行動不能
遂に幕が上がったお楽しみ会。
教室や体育館などのあらゆる学校施設を利用し、教師が作った千差万別な課題をクリアして行き、より多くのポイントを得て競い楽しむその行事。
校長の長話や、優勝賞品の残念さなどで、盛り下がる場面もあったが、やはり行事は行事。楽しいものは楽しいのだ。
よって、児童らも前座のマイナス面はさておき、お楽しみ会のスタートには大いに沸いたのである。
しかし、当の俺は、最悪なスタートを切っていた。
「やっぱ僕にこんな行事向いてないんだ……。もう嫌だ……。帰りたい……」
「…………マジどうしよう」
思わず声が漏れるほどには、困惑していた。
お楽しみ会スタートして約一分。
各々のペアがスタートダッシュを切って、課題のある場所へと向かう中。俺は未だにスタート地点の一階多目的ホールから動いていない。
というか動けないのだ。この人のせいで。
俺はホールの隅に体育座りでうずくまっている田島くんを見つめる。
丈塚さんのおかげかあまり怯えた様子ではなさそうだが、相変わらず後ろ向きなところは変わってない。というかむしろ悪化してるし。
「と、とにかく、行きましょう! ここでじっとしていても始まりませんから」
行動しなければ結局のところ何も始まらない。
お楽しみ会はずっと続いてくれるわけではないのだ。
ここで延々無為な時間を過ごして終了なんて言う最悪な終わり方だけは避けたい! マジで!
「ほらっ、行きますよっ!」
多少強引になってでも連れていくしかない! 課題の一人参加は認められていないのだから……!
俺が田島くんの腕を引こうと力を入れるも、
「…………」
「…………おい」
ぐっ、と逆方向に力を咥えられて俺は彼の体を動かすことができない。
こ、コイツ、抵抗してやがる……!?
「早くしてください。時間ないんですから」
少々冷たい言い方だが仕方あるまい。
こちらも切羽詰まっているため優しく接してやる余裕がない。
「……い、いやだ」
「はい?」
「い、行きたくないもん……」
「……」
か細い声で彼は抵抗、もとい駄々をこねる。
…………。
うんうん、なるほど、行きたくないかぁ。
そっかそっかぁ~。そうなのかぁ~。
それなら仕方——。
「ないわけねえだろとっとと来いやぁあああああッッ!!!」
キレた。ブチギレた。
何なのコイツ! マジ腹立つ!
小学生だからって嫌の一点張りが通用すると思うなよ! 大人舐めんなやボケェ!
もう無理矢理でも連れてってやる! 地面引きずり回してでも連れてってやるぞッ!!
俺は力の限り田島くんの腕を両手で引っ張り、力づくで連れてこさせようとする。
「い、いやだいやだ! い、行きたくないもん!」
しかしまだまだ田島くんは抜けません。
彼も彼とて必死の抵抗を見せていた。
往生際が悪すぎる! 黙って引きずられろや!
ってか、そんな抵抗する元気あるならお楽しみ会に参加しろ! 少しは逆の方向に元気のベクトル向けろ!
苛立つ俺と、抵抗する田島くん。
誰もいない一階多目的ホールで、俺らは激しい攻防を繰り広げていた。
そして、そんな不毛で無意味な戦いは五分間も続き、最終的には——。
だ、ダメだ! 全然動かねぇ!?
あれから五分間全力を喫して田島くんの体を引っ張っているが、未だに彼を元の定位置から動かすことができていない。
この俺が根負けしそうだった……。
田島くんがものすごいタフで怪力なため勝てないのではない。ただただ純粋な肉体年齢の差だ。
いくら俺が体を鍛えようと、五年という月日の差はあまりにも大きすぎる。
故に勝てん! 全く勝てん!
な、なんか、俺まで挫けてしまいそうだ……。
嫌な方向で頑固な彼に、俺は若干諦めモードに入ろうとしていた。
——い、いや、そんなわけにはいかん!
ここまで来たら俺も食い下がることはできない!
俺にだって譲れない物(優勝賞品)があるのだから!!
しかし、一体どうしたものか。
正直なところ力押しで勝てる気はしない。
いくら俺が28歳のナイスガイでも、肉体は所詮小学一年生。一方の田島くんは、六年生。
抗えない年齢差が存在する。流石の俺も、5歳差の筋肉量をこの数時間で埋められる自信はない。というか、物理的に不可能。精神と時の間とかないと無理!
