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マイルズ:聖女と伴に

 教会の馬車は、伯爵家が持つ馬車よりも良いものだということは、ボクにもわかった。豪華絢爛というわけではないけれど、使われている素材ひとつひとつが上質で、使う人のことを考えて作られていた。ボクは、ふかふかのシートに背中を預けながら、ぼんやりと聖女ルシアの言葉を聞いていた。


 僕らが迷宮に落ちた後、マーカス王子が第一王子の手によって捕縛されたこと。そして、王都へ移送される途中で逃げ出したこと、今は廃墟同然の古い都市へ逃げ込み、そこで王国に対して反旗を翻したこと、そして聖女様は、王からの依頼によって古都市へ向かう途中だったこと、などなど。

 

 ボワァール将軍の部隊と一瞬即発だったボクらは、古都市に向かう聖女様に運良く救ってもらうことができたのだ。もし、聖女様が来なかったらどうなっていたか。ボクは精霊に感謝を捧げた。うん? ここは教会の神に感謝するべきなのかな?


「なぜ、戦場にルシア様が呼ばれたのでしょう?」


 聖女様の話を聞いた後、アルさんが疑問をぶつけた。たしかに、戦場に聖女様は似つかわしくない。


「これはあまり、他言していただきたくないのですが……」


 聖女様の口から語られた話は衝撃的だった。死んでも蘇る兵士? 動く死体? それはまるで悪魔の所業だ。


「信じられない……」


 アルさんにボクも同意見だ。


「教会に残る古い文献によれば、死霊反魂術というものだそうです。死して魂の抜けた肉体に、彷徨っている霊を入れて動かす、禁呪のひとつです。恐ろしいことに術者の魂も犯されていくそうです」

「そんな、恐ろしい術を殿下が、いや、マーカスがやっていると」

「えぇ、王はそのように考えておられます」


 死霊が関係しているなら、聖女様が呼ばれたのも納得だ。でも、どうしてボクらを馬車に乗せてくれたのだろう?


「私の近くでは、傷の治りが早くなると言われております。ですが、純粋に心配だからではいけませんか?」


 そうなんだ。確かに、身体の調子は戻ってきている気がする。ここは、聖女様のご厚意に甘えることにしよう。



 その日の夜は、小さな村での宿泊となった。村にある家は、ボワァール将軍以下、今回の討伐軍幹部が使っている。聖女様は教会で休むことになったが、村人が総出で教会内の整理していた。この村には司祭様はいらっしゃらないらしい。うちの領地でも、教会すらない村もあり、そんな村には教会が巡回していたことを思い出した。

 そもそも、王都から離れた場所にあるヴァンダイン伯爵領では、神聖パラス教よりも精霊を信仰する民の方が多い。けれど、ぶつかり合うことはなく、折り合いをつけていた。教会がないのも、そんな妥協の産物なのだろうか。一度、父に聞いてみよう。


 そんな訳で、ボクとアルさん、それから討伐軍の兵士は村の外で野営することになった。聖女様からは、一緒に教会で休まないかと提案されたが、丁寧にお断りした。ボクらがよくても、周りにいる教会の兵士たちがそれを許さないだろう。

 実際、聖女様の馬車に乗るとき、降りるときの彼らの視線ときたら。ボクの肌が火を噴くんじゃないかと思ったくらいだ。


「マイルズ、君は馬に乗れるかい?」

「いえ、乗馬はあまり得意ではありません」


 討伐軍から借りた毛布にくるまりながら、アルさんがボクに尋ねてきた。正直に答える。身体を動かすことが得意でないことは、もうとっくに分かっているでしょ?


「フフフ。そうか。では私の馬に一緒に乗っていくといい」


 アルさんは、いつの間にか馬を調達したらしい。軍が移動する時には、予備の馬も連れて行くから、その中から借りたのかも。


「ありがとうございます、そうさせてください」


 ボクはなんとかそれだけを伝えると、睡魔の誘いに身を任せた。



 バージェからそう離れてはいない場所に、討伐軍の基地が作られていた。ボクらが到着する前から、そこは人で溢れていた。最終的に、一万人以上の兵士が投入される予定らしい。もちろん、全員が直接戦闘に参加するわけじゃないけれど、それでも五千人規模の兵士が戦うらしい。ほとんど戦力らしい戦力を持っていない反乱軍に対し、多すぎるのではないかとも思ったけど、討伐軍は千人の兵士を投入して敗退している。緒戦の手痛い失敗を反省し、兵を揃え準備万端でバージェ攻略に臨むのだという。そして討伐軍の指揮は、ボワァール将軍が執る。彼は、ボクらがここに来たことを、快く思っていなかった。


「あの時は、聖女様の取りなしで捕縛はしなかったが、マーカスに与しているという疑いが晴れた訳ではない」


 将軍の一言で、「討伐軍とともにバージェに乗り込む」という当初の計画はなくなった。溢れかえる兵士の間を歩きながら、ボクらは思案に暮れていた。


「討伐軍が乗り込んだ後を追い掛けるしかないか」


 アルさんとそんなことを話しながら歩いていたら、ひとりの兵士に呼び止められた。


「こちらにいらっしゃいましたか。お二方を聖女様がお呼びです」


 教会兵のひとりだった。彼は、ボクらを聖女様の元へ案内してくれた。

 そこは、一際大きなテントで、中には簡易祭壇が作られていた。聖女様は祈りを捧げている最中で、ボクらは終わるまで待っていた。


「お待たせ致しました。どうぞ、こちらへ」


 聖女様の後を追うようにして、ボクらは大きなテントに繋がっている小さなテントへと入った。中には、簡単な机と椅子があるだけだった。

 ボクたちが小さいテントに入って、すぐに聖女様とアルさんの口論にも似たやりとりが始まった。


「お二人はこれから、どうするおつもりですか?」

「何としても、マーカスに会い真実を聞き出さねばなりません」

「ボワァール将軍に、参加を拒否されておられますよね?」

「たとえひとり、いやふたりきりでも、突入するつもりです」


 アルさんの決意は堅い。


「街に入ることができたとして、会えるかどうかはわかりませんよ?」

「それでも行くつもりです」

「マーカスが、本当の事を言うとは限りません」

「嘘かどうか、私には分かります」


 ホゥッと、聖女様が大きなため息をついた。


「仕方ありませんね。アルベルト・ヴァンオーグ、マイルズ・ヴァンダイン。お二人には教会の兵士と一緒に行動していただきます。私は明日、邪霊を祓い、古都市への道を拓くつもりです。そして、その後、討伐軍の後から古都市へ入ります」


 つまり、教会の兵士たちと伴に、バージェに入ることができるということ。願ってもないことだった。


 後から聞いた話では、ボワァール将軍もボクらを持て余していたそうだ。本来であれば監視役を付けておきたいが、それに掛ける人手がない。困っていたところに、聖女様が「教会でみる」と申し出があり、将軍はそれに乗ったという。将軍からすれば、これで教会に責任を押しつけられる。一方、聖女様の方としても、ボクらにやって欲しいことがあるという。


「明日の浄化儀礼では、あなた方のお力をお借りしたいのです」



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