婚約破棄をされて落ち込む貴女に愛を捧げるー彼女と過ごす夜に、全てが貴女の計略と知っても、愛しい貴女と共にいられる喜びに溺れたいー
護衛騎士として私レイラ・ヴァイオレットが舞踏会で見守っている中でそれは起きた。
「アメリア・スカーレット、君との婚姻は解消させてもらう!」
大勢の貴族が集まる舞踏会で放たれた言葉は、騒がしかった話し声を一瞬で鎮まりかえした。
綺麗な宝石のような赤い髪を持つアメリアは誰もが羨む美貌を持ち、また王子の婚約者として絶え間ない努力を行う素晴らしき女性だった。
大きな青の瞳が揺れており、彼女にとっても驚きの一言だとわかる。
私の目の前で親友のアメリアが本来結婚するはずだった王子レオン・エリオットに、大勢の目がある中で信じられない辱めを受けていた。
「それは、どういう……ことでしょうか──?」
震える声でアメリアは王子にその真意を尋ねた。
だがそんな震えたアメリアに王子はきつい目を向けるだけだった。
「分からないのか? お前はいつも遊び呆けて、ろくに婚約者としての責務を全うしていないではないか!」
何を馬鹿なことを言っている。
彼女が働かない王子に代わってどれほどの執務が皺寄せてきていると思っている。
お前が別の令嬢と楽しくしている間にも、彼女は国のために頑張って来たのだぞ。
だが王子にはそんなことは関係ないようだ。
「私は、ずっと貴方のために……」
とうとう堪えきれなくなった瞳からどんどん涙が出てきている。
令嬢が人前で涙を流すのはあまりよろしくない。
私はすぐに駆け寄った。
「アメリア……」
肩に触れると彼女は震えている。
元々は政略結婚として婚姻を結んだ二人に愛があったのかわからない。
それでも彼女の頑張りは私が常に見ていた。
だからこそ許せない。
「ふんっ、そうやって自分だけが悪者か」
王子は興味なしとすぐさま仲良くなった令嬢とどこかへ向かった。
崩れ落ちていく彼女には目を向けずに。
私は小さくなる彼女を抱き抱えて、すぐさまお屋敷へお連れした。
ベッドに座らせたが、彼女の放心している。
「温かい紅茶を出そう。そうすれば、少しは──」
「放っておいて!」
突然大きな声で怒鳴られた。
下を向いたままポツン、ポツンと涙が出てきている。
「ごめんなさい……レイラは、悪く、ないのに……」
すぐに近寄って彼女の背中をさする。
少しでも安らいで欲しいという純粋な気持ちで、私は彼女が眠りにつくまで側にいた。
だが彼女はまだ立ち直ることはできなかった。
二日も食事を取らず、どんどん弱っていった。
「今日も部屋かね」
アメリアのお父様が部屋の前で護衛をしている私に尋ねてきた。
「はい。このままでは……やはり、レオン王子に──」
「それは絶対にさせぬ!」
一番はあの王子に復縁をしてもらうこと。
だがアメリアの家族は猛烈に怒っており、私も同意見だ。
それでも彼女が無事でいてくれるのならなんだっていい。
──いつから、彼女のことを好きになっていたんだろう。
私は絶対に好きになってはならない人を好きになってしまった。
自分の主人というだけでなく、女の私が同じく女性のアメリアを好きになってしまうなんて。
これは絶対に気付かれてはいけない恋だ。
彼女の幸せのために王子との婚姻を喜んでみせたのに、これでは私は何のために心を押し殺したのだ。
私は部屋へと入り、ベッドで横になる彼女の近くへ寄った。
何を言えばいいのだろう。
今なら一回くらいは話を聞いてくれる気がする。
だが何も思いつかず、咄嗟に言葉が出た。
「アメリア、しばらく私の家に来ないか?」
アメリアの反応はなかった。
私も冷静な気持ちになるにつれて、自分が下心のある言葉を言ってしまったと後悔した。
