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行事前日

 小学生の全学年に共通する学校行事。

 運動会や学習発表会など様々なものがある。

 全学年合同のお楽しみ会もまたそのうちの一つだ。

 

「おたのしみかい?」

「なにそれー?」

 当然、小学一年生のクラスメイトらにとっては初めて行う行事である。首を傾げるのも無理はない。といえなくもないのだが、実は今週の初め既にお楽しみ会を告知するプリントが配布されており、先ほど言った先生の発言が初耳ではないはずなのだ。

 まあ大方配布されたプリントにはあまり目を通さず、そのまま親に渡すというのがほとんどであろう。先生も「親御さんに渡すように」と言っていたからな。

 そんな訳でちゃんとお楽しみ会の内容を理解できているのは、配布されたプリントにきちんと目を通している児童、それと前の人生にて既に六回もそのお楽しみ会を体験している俺くらいのものだ。


 「行事」なんて部類に入れられているから一大イベントなのではないかと身構えてしまうかもしれないが、実際のところ全学年で行うお遊びの延長のようなものだ。もしくは学校祭の簡易版と表現してもいい。

 学校内に教師陣が制作設置した遊具やクイズを用いて課題を設定し、時に体、時に頭を使って、いくつもあるそれをクリアしていくというイベントだ。

全学年合同ということで他学年との交流をメインにしたイベントである。もちろん同学年だけで行う行事ではない。

といっても他学年自体が交流するというよりは、他学年の個人が交流するような形だ。

 俺たち一年生は六年生から一人ずつペアを作って、二人組でそれらの課題をクリアしていく。ちなみに、二年生は五年生と、三年生は四年生とペアを組む。パワーバランスが高学年に偏りがちなため、それを可能な限り均衡に保つための組み合わせだ。

そして、最終的にクリアした課題が最も多かったペアが優勝となる仕様だ。


 用意される課題は年度ごとによってまちまちで、しかもどのような課題が用意されるかの詳細は当日に初めて発表される。如何せん二十年以上前の記憶なのでどの年度にどの課題が用意されたかなんて記憶に残っていないため未来から来た俺にもわからない始末だ。

 だがこんな遊びでまでズルしたいと思うほど、俺は汚い人間じゃない。

この行事はあくまで児童が楽しく遊ぶためのもの。優勝という制度が用いられているのも、児童たちの向上心をあおるためのものでしかない。

 そんな中でタイムリープしたことを良いことに、ズルしまくって優勝をもぎ取る奴がいたら興が削がれるというものだ。


「なあなあ」

先日の席替えで俺の1つ前の席に移った林太が体をひねり、声をかけてくる。

「お楽しみ会って2人ペアなんだよな?」

「ん、そうだな」

「ならいっしょに組もうぜ!」

「お前がプリントをちゃんと読んでないことがわかったよ……」

まあ林太の性格からして、ちゃんと読んでいるとは思っていなかったけど。


「お楽しみ会は来週の月曜日に行います。土日にしっかり休んで、また元気に登校できるようにしましょう」

 帰りの会にて、先生が締めの言葉を言うと、日直の「起立」という合図とともにクラスメイト全員が立ち上がり「さようなら」と声を合わせる。

教材が詰まったランドセルを背負い、教室を出る。

学校が嫌い、という訳では無いが、やはり金曜日の放課後は解放感があるな。

 さて、せっかくの土日だ。有意義に使うとしよう。



 ……とは言ったものの、いざ休日が始まるとすることがないな。

 家庭学習と運動が一段落したところで何をするでもなくソファに寝転がり、小休憩をしている。脳と体を一日で長時間稼働させるのも、日課になってしまえば思いのほか苦ではない。人間の適応能力の高さを改めて実感する。

 それらに適応できたことは良いものの、問題は休憩時間の退屈を紛らわす術がないということだ。


 休日の昼間のテレビではさほど面白い番組はやっておらず、ゲーム機と名のつくものは生憎うちには置いてない。休日は友達と遊ぶのが主流な小学生だが、俺にはその肝心な友達が二名しかいないのだ。

林太は今のところ一度も家に来たり、遊びに誘ってくれたことはない。もしかして友達だと思っているのは俺だけなのではないかと時々不安になる。そんなに不安なら自分から遊びに誘ったりすればいいのだが、それができるようなら俺は二十八年間もボッチをやっていない。事交友関係において俺は受け身の姿勢しか取れないのだ!

