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1.ギルデットという男






 ――仮に、人間にとっての死後の世界が存在するのであるとするなら。

 ゲームの登場人物のそれも、否定できないのではないだろうか――。



◆◇◆



 ――微かな喧騒も、やがて静寂によって包み込まれる。

 閑散とした只中にいる数名は、おもむろに酒を喉に流し込みながら言葉を交わしていた。日が真上から降り注ぐそんな頃合いの場末の酒場。

 そこには、それ相応の客層が管を巻いていた。


 お世辞にも広いとは言えない店内。

 そこである者は自らの武勇伝を、またある者は自らの不幸を語っていた。


 そんな時である。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!」


 野太い、男の泣き声が響き渡ったのは。

 ほんの少しだけの客はみな、声のした方へと目を向ける。

 するとそこにいたのは『I LOVE PEACE』と印字されたワンサイズ――いいや。ツーサイズは小さなシャツを着た男であった。

 もの凄く、ピッチピチである。


 カウンターに立った彼は、手洗い最中の食器片手に文字通り滝のような涙を流していた。持って生まれた強面のせいか、その姿はただただ不気味。

 だが、客たちはみな一様に口をそろえてこう言った。


「あぁ、またか……」――と。


 しかし、そんな周囲の様子など気にした素振りもなく。

 大男の前の席に腰かけた小柄な白髪の男性は、グラスをドンと叩きつけた後、何度も首を縦に振っているのであった。そして感極まったように、こう口にする。


「ギルデット君! キミなら、この気持ちを分かってくれると思っていたよ!」


 すると、大男――ギルデットはこう答えた。


「分からぬわけがないではないか! 愛する娘と死に別れ、しかし今もなお忘れられぬジョイ殿の苦悩! これが――涙なしで聞くことが出来ようか!」

「ああ! 私のために涙を流してくれてありがとう、ギルデット君!」

「いや、こちらこそ……打ち明けてくれてありがとう!」


 そう言葉を交わして、二人は力強く握手を交わす。

 見るからに暑苦しい光景であった。しかし、ギルデットはそれで足りなかったらしい。勢いそのままに、ジョイのことを抱きしめようとして――。


「この、営業妨害がっ!」


 ――スパーンっ!

 そんな声と共に、思い切り後頭部を金属製の盆で叩かれた。


「あぁ、もう! 見てるだけで汗が噴き出してくる!」


 ギルデットを引っ叩いた者は、腕を組んでそう言い放つ。

 それは、ジョイよりも小柄な――言ってしまえば手のひらに乗ってしまいそうな、小さな少女であった。肩口辺りまでの桃色の髪。澄み渡る深緑の瞳は爽やかだが、きりっと上がった目尻は勝ち気な性格を印象を抱かせる。さらには、大口を開けた際に八重歯がチラリと見えていた。


 そんな少女の背中には黒い翼が生えており、それを使って大男の上を浮かんでいる。そして身にまとうのは、同じく黒の、V字に裂けた扇情的な衣服だった。


「アンタってば、毎日毎日泣いてばかりで情けなくないの!?」


 少女は、ギルデットに罵声の雨を浴びせる。

 しかし彼はどこか不満げに、


「え、営業妨害とは……。ヒスイよ、この店の主は我なのだが……」


 そう答えるのであった。だが、


「店主だろうと客だろうと、店に悪影響を与えているなら全部! 営業妨害よ! だいたい前もお客さん抱きしめて、大怪我させたの忘れた!?」

「う……ぐ、たしかにそうだが……」


 その反論さえも、完封するヒスイである。

 しょんぼりとするギルデット。普段ならここから長々と説教タイムに突入するのだが、今日に至っては助け舟があった。

 それというのも――。


「――まぁまぁ。ヒスイちゃんもそんなに目くじら立てないで」

「ひゃぁっ!? ……って、ジョイさん。いつの間に後ろに」


 それは、白髪の男性客ジョイだった。

 ヒスイの腰に背伸びして触れた彼は、驚いた彼女を笑顔で迎える。


「でもジョイさん? 貴方だって、背骨をへし折られたくはないでしょ?」

「まぁまぁ。それは、たしかに痛そうだけどねぇ」


 彼はヒスイの言葉を「まぁまぁ」とかわし、皺の多いその顔にさらに皺を作った。そして、最後にこう言うのである。

 それには思わずヒスイも――。


「ここでは、滅多なことがない限り死ぬことはないのだから、ね?」


 ――完全に沈黙した。



◆◇◆



 そして、数時間が経過した。

 客はいなくなり、酒場には静けさが訪れている。


「……あのさ、ギル」

「む? どうしたというのだ、ヒスイ」


 そんな中で、ヒスイはそう切り出した。

 水玉模様の寝巻に着替え、ナイトキャップを被りつつ収支の計算をしていたギルデットはおもむろに顔を持ち上げる。すると、そんな彼に向かって。


「その……昼はゴメン。ちょっとやりすぎた」


 珍しく、そう謝罪した。

 しかしギルデットの方は、意図が理解できないのか小首を傾げる。


「謝罪を受ける意味が分からないのだが? なんなら、以前は包丁をもって――」

「――そ、そのことは忘れて!? あと、こっち来なくていいから!!」


 立ち上がり、窓を拭く彼女に近づこうとする。

 だが、ヒスイがそれを止めるのであった。そして――。


「ねぇ、ギル。アンタはこの世界のこと、どう思ってる?」


 ――不意に、そう問いかけた。

 それは、昼間にジョイが口にしたことを繰り返すように。


「ここは、死後の世界・・・・・――アタシたちは、ただ在り続けるだけ」


 そして、最後にポツリと。

 ギルデットは、こう答えるのであった。


「あぁ、それもゲームキャラ・・・・・・に限って、な」――と。







 それは、この世界の絡繰り。

 ある一つのルールについての話だった。



 


ちょっと余裕があるので。

次話は22時投稿。


もしよろしければブクマ、下記のフォームから評価など。

応援よろしくお願い致します。


<(_ _)>

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