二年進級
新作の書き溜めとか大学生活とか一人暮らし生活とかしててめっちゃ遅れました。
大学生は楽しいです。
「…………よっし、これで終わりっと」
学習机に向かう俺。分厚い問題集の最後のページの解答欄を埋めたところでそれを閉じる。
これだけ厚みのある問題集も、ちゃんと一年間欠かさず毎日取り組んでいれば終わるものだな。
——そう、もう一年が経過したのだ。
いや、正確にはまだ一年が経過してないんだけどね。現在は六月。まだ二度目の夏休みには突入していない。
俺が小学一年生に戻ってもう一年近く月日が流れたということか。子供の頃の時間の流れは大人との体感と比べると大幅にゆっくり流れるものだと聞いていたが、俺にとってはかなり早い一年だった。そう具体的には一か月くら——げふんげふん。
……危ない危ない。これ以上発言するのは世の理に反するような気がするから、口を慎むとしよう。
「翔ぅー! ご飯できたわよー!」
一階から母がご飯の用意ができたことを知らせる声が届く。
「はぁーい」
教材を本棚に片した俺は、階段を下る。
——すると真っ先に、
「てめぇ私のプリン食べたでしょ!」
プリンが入っていたと思われるプラスチック製の空の容器を持った姉貴は、すごい剣幕で俺に糾弾してくる。
「はぁ? 食ってないって」
「ウソつけ! おまえいがいだれが食べるんだよ!」
「自分で食べたこと忘れたんだろ! 脳筋だからそんくらいの事も覚えられないんだろうが!」
「んだとクソ翔!!」
「んだよクソ姉貴!!」
相も変わらずバチバチと火花を散らせる俺たち仲良し姉弟。
——お楽しみ会の一件から、今までのことは全て水に流し仲良しこよしの姉弟になった。というエンディングかと思われるかもしれないが、残念ながらそんなことにはならないのが俺たち姉弟だ。
借りがあろうと恩があろうと嫌いなものは嫌い。俺が姉貴を嫌うことと姉貴が俺を嫌うことはもはや必然であり、一種の生態なのだ。
……まあだが、全部が変わらなかったというわけではない。
根本からは変わらなくとも、変化はあったりする。
まず、姉貴が俺を「愚弟」と呼ばなくなった。
わざわざ辞書で難しい言葉を調べてまで俺を貶そうとしていた姉貴だが、どうやらそうする気は失せたらしい。現在は名前の前に「アホ」や「バカ」や「クソ」を付けて呼んでくることが多い。
それと、理不尽な暴力がなくなった。
「こんにちは」代わりの腹パンも、「お休み」代わりの脳天チョップもなくなった。
けど、姉貴が感情的になると時々殴られたり絞め技をくらったりする。
「てめぇが食ったんだろうがァアアア!!」
「いでででででで!!」
親の拳骨よりもくらった腕ひしぎ十字固めによって、痛烈な痛みが右腕に走る。
——……現在のように。
…………あんまり変わってない気もするなぁ。
人から見れば些細かもしれないが、俺らの姉弟間で見れば劇的な変化である。
お互い大人になったということか。……取っ組み合いをしている内はまだまだ子供なんだろうけど。
地面に倒れ込み腕ひしぎ十字固めをくらう俺はヒシヒシとそう感じる。
「ほら、喧嘩してないで早く椅子に座りなさい」
日常茶飯事となっている姉弟喧嘩に慣れ切った母さんは淡々と席に座るよう俺たちに促す。
「ねえお母さん聞いて! バカ翔が私のプリン食べた!」
「だから食ってねえって!」
「はいはいわかったから座んなさい」
「ちゃんと聞いてよお母さん!」
「ん? どうしたんだー?」
騒ぎを聞きつけて寝室から出て来たのは、皴のできたパジャマ姿の父さんだった。休日ということもあって少しだらしない格好だ。
「あなた、ご飯できたけど食べる?」
「あー、さっき間食でプリン食べたけど、お腹空いてるから食べるよ」
「「え?」」
「ん? どうかしたのかい、2人とも?」
犯人が発覚した。
◇
「うわ、雨かよ」
六月某日。
授業を終えた俺は帰路に就こうと玄関前までやってきたのだが、お生憎今日は晴天とは程遠い雨空である。
しかも時雨のような雨ではなく、土砂降りと表現するほどの大雨だ。
天気予報では晴れって言ってたんだが、まあ梅雨の季節では時々あるようなことだ。
しかし案ずることはない。
それを見越した俺は、ちゃんと学校に置き傘をしているのだ!
もし突然の雨天に晒されようとも問題のないように、しっかりと対策をしていたのである! 決して、学校に傘を置き忘れたとかそういうのではない。
——俺はあ・ら・か・じ・め学校に置いてあった自身のビニール傘を手に取る。
「おっと、ちょ~っとまちな、カケル」
「ん? あっ、林太」
目の前には靴箱によりかかり、何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべた林太が静かに佇んでいた。
「カケル、おまえのカサは、それか?」
「え? まあ、そうだけど……」
なんか林太のテンションおかしくね?
