弁当時間
午前中ガッツリ体を動かし、時刻は正午を示していた。
――待ちに待った弁当の時間である。
クラスの児童皆、特にドッジボールで激しい体力消費をした男子はさぞかし腹を空かせていることだろう。
ドッジボールにて顔面キャッチという活躍しかしてみせなかった俺はそれほど消耗してはいないが、時間が経ってば腹は減るものだ。
これから俺を含めた水井さんと林太の3人で弁当を食べるのだが、その前にしなければならないことがある。
「なあ、林太。ちょっといいか」
食べる場所を確保しようと動き始めている林太に声をかける。
「ん、なんだ?」
「あのさ、水井さんとも一緒に弁当食べたいんだけど、いいかな?」
本来なら水井さんに誘われた時点で林太に報告すべきことだったのだが、うっかりそれをし忘れていた。
自由時間にも話しかけるタイミングはいくらでもあったというのに、何故か忘れてしまっていたのである。
もしかすると顔面キャッチの際に、記憶が飛んでしまったのかもしれんな。
俺のうっかりはさて置き、林太の返事を聞かねばならない。
水井さんが自分の弁当を取りに行っている今、話をつけておくべきだ。
でもまあ水井さんにゾッコンの林太のことだ。食いつき気味で首を縦に振るに違いない。
そう確信していたのだが、
「……なんかおまえ、さいきんミズイとなかいいよな」
疑心暗鬼な目で俺の顔を見る。
「え!?」
思わぬ返しに、気が動転する。
み、見た目に反して意外と鋭いな(失礼)。
だが確かに、彼の言う通り俺と水井さんは最近仲がいい。
絵本趣味の秘密を知ったり、俺の家に泊まったりと、クラスメイトには知られざる裏事情を経て、俺と彼女の関係は間違いなく友達として進展していた。
これはもはや自他ともに認める事実である。
土日でのお泊まりだけでなく学校でも、スキンシップというか周りへの仲良いアピールが激しかった彼女だ。
クラスメイトの大半は水井さんの動向の変化に少なからず気づいているはずだ。
それでも小学一年生という年齢から考えて、唐突に誰かと仲良くなることはさほど不自然なことではない。
今まで一度も交流が無かったのに、一度話をしただけで死地をともにした友人のように親しくなっているということも小学生間ではざらにあると、ネットに書いてあった。
昔見たネット情報なので説得力はほぼ皆無だが、単純な小学一年生のことだし、少しの交流で気が合えば仲良くなるというのも珍しくは無いのではないか。
所詮は今の今まで友達一人いなかったボッチの言葉だ。説得力はネットの情報以下だろうけど……。
と、とにかく! 小学一年生間で友情がなんの前触れもなく芽生えるのはそこまでおかしなことでは無いと思う。
林太が現在俺に疑いの目を向けているのは、偏に水井さんへの恋心にある。
芽生えたのが友情ではなく恋慕なのではないかと、警戒しての行動だ。
もしそうだったら芽を摘んでおきたいというのが、林太の心境なのだろう。
全くもってはた迷惑な話だよ……。
「前に「好きとかそういうのはないよ」とか言ってたよな?」
容疑者を見るような目で俺を見る。
「そ、そんな目で見なくたってやましいことは何も無いって」
やましいこと。
まあそのぉ、思い当たる節もなくには無いのだが……。——ここでは何も無かったということにしておこう。
「ただ友達になっただけだから。林太が心配するようなことは何もないぞ」
「……ふぅ~ん。そうだったんだな」
疑いが晴れたのか俺の言葉に納得してくれたようだ。
危うく色恋沙汰での友情崩壊なんて言う禍根が残りそうな絶交になるところだった。
「——それで、いいかな?」
水井さんの同席を再度お願いする。
「ああ、いいぜ。——……あっ!? い、言っとくけど、おれがいっしょに食べたいとかそんなんじゃないからな!」
何も聞いてないのに林太は顔を真っ赤にして言い訳をする。
こんなところでツンデらなくても別にいいのに……。
◆
「お邪魔するね。翔くん、砂川くん」
「ん、どうぞ」
「あ、ああ、じゃまされるぜ」
水井さんが自身のお弁当を取りに行っていた間に俺と林太の2人でレジャーシートを敷き、現在水井さんがピンク色の可愛らしい弁当袋を持参してレジャーシートに足を踏み入れた。
3人で食べることになった俺たちは、個別に3つのレジャーシートを敷いて食べるというのは敷くのにも片すのにも手間がかかるため、俺が持ってきた一番大きい無地のレジャーシートの上で3人仲良く三角形を作り食べることとなった。
俺から見れば左斜め前に、林太から見れば右斜め前に、水井さんはちょこんと座る。
水井さんが若干というか結構俺よりに座っているため綺麗な正三角形ではなく、直角三角形のような形になってしまう。
……それにしても先ほどから林太はソワソワと落ち着かない様子だ。
理由は言わずもがなだが……、そこまで緊張するようなことか?
