執着後編
その後も休み時間も給食時間も昼休みも全ての時間において、やれ一緒に過ごそうやれ一緒に食べようやれ一緒に遊ぼうと何かと理由を付けては水井さんが声を掛けてくる。
そろそろ彼女の「翔くん♡」という声掛けが怖くなってきたころだ。今日だけで十回は聞いている。
彼女が付き纏ってくる理由は一体なんだ?
秘密を共有する仲間として親近感を持ってくれているのか。もしくは俺が絵本好きの秘密をばらさないように監視しているのか。
どちらにしてもやり過ぎな付き纏いに思える。
今日一日水井さんと過ごした記憶しかない。
一体何が彼女をそこまでさせているのだろう。
純粋な親しみなのか、俺に対する疑いなのか、それともまた別の……。
「おい、カケル。いっしょに帰ろうぜ」
「あっ、うん」
ランドセルを背負った林太に声を掛けられ、俺は急いで教材をランドセルの中に詰め込む。
水井さんのことはまた家に帰ってからでも考えるとしよう。
俺は少しばかりそのことを軽視しながら、ランドセルを背負い林太の隣を歩く。
「——なんかお前、今日はボーっとしてること多いよな」
「え、そうかな?」
教室を出て廊下を歩いている時に林太にそんなことを言われる。
「ああ、さっきだっておれが話しかけるまで、帰るよーいもしないでずっとつくえ見てたじゃねえか」
「それは——……。あー、確かにそうかも」
水井さんについて考えていたから、と言おうと思ったが、そんなことを言ってしまえば誤解を与えかねないので頷いて受け流すことにした。
それに、思い返せば水井さんと一緒に居ない時(授業中など)はずっと上の空だった気がするしな。
まあその時も水井さんの奇行について考えていたのだが。
なんか俺、水井さんと一緒に居なくても水井さんのこと考えている気がする。
水井さんという存在が俺の頭を侵食している。
恋愛感情というわけではないが、どうしても彼女のことが気になってしまうのだ。
不信感にも似た感情を抱きつつも、上靴から外靴に履き替える。
「体調わりーならちゃんと休めよ」
「うん、ありがとう」
決して体調が優れないからボーっとしているわけではないが、林太の心配に報いるためにも俺はそう礼を言う。
……あまり彼女のことを考えすぎるのは良くないな。
こうして林太に心配をかけているのだ。
自分の日常生活に弊害が出てしまうほど思い悩めば彼の心配通りに体調を崩しかねない。
人のことを考えるのも大事だが、それと同じくらい自分のことを気遣うのも大切だ。
下校中くらいは彼女のことを忘れて林太との何気ない会話を楽しもうではないか。
「翔くん♡」
決意して校門をくぐろうとした瞬間のことだった。
現実など所詮は願いを反するものだと知る。
そうでないと決意した直後に水井さんが話しかけてくることに対する説明がつかない。
もはやそうなるように現実を操作されている気さえ感じる。
「帰るタイミングが一緒なんて偶然だね♪ まるで運命みたい♡」
「いや明らかに待ち伏せてたよね?」
「偶然だよ♪」
「でも今校門前から出てきて——」
「偶然だよ♪」
「けどどう見ても——」
「偶然だよ♪」
「…………はい、そうですね」
水井さんの力押しに根負けした。
もうそういうことでいいか。
彼女の不屈なる主張により、必然は偶然となった。
「よ、よう、ミズイ」
俺と水井さんの会話に入ろうと、林太がそう挨拶をする。
そういえば林太は水井さんが好きだったんだっけ?
林太の表情と声色が戸惑い気味なのを見て、そのことを思い出す。
「ん? ああ、砂川くん」
まるで「君もいたんだ」みたいなトーンで返される。
愛想の良い水井さんがクラスメイトに対してこんな反応をするなんて……。
もしかして林太、彼女に何かやらかしたのではないだろうな。
気軽にボディータッチしたとか、格好つけて寒い発言したとか。
——あっ、それ全部俺だわ。
思わぬところで心的外傷を負い、早朝の自己嫌悪にまた陥りそうになる。
「二人で帰るところなの?」
「あ、ああ、カケルが一人で帰るのは寂しいって言うからよ。おれがいっしょに家まで送ってやってんだ」
おいこら林太おい。
俺はそんなこと一言も言ってないぞ。
水井さんがいるため格好をつけようとそんな嘘を吐いたのだろうが、恋愛に友達を利用するのは感心出来ない。
その嘘で水井さんからの好感度はどうなったか知らないが、俺からの好感度は若干下がったぞ。
「へぇ、……そうなんだぁ」
何故か水井さんは浮気の疑いのある旦那を見るような目で俺を見る。
「——じゃあ、私も一緒に帰っていい?」
「「えっ!?」」
林太と俺が同時に驚く。
しかし驚きからくる感情は違うモノだろう。
俺としては申し訳ないが断りたい提案だ。
ついさっき水井さんのことは一旦忘れて林太と帰ると決めたばかりなのだ。
それに俺にとっては数少ない友達と仲を深める大切な時間でもある。
そう簡単にその決意を覆すわけにはいかない。
——しかしこれはあくまで、俺としては、の意見だ。
「ま、まあミズイがそう言うなら——」
やはり林太はそう来るか……!
繰り返すようだが彼は水井さんのことが好きである。
そうなれば当然林太は水井さんと少しでも長く一緒に時間を過ごしたいはず。
そんな心中で彼女の口から発せられた魅力的な提案。
好きな女子からの提案で一緒に帰れるのだ。僥倖以外の何物でもない。
彼に断る理由など毛ほどもないのである。
平静を装っているが、彼が食い気味にその提案を受けようとしているのを俺は目ざとく見抜く。
このまま彼が了承すれば、その提案は俺の賛否に関わらず吞まれることとなる。
そうなってしまえば俺の想いは儚く散り、下校時間さえも水井さんとの時間として侵食される。
今この時間は林太と二人で帰ると決めているのだ。
俺にとっては唯一の男友達との友情を深める大事な時間だ。
それを無下にするような事態は避けたいというのが本音である。
悪いがここは少し強引にでも断らせていただこう……!
(ここまでの思考時間0.5秒)
「ごめんね水井さん! 俺ら二人で帰るって約束してるから!」
「えっ、いやおれはべつに——」
「さぁ一緒に帰ろう林太! 水井さんまた明日ね!」
勢いで何とか押し切り、林太の背中を押す。
別に彼女のことを避けたいわけではない。むしろ仲良くしたいと思っているほどだ。
水井さんは人格や能力など様々な面で優れており、そんな彼女との関係は将来貴重なものとなるはず。それにそう言った将来性云々の話を抜きにしても俺個人の意見として彼女の人柄を好ましく思っている。
だがそれはずっと一緒に居たいということではない。
彼女との関係を大事にしたいように俺は他の人間との関わりも大事にしたいのだ。
申し訳なさを胸に感じながらも、家路につく。




