???:マーカス
王国は、永きに渡り平和であった。
いや、平和すぎた。王国の第二王子であるマーカスにとって、それは生きながら少しずつ死んでいく世界であった。
他国との戦いもなく、脅威と言えば嵐や火事、森の中の魔獣くらいのものだ。変化のない毎日。このまま時間が経てば、兄が王に即位し自分は侯爵として手頃な領地をあてがわれそして死んでいくだけ。そんな未来が見えてしまった。彼は聡明であるが故、それに抗うこともしなかった。
状況が変わったのは、自分が不治の病に冒されていることが分かった時だ。ゆっくりと死んでいく未来ではなく、若いまま死んでいく未来。あと僅かしか残されていない未来。
いやだ――彼の心の中に、悪魔が住み着いた。
病を知ってから、彼は古文書や魔法書を読みあさった。病を治す方法を探すのではなく、運命を変える方法を。そして知ってしまう。自分たちが守護霊と呼ばれる存在に護られていることを、そして、その守護霊を強化する方法を。
守護霊に、別の霊を融合させる。融合した霊の能力と力を得て、守護霊は強くなる。それは、守護霊が護る対象である自らの力が強くなることと同義であった。そうして彼は、時折霊を呼び出しては、自分の守護霊に融合させていった。
もっと強い霊を取り込みたいと考えた彼は、ある日、禁断の召喚術を使ってしまう。
“迷宮の主よ、現れ出でよ!”
そうして現れたのは、霊となったカゾススであった。マーカスにとって誤算だったのは、カゾススが自分の守護霊よりも強大であり、飲み込もうとした側が逆に飲み込まれてしまったことだ。
マーカスの守護霊となったカゾススは言った。
「お前の望み、私が叶えてやろう」
そこから、カゾススの守護霊狩り――御霊喰いが始まった。敢えて王族の守護霊には手を出さず、見つからないように慎重に狩りを続けていたが、めぼしい得物はすぐに刈り尽くしてしまった。
「異世界から霊を呼び出す」
知恵者であったカゾススは、瘴気の原因を探る過程でこの世とは異なる世界の存在に気が付いていた。瘴気がその世界からやってきているのではないか、とすら考えていた。彼の考えを裏付けるように、古い文献に異世界と交信する方法が残っていた。
カゾススとマーカスは、交信魔法を改造し、異世界の霊を呼びだそうと試みた。それは成功したかに見えたが、カゾススが取り込む前に、異世界人の霊は霞のように消えてしまった。その霊が、マイルズに憑いたことを知るのは、ずっと後のことだった。
異世界から霊を、それも強力な霊を呼び出すには、犠牲も大きかった。カゾススとマーカスにとっては痛くもかゆくもない犠牲だが、もう一度試せば王たちの注意を引きかねない。そこで、彼らは王都内の霊を取り込むことにした。
同じ頃、マーカスは父や兄に反旗を翻すための、仲間集めも始めた。渋っている相手には、御霊喰らいの影をちらつかせて脅し、逆に王子を諫めるものや王へ進言しようとした者は、遠慮なく守護者もろとも魂を食らい尽くした。
ようやく、異世界の霊がマイルズに憑いていることを知ったカゾススとマーカスは、マイルズの守護霊を取り込もうとしたが失敗。マイルズが死ねば霊は依代を失い、この世を漂うはず。そうなってからゆっくりと取り込めば良いと考えていたのだが。
※
「二人の状況には同情する点もあるけれど、だからって許されることじゃないよ」
俺――祓い屋の慈恵院悠人、異世界の霊ハルト――は、宣言する。
「俺は、祓い屋。まとめて成仏、させてやるぜ」




