3話
由衣と一緒に通学路を歩いていると、後ろからチリンチリンと自転車のベルの音が聞こえた。
振り返ってみると自転車に乗っていたのは見知った顔だ。
「おはよう、澄谷君」
朝の挨拶をしてきたのは生徒会長の新庄綾香だ。
「先輩、おはようございます」
俺が挨拶を返すと、隣にいた由衣も「おはようございます」と返した。
先輩は自転車から降りて、俺たちのそばに寄ってくる。
由衣は先輩との直接の面識はないだろうが、先輩は生徒会長をやっているし顔くらいは知っているはずだ。
妹がうちの高校に通っていることは、先輩にも話したことがあるから分かっているだろう。
「ええと、そちらは妹さんかな?」
「はい、妹の澄谷由衣です。よろしくお願いします」
「私は新庄綾香、よろしくね」
お互いに自己紹介をする。
珍しい事に由衣が少し緊張しているように見えた。
こいつは人見知りとかするタイプじゃないんだがな。
相手が生徒会長だからだろうか?
「私いちおう生徒会長やってるから、何か困ったことがあったら気軽に相談してね」
先輩はそう言うと微笑みを由衣に向けた。
「生徒会長として出来る事なんてほとんど無いじゃないですか」
そう俺が横やりを入れると由衣が俺の横腹を小突いてきた。
「お兄ちゃん失礼でしょ」
由衣は横目で俺をけん制しつつ、先輩に「うちの兄がすみません」と謝っている。
「仲良いんだね」
そんな俺たちの様子を見て、先輩の口から出た感想がそれだ。
今の会話のどこに仲の良い要素があるのか……
まあきっと俺たちの兄妹愛オーラが溢れていたんだろう。
「ええ超仲良いですよ。な?、由衣」
「そうでもないです」
先輩の言葉に乗っかって仲の良いアピールを試みるも、見事にかわされる。
いつもゲーム一緒にやってるじゃん!仲良いじゃん!
「またまた~照れちゃって~」
ふざけながらそう言って由衣のほっぺを人差し指でプニプニとつつく。
「照れてないし、やめて」
するとマジトーンで拒否られた。
ちょっと悲しい。
「後ろから見たら仲良く会話してるカップルに見えたけどな~」
先輩はクスクスと笑いながら、なんだか凄い事を言い始めた。
「澄谷君から妹さんがいるって話を聞いていなかったら、彼女さんと間違えちゃってたかも」
先輩の発言をどう受け止めたのかは分からないが、由衣は口を真一文字に閉め、何とも言えない表情をしている。
生徒会長にからかわれ、どう反応していいか困っているようだ。
しょうがないので助け舟を出す。
「ちょっ!ちょっとお兄ちゃん!?」
俺は由衣とぎゅっと手を繋いだ。
「こうすればもっとカップルっぽく見えるだろ」
胸をはって自信満々に俺はそう言った。
由衣はポカンとして俺の顔を見つめていたが、すぐに我に返り、勢いよく手を振り払った。
「……お兄ちゃん、キモい」
由衣は眉間にしわを寄せて、不快感をあらわにする。
やばい、ちょっと調子に乗りすぎた。また怒らせちまう。
「す、すまん」
俺がしょんぼりしながら由衣に謝ると、それを見ていた先輩がケラケラと笑いだす。
「カップルの邪魔をしちゃ悪いから、私はもう行くね」
「カ、カップルじゃありません……」
由衣はボソボソと反論するが、先輩はそれに構うことなく自転車にまたがった。
「澄谷君、今日は生徒会無いから、部室には来なくても大丈夫よ」
去り際にそう言い残し、先輩は颯爽と行ってしまった。
―――
「綺麗な人だね」
先輩の小さくなる後姿を見ながら、由衣はそう呟いた。
確かに先輩は綺麗だ。まず何と言っても顔が良い。
男を魅了する女ヴァンパイアごとき美しさがある。
そしてスタイルも良い。
身長は俺より少し高いくらいで、なおかつ足も俺より長い。
体つきは出るべきところが出ているエッチな身体だ。
長くてサラサラの黒髪に透き通るような肌。
男の好きな要素をふんだんに盛り込んだような人だ。
完璧と言っても過言ではない。
「美人だよな、クラスでも先輩のファンが多くてな」
実際、告白して玉砕した……なんて話はよく聞く。
「…………お兄ちゃんも?」
由衣は小さな声で聞いてきた。
「俺か?……まあ、あんな彼女が出来たら自慢になるよなあ」
とは言ったものの、正直な話、ああいうタイプは俺の好みではない。
なんか完璧すぎて逆に怖いというかね……
「……そっか」
由衣は遠くに視線をそらした。
「先輩とは良く話したりするの?」
「生徒会で集まった時に、それなりにはな」
集まったはいいが、やっぱり暇で喋ってばかりなんて事がよくある。
「生徒会って他にも誰かいるの?」
「いや俺と新庄先輩だけだよ」
うちのやる気のない生徒会は現在、会長と副会長の二名しかいない。
つまりは俺と先輩だけである。
「……そうなんだ」
由衣は消え入るような声を出し、静かに歩き始めた。
「でも一年生が役員で入るって先輩は言ってたけどな」
俺はそう付け加えておいた。
「そっか……」
由衣は視線を遠くに置いたまま、歩を進める。
「…………」
由衣は口を閉ざしたまま歩き続ける。
二人の間には長い沈黙が流れていく。
残りの通学路の距離は、いつもより長く感じた。