意識過剰
「昨日と今日とで、本当にお世話になりました」
すっかり日が落ちた時刻。
玄関前にて水井さんは母さんに深々と頭を下げる。
ちなみに姉貴は自身の部屋に籠り、父さんは水井さんの自宅への送迎のために車を車庫から出している所だ。
「またいつでも遊びに来て頂戴ね」
「はいっ、その時はまた」
ふふふっ、と母さんと水井さんは笑い合う。
なんか母さん俺よりも水井さんと仲良くなってないか?
いや別にヤキモチとかそういうのじゃないんだけどね。
「車の用意できたよー」
自宅前の薄暗い車道に停車している車の運転席から、父さんが水井さんに告げる。
「本当にありがとうございました」
彼女は再度頭を下げてから、車の方へと向かう。
「あっ、俺も行くよ」
俺の友達ということで来ているのだから、帰りを最後まで見送るのが当然だろう。
そうして俺と水井さんは二人並んで後部座席に座る。
「じゃっ、出発するよ」
俺と水井さんがシートベルトを締めたことを確認すると、父さんはアクセルを踏み、車道を前進する。
薄暗い夜道を車のライトと街灯の光だけを頼りに進む。
人様の娘を乗せているということもあって、いつも以上に父さんの運転は慎重だった。
「——ありがとね。翔くん」
「え、何が?」
「泊めてくれたり、絵本一緒に読んでくれたり、いろいろと」
昨日と今日の二日間すべてに対するお礼だった。
彼女はそうお礼を言うが、実際それを言う必要はない。
だってこの二日間は俺にとても充実したものとなったからだ。
勉強や運動に明け暮れる休日もまあ悪くはないが、こうして友達と過ごす二日間を体験できたのもまた有意義な過ごし方であった。
いろいろと騒がしくはあったが、それもひっくるめて楽しかったと今なら言える。
「こちらこそ、ありがとう」
だから礼を言うのはこちらの方だ。
「水井さんと過ごせて楽しかったよ」
「……ホント?」
「嘘つく理由なんてないじゃん」
「——うん、そうだね」
通り過ぎる街灯によってチカチカと点滅する彼女の横顔は、何処か嬉しそうだった。
…………。
この二日間、いや彼女と秘密を共有し始めてからずっと考えていたことがある。
——彼女にとって俺とは一体何なのだろう。
友達なのか、秘密を共有する仲間なのか。
正直なところ、それだけの存在ではないように思えてしょうがない。
彼女の俺に対する行動は友達間のそれとは明らかに範疇を超えている。
過度なスキンシップとか、付き纏い行為とか、思い当たる節は数知れない。
自意識過剰、と言われてもしょうがないかもしれないが、水井さんは俺のことを好いてくれているのではないかと考えることもある。
しかし、そう断定するにはあまりに俺は女の子という生き物、それと小学一年生という生き物を知らなすぎる。
友達間での範疇を超えている、なんて言ったが所詮は今の今までボッチだった人間の言葉だ。
気がなくてもこれくらいのスキンシップは普通、という可能性だってあり得る。
まだパーソナルスペースを確立できていない小学一年生での交流だ。
大人から見れば過度でも、子供から見れば普通もしくは軽度なのかもしれない。
大人が手を繋ぐのと、子供が手を繋ぐのとでは訳が違うからな。
俺の自意識過剰、なのかもしれないな。
それに例え俺の自意識過剰が本当だとして、それを俺が真に受けることはない。
所詮は小学生の恋。
一時の気の迷いのようなものだ。
将来大人になれば、初恋として「あの時はあの子が好きだったんだよね」と笑い話の一つになるだけだ。
「パパと結婚する」という娘の発言を真に受ける父親がいないように、俺も彼女の好意を真に受けることはない。
……まあまず、そうではないのかもしれないけど。
——俺と水井さんの関係は友達。
俺は一人で、そう結論付けた。




