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11話

 福山さんとは、もう少し仲良く出来れば良いやと、そのくらいの軽い気持ちで昼食に誘ったのだが、先輩の乱入により想定外の方向に事が進んでしまった。


 福山さんの気持ちを知ってしまった……いや、白状させてしまったと言った方が良いだろう。

 先輩がここまで予測していたのかは分からないが、俺にとっては予想外の出来事だ。

 

 これは確かに彼女とこの上なく親密になれるチャンスかもしれない。

 俺の事を「好きだ」と言ってくれたのだ。

 だけど、そのまま彼女の気持ちを受け入れてしまって良いのだろうか?

「俺も福山さんの事が好きだから付き合おう」と、そう言ってしまって本当に良いのだろうか? 

 新しい恋を見つけるべきだと分かってはいても、簡単には決断できなかった。

 俺が彼女の事を好きになれなかったら、酷く傷つける事になるだろうから……


 そして当の福山さんはと言うと、その後はすっかり口を噤んでしまっていた。

 不本意な形で自分の気持ちをさらけ出す事になってしまった訳だし、無理もないだろう。相当なショックを受けているはずだ。

 その後の昼休みも、その後の授業も、どこまでも沈んでいる様子だった。

 放課後になってもそれは変わらずに、小さな声で「さようなら」とだけ残し、足早に去って行く。ここで後を追いかけて、フォローの一つでも出来るなら良かったのだが、情けない事に、俺にはそんな甲斐性は無かった。

 福山さんの後姿を、ただ黙って見送った後、俺も帰路に就いた。


 

 昨日まではひたすらにゆっくりと家路を歩いていたのだが、由衣を避ける必要が無くなった今、自然と早足になり、あっという間に家に着いた。

 

 臆することなく玄関の扉を開き、中に入る。


 もうビクビクしながら自分の部屋に逃げ込む必要は無い。


 リビングに向かうと、制服姿の由衣がソファーに座ってくつろいでいた。


「おかえり、お兄ちゃん」

「ただいま」


 由衣が笑顔で俺を迎えてくれる。

 なんてことない「おかえり」と「ただいま」が、たまらなく嬉しい。


「今お湯沸かしてるんだけど、お兄ちゃんもお茶飲む?」

「ああ、うん」


 俺も手伝おうと、キッチンに行きかけるが「お兄ちゃんは座ってて」と言われたので甘えることにした。

 ソファーに座り、お茶の準備をしている由衣を眺める。

 ここのところ、由衣の顔をまともに見れていなかった事もあり、ついまじまじと見てしまう。


「どうかした?」


 俺の視線に気が付いた由衣が不思議そうに尋ねてくる。


「いや、なんでもないよ」

「なんかニヤニヤしてるよ? 私の顔に何かついてる?」

「んーん、なんにも」

「……へんなの」


 由衣が可愛いから見ていただけだ。

 そんなこと、本人には決して言えないが。


「はい、どうぞ」

「ありがと」


 由衣は淹れたお茶をテーブルに並べ、俺の隣に座った。

 座ったのだが……


「……おい」

「ん? どうかした?」

「……いや、なんでもない……」


 俺の隣に座ってくれるのは良いのだが、なんだかやけに距離が近い。

 俺と由衣の太ももがピッタリとくっついているのだ。

 四人掛けのソファーでどうしてこうも密着する必要があるのか、これは俺から離れるべきなのか……判断に困る。


「飲まないの?」

「……飲むよ」


 しかしながら由衣はまったく気にする様子が無い。

 寄り添った由衣からは体温が伝わってくる。

 

「ね、お兄ちゃん。なんかゲームやろうよ」


 由衣はあくまでも普通に話を進める。

 まったく、俺はこんなにもドキドキしているというのに……


「お兄ちゃん、ゲーム!」


 返事をしない俺に、太ももをペチペチと叩いて催促してくる。


「……わかったよ」

「やった」


 俺が了承すると、由衣は立ち上がりTVラックの中からゲームソフトを嬉しそうに物色し始める。

 そしてゲーム機にソフトをセットすると、コントローラーを俺に手渡してきて、そしてまた俺の隣に密着して座った。


「あのさ、近くないか?」

「そう?」

「これだと腕がぶつかって、やりずらいだろ」

「そんなことないよ」

「……そうか」


 もしかして、さっき見つめていた事に対する仕返しのつもりなのだろうか?

