母親邂逅
「初めまして。私翔くんのクラスで学級委員長をしている水井ヒメです」
姉貴が出て行ってからすぐのこと。
水井さんが家に上がってまずしたことは、母さんへの挨拶だった。
尚、父さんは会社の上司の付き合いでゴルフに出かけているため現在不在。
「あらぁ、随分と礼儀正しいのねぇ」
「いえ、そんな」
水井さんの丁寧な物言いに感心した母さんがそんなことを言う。
彼女はそう謙遜するが、水井さんの大人びている性格には本当に目を見張る。
一体何を食べたらそんな風に成長できるのだろう。
「これお母さんが持たせてくれた物で」
「あらあら、これはご丁寧にどうもぉ」
水井さんはあらかじめ持っていた紙袋を母さんに手渡す。
紙袋の正体はやはり菓子折りだったようだ。
これで偶然通りかかったという言い訳はますます辻褄が合わなくなったな。
まあ真相を知りたいというわけでもないし矛盾が生じても構わないか。むしろ真相は知りたくない。なんか怖いから。
「まさか翔にこんなしっかりしたお友達がいるなんて思わなかったわぁ」
母さんが嬉しそうにそんなことを言う。
今まで家で友達の話なんてしたことなかったからな。というか母さんに話すことができる友達がまずいなかったのだけど。
そういうこともあって俺の交友関係を全く知らない母さんは、俺に確かに友達がいることを知れた安心感からかそんな言葉を口にする。
「…………ええ、お友達です。……今はまだ」
俺にも母さんにも聞こえない声で彼女はポツリと呟く。
聞こえてはいなかったのだが何か深い意味をはらんでいるように思えた。
「翔のお友達が家に来るなんて初めてのことじゃない? お母さん嬉しいわぁ」
「えっ、そうなの?」
水井さんは俺に母の発言の真偽を問う。
そう聞く声色には驚きと喜びが入り混じっていた。
「ま、まあ、多分、そう……かも」
実際は確信を持ってその通りだと言えることだ。
1度目の人生も含めた俺の記憶の中で、友達が家に来た記憶は見当たらない。
しかしそのことを誇れるほど俺のメンタルは強くない。
過去に友達がいないというコンプレックスを後ろめたく思っている俺は無意識に言葉を濁すような返答をする。
「……そっか、私が初めてなんだ」
水井さんは少しだけ上ずった声で肩ほどまで伸びた髪の先をくるくると指先で捻じる。
彼女は頬を若干朱色に染め、少しばかりはにかむ。
その様子を見てか母さんはニヤニヤと微笑ましそうに笑っていた。
その態度だけで彼女の心境全てを見透かしたような笑みであった。
「こんな息子だけど今後とも仲良くしてあげてね」
「はいっ、勿論です。おば様」
「そんな他人行事な呼び方じゃなくていいわよ。私のことは〝おかあさん〟と呼んで頂戴。ふふふ」
「っ! ……は、はいっ、お義母様。これからもよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ。うふふふ」
「ふふふっ」
何かが通じ合ったように母さんと水井さんは笑い合う。
それと水井さんの「おかあさま」という呼び方に若干の悪寒がするのは気のせいだろうか……。
母さんが水井さんの俺に対する好意に気づき、将来を見越してのその発言。それと母親の言質を取れて内心ほくそ笑む水井さんの心境。
俺がそのことに気づくのは、しばらく先の話だ。
今回は短いです。すいません。
次回は少し長めなんで許してくださいm(*_ _)m