自由時間
「いくぞぉ。……おらッ!」
先生による簡単な注意説明を聞き終えた俺たち1年3組は自由時間に突入する。
正午のお弁当時間までは児童による自主的な遊び時間となっており、俺はクラスの男子全員でのドッジボールを楽しんでいた。
地面に長方形の簡易的なコートを描き、右半分左半分のチームで分かれる。ボールが当たれば内野から外野へ移り、先に相手チームの内野人数をゼロにしたチームが勝ちと、至ってシンプルなルールである。
自由時間というボッチにとっては苦痛でしかない時間だが、今井君が誘ってくれたおかげで木陰に一人体育座りをして楽しそうに遊んでいるクラスメイトを眺めながら時間を潰すはめにはならなかった。
最悪の事態はのがれられたが、ドッジボールというボールを投げることに長けた人物の独壇場であるこの競技で、その才のない俺は少し肩身が狭い。
まだ内野にはいるが、基本は各チームの主力争いを傍観しているだけで生き残ったに過ぎない。
コートの隅で特にめぼしい活躍をしているわけでもなく、ただポツンと立ち尽くしているだけ。
ことドッジボールにおいては、悲しいことに俺はいてもいなくてもいい人材である。
誘ってくれた手前こんなことを思うのは失礼かもしれないが、正直全く楽しくない。
完全に戦力外の俺は競技に参加していながらも相手チームに目もくれず、よそ見をしていた。
だが所詮は何もない野外広場だ。よそ見をしようにもよそ見するほど目立ったものがここにはない。
——そうなると、俺が視線を向けられる場所は一つに絞られる。
男子は男子で一塊になっているように、女子もまた女子で一か所に集まり野花が咲く場所で花の冠を作ったり、花束を作ったりと、自然と戯れていた。
その光景を俺は特に意味もなく眺めていた。
こんなにまじまじと眺めていたら、クラスメイトの男子に冷やかされそうだな。
まあ冷やかされたといってクラスメイトの女子に気になる子がいると誤解されるだけで、特に困り果てるようなこともないし別に構わないのだけど。
気になる子がいる。というのはあながち誤解ではない気もするがな。
俺が気になるほど関係が進展している女子とくれば、水井さん一択であり、事実として気になる相手は水井さんである。
気になると言っても、クラスメイト男子が考えるような恋愛感情に起因した「気になる」ではなく、純粋な疑問からなる「気になる」だ。
先程の注意事項説明時に「二人きりになれる時間を作って欲しい」というお願いを受けたから、てっきり個人の自由行動が許されるこの自由時間に話しかけてくるものだと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
彼女にだって彼女の事情があるのだから、俺に話しかけるにもタイミングの良し悪しがあるのだろう。
それよりも、一体全体水井さんは二人きりの時間を作ってどうしたいというのだろうか?
彼女の様子からしてただ世間話をするためにそのような時間を設けて欲しいと言ったわけでもなさそうだったし、何かそれなりの用件があってのことだとは思う。
しかしそれは彼女のみぞ知ることだ。
それも二人きりの時間が訪れればわかる、時間が経てば解消される疑問なのだ。事前に熟考するほどの事でもない。
ならば俺は考えることをやめた。
思考することをやめ、ただ茫然と女子を、というより水井さんの方を見ていた。
……すると、俺の視線に水井さんが気付き、目が合う。
一瞬それにドキッとし目を逸らしそうになるが、別にやましいことをしているわけでもないので軽く手を振って反応をする。
そうすると彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべて、周囲に俺とアイコンタクトをとっていることがバレない様に小さく手を振る。
女の子とのこういうやり取りって、男にとってちょっとした憧れではあるな。
そんな些細な喜びに浸っていると、
「糸崎くん! あぶないっ!」
「へ?」
俺の目を覚まさせるように今井君の注意喚起が鼓膜を振動させ、それとほぼ同時に。
「バコッ!」
と、俺の顔面にドッジボールの球がクリティカルヒットする。
「へぶッ!?」
俺は不意打ちのように飛来した流れ球を回避することはできず、そのままボールの力に負けて地面に仰向けで倒れる。
全力投球の球が顔に当たれば子供の軽い体重なら簡単に重心を崩してしまう。
「だ、だいじょうぶ?」
「……あ、ああ、なんとか」
同じチームの今井君が倒れた俺に駆け寄り、心配そうに声をかけてくれる。
ドッジボール用の柔らかい球であったし倒れた地面が柔らかい草の上だったということもあってほとんど無傷ではある。
それでもボールが顔面にあたった衝撃の余韻として、脳が揺れるような痛みはあった。
よそ見して注意散漫になっていた結果、こうなったのだから自業自得だと言えるがな。




