悠人:驚天動地
驚いた。いや、なんだか驚いてばかりだけれど。
祓い屋も術(法術)を使うが、それとはまったく別物。まさか魔法をこの目で見る日が来ようとは。ここが日本でないことは分かっていたが、まさか地球ですらなかったとは。
ニッケルと言ったか? あのいじめっ子が急に火の玉を出した時には魂消たが、思わず少年に強く語りかけたら通じたらしく、俺が術を使う時の方法を伝えたら、少年も魔法を使った時も驚いた。しかし、風撃弾は止めて欲しかったな。あれ、中学の時に特撮ヒーローに憧れて作ったオリジナル必殺技の名前だよ。黒歴史だよ。四半世紀の時を超えてあんな恥部を抉られるとは。
いずれにせよ、二人の行為は問題だったらしく、少年たちは別々に窓のない部屋に入れられた。当然ながら、俺も一緒だ。四方を石壁で覆われた部屋は、椅子が一脚置いてあるだけだった。少年の意識から“懲罰室”という言葉が伝わってくる。あまり、いい雰囲気ではないなぁ。
小半時も待っていただろうか? ノックもなしにドアが開いて男が入って来た。
『ナージャー先生』
少年がナージャー先生と呼んだ男は、四十過ぎの痩せた男だった。見るからに神経質そうだ。先生というからには、ここの教師なんだろう。責任者か? それはいいけど、おい、ドアくらいは閉めろ。ちっ、聞こえないか。
『マイルズ・ヴァンダイン。君は、一体何をしたんだね?』
おぉ、少年の名前はマイルズというのか。
『ボクにも分かりません』
『わかりません、じゃないだろう? ヴァンドロア君が学院内で私闘に及び、しかも魔法を行使したんだ。とんでもないことなんだよ?』
『はい。ですが、彼が、ニッケル君が先に……』
マイルズが喋っている途中で、ナージャーと呼ばれた男は大きくため息をついて見せた。いかんなぁ、生徒の言葉を遮っちゃ。教育者としてどうなのよ?
『そうじゃない、どちらが先という問題ではなく、君が魔法を使ったということを聞いているんだよ。魔法が使えないはずの君が』
『ボクにも、わからないんです……ナージャー先生』
『あぁ、なんてこった。こんな前代未聞だ。君は優秀だと安心していたのに……』
『すいません』
マイルズ、謝るな。お前は悪くない。くそ、さっきみたいに、意思が通じないのはなぜだ。
『とりあえず、あれだ。魔法絡みの問題だから、魔法部門の審議会に掛けられるはずだ。普通学科は、一切関わらないから、いいね』
『そ、そんな、審議会だなんて。先生、ナージャー先生、せめて普通学部で法律に詳しい方を』
『む、無理だ。そうだ、お父上に頼むといい。ヴァンダイン卿であれば、魔法学部にも顔が利くはずだ』
なるほど、この男は関わり合いになりたくないんだ。自分の生徒なのに。保身に走ったな。俺が嫌いなタイプだ。
『その必要は、ないじゃろう』
突然、ドアの方から声が聞こえた。俺は少し身体を浮かせて、ナージャーの肩越しにドアの方向を見た。そこには、小柄な白髪の老人がちょこんと立っていた。顔には深い皺が刻まれていて、その表情は上手く読み取れないが笑っているように見える。昔、テレビでやっていた昔話のアニメで声を当てていた俳優さんに似ている気がする。ひょっとして、ドアの隙間から家政婦が覗いていたり……するわけないか。
『老師!』
『グラスゴー先生!』
『あぁ、少し邪魔するよ』
老人は、トコトコとマイルズの前までやってきた。起ち上がろうとするマイルズを手で止めながら、じっとマイルズの目を見ている。ん? なんだか、この老人の周囲にオーラのようなものが……徐々にはっきりと浮かび上がって来たのは。
「やぁ。君がこの子の守護霊という訳だね?」
老人の周囲にあったオーラは、人の形をとった。片手に杖をもち、茶色のフードコートを着た老人だ。そして、半透明。
「この男、バラン・グラスゴーの守護霊をやらせてもらっているゴースじゃ」
「へ? あ、あぁ。俺は悠人、慈恵院悠人だ」
「ハルトか。よろしくな」
人間同士なら握手でも交わすところだが、あいにく霊同士では無意味だ。
「ゴース、さん? さっき、守護霊と言ったか? まぁ、背後霊でも守護霊でも構わないんだが、少し状況が飲み込めていないんでね。できれば、説明してもらえると助かる」
「守護霊同士じゃ、さん付けはいらんよ、ハルト。儂が知ることであれば、吝かでないよ。だが、まず君のことから話してくれんかのぅ」
ゴースの求めに従い、俺は元々別の世界で祓い屋をやっていたことや、死んで昇天する途中だったこと、いきなりこの世界にやってきたことなどを蕩々と語った。どれだけ喋っても疲れないのは、霊体の利点だな。
「なるほどの。それで合点がいくところもあるし、謎が残るところもある」
ゴースは顎に手を当てて、ウンウンと頷いている。その仕草は、生きている人間と変わらない。半透明だけど。
「まずな、お前さんがこの世界とやらに来た理由は……わからん」
なんじゃそりゃ。思わずこけた。
「じゃが、お前さんがこの子に取り憑いたことで、この子は魔法が使えるようになったのは間違いないじゃろ」
霊が取り憑くと、魔法が使えるようになるのか? というか、マイルズは魔法が使えなかったのか。
「そうじゃ。まったく使えんかった。本人も、とても悩んでおったよ。顔には出さなかったがな。そして、“取り憑かれて”という点じゃが、守護霊を持つ者は魔法の力も強いのじゃ。大体、子供の頃に守護霊のありなしは決まるな」
そういえば、魔法を使ったニッケルは……よく覚えていないが、それらしい気配はなかったように思う。
「いや、ヴァンドロア家のご子息には、ターナーという元司祭の守護霊がついているよ。ただ、あやつは生来人見知りでなぁ。生きておる時も説教が苦手で。まぁ、そんな訳であまり姿を顕わさんのじゃ。まぁ、守護霊と言っても、様々でなぁ。儂らのように、こうして人の形を取れぬ守護霊もおるし、人間以外が守護霊になっている者もおるよ」
なるほどね。なんとなくわかった。なんとなくだが。
「ということは、ほかの守護霊にも会えるってことか」
「学院内は魔法使いが多いから、交流できる守護霊もおるじゃろう。ただし、偉大な魔法使いの血筋では、祖先が守護霊となることが多い分、気位が高い守護霊も多いんじゃよ」
なんだか、人間くさい話だな。霊なのに。
「ハルト、お主がおる限り、マイルズは強力な魔法使いになる可能性を持っておる。一方で、お主がいなくなれば、元の状態に戻ってしまうじゃろう」
それは少し可哀想だな。まだ、数日のつき合いだが、情も湧いている。現世で弟子だった正志を重ね合わせているのかも知れない。
俺は、どうしたらいいんだろう?
「そうじゃな。お主の使命は、この子を導くこと。そして、自分自身も修行することじゃ」
「え?」
「なに、儂らは眠る必要がないからの。マイルズが寝た後は、お主の修行時間じゃ」
あーー、死んでからこんな形で、また修行することになるとは。




