誠心誠意
「送っていただきありがとうございました」
水井さんの自宅前。
彼女は運転手である父さんに深々と頭を下げる。
「どういたしまして」
それに対して父さんは笑って返す。
——にしても立派な家だなぁ。
父さんと水井さんの会話を他所に、俺は住宅街に立ち並ぶ彼女の家を見上げる。
豪邸とまではいかなくても、一般の住宅街とは一線を隠す存在感を放っている。
彼女の育ちの良さにある程度納得がいく。
「翔くんも、ありがとうね」
「え、いや、俺は見送っただけだし」
「翔くんに見送ってくれたのが嬉しかったからお礼を言っているんだよ」
「……そうなの?——それじゃあ、えっと、どういたしまして……?」
「ふふっ、どういたされました」
ドギマギした返答をする俺を、水井さんは少し可笑しそうにクスクスと笑う。
「それじゃ、またねっ」
「うん、また」
笑顔で手を振ってから、彼女は自身の自宅へと帰って行った。
俺はその後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。
やがて彼女の姿が見えなくなると、薄暗い車道には俺と父さんだけが残る。
「——帰ろっか」
「そうだね」
ここに残る理由もないし、早々に帰ることにしよう。
父さんの提案に頷き、俺は車の助手席に乗り込む。
しばらく、無言のままドライブが続く。
俺は通り過ぎる街灯を眺めながら家に着くのを待っていた。
友達と過ごす楽しい土日が終わってしまい、少しばかりセンチメンタルな気分だ。
別に明日になればすぐにまた顔を合わせるのだから寂しさなど感じる必要はないのだが、友達と家で遊ぶことのなかった俺にとって初めて感じる寂しさということもあって、どうしても落ち込み気味になってしまう。
「水井ちゃんがいなくなって寂しいか?」
「……ちょっとだけね」
見栄で外側を包んで本音を漏らす。
本当はちょっとだけじゃない。
「そっか、——……翔は、水井ちゃんのこと好きなのかい?」
「それ、母さんにも聞かれた」
「ははっ、だろうね」
どうして親というのは子供の色恋沙汰を気にするのだろうか。
前の人生で子供がいなかった俺にはわからない心境だ。
「それで、どうなの?」
「水井さんはただの友達だよ」
母さんに言ったことと同じことを言う。
母さんはそう言っても全く納得してくれなかったが、父さんは「そうなんだ」とあっさり俺の言葉を信じた。
「けど、水井ちゃんはそうでもないんじゃない」
「そうかな?」
「ああ。他人の僕が口を挟むのは野暮かもしれないけど、水井ちゃんは翔の事好いていると思うよ」
「……そうかもね」
他人事のように頷く。
はっきり父さんにそう言われても、俺はまだ半信半疑だ。
きっと彼女の口からそう言われても、俺は実感が沸かないと思う。
……いや、実感という言葉は少し違うな。
ただ俺は——。
「本気にしてない」
「っ!?」
父さんがあまりに的を射た発言をしたため、驚きを隠せなかった。
ま、まさか心を読まれた!?
実はうちの家庭は俺以外みんなエスパーで……!
「翔の様子を見ているとそんな感じがするよ」
観察による憶測だった。
まあ、ですよね。
そんな摩訶不思議な家庭に生まれ育った覚えはない。
だがその言葉は見事に的中していた。
父さんの言う通り本気にしていない。
本気にしない。というより、本気にしてはいけないと思っている。
俺は大人で、彼女は子供だ。
いくら大人びているとはいっても、それは決して大人であるわけではない。
俺は彼女の好意を何処か子供の戯れのように思っている節がある。
「——確かにそうだね」
嘘を吐く理由はないため、俺は正直に頷いた。
「なんで?」
「なんでって、相手は小学一年生だよ?」
「翔だって一年生じゃないか」
「それは——そうだけど」
頷くしかなかった。
本当は中身が二十八歳だなんて言えないからだ。
「父さんはね。水井ちゃんの好意を受け入れてあげて欲しいって言っているわけじゃないんだ。そのことを決めるのは翔自身だからね。
——ただ、しっかり向き合うべきだと思う。
小学生の内の恋心だとしても、子供の内の恋愛感情だとしても、きっと水井ちゃんは本気なんだと思うよ。
だから、翔にも本気でいて欲しいんだよね。
翔が水井ちゃんの気持ちを受け入れなくても、受け止めてはあげて欲しい。
これは水井ちゃんのためじゃなくて翔のために言っているんだ。
相手が本気ならこちらも本気でこたえなければいけない。
不誠実なのは良くないからね」
終始穏やかな口調で父さんは俺を諭す。
不誠実なのは良くない、か。
真に受けないことが正しいと思っていた。
だがもし水井さんが本気で俺のことを好いてくれているのだとしたら、彼女にとってもその行為が正しいと言えるのだろうか。
本気で好いてくれているのに、真に受けない。
……確かに、不誠実だな。
水井さんとの関係は変えずとも、俺の考え方は変えた方が良さそうだ。
子供だからと一蹴するのではなく、ちゃんと真に受けるとしよう。
それが、今俺に出来る誠心誠意だ。
現時点ではまだ続きが書けてなく、もしかすると明日は投稿できないかもしれません。
自分が納得できる作品を書きたいので、少しだけ続きの話を考える時間を頂きたく思います。
大変申し訳ありません。




