二階の住人
二階がうるさい。安いボロアパートの欠点である。
深夜二時。今日も二階から女性の声が聞こえる。
――死ね死ね死ね死ね死ね
呪いをかけているのだろうか。関わるのも怖くて直接注意すらできない。
周りの誰かが注意してくれないかと期待していたが、このアパートには、自分とこの女性しか住んでいないようだった。
――まさか、こんな住人がいるとはなあ。思ってもみなかったなあ。
遡ること二か月前。このアパートの家賃はタダ同然の安さだった。
不動産屋に理由を聞くと、ここは近所で話題の呪いのアパートだと正直に話してくれた。
そんな話、僕は全く気にしなかった。安さこそが正義である。
しかし、前言撤回だ。住んでからというもの、この夜中の声には参っている。怪しい人が住んでいると知っていれば、絶対に選ばなかった。気になって眠れやしない。お化けなんかより人間の方がよほど怖いと実感している今日この頃である。
そんなある日、アパートの前に人だかりができていた。
僕は気になって外に出た。どうやら誰かが救急車で運ばれたらしい。
――まただ・・・
――やっぱ呪いなのよ・・・
――くわばらくわばら・・・
皆、そんな言葉を口にしていた。
「あの。」
僕は目の前にいるおばさんに、声をかけてみた。
「あの、すいません、ちょっと気になったものでお聞きしたいのですが。このアパートって、何かあるんですか?」
おばさんはちょっと怖い顔になった。
「あんた若いけど、ここの住人かい?」
――はい、と答えてはならない雰囲気を悟った。
「いや、その、いま、たまたま通りがかった者なのですが。」
「いいわよ、教えてあげる。今後生きていく上で大切なことだから。よーくお聞き。この世では、科学では解決できないことがいーっぱいあるんだから。これも一つの例よ。」
おばさんは二階を見た。
「今日は二階の人が死んで運ばれた。その前は一階の人が死んだ。その前にも・・・何人もの人がここで亡くなっているの。ここは家賃がタダ同然の安さだからね。安ければそれでいいって人が、このアパートに住んでは、皆死んでいく。いいかい。安い価格ってのにはそれなりの理由があるの。あんたも部屋探す時には気を付けな。」
僕は不謹慎ながら、正直ほっとした。二階の怖い人がいなくなったということに。
アパートの過去は確かに怖いが、二階の住民の方がもっと怖かった。
最後に、おばさんは、悲しい顔になった。
「さっき見たけどね・・・若くてイケメンな子だったよ。あの子。でもね、命を失ったらそれっきりだからね。あんたも本当に気を付けなさいよ。」
――若くて、イケメン!? 二階に住んでいた人が!?
この時、そこだけが気がかりだった。
その日の夜である。
――次はお前だ次はお前だ次はお前だ次はお前だ次はお前だ
その声は以前より一段と大きくなっていた。
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