執着前編
ジャンル別月間1位にランクインしました!
やったァ!!
「——はいっ、じゃあ一時間目はここまで。日直さん挨拶して」
水井さんとともに教室に入ってから、小一時間ほどが経過した。
終業の鐘が鳴り一時間目の授業が終わり、日直が「起立——、礼」と言った瞬間休み時間に突入する。
各々が次の授業に備える中、俺もその行動をしようと席に立つと。
「あっ、糸崎くん。ちょっといい?」
実里先生に呼び止められる。
「はい、なんですか」
「ちょっとこの荷物、準備室まで運んでもらってもいいかしら?」
どうやら次の授業準備で忙しく、一時間目で使った教材を片す暇がないようで俺を頼ったようだ。
自由研究の騒動以降、実里先生は俺に信頼を置いてくれている。
今までは学級委員長の水井さん頼りだったのだが、時折俺にもこうした頼みごとをする。
教師に信頼を置かれるというのは児童としてとても気分がいい。
それに内申が大事な俺にとって、こういうこまめな点数稼ぎの場は必要不可欠だ。
受験のない小学生だからと言って成績をないがしろにしていい理由なんてない。
小学生の内の成績表だっていずれ大きなことに繋がるかもしれないからな。
取っておいて損のないものは取っておくとしよう。
その精神で生きている俺は当然、
「はいっ、わかりました」
首を縦に振る。
まあ教室にいたって次の授業の準備が終われば手持無沙汰になる。
ならば暇な時間は有効活用するべきだ。
俺は教卓に置かれた教材を両手に抱え、準備室のある二階へ向かおうとすると突然、
「翔くん♡」
背後から水井さんに声を掛けられる。
いつもは授業の準備を手早く整え、仲の良い女子と話しているはず。
しかしなぜか今日に限っては授業の準備よりも先に俺の方へとやってきた。
「えっと、どうしたの?」
「教材運ぶんでしょ。私も手伝うよ」
不審に思ってそんなことを尋ねると、彼女は少し強引に持っていた教材の半分をひったくる。
親切心からの声掛けだったようだ。
しかしこの程度の量なら一人でも運べたのだが、半分持たれてしまった以上今更遠慮することはできない。
まあここは素直に厚意を受けるとしよう。
「ありがとう。水井さん」
「ふふ、当然のことだから大丈夫だよ」
親切にするのが当然なんて、本当に水井さんは心優しいんだなぁ。
しみじみとそう思う。
◆
二時間目と三時間目に挟まれた中休みにて。
この時間は大抵苦痛だ。
なんせすることがないからだ。
林太もこの時は違う友達と遊びに行ってしまうため、この時間帯だけはいつも俺はボッチである。
俺にとって休み時間に遊べるような友達は林太一人だが、林太がそうとは限らない。
時折問題こそ起こせど彼はなんだかんだいって顔が広い。
ボッチは卒業しても、まだ友達が少ないことには変わりない。
肩身が狭さを感じながらも俺はいつも通り自分の席に座り窓を見て黄昏ている。
するとそこに、
「糸崎くん、今ひま?」
「えっ? う、うん」
先日サッカーをした今井君一行が暇そうにしている俺に声を掛ける。
実際超が付くほど暇だ。
「あのさ、またいっしょにサッカーやんない?」
「……え!? マジで!?」
思いもよらぬ二度目の誘いに思わず大声を出してしまう。
てっきり一回こっきりだと思っていたのだが、まさか二回目があるとは!
「う、うん。糸崎くんひまそうにしてたし——」
「うん! 本当に暇だった! 暇すぎて死にそうだったんだよ!」
「そ、そう? それなら良かった」
机に身を乗り出して食いつく俺に、今井君は若干たじろいでいる様子だ。
しかし俺がそうなるのも仕方ない。
なんせ思いもよらぬタイミングで同級生と中休みに遊ぶという棚から牡丹餅のイベントに巡り合えたのだ。
ここが教室でなければ小躍りするほどだ。
もちろんこの好機を逃す手はない。
喜んで遊びに付き合おうではないか!
当然答えはイエス——。
「翔くん♡」
と答えようとしたのだが、それよりも先に水井さんが声を掛けてきた。
「え、水井さん? な、何?」
別に今は先生に頼みごとをされているわけでもないし、彼女が俺に話しかける用はないはずだが……。
思い当たる節がなく疑問を抱く。
「良かったら一緒に中休み過ごさない? 花壇で綺麗なお花を見つけたの」
「え、いや、俺は……」
単純に遊びの誘いだった。
そういうことなら自然かもしれないが、申し訳ないが今はその誘いに乗ってあげることができない。
なんせ今俺はクラスメイトの男子と一緒にサッカーをするという、超絶大事な用事がある。
例え両足が粉砕骨折していても果たさなければいけない用事だ。
まあ両足が粉砕骨折している奴をサッカーに誘うことはないだろうが、そういうことではなく重要な用事であるということを言いたいのだ。
水井さんの誘いであろうと、こればかりは譲れない。
「ごめん。これから今井君と遊ぶ用事が——」
「今井くんと?」
彼の名前が出た瞬間、水井さんはいつもの穏やかな笑みがスッと消え、俺の目の前にいる今井君へと視線を向ける。
その目からは怒気のようなものを纏った鋭い眼光を放っており、視線を向けられているわけでもない俺ですら一瞬ゾッとする。
な、なんかいつもの温厚な水井さんとは雰囲気が別人のようだ。
「……今井くん、翔くんを譲ってくれないかな。翔くんは私と遊ぶから」
「えっ、でもオレらの方が先に——」
「今井くん。……譲ってくれるよねぇ?」
「……っ」
その鋭利な眼光に身を晒された今井君の頬から一滴の冷や汗が流れる。
まるで肉食動物に睨みつけられた草食動物のようだ。
「う、うん。いいよ」
それに堪らず今井君は自身の主張を折り、水井さんに俺を譲る。
すると水井さんはいつもの穏やかな笑顔に戻り、
「ありがとね、今井くん」
と俺の手を引いて花壇のある校舎裏へと先導する。
えっ、ちょっ、お、俺の意見は?
何故か取り合われているはずの俺の意見が無視され、結論が出されてしまう。
いや俺はサッカーしたいんだけど!!
今からでも今井君の仲間に入れてもらいたいのだが、水井さんは俺の手を掴んで決して離そうとしない。しかも結構強い力で握られ、男の俺ですら振り放せないほどだ。
小学一年生なら男女での筋肉量の差は大人と比べてあまりないが、それでも彼女の握る力は確かに強い。
な、なんだか指先が冷たくなっていくような感覚もあるし……(血流が阻害されている証拠)。
何故そこまでして俺と中休みを過ごしたいんだ?
疑問を抱きながらも俺は花壇に半ば強制的に連れていかれ、中休みの間ずっと水井さんは俺が逃げないようになのか手を握った状態で一緒に植えられている花を眺め続けた。
その間「絵本のシチュエーション通り」とかなんとか奇妙な独り言を呟いていた。
結局、今井君の誘いを棒に振った中休みはずっと水井さんと一緒に花を眺めていた。
一体彼女は何がしたかったんだ?