林太のピュアさは正直見た目にそぐわないな。もっとスカート捲りとか平然としていそうなイメージだったし(失礼)。
「……水井さんの弁当小さいね。やっぱり小食なの?」
泊まりに来た時に食事を共にした時もあまり食べていたかったため、前々からそうなのではないかと感じていた。
「女子だったらこれくらいが普通だよ」
小学生の女の子って普通そうなのか?
うちの姉貴は空手をやっているバリバリの体育会、食事量は力士の新弟子並みだからそれと比較するのはできないな。
というかあんな野蛮人を一般小学生女児と同列で比較するのは失礼だな。もちろん小学生女児の方に。
俺の身の周りには参考材料がないため、そう言われれば「そうなんだ」と疑いもせずに納得した。
——パカッ、と水井さんが弁当箱の蓋を開ける。
「おぉ~、美味しそう」
「えへへ、ありがとう」
「……? 水井さんがお礼を言うのはおかしくない?」
弁当を作ったのは水井さん(娘)ではなく水井さん(母)のはずだ。
母の気持ちを代弁しての礼なのか?
「実はこれ、私が作ったの」
「え!? ま、マジで……?」
「うん。少しはお母さんに手伝ってもらったけど、基本は全部自分で作ったよ」
す、すごいなぁ……。
勉強も運動もできて、おまけに料理までできるとは。
とても小学一年生とは思えないハイスペックだ。
「あっ、おれも自分で作ったぞ!」
「おいおい林太、そういう嘘はいけないって」
あまりに見え透いた嘘を自信満々に言うため、注意すべきと判断した。
いくら水井さんの気を引きたいからって嘘は良くないな。
「う、嘘じゃねえって! ちゃんと一から自分で作ったから!」
林太が自身の弁当箱を見せると、そこには彩り豊かな綺麗な食材が詰め込まれていた。
正直なところ水井さんのよりも美味しそうだ。
いよいよ林太が作ったという説はあり得なくなったな。もとから信憑性皆無だったが。
「はァ、……じゃあそういうことにしておくよ」
「だから嘘じゃねえって!」
「はいはい、わかったわかった」
そんな無理に虚言をさも本当かのように押し付けなくていいのに。
ここは認めたふりをしてやり過ごしておこう。
「——翔くんのお弁当はどんなの?」
「ああ、……俺のは普通に母さんが作ってくれた奴だよ」
全員が自分で作ったと言っており、俺だけ母さんに作ってもらったというのは少し言い辛く、一瞬見栄を張ろうと「自分で作った」と言おうか迷ってしまった。
先程林太に注意したばかりなのに、自分がそれをやらかすわけにはいかない。
正直に打ち明け、俺は弁当袋から弁当箱を取り出そうとした。
その次の瞬間だった。
「カァ! カァ!」
けたたましい鳴き声とともに、黒い飛行生命体が右から左へと俺の目の前を通り過ぎていく。
カラスだ。
カラスが勢いよく俺の正面を横切ったのだった。
あまりに唐突過ぎる出来事に、悲鳴すら出ない。
その衝撃に呆然としているも、すぐにそれよりも大変な事態に俺は気づく。
…………な、ない……!
