広場到着
「ついたァ~!」
ただただ歩くだけの退屈な時間に解放された林太は新雪を見てはしゃいだ犬のように駆け回る。
学校から徒歩20分の野外広場。
平日の昼間ということもあって広場は閑散としており、ほとんどうちのクラスの貸切状態だ。
――それにしても何も無い場所だ。
遊具があるわけでも、展示アートがあるわけでもなく、ただただ草木が生い茂っているだけの広い場所、文字通りの広場である。
遠足という項目で以外には利用することが無さそうなレジャー施設だな。
「砂川君! 勝手に一人行動しちゃダメよ!」
「ちぇっー」
他の児童が真似して散り散りにならないよう実里先生はすぐさま林太を呼び戻す。
統率性のない小学一年生だと1人がバラければ連鎖的に隊列は崩壊する。
これから遠足の説明を行う先生としてはそれ以上の不都合はない。
「それじゃあこれから遠足での注意事項を話しますね。まずは――」
一箇所に集合した1年3組に向かって、実里先生が話し出す。
遠足出発前には徒歩での移動について注意を行い、広場に到着すれば広場での過ごし方での注意を行う。
先生の話す注意事項など直ぐに忘れてしまう子供には予め教室にて伝えるのではなく、始まる直前に伝えるのが最も効率的なのだろう。
こちとら良識のある大人ゆえ周りに迷惑をかけない行動への配慮を心得ているので、注意事項など聞き流しても問題ない。
だが今は話を聞く時間なのだから、ちゃんと耳を傾けることとしよう。
「翔くん」
トントン、と後ろから肩を叩かれ、反射的に振り返る。
呼び方からして俺の肩を叩いた人間は1人しか思い当たらない。
「水井さん。どうしたの?」
今現在は出席番号順とか背の順とか1箇所に固まるのに特別な法則はなく、皆さんとりあえず1箇所に座ってください、スタイルなため誰が何処に座るも誰の隣に座るも自由ではある。
だが大抵は男女に分かれ、さっきの隊列と同じような座り順をしている。そんな中、後列にいた彼女が前列まで足を運び、しかも男子の中に混ざっているのは少々不自然ではある。
わざわざ後列からほぼ最前列まで来たのだ。
水井さんにもなにか足を運ぶ理由があるはず――、いや無いかも……。
彼女なら特に理由もなく俺の元までやってきそうだ。ここ1週間でそのことを俺は知ったはずだ。
「偶然座ったら翔くんの近くだったの。運命みたいに♡」
お決まりのように水井さんはそう口にする。
「つまり話しかけてきた理由はないってことだね」
やっぱり理由はなかったな。
……最近彼女が本当に偶然の意味を理解してるのか疑わしくなってきた。
偶然と必然をニアイコールで考えているのではないだろうな?
「ううん、理由はちゃんとあるよ」
「まさかそれも偶然なんて言わないよね」
偶然は理由にもならないし、そうみだりに乱発していいものでもないから。
「違う違う、お弁当のこと。一緒に食べたくって」
偶然ではなく純粋に誘いだった。
そういうことなら話が終わってからでもよかったと思うのだが。
「早く声かけないと席が埋まっちゃうかもしれないと思ってね」
「そんな人気アイドルのコンサートチケットじゃないんだから」
俺との食事券など当日販売でも売れ残るレベルだ。わざわざ予約までして取る必要性などない。
でもまさか、こんな俺に一緒に食べようという誘いが来たことは純粋に嬉しい。
しかも、2つも。
「構わないけど、林太も一緒でいい?」
「……え?」
思わぬ人物が俺の口から飛び出したことに、彼女は目を丸くする。
「いやな、水井さんが話しかける前に一緒に食べる約束をしてたんだ」
当日の口約束でも問題ないというのに、わざわざ林太は二日前から俺と約束をしたのだ。
俺と一緒に食べるのが楽しみというより、遠足自体が楽しみで約束が先行してしまっただけのことだろうが、林太と水井さん以外特別に親しい相手がいない俺にとっては願ってもない提案だった。
最悪一人で食べることになったかもしれないからな。
俺としては林太と食べることが有難くあるのだが、水井さんにとっては違うようだな。
そんな露骨に嫌そうな顔をしないでくれ。何故そんなに林太に敵対心を向けるんだ? 親の仇なのか?
しかし2日も前に約束して、しっかり言質を取られているいるため、今更撤回などできない。
水井さんのために林太との約束を反故にするわけにはいかず、彼女は不満なのかもしれないが妥協してもらう他ない。
「……わかった。じゃあ3人で食べましょう」
それを理解している水井さんは渋々ながらも受け入れてくれる。
「ただ、1つだけお願いしていい?」
「お願い?」
「うん、簡単なお願い。遠足の中で私と二人きりになれる時間を作って欲しいの」
彼女の言う通り決して難しい要求ではなかった。
だが彼女は真剣な顔で真摯にお願いしてくる。
「まあ、別にいいけど」
過剰と言っていいほど真剣な態度に小首を傾げながらも、俺は二つ返事で了承する。
遠足はまだまだ始まったばかり。時間は沢山ある。
それくらいのお願いならお易い御用だ。
「じゃあ約束ね」
彼女は俺の小指に自身の小指を絡め、ニコッと笑う。
針千本は飲みたくないから、この約束は守るとしよう。