よって俺は武力以外の手段で説得、もしくは恐か、……交渉してどうにかしよう!
こちとら三十年近く生きているんだ。いい策略の一つや二つくらい——。
——まあ、当然思いつかないよね。
うん、わかってた。こういう流れでいい考えが思いつくほど優秀じゃないもん俺。そんな優秀な人間だったら俺はやり直すべき人生を歩んでなどいない。
いやぁ、我ながらよく自分のことを理解していらっしゃるなぁ、俺は!
嫌な方向で自己理解と自己分析能力が高い俺を自分で褒める。通称自画自賛。
って、そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃないんだよなぁ、ホント……。
マジでどうしよう。正直手詰まりだ。
何かやる気が出るような言葉とか物で釣ろうにも、俺は田島くんのことは何も知らないし、例え知っていたとしてもそれを提供できるかどうかなんて確証はない。
おっと、こんなことを考えるのはよそう。ない物ねだりでしかないからな。
俺は田島くんとは初対面なのだ。幼馴染の丈塚さんとは違って——。
ん? 丈塚さん?
俺はその固有名詞で、とある悪知恵、もとい妙案を思いつく。
「うぅ……、早退したいぃ……」
「田島さん田島さん」
俺は変わらずホールの隅で体育座りしている彼に話しかける。怖がらせないようしゃがんで目線を同じにする。
「せっかくのお楽しみ会ですし、一緒に頑張りましょうよ。ペアの田島さんが一緒に来てくれないと俺はこの行事に参加できないんですよぉ」
「で、でも、僕が行ったってなんもできないし……」
「そこを何とかお願いしますぅ~。一緒じゃないと俺とても困るんですぅ~」
「そ、そんなこと言われても、む、無理だよぉ……」
やはり手ごわい。この感じだと土下座しても泣き落としでもダメだろう。
……だが、ここまでは計算通り! 俺の本命はここからだ!
「……そうですか。なら仕方ないですね」
俺が諦めた様子で立ち上がり、ハァと溜息を吐く。
すると、ようやく手を引いたと思った田島くんはホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「それなら——」
しかし俺は、立ち去るのではなく、言葉を続ける。
そして、
「丈塚さんにこのことを報告するしかありませんねぇ~」
「ぴゃッ!!??」
俺が口にしたその人名に田島くんは変な悲鳴を上げるほど驚き恐れている。
ふふふ、効いてる効いてる……!
別にやる気を出す方法は必ずしもプラスの何かじゃないといけないことはない。危機感や恐怖もまた人のやる気を向上させる。
そして、俺は唯一田島くんの情報として知っているものがある。
それは、彼が丈塚祥子を恐れていること!
これをうまく利用すれば、彼は否が応でもお楽しみ会に前向きになる。
くくく、我ながら妙案なり!
えっ、卑怯だって? ——ああそうさ、卑怯だともッ!!
他人の名を借りて私利私欲に利用する。大いに卑怯なことだ。
だが良い! こちとら手段を選べるほど利口な人間ではない! 利用できるものは何でも利用してやる!
これも知略のなせる業! 頭脳イズ正義! フハハハハハハ!!
もはや悪役としか思えないあくどい笑みを浮かべながら、心中で高笑いする。
「きっとそれを知った丈塚さんはさぞお怒りになられるでしょうなぁ~」
「うっ!?」
「お怒りになった丈塚さんは、それはもう鬼のような形相で田島さんを叱責し、しまいには……」
「ぐぅッ!?」
俺の言葉が見事に田島くんの恐怖心に突き刺さり、彼は身もだえる。
グハハハハハ!! もがけ!! 苦しめぇ!!
完全なる悪と化した俺は留まることを知らず、更なる追い打ちをかける。
「それはもう、目も当てられないほど酷い目に遭うでしょうねぇ。田島さんが」
「……う、うぅ」
うなだれる田島くん。それを見てニヤリと笑う俺。
そうして、遂に——。
「…………わ、わかった。や、やります」
田島くんは俺の前に屈したのであった。
我、勝利なり!
こうして、俺の悪知恵、——知略により、お楽しみ会のスタートを十分遅れ出来ることができたのだった。