「聞かなかったこ──」
「行く」
アメリアが寝返りをうって答えてくれた。
少し覇気のない彼女だが、それでも答えてくれたことが嬉しくて、私はすぐに実家へ帰る準備をした。
私の実家は田舎にある古い家だ。
農民たちと距離も近く、貴族な中では裕福ではないが、人の温かみのある場所だった。
アメリアとは城の中庭で偶然出会ってからよく話すようになり、一緒の貴族院で勉強して、いつしか私は護衛騎士として彼女の側で働くようになった。
「何もないところだけど、自然が多くて静かだからゆっくりできると思う」
久々の帰郷がこのような理由でなるとは思わなかったが、少しでも彼女の体調が戻るのなら何だってする。
父と母がアメリアの来訪に笑顔で迎え入れてくれた。
「アメリア様、ようこそお越しくださいました。レイラから話は聞いておりますので、いつまでもゆっくりお過ごしください」
「ありがとう、存じます」
まだ食事を取れていないので彼女の言葉も掠れている。
私は長旅で疲れている彼女にすぐに部屋へ連れていった。
窓から山も見えるので、一番眺めがいお客様用の部屋だ。
「ここは、変わらないね」
「うん、何もないことが誇りの領地だからね。そういえば──!」
私は走って外にいき、サルビアと呼ばれる赤い花を取ってきた。
それをアメリアに持っていき渡した。
アメリアは不思議そうにそれを見ていた。
「覚えてる? 前にこうやって二人で飲んだの?」
私は思いっきり吸い出した。
この赤い花の蜜は吸えて、さらに甘いのだ。
子供の頃はたまにこうやって内緒で吸ったものだ。
「こらっ、レイラ! アメリア様になんて物を食べさせる気だよ!」
「お母様! ちがっ、これはそのッ!」
こうやって怒られるからいつも隠れて吸っていたのに、久しぶりで忘れてしまっていた。
ガミガミと怒られながら、アメリアが吹き出した。
「ふふふっ……」
アメリアの久々の笑顔に嬉しくなった。
そして彼女は手に持っているサルビアへ、はむっ、と可愛らしく口に入れて吸っていた。
「懐かしい、ね……本当、に懐か、しい……」
涙が流す彼女の近くに寄って抱きしめた。
少しでも嫌な記憶が消えるように。
それから少しずつだが、彼女も食事が摂れるようになっていき、元の日常へと戻っていった。
「ねえ、レイラ」
ある日彼女から提案がやってきた。
一緒にお出かけをしたいと言われたので、見晴らしの良い高台を案内する。
「アメリア、足元に気をつけて」
「はいはい」
前の彼女に戻りつつあったがまだ完全ではない。
だが少しずつ戻っていけばいい。
高台から村や川が一望できる。
そして一番は夕日が綺麗なところだろうか。
「綺麗ね……」
「うん……昔はよく来たもんね」
もう何年前か忘れるほど前にきた。
彼女とこうしている時間は私にとってかけがえのない。
ボソッとアメリアがつぶやいた。
「わたしね。本当は結婚なんてしたくなかったの」
知っている。
彼女は婚姻が決まって気持ちが沈んでいた。
だがそれでも周りにバレないように明るく振る舞っていたことを。
「好きじゃなかったの?」
「ううん……ただ」
アメリアは言葉を切って、沈黙が流れる。
どこか緊張しているようで、言葉を出すのに躊躇っているようだ。
それならば私は待つだけだ。
「他に好きな人がいたの」
心臓が急に音を出した。
バクバクと音を鳴らして、私の呼吸がどんどん苦しくなる。
「だから忘れるために頑張って仕事して、考える時間を無くそうとした。でも馬鹿よね。結局は捨てられるんだから。もうここにずっと居ようかな」
腕を大きく空へと伸ばして、嬉しい言葉を出してくれる。
でも私は、私は──!