「ビニールがさ、か。——ふっ、セントーリョク3だな」
「どこぞのサイヤ人兄貴かよ」
ってか、傘に戦闘力も何もねえだろ。あるのは防水性能だけだ。
「そんなんじゃだれにもかてないぞ」
「まず戦わないから」
「くくく、とくべつにオレのセントーリョク53万のカサを見せてやるよ」
「話聞けよ」
不敵に笑いながら、林太は傘置き場にあった一つの傘の柄に手をかける
53万ってフリーザ様に匹敵するレベルの傘ってことかよ。強すぎんだろその傘。というかそんな傘持ってどうすんだよ。ナメック星でも滅ぼすのかよ。
「オレのカサ(ソード)はこれだぁ!」
伝説の剣を引き抜くように、取り出された一本の傘。
それは2007年現在で流行っている戦隊ヒーローのキャラがプリントされている傘だった。日用品店じゃなくておもちゃ売り場に売っている奴だ。
「どうだオレのカサ! かっけぇだろ!」
「あ、うん、そだね」
林太は見せびらかすように室内で傘を開く。
通称戦闘力53万傘は、使用感が全くと言っていい程に無く、持ち手にはまだ値札が付いたままだ。買って間もない証拠である。
どうやら彼は俺に買ったばかりの傘を自慢したかっただけのようだ。
まあそれを見せられたとて、俺が羨ましがることはない。戦隊ヒーロー好きはとっくの20年前に卒業している。
「カケルがどーしてもっていうなら、このカサにいれてやらないこともないぞ?」
「いやいい」
自分の傘あるし。あとこの歳でキャラ物の傘はキツイ。ついでに男同士の相合傘もキツイ。
——とりあえず、林太の傘を見た、というか見せられたことだし、帰るとしよう。
踵を返し帰路に就こうとした。その時——。
「ふっ、ケンジーレンジャーのカサか。まだまだだな」
「な、なにぃ!」
突如現れた刺客、みたいなノリでまた一人傘自慢をしたいと思われる児童が姿を見せる。
そこには他クラスの男子三人集団がゲームのラスボス感漂わせ、仁王立ちで構えていた。
え、この茶番新キャラ登場させてまで続くの?
「じゃ、じゃあ、おまえのカサはどんなのなんだよ!」
このテンションに呑まれている林太は相変わらずこんなテンションだ。
「ふっ、そこまでいうならみせてやろう」
あっちもあっちでなんかノリノリだし。
彼はわざわざ見えないように背中で隠した傘を取り出し、自慢しようとしていたであろう傘の姿を露わにする。
「な!? それは……!?」
林太が目をむくその代物は、取っ手の部分が日本刀の柄になっている傘だった。アレだな、北海道の洞爺湖とかでよくお土産として売られている傘だ。木刀とかの隣に置いてたりするアレ。
「これはキタのチへたびに行ったときてにいれた」
他クラス少年の言葉を翻訳すると「北海道に旅行へ行ったときに買ってもらった」である。
確かに小学生の頃はあの日本刀風の傘が滅茶苦茶欲しかったな。今となっては何故欲しがっていたのか全く分からないけど。
「す、すごい……! あのカサ、セント―リョク100オクマンはあるぞ!?」
スカウターが粉々に壊れそうなほどに高い戦闘力を叩きだした日本刀風傘に林太は戦慄する。
それより百億万ってどんな桁だよ。小学生の頃よく言ってたけどさ。
——というか俺早く帰りたいんだけど……、雨強くなってきてるし……。
なかなかこの盛り上がりの終息が見えず、正直飽き飽きしていた。
「ふっ、それにくらべてケンジーレンジャーカサはまだしも、ビニールガサなんて……くくく」
キャラ設定が謎な他クラス少年が、子悪党みたいに俺の傘を嘲笑う。
いやビニール傘舐めんなよ、コスパ最強だぞ。
「おい! カケルのカサをバカにすんのはやめろ!」
俺を庇って林太が反論を始める。
おおいいぞ林太、もっと言ってやれ。
「たしかにビニールガサはザコ中のザコだけど!」
お前もそっち(見下す側)かよ。
どうやら小学生の傘ヒエラルキーにとってビニール傘は最底辺らしい。
「あっ、翔くん」
俺が見下されるという構図が出来上がっているタイミングで、日直で遅れた水井さんが玄関前にやってきて、俺の元へと駆け寄ってくる。
「あ、み、ミズイ……。よ、よぉ」
変わらず水井さんの前では借りてきた猫も同然の林太である。
「水井さんも今帰り?」
「うん。だけど、傘が壊れちゃってね」
そう言って水井さんが持っている傘を見せると、それはもう見事なまでに壊れていた。骨組みがバキバキになっていたとかそういう次元じゃない。真っ二つにへし折れていた。
「……ど、どうやったらこんな風に壊れるの?」
「登校の時壊れちゃって」
「朝は晴れてたよね」
「私の家の方面は土砂降りだったよ」
「同じ地区でそんなに天気違うことある?」
絶対人為的に壊れた、っていうか壊したよね? じゃないと辻褄が合わないような破損の仕方してるから。
「じゃ、じゃあオレのカサにはいっていけよ!」
ここぞとばかりに積極的になる林太。
「いやそれよりもオレのニホントウガサに!」
「いやオレの!」
「いやいやオレの!」
傘自慢をしてきた他クラス少年以外にも、さっきまで一切口を開いていなかった少年二人までもが水井さんに自身の傘に入るように提案する。
今まであまり実感なかったけど、やっぱり水井さんってモテるんだな。
どこか他人事のように四人の少年らが水井さんを奪い合う現場を傍観する。
だが多分、流れ的にそうは問屋が卸さないのだろう。
「翔くんの傘に入るから必要ない」
バッサリと一刀両断する。……惨い。
水井さんの傘が真っ二つにへし折れているのを見た時点でこの事態は予測できた。
「じゃあ一緒に帰ろ♪」
「え、あ、うん」
腕に抱きついてきた水井さんと共に、俺は傘をさして歩きだす。
「「「「……………」」」」
相合傘で歩く2人を見て、少年たちはその場に立ち尽くす。
少年らは齢七歳でモつ者とモたざる者の差と、それによる敗北を知った。