俺の手元にあったはずの弁当がない!
一度手元に映した視線を再び飛び去ったカラスに向けると、奴は弁当袋の紐を器用に口ばしに咥えていた。
わー、カラスって結構顎の力強いんだなー。
って、感心している場合じゃねえ!!
「お、俺の弁とおおオオオオオ!!」
取り戻そうと立ち上がるも、既にカラスは上空へと翼を広げ、とても人間の脚力では届かない高さで飛行していた。
ガックリと膝を地につけ四つん這いになり、飛び去る弁当を無念にも眺めることしかできない。
な、何故寄りにもよって俺の弁当を!
濡れ衣の件か!? 自由研究を壊したのをカラスのせいにしたから、それの復讐に来たのか!?
それについては謝るから俺の弁当を返してくれえええ!!
そう願うも、カラスは無情にも木々の向こうへと姿を消してしまった。
「そ、そういえばここ、カラスちゅういのかんばん立てられてたよな。まさかべントー箱ごとさらわれるとは思ってもいなかったけど……」
「お、俺の弁当がぁ……」
転生初の学校行事でこんな不幸に見舞われるなんて。
一体どうすれば……。
落胆と空腹に打ちひしがれながら、俺は途方に暮れる。
「どうしたの、糸崎くん?」
俺の悲痛なる絶叫を聞きつけてか、違うグループで食べていた今井君が声を掛けてくれる。
「実は、翔くんの弁当がカラスに攫われちゃって」
「か、カラスに? それはさいなんだね」
「は、はは、いっそ不幸だと笑ってくれ」
笑い話にしてくれればせめてもの救いだ。
俺の弁当1つで皆が笑顔になれたのなら安いものさ、ははっ。
無理矢理ポジティブに事を捉えるも、やはり落胆した気持ちから脱却できない。
俺がこの世の終わりのように凹んでいると、
「なら、オレの弁当分けてあげるよ」
今井君が優しくもラップに包まれたお握りを一つ分けてくれた。
「えっ、い、いいの?」
「ああ、もちろん。こまったときはおたがいさまだからね」
い、今井君……!
彼の優しさに思わず感激する。
俺が女だったら間違いなく惚れていたよ! 男の今ですら惚れそうだ!
俺がキラキラとした眼で今井君を見つめていると、水井さんは一瞬むすっとした顔になってから、
「私のも、分けてあげる」
彼女は俺の目の前に自身の弁当箱の蓋を置き、その上に卵焼きを乗せる。
「み、水井さん……。ありがとう」
「しょうがねえなぁ、おれのも少し分けてやるよ」
そう言いながらも林太は俺の目の前に置かれた弁当箱の蓋に唐揚げを乗せる。
「り、林太ぁ……。本当にありがとう」
感激のあまり少し涙目になる。
だが、感激すべきことはこれだけではなかった。
「なに? 糸崎のベントーなくなったの?」
「えー、かわいそう」
「私のおかず分けてあげるよ」
「私も分けてあげる」
「俺も分けてやるよ」
「それなら私も」
「じゃあ俺も」
クラスメイト達が俺の元に足を運び、弁当箱の蓋に次々と食材を乗せてくれる。
み、みんなぁ……!
心温まるクラスメイトの俺に対する慈善行為に涙を禁じ得ない。
時々野菜を重点的に分けてくる男子もいるが、それが全く気にならないほどに俺は感動している。
——やがて、弁当箱の蓋にはたくさんの食材で溢れかえる。
胃も心も、満たされたのだった。
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すいませんm(_ _)m
でもちゃんと全部見てます。
余裕が出来たら返信再開したいと思います。




