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3話

『……あんた自分で何言ってるか分かってんの?』

『はい』

『そこまでする理由はなんなの?』

『兄妹だから』

『……兄妹だからって、そこまでしないでしょ……普通……』


 先輩は戸惑っているようだが、おそらく演技ではなく、素で困っているようだ。

 なにせこの面談を決闘などと言っていたのだから、由衣が直接的な手段でくると思っていたに違いない。

 

『どうですか? 私じゃ駄目ですか?』

『……いや、駄目とかじゃなくてね』

『じゃあ良いじゃないですか』

『……ん~、そう……なのかなあ』

『そうですよ』


 はっきりとしない様子の先輩に、由衣は食い気味に答えていく。


『……じゃあさ、あんた私の奴隷になれるの?』

『はい』

『……ほんとに?』

『はい』


 奴隷と言われても、由衣はサラリと返す。


『あんた頭おかしいんじゃないの?』

『そうですね』


 由衣が平然とそう答えると、大きな溜息が聞こえてきた。おそらくは先輩のものだろう。

 この予想外の展開に頭を悩ませているに違いない。


『…………分かった。……それで良いよ』


 根負けしたのか、先輩は諦めたように言った。


『お兄ちゃんと別れてくれるんですね?』

『別れる別れる』

『お兄ちゃんにもう酷い事をしませんか?』

『しないしない』


 半ば投げやりに先輩は答えた。完全に調子が狂ってしまったのだろう。


『それじゃあ、あの動画を消してください』

『は?』

『お兄ちゃんが私に告白している動画を消してください』

『なんで?』

『あんなのが残ってるとお兄ちゃんが悲しむから』

『どうして私があんたの言う事を聞かないといけないの?』

『お兄ちゃんに酷い事しないって約束してくれました』


 本当に奴隷になる気があるのだろうか? というくらいに由衣は毅然としている。


『誰にも見せたりしなきゃいいんでしょ?』

『存在しているだけでも駄目です。消してください』

『……ったく、ずいぶんと我儘な奴隷だなあ……』


 由衣はどうしてもあの動画が許せないらしい。まったく引く気のない様子に、先輩は呆れ半分と言ったところだろうか。

 

『そんなに消して欲しいならさ、代わりにあんたの動画を撮らせてよ。人に見せたくない恥ずかしい動画をさ。なんでも言う事を聞いてくれるんでしょ? ん?』


 先輩はクスクスと笑いながら、そんな意地の悪い事を言い始めた。

 冗談なのか本気なのかは分からないが、すっかり由衣のペースで会話が進んでしまっているので、主導権を取り返そうとしているのかもしれない。


『……私の動画……』

『なーに? 出来ないの? あんたの覚悟は口だけ?』


 由衣を挑発するように、酷く鼻につく物言いだ。

 

 正直、動画は消してしまっても良いと思うのだが、性悪女をやり切ると言った手前、先輩は意地になっているのだろう。

 

『お兄ちゃんのためなんでしょ? どうなの?』

『……』


 先輩の問いに、由衣は十分な間を取った。

 

 次はいったい何と言うのだろうかとドキドキするくらいに、今日の由衣の言動は予測がつかない。

 声に抑揚が無く、いまいち感情が読み取れないのだ。

 

 聞き漏らしが無いように、イヤホンに意識を集中させる。

 

 微かにノイズが乗っていて、無線特有の物だろうかと思ったのだが、しだいにそれが大きくなり、何かが擦れているような音だと気が付いた。


『ちょ、ちょっと!?』


 先輩は慌てたような声を出したが、それでもノイズは消えなかった。

 スルスル、パサリ、と……


『代わりの動画を撮るんですよね?』


 由衣はケロッとした様子でそう言った。


『……あんた本気なの?』

『私はずっと本気ですよ』


 聞こえてくる雑音に意識が向いてしまい、二人のやり取りもどこか遠くに聞こえる。

 ……まるで……布が擦れ合うような音だ。

 実際に見ている訳ではないので確実な事は言えないが、俺にはどうも、服を脱いでいる音に聞こえてしょうがない。

 

 そして、そんなまさかと思っているうちに、雑音は消えた。


『撮らないんですか?』

『え、ええ……』


 由衣は事も無げに問い、先輩は歯切れの悪い返事をする。

 そしてパシャリとスマホで撮影する音が聞こえてきた。


『それだけでいいんですか?』

『……ええ』

『このまま外に出て、マラソンでもしてきましょうか?』

『……いや、もう……あんたが本気なのは分かったから』


 どこか先輩の声は疲れているように聞こえる。やる気と自信に満ちた彼女ではあったのだが、思わぬ由衣の行動に振り回された格好だ。

 

 しばらく二人は無言になり、教室からは先程と同じ、布が擦れるような音が聞こえてくる。

 

 そしてその音が止まり、由衣は先輩に声を掛けた。


『何かあったら連絡してください。なんでもやりますので』 

『……そう』

『その代わり、約束は必ず守ってください』

『わかってるって』


『もし約束を破って、お兄ちゃんに酷いことをしたら、


 ――許さないから――』


 最後の一言は、明確な敵意を含み、相手を威圧するように放たれた。

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