遊戯活躍
俺がこの遠足で最も楽しみに、と言うよりは期待していたイベント。
——鬼ごっこ。
鬼ごっこと言っても、こおり鬼やかげ鬼その他にバナナ鬼など様々な種類のものがあり、一概には言えない。
今回行うのは鬼ごっこの中でも比較的シンプルな、「増やし鬼」である。
最初に既存の鬼が4人、逃げる者がその鬼にタッチされればその者は鬼になる。ちなみに鬼は紅白帽の赤を表にして被り、逃げる側は白を表にして被る。
名称通り鬼が増える鬼ごっこ。
その他の鬼ごっこと違い復活制度がなく、時間が経てば経つほど逃げる側が不利になっていく仕様である。
制限時間は設けられていないが、木々が生い茂った隠れられそうな箇所は鬼ごっこ中は立ち入り禁止エリアとしており、平地のみでの鬼ごっことあらば全員が鬼に捕まってしまうのにそう長い時間がかかることはあるまい。
「くれぐれも遠くに行ったりしないように。――それじゃあ、鬼ごっこ始めっ!」
実里先生の合図とともに、逃げる側の20名強とその50メートルほど後方にいる鬼の4人が一斉に走り出す。
鬼と逃げる側で約1:5といったところだ。いきなり初っ端から狙われることはないだろうと高を括る。
序盤で捕まってしまったら俺の期待は無に帰ってしまう。
そう、今回の遠足で俺が最も鬼ごっこというレクリエーションに期待していた理由。
それは——、俺にとって唯一活躍できそうな場だからである!
ドッヂボールが投げるのを得てとした人間の独壇場なら、鬼ごっこは足の速い人間の独壇場だ。
絶え間ない努力により、クラス最速の今井君と互角で、今もなお高度経済成長並みに躍進を遂げている俺は間違いなく小学一年生の中では足が速い部類の人間に当てはまる。
だが、それだけとも言える。
足が速い、ということはどの競技にも重宝される優れた能力ではあるが、その一点のみに秀でているだけとなると活躍が見込める競技は限られる。
サッカーをするにも、野球をするにも、走るという動作以外に蹴ったり打ったりと他の動作をしなくてはならない。
走り単体で済むのは陸上競技以外に思い当たらない。砲丸投げ等は除くが。
それは競技に関わらず遊びにもそうだ。
ドッジボールにしたってそうだ。
投げる能力だけではなく、ボールをキャッチ出来たり回避出来たりする能力は少なからず必要だ。
ある一点のみが秀でていて、それだけで他の追随を許さぬほどの活躍をできる競技や遊びは少ない。
——しかし、少ないだけで無いわけではない。
「へへっ! 捕まえてやるぜ糸崎!」
鬼の一人がこちらに向かって来た。
足が速いということで認知されている俺だ。
俺を捕まえて周りに自慢したいという輩がいてもおかしくはない。
だがっ!
「なっ!?」
鬼であるクラスメイトよりも速いスピードで駆け抜け、距離を遠ざける。
——鬼ごっこ。しかもフィールドが遮るものがない見晴らしのいい場所となればもはや必要とされるものは一つと言ってもいい。
足の速さ。これに尽きる。
体力や状況判断能力も含めれば一つではないが、必要とされる動作としては一つのみである。
第一、体力も状況判断も毎日体力作りを行っており尚且つ中身が大人の俺なのだ。それらの能力で俺が小学一年生に劣る道理はない。
今回の鬼ごっこは足の速い人間の独壇場——いや、もはや俺の独壇場と言ってもいい!
まさに俺が活躍するのには持ってこいのレクリエーション。
だから遠足のしおりを見た時点で俺は既に期待していたのだ。
ここならば、体育の50メートル走時と同様の注目を浴びることができるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていたのだ。
さぁ! 俺の期待に応えるため全力で掛かってくるんだ鬼諸君!
そして俺に注目してくれ!
切実な願いとともに俺は平地を駆け回る。
「さいしょに足のはやい糸崎をつかまえるぞ!」
「おう!」
「ふぉーめーしょんあるふぁ、で行くぞ!」
既に鬼に捕まり紅白帽を白から赤に被り替えた者たちが三人程、結託して俺の確保に向かうも俺のスピードについていけずに取り逃がす。
フォーメーションαは難なく破られたのだった。
チームワークをうまく利用して取り囲めば勝算は十分あるのだが、目先の人間を追うことで頭がいっぱいになってしまっている小学一年生であるクラスメイトの脳内には「連携」のれの字もない。
悪く言ってしまえば単細胞の小学生だ。
鬼ごっこというより追いかけっこに近い状況になっている。
だがまあそんな細かいことはどうでもいい。
今はとにかく多くのクラスメイトが俺に注目することに注力するのが先決だ。
そのためにすることはとにかく走ること。
走って走って走りまくってクラスメイトから注目を浴びるのだ!
「糸崎がめっちゃはやいスピードでにげてるぞ!」
「よぉーし! つかまえろぉ!」
続々と増えていく鬼たちに次々追われ、やがては大名行列のような構図が出来上がる。
ふはははは! いいぞ! もっと、もっとだ!
もっと俺に注目するんだ、クラスメイトよ!
思考がほぼ悪の帝王になりつつも、俺は追いかける鬼よりも速いスピードで逃げ、どんどん距離を伸ばしていく。
このままの調子ならこのレクリエーションのMVPは間違いなく俺になるはず!(そんな制度はありません)
最高潮の活躍! まさに期待通り、それ以上の注目だ!
誰もが俺の確保に躍起になっている!
今俺は注目されているぞ! 最高に注目されている!
その喜びに浸りながら、俺は平地を駆け巡る。
——が、二分後。
「糸崎くんはやすぎー」
「ぜんぜんつかまえられねえよ」
「もう追いかけるのやめようぜ」
「だなぁ」
一向に捕まる気配のない俺にクラスメイトは愛想をつかしてしまった。
「えっ、ちょっ、ええェッ!?」
過ぎ去っていくクラスメイトの背中に、俺は思わず驚きの声が出る。
お、おかしい。足が速ければ注目されるはずじゃ……。
この時の俺は知らなかった。
今まで友達と鬼ごっこをして遊んだ経験のない俺が知るはずもないことだ。
鬼ごっことは個人個人が追ったり逃げたりを楽しむものであって、特定の一人が活躍するということはあまりない。
鬼ごっこは個人の活躍場面があるチーム戦ではないのだ。
——しかしそんなことを俺が知る由もなく、去って行くクラスメイトに驚きと疑問を抱くばかりだ。
と、とにかく、少しフィールドの中心部に行って、また狙われるのを待つとしよう。
逃げ惑っている内に立ち入り禁止エリアの森林方面付近まで来てしまっていた。
禁止エリアに足は踏み入れてはいないが、フィールドの奥に行き過ぎると児童を監視している実里先生に注意されてしまう。
と、俺が森林方面から遠ざかろうと歩き出した時だった。
「おわっ!?」
突如として、俺の真後ろにあった子供の背丈ほどある高さの草むらから手が飛び出し、俺の体を掴んで草むらの向こう側、立ち入り禁止エリアへと引き入れた。
後ろに引かれた衝撃で尻餅をつくも、柔らかい草地のおかげで痛みはない。
一瞬不審者に誘拐されたのかと慌てそうになるが、引き入れた人間の顔を見てそれが勘違いだったことに気づく。
「翔くん捕まえた♪」
そこには赤色を表にした紅白帽を被った水井さんの姿があった。




