20話
「ずっとそうなんじゃないかって思ってた」
福山さんは静かにゆっくりと、力のない声で語り始める。
「優人くんは私のこと好きだって言ってくれてたけど……きっと違うんだろうなって、そんな気がしてた」
俺の今までの行いが福山さんを不安にさせていた。
無難な選択に上辺だけの言葉を重ねてきた結果だ。
そしてその理由を知った今、彼女の精神的ダメージは計り知れないものだろう。
「新庄先輩のことが諦めきれないんだろうなって、そう、思ってたんだけど……由衣ちゃん、なんだね」
自分の彼氏が妹に恋をするような奴などとは、悪夢のような話だ。
福山さんの瞳には今にも零れ落ちそうなほど涙がため込まれている。
それでも彼女は涙を流してしまわないよう必死に感情を抑え込んでいる様だった。
「もし気持ちが私に向いてなくても……お昼休みに一緒にご飯食べたり、休みの日はデートに行ったり、そういうことを重ねていったら少しずつでも私のこと好きになってもらえるんじゃないかって……そんな風に考えてた」
福山さんは乾いた笑いを一つ吐き出し、辛そうな笑顔を俺に向ける。
「やっぱり期待しすぎるのは良くないね。期待しすぎると駄目だった時……こんなに辛いもん」
そう言うのと同時に、彼女の瞳からはこらえきれなかった涙が流れ出す。
「ほんと馬鹿みたいだよね。自分じゃたいしたアピールもできないくせに、都合のいいように考えて、高望みしてさ」
一度流れ出してしまった涙は止まることを知らず、彼女は浴衣の袖で何度も目元を拭う。
肩を震わせ、嗚咽交じりの声で「こんなのもう嫌だよ」と吐露する。
「ごめん……本当に、ごめん」
謝って許されるようなことではない。
それでも俺は頭を下げて見せかけの謝罪をするしかなかった。
彼女の泣き顔から視線を逸らしたかったからという、ただそれだけの理由でだ。
なんて卑しい人間だろうか。
「……やめてよ……謝られたら余計に惨めな気持ちになっちゃう」
自分を変えたいと言っていた福山さんの思いを踏みにじってしまった。
せっかく前向きになり始めていた彼女を自嘲的な思考に追い込んでしまった。
俺はどれだけ罪深い事をしているのだろうか――
「由衣ちゃんみたいに明るくて、新庄先輩みたいに綺麗なら……優人くんにも好きになってもらえたかもしれないのに……もっと私に魅力があれば――」
「そんなこと、ない……!」
福山さんが悪い訳じゃない。
全部、全部、俺のせいだ。
俺が実の妹に恋をしてしまう異常者じゃなければ、福山さんの魅力に心惹かれたはずだ。
福山さんの健気な想いに応えることができただろう。
「俺がおかしいだけだ。俺が……俺がまともならっ、きっと、福山さんのことを好きになってたはずなんだ!」
こんなことを言われたところで福山さんにとっては何の意味もないだろう。
その証拠に失意に染まった彼女の表情が晴れること無い。
「もういいよ……もういいの……」
俺は責められるべき人間だし、福山さんにはそれをする権利がある。
愚かな俺を口汚く罵るべきだ。
非道を重ねた俺を非難するべきなんだ。
それなのに彼女はそれをしようとしてくれない。
すべてを諦めたような顔で俺を見つめて――
「こんな私に、夢を見させてくれてありがとう」
そう言い残し、ゆっくりとこの場から去って行く。
俺は追いかけもせずに、ただそれを見つめているだけだった。