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姉弟関係

ようやくお楽しみ会が終わりました。胸がすく思いです。

「…………ほへ?」

 意外な人物の名前に、間の抜けた声が出る。

 それはあまりに馴染みのある固有名詞だった。

 俺が第一の人生を歩んでいた時から聞いてきた名前だったのだから。


 糸崎優愛、俺の姉だ。

 俺とは犬猿の仲の、姉だった。


「よりによって姉貴かよ……」

 悔しさはない、なんて言ったら嘘になる。

 だって一番欲しいものをよりによって一番嫌いな奴にかっさらわれたのだ。

 ここが公の場でなければ、血涙を流しながら地団太を踏むぐらいには悔しがっている。

 ——壇上にて表彰される姉貴とそのペアの人に、周りが盛大な拍手を送る中、俺は素直に祝福できる心境にはなかった。


「優勝したのって、も、もしかして、糸崎くんのお姉さん?」

「……え、ええ、……まあ」

 あれを姉だと公言したくない複雑な弟心が答えを鈍らせる。

「よ、良かったね。お姉さんなら賞品を譲ってくれるかも——」

「天地がひっくり返ってもあり得ませんね」

「そんなに!?」

 田島くんなりのフォローなのかもしれないが、それだけは絶対ない。


 田島くんはあの糸崎優愛という人物を知らなすぎる。

 もし俺が姉貴の持っている教材を欲しがっているなんて知られれば、もうそれはカタストロフィー(世界の終わり)の始まりだ。

 そうなった日には、教材を楯にあれやこれやを俺に命令し、もうそれはそれは馬車馬のように働かされ、基、こき使われることだろう。絶対権力を持った暴君のように、善良市民の俺をいじめ倒すに決まっている……!

 そうなることだけは絶対にダメだ。天が許しても神が認めようとも、弟の俺が許さん。

 

あの残虐無非なる女に優位な状況を作ってはならない。俺が三十年近く生きてきた中で学んだことの一つだ。

 俺はこの欲望を絶対に秘密にすると心に誓う。

 家ではボロを出さないように気を付けないとな……。


「で、でも、仮にも家族なわけだし……」

「あり得ませんね。あの人格破綻者に優しさという成分など一グラムも詰まってはいませんよ。ましてや、俺に対してなんて、天変地異が起きてもそれだけは起こりえない話です。——ホント、あんな有害危険生物指定された狂暴凶悪メスゴリラが姉なんて、俺はとんだ不幸者ですよ。まったく……」

「ほぉ、お前はわたしをそんな風に思っていたのか。愚弟」

「ええ、そうですとも。あのメスゴリラにはほとほと————…………」

 …………。

 ………………。

 古びたネジを回すようなギギギと金属が擦れ合う音を奏でながら、俺はゆっくりと後ろを振り返る。


 そこには、メスゴリ——、俺の姉がいた。


 ——突然だがみんな、悪いが俺は今から殺される。

 いるとは到底思えないが、もし俺の心を読めている奴がいたら、死後俺の母さんと父さんには「犯人はあなた方の娘です」と密告してくれ。


 死を悟った俺は、誰にも聞かれることはないであろう遺言を心の中で残す。

 嗚呼、実に短いセカンドライフだった……。

 先立つ不孝に許しを請いながら、俺はノーガードで姉貴の殺人暴力を受ける覚悟を決めた。

 抵抗するだけ辛くなるだけだ。潔く死のう。

 そう悟った時だった——。


 バンッ!


 と、強烈な衝撃が俺の顔面を襲う。

 強い衝撃に一瞬くらっとなったが、そこまで痛くなかった。


 おかしい。いつもの姉貴の全力正拳突きに比べれば屁でもない威力だ。

 それに、ほぼ毎日のようにグーパンチをくらっている俺ならわかる。

 明らかに人の拳で殴られた衝撃ではなかった。

 平べったく、重量感のある何かだ。


 俺の顔にぶつけられた何かは、そのまま重力に従って自由落下を始める。

 地面に落ちる前に、何とか反射でその何かを掴む、というより抱きかかえた。

 それぐらいの重量と重さがある物だった。


 抱きかかえたそれに、視線を移す。

 それは、——姉貴が優勝賞品として貰った教材一式だった。

 いくらちょうどいい鈍器があったからって投げつけんなよ。と姉貴の手癖の悪さに悪態をつきたくなった時だった。


「やる」


「……………………は?」

 到底信じられない二文字が姉貴の口から飛び出した。

 やるって、くれるって意味なのか? 「殺る」の間違いじゃないだろうな?

