリアの一家に、アイツは三度もやられたんだ、そろそろ身の程をわきまえるかと思ったのさ」
「そうですか」
「……本当に、殺すの?」
「ああ、ケジメみたいな物さ、それに、改心していなかったら、何をしでかすか解らない、それは、お前も解る事だろ?」
「それは、そうだけど」
「確かに、彼女を放っておけばどうなるか、確かにわかりませんからね、排除した方が、今後の為にもなります」
「まぁな、さて、こんな話はもう終わりだ、存分に食ってくれ」
ウルフスの言葉で、リリィ達は食事を再開する。
とても暗い話であったせいもあって、喉を通り辛かったシルフィであったが、酒が入った途端、普通に食べるようになった。
「(ジョニー、お前の娘、しっかりと良い子に育っているぜ)」
―――――
三日後、リリィ達は完成した刀を受け取る為に、マサムネの工房に訪れた。
「お、来たべか」
「はい」
「丁度完成したべよ」
そう言うと、マサムネはでき上った刀をリリィに見せる。
鈍い銀色を放つその刀は、確かに良い出来の刀だ。
そして、出来上がった刀を、リリィは予め用意していた柄に取り付け、制作しておいた鞘に納める。
「(……使用武器に登録、高周波、異常なし、エーテル、同調完了)」
「へー、それがリリィの新しい刀?」
「はい、貴女も触ってみますか?」
「良いの?」
「勿論、此れの制作の半分は、貴女の功績ですから」
リリィは、シルフィに新しい刀を手渡し、それを少しだけ引き抜き、素人目で観察する。
その刀身を見たシルフィの第一印象は、美しい、という物だった。
とても武器とは思えず、まるで美術品のように美しい見た目をしている。
「ねぇ、この子、名前は有るの?」
「名前、ですか?」
「うん、何か必要でしょ?」
「そうだべさ、東の方でも、刀にはよく名前を付けていたべから、良いと思うべよ」
「そう、ですか……では、シルフィがお願いします」
「私か、まぁ、言い出しっぺだしね、う~ん……そうだ、ガーベラ、何て如何?」
「ガーベラ、ですか」
「うん、貴女に、希望をって、思って」
「……シルフィ」
名前を決めたシルフィは、ガーベラをリリィに手渡す。
ガーベラの花言葉には、希望という物が有る。
今まで、希望の無いような生き方だったリリィに、せめての希望を、という意味を込めて、シルフィはこの名前を選んだ。
此れは、自分自身の事を救ってくれたリリィへ、シルフィなりの感謝で有る。
その真意は、シルフィのみ知るが、リリィは何となくそれを察し、嬉しいという気持ちを、素直に受け止める。
丁度いいので、リリィは完成した武器を、シルフィに手渡す。
「では、私からも、貴女に」
「え?」
リリィが手渡したのは、白を基準のカラーとした弓矢と籠手。
素材には、シルフィの持ち出したネオ・アダマント合金を使用しており、弦には、アラクネから貰った糸を使用している。
エーテル・ギアと併用することで機能する、様々なギミックを搭載しているのだが、今は武器と籠手だけが限界だ。
今後も機能を拡張する予定の、武器とアーマーを一体としたコンセプトのエーテル・ギアだ。
問題点は、シルフィの着用するスーツは、エーテル・ギアを装着するためのコネクターが無く、本来の力を発揮できないという点だ。
その辺は、今後シルフィのスーツ自体をアップグレードする予定なので、それまで、その部分を補う機能も付けておいた。
「専用エーテル・ギア『ストレリチア』貴女に、輝かしい未来を」
「あ……はは、お返し、されちゃった」
ストレリチアの花言葉の一つ、輝かしい未来。
設計開始段階から考案していた名前だ。
今の幸せが有るのは、シルフィのおかげ、だからこそ、シルフィにも、輝かしい未来を望む、その思いを乗せている。