傷跡
高校の部活で書いた短編小説です。
拙い所が多いですが気になった人はぜひ読んでみてください。
『六月二十四日昼頃、住宅の地下室に監禁されていた少女(十)が無事警察に保護されました。また、容疑者は海野誠(四十三)無職で自宅に少女を監禁していたところを警察が監禁、暴行の罪で現行犯逮捕しました。少女は命に別状はなく、搬送先の病院で詳しい検査を受けているとのことです』
※※※
僕は物騒な記事が書かれている新聞をテーブルに置いた。朝からこんなものを読むもんじゃない。
隣を見ると叔母が女子高生を狙った不審者がこの街に出没している。というニュースを見て『いつからこんなに物騒になったのかしらねぇ』と呟いていた。
僕は手早く朝食を食べるとそのまま準備を終えて玄関に出た。
すると眠そうに目をこすりながら階段を降りている妹と目があった。
ズキッと頭が痛む。生まれつきよく頭痛になるのだが、梅雨のこの季節は特にひどい。
「お母さんもう行っちゃうの?」
僕たちは今叔母の家に住んでいる。両親が海外に出張に行くことが多く、日本にはあまり帰ってこない。
そのせいか小さくして両親と離れてしまった妹のあゆは、いつからか僕をお母さんと呼ぶようになった。
何度注意しても直らないので、最近はせめてお父さんにならないかと思っている。
「うん、今日は日直なんだ。それよりもあっちゃん、早く用意しないと遅刻するよ」
「わかった。いってらっしゃい、お母さん」
叔母もリビングから出てきて僕を見送ってくれる。
「気をつけてね、最近物騒だから」
「大丈夫だよ、叔母さん。僕だって男なんだから」
「……そうね、いってらっしゃい、青葉」
「いってきます」
そう言うと僕は学校に向かった。
学校に着いてからは基本的に本を読んで過ごしている。正直友達と言えるやつはいない。
僕は部活もやっていないし、流行りの音楽とかタレントとかに興味が無いから話をすることもない。
「おい、宮下。もう帰るのか」
ズキッ、また頭痛がする。
この男以外は。
「誰かと遊んだりしないのか」
「……そんな相手がいないの知ってて言ってるだろ」
「まあな、お前もなんか部活やればいいのに」
こいつは井上桂馬。いつも一人でいる僕を心配しているのか哀れんでいるのか、よく声をかけてくる。
悪いやつでは無いのだろうがこいつといると頭痛が酷くなるし、どことなく苦手だ。
「僕はそういうの興味ないから」
「そうか、でも体を動かすのはいいぞ。剣道とかな」
そう言って竹刀を構えるポーズをする。
「一番興味ない」
「あっそ、じゃあ俺、部活あるから。じゃあな」
「おう」
放課後は1人でどこにも寄り道せずすぐに帰る
家から学校が近いので徒歩で通学しているのだが、この季節はさすがに疲れてくる。
その時ふと、後ろに誰かがいるような気がした。しかし後ろには誰もいない。そんな不思議な感覚に包まれながら家に帰った。
家に帰るとあゆは友達の家に泊まりに行っていると、その友達の親から連絡があった。あゆは十歳年上の兄より交友範囲が広いようだ。その日は叔母と二人で食卓を囲み、そのまま寝た。
※※※
「そこのお嬢ちゃん」
「あっちゃんのこと?」
「そうだよ、あっちゃん。あっちゃんはいいところに行きたくないかな?」
「いいところ?」
「そうだよ。なんでもあるしなんでも出来るよ、お菓子だって食べ放題だ」
「すごーい、行ってみたいなぁ。あっ、でもあっちゃん、けいちゃんと遊ぶ約束してたんだ」
「大丈夫だよ、そのけいちゃんもおじさんが連れてきてあげるから」
「ほんと?」
「ああ、だからおじさんとおいで」
「わかったぁ」
※※※
次の日の土曜日、僕は昼過ぎから本屋に行っていた。
するとまた、昨日のような感覚に襲われた。
後ろを振り返ると見知った顔が慌てて電柱の陰に隠れた。けれど肩からかけている竹刀袋が丸見えだった。
ズキッと頭が痛む。まさか休日でもあいつに会うことになるとは。
「……何やってんだよ。井上」
