2.この世界のからくり
ここは、死後の世界――ゲームの世界で死した者、限定の。
例えるならギルデットは生前、魔王として悪行の限りを尽くした。その果てに、勇者の活躍により命を絶たれてここに流れ着いたのである。
そして、この世界には思いも寄らない誤算があった。
それとは、キャラクターには生前より『自我』が存在していた、ということ。
つまり生前の彼らは演者――自分自身に与えられた役割を演じていた。人間によって作られた役割を果たしていたに過ぎない、ということ。
ある者は己の『自我』に反して。また、ある者は素直に従って。
◆◇◆
「理屈好きな奴は『ここは虚数の空間だ』とか『無が存在することの証明だ』だとか、好き勝手なこと言ってるけど、そんなのアタシたちには関係ない」
――重要なのは、と。
一度そこで言葉を切って、ヒスイはこう続けた。
「新たな自我を持ったアタシたちが、半永久的に存在し続けること」
無限に近い時間をいかに過ごすのか。
その意思確認だった。ヒスイは自由になった自身になにを思うのか、それをギルデットに問いかけたのである。
「我は、この世界にたどり着いて――」
そこに至って、ギルデットはゆっくりと口を開いた。
そして、こう語るのである。
「――心から、神に感謝している。生前に叶えることのできなかった夢を叶える、その機会を与えて下さったのだから、な」
「その、夢って……?」
彼の言葉に、少女は静かに問い返す。
ギルデットはそれに対して、思いの丈を口にした。
「我は、平和であることが好きだ。皆が笑顔であることを願っている。誰もが苦しむことのない世界を造り上げなければならないと考えている。それを叶える可能性が、僅かでもあるのだとすれば、ここは我にとっては――」
ギルデットはたくましい胸に手を当てて息をつく。
そして不意に昼間、ジョイに言われた別れ際の言葉を思い出すのであった。
◆
それは口論の後、ジョイを見送る際のことである。
『ギルデット君は、本当に心優しいのだね』
『む? ジョイ殿、いきなりどうしたのだ』
ふと立ち止まったジョイに、ギルデットは虚を突かれる。
しかし、白髪の男性はそんな相手の様子など気にした風もなくこう言った。
『そのままのギルデット君でいなさい。そうすれば、きっと――』
一度、そこで言葉を切って。
『――君にとって、素晴らしい未来が待っているだろうから、ね』
そう、まるですべてを理解しているかのように。
◆
「――『素晴らしい未来』、か」
ジョイの言葉の意図は、ギルデットには汲み取れなかった。
しかし、それでも耳について離れない。そのためか、何かのスイッチが入った。
こう――カチリ、と。
「そう、だな……我にとって、この世界は――楽園なのだ! 素晴らしいではないか、生前は従ったままに動くだけであった我らが、己が意思によって動くことが出来る。それは即ち、我が人々を救うことが出来る、その可能性に満ちているということだ! 苦しむ民を守るということが出来る、苦しむ民の願いを叶えることが出来る! 自由を得た今ならば、死のないこの世界ならば、永遠に善行を積むことが可能になるのだ!!」
生前に抱いていた願いは、物語によって阻まれた。
ならば死後の世界でならば、あるいは――ギルデットの胸には、そんな希望が溢れているのかもしれなかった。
しかし、そんな彼の言葉に眉をひそめたのはヒスイ。
「ア、アンタ! まだ、そんなこと考えてんの!?」
「当たり前ではないか! 地獄のような生涯を終えた後に、このような幸福な世界に辿り着いたのだ! I LOVE PEACE! 我はいずれ、この世界を誰もが笑って生活できる世の中にしてみせるのだ!! ふははははははははははははははははっ!!」
だがしかし、そんな彼女の言葉に耳も傾けず。
ギルデットはさらに暴走する。
「……っ! ギル、あんたいい加減に――」
ヒスイは昼間のように盆を取り出し、思い切り腕を振り上げた。
その時であった。
「――だ、誰かぁ! 誰か助けてくださいっ!」
風雲、急を告げる。
急かすような悲鳴が、酒場の入口からもたらされた。
「――――ッ!」
それにいち早く反応したのはヒスイ。
少女は出入口を開く、すると声の主であろう女性が転がり込んできた。
「ギル、アンタは外!」
「言われずともっ!!」
そして、次に飛び出したのはギルデット。
彼は店先に出て、周囲に気を配った。すると――。
「む……?」
――カツン。
右手から、石を蹴るような音が聞こえた。
それを聞いた瞬間、ギルデットはすぐさま左手に向かって拳を振り下ろす。
「なにっ……!?」
すると聞こえたのは、くぐもったそんな男の声。
金属の鎧を身にまとっているのだろうか。暗がりになって良く分からないが、そんな相手と組み合うギルデット。しかし力の差は明らかだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
咆哮と共に。ギルデットは、鎧を着た男を放り投げた。
ガシャン! という音がして、三人分ほどの足音が聞こえてくる。そして、しばらくして気配が消えたのを確認してから、彼は酒場の中へと戻った。
すると、そこにいたのは一人の女性。
軽くウェーブのかかったブロンドの長い髪は、思わず見惚れるほどに美しかった。それも今は慌てて走ったためか、乱れてしまっている。
着の身着のままといった雰囲気の服装。それでもどこか、気品を感じる。
倒れているため、顔立ちは分からない。
「大丈夫か、ほら手を……」
「……あ、ありがとうございます」
「気にしなくても良い。相当に怖い思いをしたのであろう?」
完全に腰が抜けてしまっている女性を助け起こす。
するとふわり、金色の髪が宙を踊る。その美しさに改めてギルデットは息を呑んだ。ヒスイの冷たい視線を、思わず忘れてしまうほどに。
それは、さほど長い時間ではなかったと思われる。
それでもどこか世界は緩慢に、ゆったりと流れていった。その時の中で女性は、愛らしい花、しかしどこか気品のある華のような笑顔を浮かべつつ、胸に手を当てつつ面を上げる。
均整の取れた顔立ちだった。白い肌に、スッと通った鼻筋。小さな唇を優しく弓なりにしならせて、自然と、見る者を微笑ませるような輝きを放っていた。どこにでもある表情ではない。この女性だから、そうさせるのだとギルデットは直感した。
だが、その反面で。
彼はどこか懐かしさと、言い知れぬ申し訳なさを――。
「助けていただき、本当にありがとうございました。私はアイリスと申します」
――感じる前に、目の前の女性は恭しくそう名乗った。
そして、まるで神に感謝をするかのように閉じていた目蓋を静かに、ゆっくりと持ち上げる。すると現われたのは、深い海のような、慈悲深い光を宿した蒼き瞳。
宝石のようなそれは、ギルデットを捉え――。
「――――――――」
――た。その直後であった。
今度は完全に、アイリスの時間が止まる。そのことに、二人は首を傾げた。
「どうしたというのだ? アイリスとや――」
「ひぃっ!」
「――ら?」
そして、ギルデットが手を伸ばした時である。
アイリスがこう悲鳴を上げたのは。
「ま、魔王――――――――――――っ!?」
彼の強面を見て、一言であった。涙目でまたもや腰を抜かし、震えるアイリス。
その様子を見て言葉を失う、ヒスイとギルデット。
これが、三人の出会いであった……。
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次回更新は明日の昼ごろ。
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