私はいつの間にかアメリアを背中から抱きついていた。
「ちょっ、どうしたのレイラ!」
彼女の体温を確かめながら、私はもう我慢したくなかった。
「アメリア、わたし……アメリアが好きだ」
それは情熱的ではなかったかもしれない。
静かに、静かに声に出した。
「もう、びっくりした。私もレイラのこと大好きだよ」
まるで子供をあやすような彼女に私は大きく叫んだ。
「えっ?」
聞き逃した彼女に私はもう一度伝える。
「アメリアの全てが欲しい。王子より私の方がずっと想っていたのに、そんな本当に好きだって人より私をッ──選んで欲しい」
言ってしまった。
もう戻れないことをわかっているのに。
彼女は何も答えてくれない。
もしかすると軽蔑されたのかもしれない。
彼女の手が私の腕を解いていく。
「あ、あのアメリア?」
アメリアは答えず、黙って来た道を帰っていく。
その無言が恐ろしく、自分がしたことを後悔した。
家に戻るとお父様がアメリアを呼んだ。
どうやらお城から招集の手紙だった。
その中身は信じられないことが書かれていた。
「自分から振っておいて、執務が追いつかないからと復縁の案内だとッ──!?」
こんなふざけた王子にアメリアを戻したくない。
だがアメリアの返答は意外なものだった。
「一度王城へ戻ります。レイラも付いてきてください」
止めたかった。
だが私の気持ちを伝えてしまったため、遅かれ早かれあちらに戻るのだ。
私はその命令に従うしかなかった。
馬車の中で無言が続き、私から話題を振っても空返事だけだった。
──また婚約したら辞職しよう。
彼女の元に私がいても気持ち悪いだけだ。
それなら自分からいなくなった方がいい。
重い足取りで、玉座まで二人で向かう。
多くの重鎮が見守る中で、レオン王子が縛られていた。
一体どうしたのかと思っていると、国王が自ら頭を下げた。
「この度は我が馬鹿息子がすまないことをした!」
話を聞くと国王はアメリアの功績を知っており、彼女が王妃になってくれることを望んでいたらしい。
だがレオン王子が遠征中の国王に報告しないまま、帰国して初めてそのことを知ったらしい。
「むぐううう!」
レオン王子は口に布を入れられて全く喋れなくなっていた。
普段はかっこいいと噂される彼は見る影もなく、おそらく助けてくれと言っているのだろう。
アメリアはそんな王子に目を向けず、国王に強い力のこもった目を返す。
「私にまたこの方との婚姻を結び直せということでしょうか?」
「いいや、レオンは王位継承権を剥奪する。第二王子が王位継承権一位になるので、第二王子を支えてやってくれんか」
第二王子は比較的まともな方だ。
頭もよく、馬術、剣術とレオン王子と比べて比較にならないほど優秀だ。
しかしアメリアは首を振った。
「申し訳ございませんが、どちらともお断りさせていただきます」
アメリアの答えに国王は頭を悩ませた。
それほど彼女の才能は捨てがたいのだ。
「そうか……こちらからしたこととはいえ其方の才は得難い。どうか手伝いだけでももらえないだろうか」
「それでしたら構いません。私も今の公爵家であるスカーレットの家督争いに参加するつもりでしたので」
辺りがざわつき出す。
女が当主を目指すなんて本来は無謀だ。
誰もが納得する成果をあげなければ、正当な男子が受け継ぐからだ。
アメリアのお父様も驚いて固まっているではないか。
「それとレオン王子?」
アメリアは清々しいほどの笑顔をレオン王子へ向けた。
「わたくしも貴方様がお嫌いでしたので、婚約を無効にしてくださいましてありがとうございます」
そのレオン王子の顔は滑稽だったが、私にはアメリアのことが気がかりだった。
アメリアは私と共に屋敷へ戻る。
家族と話すのは後回しにして部屋へと直行するのだった。
今日はもう食事はいらないからと、全ての面会を断ることを執事へ伝えた。
そして彼女は部屋に戻るとすぐにベッドにそのまま倒れた。
「久々の家ね……」
「はしたないですよー」
乾いた笑いが出てしまった。
もう私は辞めるのだ。
今なら二人っきりなので絶好の機会だ。
「アメリア、その、私は──」
「レイラ、こっち来て」
勇気があるうちに辞職をしようと思ったが、呼ばれたので言われた通りに近くに寄った。
するといきなり抱きつかれ、唇を奪われた。
「ぅんんッ──!」
完全に油断していたため、アメリアの力でベッドの上に転ばされた。
私は天蓋を見ながら、アメリアの顔を間近で見る。
そして永遠と思えるほどの長い接触の後に、アメリアの目がとろけており、少しだけ悪戯っ子のように可愛く笑っていた。
「やっと馬鹿王子と離れられた……」
「アメリア、どうした、んっ──!」
またもや長い時間、お互いに口を付けた。
私の頭がもう真っ白になるほどに……。
「私もずっと好きだった……。だからいっぱい考えたんだから」
アメリアと初めての本当の夜がやってきた。
誰かが部屋に来るまで、お互いの気持ちがある限り、長い夜を過ごす。
好きな人と一緒に幸せになり、この先がどうなっていくのかより、今の幸せを味わう。
お互いの色々なものが混ざり合わせる、心も体も全て……。
たまらなく愛おしい彼女に、次は私が彼女を悦ばせよう──。
彼女たちの幸せを想ってくださる方は、下の星を押していただけると幸いです。