 ちらりと由衣の表情を盗み見るも、ただゲームにワクワクしているようにしか見えない。

 この妹が何を考えているのかなどサッパリ分からないが、悩んだところで離れてくれる訳でも無いし、俺はこの体勢のままゲーム画面に集中することにした。

 せっかくなんだし、楽しまなければ損というものだ。

  


 由衣が選んだのはランダム要素のあるレースゲームで、実力の他に、運にも大きく左右されるものだ。

 対戦相手を妨害するアイテムや、自分を有利にするアイテムがランダムにコース上に出現し、下位にいるプレイヤーには強力なアイテムが出やすくなっている。そのため、下手なプレイヤーでも意外と上位に行けたりするのだが、それでも俺はなかなか由衣に勝てずにいた。


「また私の勝ち~」


 レースの勝敗が確定するたびに、由衣は俺にドヤ顔を披露してくる。


「ったく、少しは手加減してくれよ」


 俺は溜息まじりにそう言った。

 昨日は俺の腕前に合わせてくれていたんだが、無事仲直りしたこともあってか、いつもの由衣に戻っている。要するに容赦がない。

 元気な由衣でいてくれるのは嬉しいが、もう少し俺にも勝たせてくれて良いだろうに……


「もう、しょうがないな~。じゃあ最初十秒だけ待っててあげるよ。ま、それでも私が勝っちゃうだろうけどね」

「くっそお……見てろよ~」


 由衣は宣言通りに開始十秒は動かなかった。

 当然、差は大きく開いていく。俺ではとても挽回できるような距離ではない。

 だが由衣はぐんぐん差を詰めてくる。恐ろしいぐらいの猛追だ。

 でもな、これだけのハンデをもらって負けるわけにはいかない。兄としてな!

 俺は細心の注意を払い、ミスをしないよう気をつけて、堅実にリードを保つ。


「よしっ! このまま行ったら俺の勝ちだ!」

「まだまだ!」


 お互いに熱が入り、レースも佳境に入る。

 最初のハンデもほとんど無くなってしまったが、それでも俺が僅かにリードしていた。

 由衣はアイテムを使い切っており、逆転は難しい状況だろう。


「俺を甘く見過ぎだ!」


 最終コーナーを曲がり、最後のストレートを駆け抜ける。

 俺は勝ちを確信し、どうやって由衣を煽ってやろうかと、勝った後の事を呑気にも考えていたのだが――


「ダメー!!!」

「なっ! ちょ、まて!!」


 なんと、負けそうになった由衣が実力行使に出やがった!

 俺のコントローラーにチョップを繰り出し、操作を妨害してくる。

 なんとかそれを避けようと、俺は頭上にコントローラーを掲げた。


「やめんかー! 反則だぞ!」

「お兄ちゃんは勝っちゃダメーッ!」


 由衣はもの凄く理不尽な事を叫びつつ、俺のコントローラーに再度手を伸ばす。

 迫り来る可愛い妹を前に、俺は抵抗しきれずに押し倒される。

 ソファーに仰向けに倒れた俺の身体の上には、由衣が覆いかぶさるように乗っかってきた。

 目の前には由衣の顔がある。

 

「おい」

「へへへ……私のかち~」

 

 その体勢のまま、由衣は二ヘラと笑うと、勝利を宣言した。

 リザルト画面を確認すると、確かに由衣が一位になっている。


「やりずぎだ」

「そんなことないもん」

 

 折り重なるようにソファーに倒れ込んだまま、由衣は笑う。

 俺もそれにつられて笑ってしまった。


 クスクス、クスクスと、どうしようもなく笑顔になってしまう。


 そして、ひとしきり二人で笑い合うと、由衣は俺を見つめながらこう言った。

 

「大好きだよ。お兄ちゃん」

 

 あまりにも自然な感じで言われたから、てっきりふざけてるんだと思ったんだ。

 だから「重いから早くどいてくれ」とか、「馬鹿なこと言ってんじゃねえ」とか、冗談めかして返そうと、口を開きかけたのだが……


 俺は何も言う事が出来なかった。


 俺の口は、由衣の口で塞がれていたから。


 十秒、二十秒と、互いの唇が優しく触れ合う。

 密着した由衣の身体からは大きな鼓動が伝わってくる。

 俺の心臓も、それに共鳴するように大きくなっていく。

 まるで由衣と溶け合って一つになっていく感覚すら覚えた。

 

 やがて唇はゆっくりと離れていき、由衣の表情が見える。

 さきほどまでの笑顔とは打って変わり、今にも泣きそうな顔だ。


「大好き」


 由衣は懇願するようにそう言うと、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 そして、また、俺達の唇が触れ合った。

 

 俺の頭の中は真っ白だ。

 由衣の想いを目の当たりにして、何も考えられなくなっていた。

 

 だから俺はそれを受け入れる事しか出来ない。

 

 由衣からのキスを、ただ受け入れる事しか出来なかった。

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