幼少期 獅子の牙 3
「・・・えっと、剥ぎます?」
ゴレとムタ、そして護衛の4人が無言で固まっているのを見て、とりあえず毛皮や牙など戦利品になるものを剥ぎ取るのかをシンが聞いた。
フォレストウルフ3匹とシャドウウルフ2匹を殺したのだ。魔の森から少し離れたとはいえ血の匂いに魔獣や魔物は敏感だ。そのままここにとどまっていれば、やがて別の狼の群れが来るだろうし、それ以外にもゴブリンやコボルトといった魔物やフォレストベアーなどといった大型の魔獣も来るかもしれない。その前に、戦利品を持っていくなら処理をして早々に立ち去らなければならないのだ。
「いや、どうせ小銭にしかならんし、荷物も多い。今更ウルフの素材ってわけでもないだろう。」
そうライオネルが言うと、
「3人とも怪我はないかい?」
シャリフがゴレ、ムタ、シンに問いかけた。
「え、えぇ。私たちは大丈夫です。シン君ありがとうございました。」
目の前で12歳の子供がいきなり魔法を使ってしかもシャドウウルフを一刀両断したのだ。ゴレはその驚きからやっと立ち直ったようだ。
狼たちの死骸は剥ぎ取らず、そのままにしておくことになり、一応、街道から少し離れた草むらに投げ捨て、再度出発の準備を始めた。
ゴレとムタは馬車と幌の中の荷物が倒れていないか確認をし、シャリフとタイラーは血の匂いで他の魔獣が来ないか周りを警戒している。
「・・・どう見る。」
「まぁ、初心者でも使える魔法だけど、魔法名を言っていなかったわ。それに周囲の魔素の揺らぎも少ないわ・・・。」
「ってことは、相当使い慣れてるか、魔素かマナの使い方が上手いってことか・・・。」
「動きも慣れてたわ。12歳って言われなきゃ、小人族の傭兵って言われてもわからないぐらいよ。」
魔法を使うためには魔素とマナが必要なのだ。
魔素というのは大気中に存在する魔力の流れや粒のようなもので、基本どこにでもある。その地域や場所によって持っている特性が違っていることがあり、例えば水辺の近くには水系統の魔素が、火山の近くには火系統の魔素がたまりやすい。
一方、マナというのは生き物や植物などに宿る体内の魔力の事で、このマナでプログラムをして、周囲の魔素に干渉して、実際に事象が現れるのが魔法なのだ。
ということは、魔法を使えば、周囲の魔素に干渉するので、多少の揺らぎや使われた魔素がなくなり、その穴を埋めようと、周囲から魔素が流入し、流れができるはずなのだ。それが極端に少ない。となると、事象を起こすための変換効率が非常によく、魔素をそれほど使わなかったのか、それとも広い範囲から少しずつ魔素を集め、周囲の魔素の枯渇をしないように狙ったのか。どちらにしても、初心者や駆け出しの魔法使いがするようなことではない。
リタはこれでも『獅子の牙』のNo.3なのだ。
今回は様子見も含めていたので、低級の魔法を使ったが、本来であれば、中級、上級まで使える。また、得意な属性も複数あり、魔法使いとしては一流だ。そのリタが、目を見張るレベルで魔法を使ったシンは何者なのか。ライオネルとリタはそのことが気になり、こうして少し離れたところで小声で話しているのだ。
シンはというと馬車の後ろから幌の中に乗り込もうとしているところだった。
「ま、なんにせよ、護衛対象が無事でよかった。おら、行くぞ。」
そういうとライオネルは全員に目配せをし、ムタが馬に鞭を入れ、ゆっくりと進みだした。
それからは何の問題もなく、1日目よりも広く、街道沿いに作られた野営地で野営をすることになった。
街道にはいくつかの広場のようになっているところがあり、野営地として使えるように、馬を止める杭や座ることができるような丸太、そして、かまどが作れるように石が積まれたところがある。町や都市のように防護壁やシールドの魔法が張られているようなことはないが、切り開かれた場所で、周囲の警戒もしやすくなっている。
カートの村周辺よりも領都に近づいてきたので、道もよく、今回のように野営地も整備されている。
見張りは、リタとタイラーが夜半まで、ライオネルとシャリフが明け方までとなった。
整備された野営地では、魔獣よりも盗賊や追剥といったならず者の方が多く、特に明け方近く馬で乗り付け殺して奪うといったことをする連中がいるのだ。
「シャリフ、お前から見て、シンはどうだ?」
「どうだって・・・リーダーも見たでしょう。あれ。切った後の残身までできてる。今どきの子供ってのはあんなにデキるんですか?」
「そんなわけないだろ、そうなら俺たちはおまんまの食い上げだ。」
「でしょ。あの子だけ特別なのか、村の子供全員なのかわかりませんが、あれは相当殺ってますよ。」
「狩りの練習でってことじゃないよな。」
「そうですね、あれは対魔獣の動きよりも人型のゴブリンやコボルトなんかの魔物にも対応した動きですね。一撃で一番皮が薄く切りやすい場所、そして致命傷になる場所を狙ってる。おまけに骨の中で一番固い頭蓋骨を一刀両断ですからね。」
そういうとシャリフは持っていた短剣で、スッと右から左に切り払った。
「おまけに剣鉈で切り払った後をなぞるように『スラッシュ』を発動させてやがる。ってことは魔法を剣に『載せた』ってことだろう。あいつの剣には血がついてなかったしな。そもそも剣鉈で届く範囲じゃなかった。」
「そうですね。普通の傭兵なんかは魔法か剣かどっちかに偏りますから、剣でいっぱしになってそれから魔法に手をだして、んで、魔法を剣に『載せる』ようになる。ってことはシンは傭兵なら中級程度ってことになりますね。」
シンが切り払ったシャドウウルフはシンとの間に3メートルほどの間があった。もちろん剣鉈が届く範囲ではない。剣鉈とは言え、用途は「ナタ」なのだ。手元の草や木の枝を切り、道を切り開くためのモノで、獲物をすっぱりと切るものではない。そのため長くても1メートルほどしかないのだ。手の長さを入れてもシャドウウルフまで届かない。
だが、切れた。ということは、剣の軌道に合わせて『スラッシュ』を放ったことになるのだ。
4人ともそれがわかっているからこそ、あの場で何も言えなくなったのだ。
『こいつは何者だ?』
この考えが4人の頭の中に浮かんだからこそ、下手にシンにどうしてそんな技術が使えるのかを聞くのをためらったのだ。
パチパチという焚火の音だけが、暗い夜の中に聞こえている。
と、ゴソゴソとゴレとムタとシンのテントの方から音がした。
「・・・おっと、すいません、用足しに・・・。」
ゴレが起きだして、テントから出てきた。
少し離れたところで用を足すとテントには戻らず、ライオネルとシャリフの囲む焚火の元に来た。
「いやはや、昼間は驚きましたね。」
「あぁ、シャドウウルフが隠れてるなんて、こいつは斥候失格だな。」
そう言ってシャリフの脇腹を小突く。
「いえ、シン君ですよ。びっくりしたでしょう?」
じゃれていたライオネルとシャリフはぴたりと動きを止め、ライオネルは鋭い目つきをゴレに向けた。
お読みいただきありがとうございます。