「あーその、なんだ別につけてたって訳じゃなくてだな。ちょっと見かけたから何してんのかなって思って」
「それをつけてるって言うんだよ、しかもお前昨日もつけてただろ」
「いやいや、昨日は部活行ってたし、ちげーよ」
「本当か?」
井上は首を横に振りながら手も横に振って自分ではないことをアピールする。
「マジマジ。で、宮下は何してたんだ」
「別に本を買ってただけだよ。そっちこそ何してたんだよ」
井上は遊びに行くようなラフな格好に竹刀という奇抜な姿だった。
「自主練に行こうと思っていたんだがせっかく会ったんだし、どこか行くか?」
「いいよ、早く買った本読みたいし」
「そうか、まあ気をつけて帰れよ」
「お前も自主練、頑張れよ」
「おう」
そう言うと走って行ってしまった。
家に帰るとあゆはまだ帰っていなかった。
なんでも明日の夕方までお世話になるらしい。
貴重な休日を二日と友達と遊ぶなんて僕には無理だなと思いつつ、連日で空席のある食卓を囲み、そのまま寝た。
※※※
『少女が失踪してから遂に半年が過ぎました。依然として少女の足取りはつかめないままで警察は市民に情報提供を求めています』
ブツッとテレビが切られる。
「世間はまだお前のことを探してるみたいだな。よかったな、あっちゃん」
男はそう言うと私の顔を殴った。
しかし私がうめき声もあげずにいると、男は舌打ちをする。私の腕を掴み強引に引きずって、地下室へと降りて行く。
ここに来てからかなりの時間が経って、色々と変わってしまった。
私のことをあっちゃんと呼ぶのはこの男だけになったし、痛みにも慣れた。何度も殴られたし、何度も汚された。
そして今日もこの男は私を汚すだろう。それでも私はせめて外見だけでも綺麗にしようとしている。
男は地下室に着くと、この部屋にある唯一の物である布団に私を投げ捨てると、私の体を押さえつけるようにすると私を殴り始めた。
「どうした、いつもみたいにけいちゃん、けいちゃんって叫んで見ろよ! 泣き叫べよ! クソが!」
けれども私は何も言わない。叫べばこの時間が長くなることを知っているから。
男はその後、何度も私を殴る、私を汚していく。
そして何も言わない私に飽きたのかブツブツと言いながら階段を上がって行く。
「くそっ! もう壊れたのか。チッ! 薄汚れたガキが」
最後に男が言い放った言葉が私の心に重くのしかかる。
「大丈夫、大丈夫。私は汚れてない汚れてない汚れてない汚れてない私は汚れてなんて……」
※※※
次の日の夕方、僕は叔母にあゆを迎えに行くようにお礼のお菓子とともに頼まれた。
渡された地図によるとあゆの友達の家はあゆの通っている小学校の近くにあり、僕は途中にある公園を通って近道をすることにした。
それにしてもこの公園、なんだか懐かしく感じる。昔、誰かと遊んだ気がするのに誰だか思い出せない。
ズキッと突然頭が痛んだ。
すると後ろからザッザッと誰かが近づいてくる音がした。またあいつだ。
「おい、井上もうこうウブッ⁉︎ 」
振り向きざまに突然地面に押さえつけられた。
見ると見知らぬ中年の男が馬乗りになるように僕の顔を覗き込んでいた。
「あぁ、やっぱり。その恐怖で歪んだ目、顔。ずっと探してたんだ、俺の大好きな顔だ」
嬉しそうに男はニタァと笑っていた。
「くそっ! どけよ、おっさん!」
「おいおい、楽しんでいるんだから暴れるなよ!」
男が僕の顔を殴りつける。
途端に頭痛が酷くなる。
なんで……なんで。僕はこの状態を。この男を知っているんだ……⁉︎
ズキッズキッとさらに頭痛が酷くなってゆく。
突然、男が横に飛ぶ。周りで誰かが叫んでいる。でも僕もうはそれを認識出来なかった。
僕はただ掠れた声で。
「僕は……僕はまだ。……私はまだ汚れてなんて……」
あぁ、あたまがいたい。
※※※
男は最近私に何もしなくなった。
殴ることもしなくなったが、代わりに食事のパンも渡されることもなくなった。
仕方ないので勝手に台所を漁っているが、これに関しても何を言われない。
