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14話

「ごめんね。私のせいで時間に間に合わないかも……」

「大丈夫だよ。少し遅れるかもしれないって連絡しておいたから」


しばらく休憩したのち、由衣達と合流するために俺と福山さんは歩き始めていた。

ただ福山さんは遅刻するのが気がかりなようで、そわそわとしている。

遅れたとしても十分やそこらだろうから気にすることはないと思うのだが……

その程度で文句を言われることも無いだろう。


「でも……もう少し急いだほうがよくないかな?」

「無理しなくてもいいよ。歩きにくいでしょ?」

「えと……うん」


 福山さんは浴衣を着ているので履物は下駄だ。

 そんな歩き慣れないもので急いだりしたら足を痛めてしまう。


「ゆっくり行こうよ。ね?」

「……うん。……ごめん」


 焦る彼女を落ち着けながらゆっくりと歩いて行き、十五分ほど遅れて待ち合わせ場所の広場に到着した。ここにはイベント用のステージがあり、祭り期間中は様々な催しが行われる場所だ。

 道路沿いには屋台が立ち並び、食事ができる席も多数用意されている。


「この時間でも結構人が多いんだね。……妹さん達を見つけられるかな」


 福山さんはキョロキョロとあたりを見渡し、人の多さに不安になっているようだった。

 まだ催しものは何も始まってはいないのだが、それでも広場は人々の活気で溢れている。


「優人くん、どう? 見つけられそう?」


 遅れてしまった負い目もあるのか、福山さんは不安そうに聞いてくる。

 たしかにたくさんの人達の中から見つけるのは大変なことなのだろうが、仮に見つけられなくてもスマホで連絡すれば済む話だ。

 

 そもそも――

 俺の視界には、すでに由衣の姿をとらえていた。

 この広場に入ってすぐに見つけていた。

 いや……見つけたというより、吸い寄せられたと言った方が良いかもしれない。

 由衣は広場の端のベンチで相羽君とならんで座っている。二人で談笑して、和やかな雰囲気だ。


「優人くん?」


 まるで運命の人を見つけたロマンチストのように、ただ一点、由衣へと視線が集中した。

 周りの喧騒が溶けてなくなり、一人だけの世界に囚われてしまった感覚になる。


「ねえ、優人くん?」


 ――由衣が、浴衣を着ていた。


 それは俺にとって衝撃的な光景であり、とても新鮮に映った。

 なぜなら由衣は今までに浴衣を着たことがなく、興味すら示さなかったからだ。

 家族で夏祭りに来るときも、いつも通りのラフな格好でしか来たことがない。

 両親は由衣に対して浴衣を着せようと勧めていたりもしたのだが、本人にその気がまったく無く残念がっていた。

 だから由衣が浴衣を着てくるなど想像もしてなかったわけで、意表を突かれてしまった俺はその珍しい妹の姿に目を奪われていた。


「ね、ねえ? 優人くん!」

「えっ?」


 福山さんに肩を揺すられ、俺の意識が戻ってくる。


「どうかしたの?」

「あ、ああ、いや…………あそこのベンチに座ってるのが妹の由衣だよ」


 俺は由衣達の方向を指さし、福山さんにそう教えた。

 呆けている俺を不安そうに見つめていた彼女ではあったのだが、由衣の姿を確認するとそちらに興味が移ったようだ。


「あの人が、優人くんの妹さん……」


 福山さんは由衣をまっすぐと見つめ、深呼吸を数度繰り返す。

 彼女の身体はすっかりこわばってしまったようで、緊張感がこちらにまで伝わってくる。

 少し気負いすぎなような気もするが仕方がない。

 なんとか力になってあげたいが、俺にできることといえば手を差し伸べることくらいだ。

 

「ほら、行こうか」

「……うん」


 福山さんの手をとり、ゆっくりと歩きだす。


「最初は聞かれたことに一言二言返すくらいでいいと思うよ。上手く喋ろうなんてしなくても大丈夫。初めから全部完璧に出来る人なんていないんだからさ」

「……うん」


 一歩、また一歩と由衣達に近づいていくも、その足取りは重い。

 最初は緊張している福山さんを連れ立っているせいだと思っていたのだが、どうやらそうではなく、俺自身が緊張しているせいだと気が付いた。


 ただ由衣を見ているだけなのに、由衣に近づいて行っているだけなのに、肉体がこわばり、心拍数が上がって行く。

 

 隣にいる福山さんと手を繋ぎ、俺はどんな表情で由衣と顔を合わせばいいのだろうか? 

 俺達を見て、由衣はどのように思うのだろうか?


 そう、今更になって、今回のデートに対する不安が襲ってきた。

 

 そして気持ちが落ち着かぬ間に、由衣が俺達の存在に気が付いてしまう。

 こちらを見つめ、微笑みを浮かべると小さく手を振ってくる。

 そしてベンチから立ち上がると、カランカランと下駄を鳴らして小走りで俺のところに向かってきた。


「お兄ちゃん!」


 満面の笑みで妹に呼ばれ、俺の心臓は一層と高鳴る。


「そちらが彼女さん?」

「ああ……そうだよ」


 由衣が着ている浴衣はシンプルなものだ。

 色も柄もこれといって特徴的なものはない。

 それなのに、俺はどうしようもなく由衣という存在を美しいと思ってしまった。

 

 また一つ、由衣のことを好きになる。

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