 と、何故か偉そうにふんぞり返る俺。自分で思っていて悲しくなってきた……。

 もう一人の友達もとい水井さんは音信不通、……ということは一切なく、むしろ音信多数といった感じだ。文字通り。

 というのも、休日になると彼女からの電話が時々、いやかなりの高頻度でかかってくる。そのほとんどの電話内容は「今何している」とか「今何思っている」とか「今誰のこと考えている」とか、そんな事情聴取並みに根掘り葉掘り俺の現状を聞いてくるようなものだった。代り映えのしない休日を過ごしているため答える内容は毎回似たり寄ったりな物なのだが、彼女は飽きずに毎回多くて五回少なくても三回は一日で電話をかけてくる。

 俺の現状なんて聞いて何が面白いのだかさっぱりだ。

 

 ——まあそんな訳で現在俺は暇をつぶせる娯楽媒体も遊ぶ相手もなく、絶賛退屈を満喫中である。

 そろそろ休日にハマれるような娯楽を探す努力もするか。

 本来なら休日に遊べるような友達を作る方向で努力すべきなのだが、ベテランボッチの俺にその発想は浮かばなかったのだった。

 そんなこんなで、ボーっとソファに横たわっていると。


「おい愚弟」

 相も変わらぬ蔑称。

 俺が声の主に視線を向けると、袖なしシャツに半ズボンとお洒落のおの字もないような恰好をした俺の姉がいた。

「……なんだよ姉貴」

 オレンジジュースのラベルが貼ってある空の1.5Lペットボトルを持っていることから、大体の要件は予想できる。


「ジュース空になった。買ってこい」

「……」

 案の定の使いパシリだった。

 ここで大人しく引き受ければ殴られたり絞め技をくらわされたりする羽目にはならないのだが。

「嫌だ」

 だが断るッ! この俺が最も好きなことの一つは姉貴の命令に対してNOと言ってやることだッ!

 ……なんて某有名マンガっぽく言ってみたが、つまるところ俺は姉貴の言うことに従うのが癪なだけだ。

 確かに今俺は暇を持て余しており、ジュースを買ってくるというのは時間を潰すにはちょうどいい事象である。

 だがしかし、それよりも姉貴の言うことに従うのが嫌だ。誰に何といわれようとも嫌だ。

 お前は子供か、と罵ってくれて構わない。実際肉体年齢は六歳の子供だし(開き直り)。


 あーあ、どうせ理不尽な暴力をくらわされるのがオチなんだろうなぁ。

 わかっているなら大人しく引き受ければいいのにとつくづく思うよ。だが断らずにはいられないのだよ。弟だから。

 全く以て謎な根拠を述べながら、俺はとんでくるであろう拳に備えて歯を食いしばる。

 だが、


「……あっそ」


 姉貴は、それだけ言ってその場から立ち去る。

「え!?」

 俺にとっては天地がひっくり返ったほど衝撃的な出来事に、思わず横になっていた体を起こした。

お、おかしい……。いつもなら言葉より先に手が出る姉貴が、今日に限っては引き下がるなんて。

何か裏があるのではないかと疑い、姉貴の動向を傍目から見てみるも、彼女はそのまま自分の足でジュースを買いに着替えて家を出て行ってしまった。

い、一体何が起こっているんだ?

天変地異と同等の衝撃に見舞われた俺は、唖然として姉貴が消えていった玄関を眺めている。

朝起きたら小学一年生に戻っていたことや、実は水井さんが電波少女であったことに並ぶほどの衝撃的な事象に、俺は打ちのめされていた。

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