男は机に座ってブツブツと何かを言っているがそれ以外に何もしないので、食料がなくなりそうになっていた。
一度そのことを言おうと腕を引っ張ってみたが。
「触るんじゃねぇ! 汚いガキが!」
と吹き飛ばされた。まったく私は汚れてなんていないのに。
思い切って玄関に行ってみたが内側にも鍵が付いていて開けることは出来なかった。
それにしても最近体が重い。きちんと食べていないせいだろうか。
今日は特に酷い、吐きそうだ。洗面所に行かないと。
洗面所にきて思い出した。鏡だ。そういえば久しく自分の顔を見ていないと思い鏡を覗き込んだ。
「う、嘘。な、なんでこんなに……こんなにも汚いの」
映っていたのはボサボサの髪に痩せこけた体、目の下にはクマができていて自分で想像していた姿と正反対だった。
「うっ、うええぇぇぇぇえっ」
違う……違う。こんなの私じゃない。
こんなにも汚れているはずがない。
だけど何度見てもそこに映るものは変わらない。
「い、いや。わ、私は今までなんのために。毎日……毎日。いやよ、こんなのは。こんなのはいやぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
※※※
七年間、恐れていたことが遂に起こってしまった。
だけど恐れていたからこそ備えてきた。
七年前、守れなかったものを守るために今度こそ。
※※※
上からドタドタと慌ただしい足音が聞こえる。あの男以外にも誰かいるようだった。
直後に男の叫び声が聞こえる。
「は、離せ! くそっ、なんで警察が!」
「六月二十四日十二時四十三分監禁、暴行罪で現行犯逮捕!」
「監禁されている少女がいるはずだ。探せ!」
何人かの足音が地下室に降りてくる。
「い、いました! 地下室です!」
「うっ、酷い匂いだ。浅野さん少女の保護を頼む。女性の君の方がいいだろう」
「わ、わかりました!」
女性警察官は緊張した声で答えると、ゆっくりと包み込むように抱きしめてきた。
「もう、大丈夫だからね。安心して、どこか痛いところはない?」
背中をさすりながら聞いてくる。
「大丈夫だよ、お姉さん」
「えっ?」
「僕、どこも汚れてないから」
※※※
「宮下から離れろ!」
馬乗りにになっている男を蹴り飛ばす。男は二、三度横に転がり呻いていた。
俺は宮下を庇うような位置に立つと背中から竹刀を抜き出した。
「い、痛ってーな。誰だよお前」
「誰だっていいだろう。それよりもそれ以上宮下に近づくな」
「突然来て偉そうするなよ。こっちはな、七年も牢屋にいて、この日のために刑務官の奴らに媚を売って、刑期を減らしてやっとここまで来たんだ! 邪魔するな!」
男が突っ込んでくる。俺はそれに合わせて男の右手に竹刀を打ち付ける。
「がっ⁉︎ あぁぁぁぁぁ!」
男はその場で倒れこみ右手を庇うようにうずくまった。
男の頭上に竹刀を持っていく。
「これ以上宮下に近づくな、わかったか」
「わ、わかった。俺が悪かった。だからそいつをどかしてくれ」
「わかったなら、さっさと失せろ」
男を右手をさすりながら一目散に逃げて行った。
「ふぅー」
何度もイメージしていたとはいえ緊張した。
宮下はまだ仰向けのままブツブツと呟いていた。
「違う、私は。……僕は汚れてない。大丈夫大丈夫。私は汚れてなんて……」
そんな宮下をそっと抱き寄せて囁く。
「大丈夫だよ、あっちゃん。あっちゃんは綺麗だよ」
「……えっちゃん?」
「そうだよ、あっちゃん。だから大丈夫だよ」
「ううぅ、えっちゃん、えっぢゃああぁぁぁん」
突然、泣き出したあっちゃんのさすりながら、昔は泣き虫だったなと思い出す。
一度付いて傷は跡となって残り続ける。
どんなに自分を変えても、どんなに見方を変えたとしても。
決して癒えることは無いけれど、少しでもあっちゃんの痛みが軽くなるように。
僕はずっと一緒にいるよ。だからーー。
「大丈夫だよ。あっちゃん」
叙述トリックとか使ってみましたがわからないところがあれば聞いてください。