 あまりの信じられなさに、聞き間違いか言葉の綾を疑う俺。


「お前それほしがってたんでしょ。だからやる」


「……………」

 ——しかし、聞き間違いでも言葉の綾でもなさそうだった。

 あの冷酷非道、特に俺に対しては非人道的暴力しか振るってこないあの姉貴が、俺にプレゼントをした。


 姉貴は勉強が嫌いだし、中学教材なんて微塵もいらないだろうけど、俺の知る限りの姉貴なら弟にやるくらいなら売っぱらうか捨てるかのどちらかを選択する。

 それは、あまりに、到底、信じられなかった……。

 もうただ唖然とするほかない。言葉もない。

 俺は顔面をぶん殴られるよりも衝撃的な出来事に、打ちのめされていた。


「そんだけ」

 ぶっきら棒に、愛想のあの字も無いような態度を取って、姉貴はさっさと退散した。

 本当に、俺に教材をあげに来ただけだった。

 唐突な優しさは理不尽な暴力よりも衝撃を与える。


 俺は何が起きたか理解できず立ち尽くしていた。


                  ◆


「…………」

 閉会式も含め全てのプログラムが終了し、無事お楽しみ会を終えたその日の夜。

 俺は家に帰宅後、せっかく手に入れた中学教材に手も付けず、リビングのソファで天井を眺めていた。


「…………マジで意味わかんねえ」

 何が、なんて聞かずともわかるだろう。

 あの言動は間違いなくおかしい。どうかしている。意味不明だ。

 もう思考を投げ捨てたくなるような理解不能な行動に頭が痛くなる。


 だが考えずにはいられない。

 仮にも身内だ。身内の人格が変わったら落ち着いてはいられない。

 でも本人に問い質すのも、なんかなぁ……。

 現在の姉貴と話すのは嫌だ。正直不気味。


 それに……、なんか……、すごく……、——嫌な気分だ。

 まるで置いてけぼりにされたような、不安と焦燥感が混合した負の感情。

 モヤモヤを抱えたまま悶々としていると、


「アンタまだ起きてたの? いい加減に寝なさいよ」

 洗面所からパジャマ姿の母さんが出てきた。

 時刻は10時半。よい小学一年生はベッドに就く時間だ。


「……うーん」

 もっともな忠告に対して、俺は生返事で返す。

明らかに右から左へ言葉が流れているのがわかった母さんは「もぉ……」と小さく嘆息する。


「夜更かしすると大きくなれないわよ。優愛だってもう寝てるんだから」

「…………」

「こらっ、聞いてるの? 早く自分の部屋に——」

「母さん」

 母の忠告を遮り、俺は少しの期待を抱いて問う。

 母さんならあるいは応えだしてくれるかもしれない、問いを。


「人ってどうしたら変わるの」


 脈絡もない哲学的な問い。

 明確な答えなど存在するはずもない抽象的な問いだ。

 母さんからすれば意味の分からない質問だろう。

 しかも小学一年生の息子に聞かれれば、ポカーンとするはずだ。少なくとも俺はそう予想していた。

 しかし、母さんは違った。


「……そうねぇ」

 特に質問に対して言及するでもなく、考え始めた。

 そして、簡潔に、小学一年生にでもわかるように答える。


「周りの人が変わるから自分も変わる、かしらね」


 一概には言えないことのため、断言ではなく不明瞭さを残してそう言った。

「つまり内的要因じゃなくて外的要因で変わるってこと」

「まあ、そうだけど……。アンタ随分難しい言葉知ってるのね?」

「えっ? あ、あー、ま、まあ、勉強してるしね」

「ふぅ~ん、そうなのね」

 かなり雑な言い訳だがなんとか通った。

 やはり小学一年生を演じるのは難しい。


「——もしかして、この質問してきたのって、お姉ちゃんが関係してる?」

「っ! な、なんで……?」

 あまりに的確に的を射た発言に、驚きのあまりソファから飛び起きる。


「まあ、昨日一昨日くらいからアンタたちあんまり喧嘩しなくなったじゃない? 今まで顔尾を合わせる度に喧嘩してたのに、最近は殴り合いどころか言い争いすらなかったし。それで、なんかおかしいなー、とは思っていたのよ」

「……そっか」

 確かに、あれだけ毎日飽きずに喧嘩をしていた俺と姉貴がめっきり喧嘩をしなくなったら不自然に思うのも当然か。

 しかし、俺の問いからその事柄との因果関係を見出す母さんの慧眼には恐れ入る。

 

「——なんか、さ。姉貴変わったじゃんか。丸くなったっつうか、大人しくなったっつうか」

 まるで牙をもがれた肉食獣のように、今まで嚙みついてきたのが嘘に思えるほどの落ち着きようだ。

 最早人格が丸々変わってしまったみたいに……。

 そう考え込む俺を見て、母さんが口を開く。


「…………アンタ、もしかしてお姉ちゃんが変わっちゃって寂しいの?」


「なぁ!?」

 名誉棄損レベルの発言に、夜中であることを忘れて声を上げてしまう。

「な、なわけないじゃん! アレが変わって寂しがるとか……、むしろこっちは清々してるくらいだ!」

「はいはい、わかったわかった」

 何故か小さく笑みを浮かべる母さん。

 ツンデレったわけじゃないからな! 断じて!


「……まあでも、優愛が変わったとしたら、それは多分翔が理由だと思うわよ」


「お、俺?」

 何故姉貴の変化に俺が関わってくるんだ? 俺は特になんもしてなんか……。


「翔さ、最近変わったじゃない? 一か月前くらいから。今まで好きだったオモチャに興味持たなくなったり、逆に嫌いだった勉強は自分からするようになったり、好きな食べ物とかもまるっきり変わって、まるで別人になったみたい」

「……そ、それは」

「別に翔を責めているわけじゃないわよ。どうして変わったか聞くつもりもないわ。男の子には突然変わっちゃう時期があるんだってお父さんも言ってたから。——ただ、さっきも言ったでしょ? 人が変わるのは周りの人が変わるからだって」

「……」

「自分から変わるって大変なのよ。人は一人じゃできないことが多いから、周りと同調……真似をして変わったり成長したりするの。優愛にとってのその周りが、弟である翔になったと思うのよ」

「…………」

「納得できない、って顔してるわね」

 相変わらずの勘の鋭さで俺の心の中を読む。


「しっくりこないかもだけど、そういうものなのよ。アンタがお姉ちゃんの変わった姿を見て寂しがるように、お姉ちゃんも翔が変わる姿を見て、何かを思って変わったんじゃないかしら。——姉弟っていうのは、そういうものよ」


 ……母さんの言う通り、しっくりはこなかった。

 けど、それを聞いて心の中のモヤモヤは晴れていた。


「……別に、寂しいとかじゃないし」

「はいはい、そうですか」

 母さんは相変わらずほくそ笑む。

 

 

親とも友人とも違う、姉弟という関係性はどうしても形容しがたい。

 好きでは全くない。親に対する感謝の念的なのも微塵もない。正直憎たらしいだけ。うちの姉弟関係だと特に。

 ……だが、それだけでは断じることができないのが、この関係の厄介なところだ。


 追い抜かしたいようで、追い抜かされたくないようで、でも並んで走りたいようで、……本当に…………厄介だ。

 天邪鬼で不明瞭極まりない感情が渦巻いている。


「…………バカ姉貴」

 ポツリと理不尽に愚痴を呟いてみた。


 乱暴で狂暴で理不尽なクソ姉貴。

 死ぬほど嫌いだが、……何故か心の底から拒絶できない。



 きっとそれは、姉弟だからだ。




次回はとうとう二年生へと進級! 新ヒロインも登場予定です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー、新ヒロイン····· [気になる点] 新ヒロインかぁ·····そうなるとさ····· [一言] ヤンデレさんが黙ってるはずないよなぁ·····
[気になる点] 新ヒロイン? あのヤンデレがそんなの許すわけないのにねー。 [一言] お姉さま!
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